第0節:幸福指数最高値の剪定事象にて

 ―――ひとつの世界を滅ぼした。


 それを謝るつもりはない。
 謝ってはならないと思う。
 謝ることは、出来ない。
 だってそれをしたら、あの時わたしを檄してくれた彼にそれこそ申し訳が立たないから。
 わたしたちは勝った。
 勝って前に進んだ。
 そしてこれからも、前に進んでいく。
 前に、前に前に前に前に前に前に前に前に前に前に前に前に―――失くした未来(あした)を取り戻すまで、ひたすらに前に。

 それが勝者の責務だ。
 勝ったなら、勝ち続けるしかない。
 途中下車は許されない。
 すべてを背負って、勝ち続ける。
 倒したもの、殺したもののすべてを背負って。
 きっとそれは、「普通の女の子」が持つべき心ではないのだろうけど。


 ―――かまわない。わたしはそれでいい。


 遠ざかる冷気を肌で感じながら目を閉じる。
 浮遊感によく似た、けれど絶対に違う感覚が全身を襲う。
 わたしたちは第一の異聞帯、ロシアを後にしようとしていた。
 過ごした時間は決して長くはなかったけれど、此処でわたしが得たものは大きかった。
 寒さ。怖さ。雄叫び。叡智。覚悟。意地。生き様。魂。矜持。勇気。旋律。無情。
 ……きっと最初が此処じゃなかったら、わたしは折れてしまっていただろう。


 ―――ありがとう、そして、さよなら。


 心の中でそうつぶやいて、わたしは思考をぱったりと打ち切る。
 何だか異様に眠かった。
 あれだけの戦いだったのだから無理もないと、マシュやダ・ヴィンチちゃんならそう言うだろう。
 ああでも、寝ている暇はないんだけどな。
 これから色々とありそうだし、起きてなきゃいけな



 ぶつん



    ▼  ▽



 ―――その世界は、平和であった。


 西暦2050年、第三次世界大戦終結。
 地球人口の98%が死に絶え、地球はほとんど全面と言っていい区域を重度の放射能によって汚染された。
 元はアメリカとロシアの小競り合いだったものが、日を重ねる毎にその規模を巨大化させていった。
 最初に中東が核の雨で滅亡した。
 アメリカはロシアを物量差で下したが、しかし大国に怨み骨髄の国は世界中にごまんと存在しているのだから戦争が終わるはずはない。
 奇しくも第二次大戦の逆。
 アメリカはほぼ孤軍に等しい状況で世界中を相手取り―――世界中を殺し尽くした。
 核で、銃で、刃で、毒で、飢えで。
 あらゆる手段で「世界の警察」は摂理を脅かす罪人を殺し尽くした。
 人類の八割が死んだ頃にようやくアメリカは陥落したが、それでも戦争は終わらなかった。
 今度は戦勝国の間で諍いが起こったのだ。
 そしてまた核が、ミサイルが舞う。
 残り二割の人類も、この泥沼じみた事後戦争で大半が抹殺された。
 ようやく戦争が終わる頃には、地球上に国家など一つとして残っちゃいなかった。

 あったのは、残骸だけだ。
 さっきまで命だったものの残骸。
 人が作り上げてきた歴史の残骸。
 もう二度と戻ってこない過去の残骸。
 地球は生命の住める星ではなくなった。
 後は緩やかに死滅するのみ。
 宇宙(ソラ)の剪定を待つまでもなく、命の灯火は消え去ろうとしていた。

 しかし―――アインシュタインの予言は外れた。
 第四次世界大戦が起こるとするならば、そこで使用される武器は石と棒だ。
 即ち、第三次大戦からの復興は不可能である。
 科学者が自信満々に告げた破滅の未来を、人類は見事跳ね返した。


 賢人がいたのだ。
 熱病のように世界を覆う戦争の波に惑わされることなく、自分たちの成すべき仕事を理解していた賢人が。
 彼らは魔術師ではなかった。
 彼らは技術者でもなかった。
 その、両方だ。
 長らくその才や技を無用の長物とされ、嘲笑を浴びていた少数派の中の少数派。
 自身の本質を電脳として明確に数値化(イメージ)できる異才の持ち主。
 曰くウィザード。
 曰く霊子ハッカー。
 そう呼ばれる者達が、備えていたのだ―――世界終末後の「復興作戦」を。


 彼らは何も、難しいことをしたわけではない。
 むしろそのやり方は他力本願の一言に尽きた。
 電脳世界の聖杯なんて代物が存在しない世界で、幾ら電脳分野を極めたところで伸び代にはやはり限界がある。
 彼らの技術では世界を救うことは出来なかった。
 だから彼らは、世界を託すことにしたのだ。
 完全終戦をトリガーに召喚される、地上の新たなる支配者たちに。
 机上の空論であった"巨大霊子演算機"を可能な限りの技術で再現した"蒼の中枢(ブルーセントラル)"を寄る辺に、魔力の枷を取り払った英霊たちに。

 人類の愚かしさと素晴らしさを人類以上に知り尽くした、人類史の影法師たちに。

 ―――彼らは、託したのだ。
 功労者たる彼らは一人を除いてこの世に亡い。
 燃やされ、射抜かれ、潰され、消えた。
 だが、だが。
 その想い、その奮戦は確かに成就した。


 計画は成功した。
 人類は救われた。
 五人の支配者(ドミネーター)たちの手で、地球は死の星から"楽園都市"へと姿を変えたのである。



    ▼  ▽



『いやあ、今日も平和だね!
 善きかな善きかな、身を粉にして頑張った甲斐があるよ!
 楽園都市(エルサレム)の構築をやってる最中は正直何度もめげそうになったけど、諦めなくてよかった~』

 それは異様な空間であった。
 五つの巨大な柱状機械が並び、そのそれぞれに一つ人影が映し出されている。
 彼女たちは―――この楽園都市:エルサレムの支配者だ。
 死の星から無事な空間をかき集め、パーツのように繋ぎ合わせて隔離した。
 そうして作り出したのだ、人の住める都を。
 誰もが争いなく不安なく、ゆったりと暮らせる楽園を。
 世界を救ってほしい、というウィザードたちの願いを彼女たちは完全な形で叶えてみせた。

 一切の含みなどない。
 彼女たちは、世界を救ったのだ。
 誰にも成し遂げられなかった恒久的世界平和という難題を、彼女たちドミネーターは成し遂げた。
 否―――ドミネーター、だけでは足りないか。

 彼女たちは電子の存在。
 通常の英霊とも、人類史の断末魔で呼び出される英霊とも異なる"人の理"にて呼び出された五騎。
 故にこう呼ぶべきだ。
 ―――電脳統治偶像:バーチャル・ドミネーターと。

『すぐ傍にあり、語りかければ答え、決して裏切ることのない偶像……ねぇ。
 趣味じゃあねえが、よく考えたモンだ。
 星を此処まで荒廃させた種族と同一とはとても思えねえな』

 辛辣ながらも、自分たちを招き寄せたウィザードたちへ敬意を表するのは紫髪の偉丈夫だった。
 五人の中では唯一の男性だ。
 筋骨隆々とした肉体はまるで岩を削り出したかのよう。
 が、その巨躯は明らかに人間のそれを越えていた。
 巨人。巨人だ。
 彼の柱に記された文字は『5th』。
 五番目のバーチャル・ドミネーター、ということらしい。

『一応、誰が見ても文句なしに住みやすい世界にしたつもりなんですけどね。
 おまけに未来もある。決して行き止まりなんかじゃない。
 それでも星はぎゃあぎゃあと騒ぎ立てて邪魔者を寄越すんですから、本当に困ったもんですよ。
 スポーツならまだしも、ルールのない戦いはみんなの心を乱します。
 それは楽園都市には不要な波です。粛清です、淘汰です!』

『まあ、見てくれは健全とはとても言い難いからね。
 地球が文句を言ってくるのも仕方のないことだと思うよ?
 もっとも―――大方、叫んでいるのは"向こう側"の星だろうけど。
 察しがいいというか何というか。その敏さをあんなザマになる前に発揮出来なかったのかって気持ちだけどね』

 丁寧な口調で物騒なワードを口にしたのは、上品な金髪を肩まで伸ばした身なりの良い少女『2nd』。
 それを冷静に諭しつつ、"向こう側"の惑星を皮肉ったのは絶世の美貌、最早美の黄金律に達したバランスを持ち合わせた女『4th』だ。
 『4th』は肩をすくめ、ちらりと残った同胞に目線を向ける。
 そしてモニターに表示された口を動かした。

『―――して。
 半ば分かり切った問いだけれど、やっぱり"剪定"は避けられそうにないかい?』

『無理。
 というか、恐らく根本的に不可能だよこれ。
 打てる手は全て打ったし、これ以上となると、それこそ地球全土を復興させるくらいしか思い付かない』

 もっとも、それでも確率は0.1%を下回るだろうけどね―――。
 プラチナブロンドのバーチャル・ドミネーター『3rd』は画面上に数式を弾き出しながら、『4th』を真似るように肩をすくめる。
 そう。これこそが、彼女たちの直面している「難題」だった。
 剪定による宇宙の消滅。
 回避不能の終着点。
 現実的な行き止まりを徹底的に取り払った先に待っていたのは、非現実的な行き止まりだったのだ。

『皮肉だな。
 存在自体が鬱陶しかったこの"予言"の存在が今はとてもありがたいよ。
 手前勝手な憶測で人を予言者にしてくれた民衆諸君に、一人一枚ずつ直筆で何か描いてやりたいくらいだ』

『ほんと、フォースちゃんには助かったよ。
 ……にしても剪定、剪定ねぇ……はあ。
 一体どこの誰がこんなシステム作ったんだろ。
 しょうがないって理屈は分かるけど、もっとうまいこと出来なかったのかねー?』

 『1st』。
 黒髪を膝の裏ほどまで伸ばした着物の少女は、心底面倒臭そうにため息をつく。
 この和服美人こそが楽園都市の元締めであり、ウィザードの生き残りたる男「管理者」と唯一意思疎通を許された存在であった。
 「管理者」が脳髄ならば『1st』は頭蓋骨。
 いずれも楽園都市において最も重大な存在といって差し支えない。
 彼女が崩れたなら、代わりはいない。
 故に『1st』。
 最初にして最重要のバーチャル・ドミネーター。

『ないものねだりをしても仕方ないよ、ファースト。
 それに、打つ手がまったくないわけでもないんだからいいじゃない。
 多少物騒な手段ではあるけど、そこはそれ。
 生きるためなら仕方なかったってことでひとつね』

『ハッ! 言い訳なンざいるかよ。
 一方的な蹂躙でいいだろうが。
 その方が、あっちも後腐れなく俺らを恨んで逝けンだろ!』

『うわ、うっざー。クソ雑魚マザコンナメクジのフィフスくんは黙ってて下さい~、永遠に肩たたきでもしてろバーカ。ヘボ。吐き捨てたガム』

『よし殺す!』

『殺さないの』

 煽る『3rd』に青筋を立てる『5th』をどうどうと宥める『2nd』。
 その様子にはただの同業者というだけではない、友人同士ならではの気安さが見て取れた。
 そう、彼女たちはあくまでも、どこまでも同胞なのだ。
 自業自得の滅びをねじ曲げ、世界を復興させた無二の仲間たち。
 もっとも『3rd』と『5th』はこの通り、かなりガチ目に仲の悪い間柄なのだったが。
 仲裁役がいなければそれこそ本当に殺し合いを始めてしまうくらいには険悪なのだったが。

『でもまあ、そうだね。
 私たちは私たちの世界を守らなきゃいけないし―――』

 ニコッと微笑む『1st』の瞳に宿る光は、断じて人のそれではなかった。
 神だ。
 人智すらも手玉に取り、転がす者としての気質が一瞬覗いた。
 まして彼女は世に残した爪痕が爪痕である。
 今回のような理不尽な真似も、特に抵抗はないようだ。

『―――心の中で謝りながら、殺戮させてもらうとしようか。
 不運などこかの世界に、八番目が宣戦布告だ』



    ▼  ▽



 ―――虚数空間・深部。
 彼女たちの世界が揺蕩っているのはそこだった。
 否、揺蕩うだけには留まらない。
 既に浮上が始まっている。
 完全に地上へそのテクスチャを現出させるまで、後半月あるかないかだ。


 魔神王の大業を跳ね除け、世界は救われた。
 されど惑星は、人理は漂白された―――遙かなる異星の神によって。
 神が見込んだ七人の「クリプター」によって。
 行き止まりの人類史が遍在する死の星へと、地球はその姿を大きく変えた。
 未来は、失われた。
 ひとつだけ確かに見つめていたはずの未来が消えてなくなった。


 そこに第八の異聞が浮上する―――全くの外様が。
 偶像楽園都市:エルサレム。
 剪定の回避を望むが故に、事象を越えて航海してきたコンキスタドールの船が上陸する。
 上陸したコンキスタドールは何をする?
 簡単だ。
 為すべきことを(・・・・・・・)為す(・・)のである。


『俺たちは人理を鞍替えする』


 人の叡智が繋ぎ、歴史の叡智が実らせた楽園はしかし重大な欠陥を抱えていた。
 それは宇宙による剪定。
 剪定事象を編纂事象に書き換える手段だけは、どうしても見つからなかった。
 そこで電脳の支配者たちは見出したのだ。
 視点を変えた、と言ってもいい。
 避けられないのならば、成り代わればいいと。
 切り離されることのない優秀な枝をへし折って、そこに自分たちの枝を接げばいいのだと。


『予言の日は来ない。
 しょせんチャチな後付けさ。私の予言は確実に当たるが、しかし絶対ではないのでね』


 無論、そこには大勢の犠牲が生じる。
 それはひとつの世界を殺すことと同義だ。
 惑星を殺し尽くした人類と何も変わらない。
 そのことを理解した上で、なお、反対意見は出なかった。


『ぼくらは殺戮する。
 ぼくらは蹂躙する。
 ぼくらは陵辱する。
 ―――ぼくらのために(・・・・・・)。あいにくぼくらはAIだ、ヒトの心なんて分からないからね! はははは!!』


 楽園の維持こそ最優先事項。
 そのために必要だというのなら、是非もなし。
 全会一致をもって「人理簒奪計画(プロジェクト・レコーディングシフト)」の実行は決定された。
 虚数空間での航海、からの事象移動、からの浮上。
 世界を切り離し、船に見立てて彼らは事象を渡る。


『楽園の運営を休まずに、っていうのが難しいところですけどね。
 言っときますけど、みんなを不安にしない戦いが大前提なのは忘れちゃダメですよ?
 私たちはあくまで彼らを守るため、導くための存在。
 剪定の回避はもちろん大事ですけれど、楽園都市を楽園たらしめるものが何かだけは見失わないよーに』


 ―――彼らは無慈悲な悪である。
 されど、悪性に基づいていない。
 その目的はどこまでも愚直に、呆れるほどまっすぐに、とある方向だけを向いていた。
 即ち「楽園の維持」。
 「人類の保護」。
 「恒久的な平和」。

 ……そこに微塵の私欲も邪心もない。
 なぜなら彼らは、かくあれかしと定義された電脳英霊なのだから。


『そう、私たちは楽園の統治者であり、外界の侵略者である!』


 ―――「楽園都市」浮上まであと十三日。
 これはカルデアのマスター、藤丸立香が目を覚ます一時間前に行われた会合の記録である。



    ▼  ▽



「……あ、ところでセカンドちゃん。
 「花の魔術師」と「ハイ・サーヴァント」はしっかり捕らえといてくれた?」

「ああはい、抜かりなく~。
 魔術師さんはうちの区画(セクタ)にきっちり閉じ込めてますよ。
 メルトちゃんはフィフスくんのところに回しましたし、まあ大丈夫でしょう」

「ん、りょーかい♪
 あの二人は色々とこう、特別だからね。
 きっちり維持しておかないと―――必要になった時、困る。」

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剪定偶像末世 エルサレム 第1節:バーチャル・ドミネーター

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最終更新:2018年06月15日 18:59