『はーい、皆さんこんばんはー!
元気にしてますか? 楽園都市での暮らしは慣れました?
心配せずとも、もう爆弾の火や放射能の毒を怖がる必要はありません!
全部、全部、ぜ―――んぶ、私達"Vnator"が取り払ってあげましたからねー!』
上品な金髪をブロックノイズと共に人々へ語りかけるのは『2nd』のバーチャル・ドミネーター、もといVnatorであった。
街には高層ビルが立ち並び、道路は端正に整備され、ネオンライトの輝きは否応なしに文明の隆盛を感じさせる。
これが世界大戦の後、人類のほぼ全てが死滅した大地の一片であると一体誰が信じられようか。
しかし信じ難くともそれが真実だ。
聡明な人間が兆しを作り、電子化された英霊五柱が見事に人類を救済した。
『何かご不満や不便なことがあれば何なりと私に……セクタ2統括Vnatorである、このセカンドに申し付けてくださいな。
出来る範囲で前向きに対応させていただきますので。勿論、人に迷惑の掛からない、誰も傷付かない、という前提は付きますけれどー』
此処は楽園都市:エルサレムが五区画の内の二番目、セクタ2。
白百合の紋章をトレードマークに、底抜けに明るいVnatorの名の下運営される楽園の断片だ。
特定の支配者によって運営される都市体制と聞いて、理想郷を思う人間は少数派だろう。
弾圧。
管理。
粛清。
以上三項より成る非幸福秩序社会。
少し物語に触れたことのある人間なら誰もが連想するイメージと楽園都市はしかしイコールでは結ばれない。
不満があれば言ってくれと発言したセカンドにおずおずと手を挙げたのは、一人の若者だった。
「セカンドちゃん、あの何とかって配給食の味、もうちょっとバリエーション付けらんねーかな?
マズいわけじゃないんだけど正直ワンパターンで飽きるっていうか……贅沢なのは分かってんだけどさ」
『あー、完全代替食ですね。私達はAIですから味とか分かんないんですけど、そうですか、ワンパターンですか……』
完全代替食:ヴァントーズ。
この楽園都市には、従来の食料は一切流通していない。
核の炎による汚染で外界のそれらが壊滅した都合種子の類がごくごくわずかにしか残っていないためだ。
根気強く栽培していけばいずれは再び口に出来るかもしれないが、安定した供給体制が確立するまでは少なく見積もっても数年だ。
とてもじゃないが、現実的とは言い難い。
そこでVnatorたちが打ち出したのが、そもそも従来の食品に頼らない都市運営。
あらゆる栄養価を総合的に内包した完全代替食だ。命名はこの2ndがした。
これを食べている限り、いわゆる生活習慣病に罹ることは絶対にない。
生産体制はVnatorのトップである1stの権能に由来しているので枯渇の概念が存在せず、おやつや夜食の分も希望すれば自在に供給される。
完全代替食はそんな最高の食料なのだが、欠点がひとつだけ。
それは今彼が言った通り、味がワンパターンなのである。
決してマズくはないしむしろ美味い部類ではあるが、どんなに美味な食事も毎日食べれば飽きが来るというもの。
AIであるVnatorたちには味見も出来ないので、これは市民が指摘しなければ絶対に改善されない欠点であった。
『わかりました、じゃあファーストに今度提案してみますね。
彼女の権能がどこまで融通利くかわかりませんけど、とりあえず曜日ごとに別々な味が楽しめるくらいには出来ると思います』
「ああ、ありがとう! セカンドちゃんたちには毎度本当に助かってるよ!」
『お礼を言われるほどのことじゃありませんよ~。
私たちはそうあるべくして作られた人造の支配者。
皆さんの幸福指数を高めるために粉骨砕身するのは当然のことですから★』
市民が2ndを見る瞳に猜疑心や恐れは一切ない。
ただ全幅の信用と好意的な感情だけで満ちている。
彼女たちは支配者であって、オアシスの如き偶像だった。
キラキラキラキラ光り輝いて、不安と恐怖、嫌な思い出をかき消す太陽。
『あ、それと』
彼女たちはこの世界の最後の砦だ。
彼女たち以外にこの世界は維持出来ない。
回避不能の「剪定」を揺るがせる彼女たちだから。
人類史を電脳化して出力した電脳英霊の彼女たちだから―――
世界を救える。その手は苦しむすべての人に届く。
『皆さんご心配の「バグ」ですが、現在進行系で対処中なのでもうちょっと用心しててください。
見かけたら即逃げからの即通報、でお願いします。
私たちの楽園都市に争いはあっちゃならない。革命なんて以ての外ですので』
「もちろんさ。正直怖いけど、それ以上に許せねえよな」
「ほんとよ。なんだって人が幸せに暮らしてるのを邪魔してくるのかしら」
「俺たちにVnatorの皆みたいな力があったら、率先して狩ってやるところなんだけどな……!!」
憤る人々を笑顔で宥め、2ndはいつもの通りににこにこと微笑む。
どんな悪感情も漂白されてしまうような。
可憐という言葉をそのまま具象化したような麗しの美貌。
その耳には白百合のイヤリングが、静かに輝いていた。
▼ ▽
「……ぱい、せんぱい、先輩!」
「―――ん」
聞き慣れた声と手の感触でわたしは目を覚ます。
寝起きでぼやけた視界がはっきりしてくるにつれ、記憶も蘇ってきた。
……あれ。
わたし、なんでこんなところにいるんだっけ。
わたしはロシアを復元―――いや。
この手この足で滅ぼして、シャドウ・ボーダーに戻ったはずなのに。
もしかしてまたいつもの夢案件だろうかと思っていたが、どうやら完全にいつも通りというわけでもないらしい。
その証拠がわたしを起こしたかわいい後輩……マシュ・キリエライトの存在だった。
霊基外骨格:オルテナウスに身を包んだ彼女の顔は困惑気味で、わたしと同じく唐突に此処へ移動してきたことが窺える。
「マシュの方が聞きたいとは思うんだけどさ」
「はい」
「此処何処?」
「わたしが聞きたいです」
うーん、やっぱりか。
わたしは改めて周囲を見渡す。
……一言で言うなら、大都市だ。
いつかの新宿はおろか、わたしの時代の東京と比べても数段上の発展を甘受している都心。
直前まで旅していたのがあのロシアだから余計にきらびやかさが際立って見える。
「シャドウ・ボーダーに戻ったところで突然意識が薄れて、気が付けば此処に」
「じゃあわたしと同じだね。……こういうことは慣れてる方だと思うんだけど、今回ばっかりはタイミング悪いなあ」
あのロシアの一件については、自分の中でもうちょっとよく整理したいのが正直なところだ。
拘束したカドックのこともあるし、あまり長いこと眠っているわけにはいかない。
こっちでの時間とあっちでの時間が同じ流れじゃないというお決まりのご都合主義に縋るしかないのがなんとも不安だ。
「特異点か異聞帯かは判然としませんが、今までのケースだと問題を解決すれば帰れるはずです。
……先輩にはご負担をお掛けしますが、一緒に頑張りましょう。
このマシュ・キリエライト、今までもこれからも先輩の一番の盾として頑張る所存ですので!」
「うん―――頼りにしてるよ、マシュ。
今まで通り二人三脚でやってこう。
わたしも出来る限りのことはするから、ね」
「はい!」
ナーバスになっている余裕はこのわたしにはない。
わたしは死ねないし、止まってはならないのだ。
死ねないのは二年前からで。
止まれないのは数時間前からだ。
わたしは歩かなければならない。
世界を救い―――踏み潰した世界を忘れないために。
「―――あ、もういいですか?
窒息しそうなくらいの青春オーラにこのBBちゃんも思わず怯んじゃってたんですけど。
異郷の地で奮戦し疲労困憊のBBちゃん、そろそろお話始めていいですか?」
「「はいっ!?」」
その声は不意に響いた。
わたしはもちろん、わたしより先に目覚めていたマシュも全然「その人物」の存在には気付いていなかったらしい。
退去前のカルデアにいた、エクストラクラス:ムーンキャンサーの少女。
BB。わたしが月の楽土で出会った―――もう会うことはないはずの彼女が胸焼けしたような苦い顔で立っていた。
「び……BB!? どうして!?」
「月並みなリアクション感謝です。
……と言いたいところですが、今回は仕方ないですかね。
わたしも実際、こうして再び対面することになるとは思ってませんでしたし」
髪先をくるくる弄んでBBは肩をすくめる。
どことなくその顔は疲れ気味に見えた。
いつも余裕綽々で底知れないものを匂わせている彼女らしくもない表情だ。
それを見てわたしはなんとなく確信してしまう。
ああ、此処では何か……手に負えないようなことが起こっているんだなと。
「まずは異聞帯:ロシアの攻略お疲れ様でした。
元凶の一人を殺さないで拘束した辺りは甘ちゃんだなあと思いましたが、センパイはもうそれでいいです」
「えっ、どうして知ってるの?」
「消却の先に編纂があることは五月の時点で察知してましたから。
分かってたからどうにか出来るものでもないですし、捨て置いてましたけど。
せっかくなのでセンパイたちが本当にピンチの状況に追いやられた時助けに入ろうと、虚数空間にこっそり潜伏してたんですが―――」
そうだった、BBというのはこういうとんでもない少女だった。
頭を抱えたい衝動を堪えるわたし。
その横でマシュが口を挟む。
「……もしかして私と先輩を此処に呼んだのは、BBさんなのですか?」
「ま、ざっくり言うとそうなります。
本当はわたしとリップたちでどうにかしてしまう算段だったんですけれど……ちょっとわたしたちだけでの戦いに限界を感じ始めましてね。
あ、こっちとあっちの時間の流れにはそこそこ大きな差がありますから、細かいことは考えなくて大丈夫ですよ」
「うーん、ナイスご都合主義」
ひとまず安堵するけれど、すぐにそんな場合じゃないと思い直す。
BBが強いことをわたしは敵としての立場でも、味方としての立場でも体感済だ。
それに今のセリフを聞くに、彼女と同郷のアルターエゴ二人もこの地で奮闘しているらしい。
全員並のサーヴァントじゃ相手にならないくらい強いのに―――それでも行き詰まったというのだ。
わたしたちの「未来を取り戻す戦い」に影響を出さないように解決したいという予定が崩されるほどの何かがこの町で起こっているのか。
「それこそ月並みな質問だけど……敵はそんなに強いの?」
「まあ強いですけど、そこまでインフレ極めてるわけではないですね。
一柱一柱ならまあ対処可能な範疇かな、といったところです。
Vnator……電脳統治偶像の皆さんは基本いい子ちゃんですから」
「……バーチャル・ドミネーター?」
「通称Vnator。
この大都市……楽園都市:エルサレムの文字通り統治者たちですね。
全部で五柱の英霊から成っていますから、彼女たちを全員倒せばわたしとセンパイたちの勝利。
八番目の異聞帯が浮上して足並みを揃えてるところのクリプターに喧嘩を吹っ掛ける未来はなくなります」
……時間が止まったような気がした。
「……あの、今なんて?」
「ですからね―――八番目の異聞帯なんですよ。
この「楽園都市」は、人類史の横取りを目論むインベーダーの宇宙船なんです」
そしてわたしは、知ることになる。
この大都市が何のために生まれて。
わたしたちの人類史に、何をしようとしているのか。
知り、向き合うことになる。
この―――「救われた世界」に。
▼ ▽
「先輩……」
戦争によって滅び、そこから部分的ながら復興を果たした世界。
人の叡智と英霊の優しさのもと成り立ち、しかし剪定の定めを逃れられなかった世界。
虚数空間に世界ごと潜行し、地上に浮上して人理の簒奪を成し遂げんとする世界。
それがこの異聞帯―――楽園都市:エルサレム。
救われ、幸福に満ちた、悪のいない世界。
……わたしが潰さなければならない、世界。
「どうしました? やっぱり甘ちゃんのセンパイには突き刺さっちゃいましたかね?」
「……正直、そんなことないって言ったら嘘になるなあ。
やっぱり堪えるよ。これに慣れるのは、わたしにはちょっと無理そう」
慣れられないし、何より慣れちゃいけないと思う。
世界を滅ぼすことに、人の営みを壊すことに慣れたらおしまいだ。
それに慣れてしまった時、わたしはきっと人間ではなくなってしまう。
マシュや英霊のみんなが信頼してくれたわたしではなくなってしまうだろう。
「でも、そうしなきゃいけないのなら―――やるよ」
「……ずいぶん目つきが変わりましたね。
こうして再会するまでは、失礼ながら半信半疑だったんですが」
「BBさん。
差し出がましい物言いかもしれませんが……先輩はもう大丈夫です。
「私たちの」未来を取り戻すために、前を向いて戦うことが出来るはずです」
「……そうですか。
それならわたしとしても憂いが断たれますから何よりです」
―――此処までは大前提だ。
わたしが怖じ気付いたならそもそも話が始まらない。
そしてわたしは、もうそのスタートラインで足を止めはしない。
あの王の最期、あの皇女の末路、あのヤガに託されたこと、これから守るべきもの、全部。
全部胸に刻んで、戦うだけだ。
だからこの大前提をわたしはもう乗り越えられる。
わたしは、楽園を破壊出来る。
「じゃあ話を進めましょうか。
もうお分かりでしょうが、わたしたちはこのVnatorの討伐を目的に動いています。
戦力は……わたしとリップと、センパイの国の英霊が二人ですね。
リップたちはセクタ5で、『5th』のVnatorと交戦しています」
「わたしの国の……。
―――あれ? メルトはいないの?」
BBとパッションリップ。
この二人が揃ったなら、あと一人もいなければ嘘だ。
そう言っても過言ではないくらい、彼女たちは存在として非常に近しい。
メルト。メルトリリス。わたしが―――あの月を共にした快楽のアルターエゴ。
しかしBBの口からは此処まで一度もメルトの名前が出ていない。
わたしがメルトの所在を問うと、BBは途端に眉を顰めた。
よくないことを伝えようとしている顔だった。
「それを語るには、まずわたしが「センパイたちを呼ばないと厳しい」と判断するに至った戦いから説明しないといけません」
「……話してくれる?」
「さっきも言いましたけど、Vnator自体はそうぶっ飛んだ強さの敵じゃないんですよ。
月の癌たるこのわたしとハイ・サーヴァントのリップにメルト。
これだけの戦力があれば片っ端からなぎ倒せる―――予定だったんです」
はあ、と溜め息。
「『2nd』の管轄区、セクタ2で『3rd』のVnatorと交戦するまでは」
「……3rd?」
「一言で言うなら、あれはわたしたちの「天敵」でした。
こういう自体も織り込み済みなのか、バッチリ対策もされてましたし無理ゲーです。
早々に撤退が吉と判断し、東洋の「坂本さん」に助けていただいて逃げ遂せるはずだったんですが―――」
坂本さん、という名前にわたしは覚えがある。
日本人で姓が坂本の英霊なんて一人しかいないし、そうでなくてもわたしはその人と関わったことがある。
だがそれよりも問題は、「ですが」のその先だ。
……聞かなくても何が起こったのかは予想がつくけれど。
「メルトだけはその性質上、野放しには出来なかったんでしょうね。
力任せにぶん取られちゃいました、現在安否は不明です。
消滅してはいないと思うんですけれど、ね」
「……『弁財天五弦琵琶』」
弁財天五弦琵琶:サラスヴァティー・メルトアウト。
カルデアで彼女が使ったのは攻撃宝具としての運用ばかりだったけれど、あれは本来の形じゃないと聞いたことがある。
曰く―――文明圏に属する民意を蕩けさせ、群体のように一体化させ、最終的には吸収する対衆宝具と。
……ものすごく質の悪い宝具だなと思ったからよく覚えてる。
確かSE.RA.PHでの戦いじゃないから、宝具の効果を絞って普段は使っているらしいけど、それは裏を返せば多少は対衆の使い方も出来るということだ。
Vnatorたちはそれを見逃さなかった。
自分たちの楽園を守るために、メルトリリスだけは強引にでも手中に収めた……思わず唇を噛んでしまうような手際の良さだ。
「セクタはあくまで管轄区の目安に過ぎません。
Vnatorは必要とあればびっくりするほど軽率にセクタを飛び越えて援軍にやって来ます。
坂本さんとリップ、あともうひとりの東洋英霊さんがメルトの幽閉されているセクタ5で作戦を行っていますが……」
「敵は5thのVnatorだけではないかもしれない、ということですね」
「そういうことです。
坂本さんのことですし、上手く立ち回ってはいるでしょうけれど、メルトちゃんを助け出すとなればどうしても博打の要素が出てくるのは避けられない。
―――あ。わたしが手ずから助けに入れば、それこそ件の3rdがもう一回駆けつけでもしない限りどうにかなるんじゃ、とか思ってますね?」
「う……少しだけ。すみません、BBさん」
「まあ、このプリティーながらもパーフェクトなBBちゃんにかかれば大体上手く行くというのは決して間違いじゃありません。
ですが、わたしはわたしで少々やることが出来ちゃいまして。
メルトの奪還が楽園都市攻略の近道というのは確かにそうですが、だとしてもそっちにかまけている余裕はなさそうなんです」
説明するにはまだ時期が早いと、BBの瞳はそう言っていた。
その顔にいつもの不敵な笑みは浮いていない。
それはつまり、彼女をして確実に達成出来るかは分からない目的に向き合おうとしていることの証だ。
それが何なのかは、わたしとマシュには分からないけれど。
「……うん、大体わかったよ。
つまりわたしたちは、リップたちと合流してセクタ5の攻略に取り掛かればいいんだね?」
「察しが早くて助かります。
5thを始めとした各Vnatorの情報は坂本さんが持っていますから、彼に聞いてください。
センパイ、坂本さんと面識があるんでしたよね?」
「そうだね。ちょっといろいろあって」
わたしは頷く。
BBもそれを見て頷き、見慣れた不敵な笑顔を見せてくれた。
「じゃあメルト奪還と5th討伐はセンパイたちに任せます。
次会う時までセンパイが無事に五体満足でいられることを祈っておいてあげましょう。
BBちゃんの貴重な慈悲深い心を無駄にしないようにお願いしますね?」
「自覚あったんだ……。
それはさておき、期待には応えないとね。
大丈夫、任せて。いつもみたいになんとかしてみせるよ!」
それに、人理どうこうの事情がなくたって囚われたメルトリリスを放ってはおけない。
セラフィックスで彼女と共に過ごした時間のことは今も昨日の出来事みたいに鮮明に思い出せる。
あの子のマスターとして、アルブレヒトとして―――お姫様は助け出さなくちゃ。
「あ、そうそう。言い忘れてました」
決意に拳を握り締めるわたしに、思い出したようにBBは言った。
顎に人差し指を当てて、ものすごく……そう、ものすご~く白々しく。
「セクタ5に行くには、さっき言った2ndのVnatorが支配するセクタ2を超える必要があります。
白百合のお姫様はそりゃもう、とてつもなく物騒な方なので―――見つからないように気を付けてくださいね?」
「……はい?」
▼ ▽
れるりら、れるりら。
無機的な蒼光が照らす仄暗い一室で笑うのは偉大な「一番目」。
1stと呼称されるVnator。
楽園都市の心臓。
このエルサレムにおける、唯一の神。
「ま、そりゃ出て来るよねえ」
すべてを見通して。
歌う、歌う。
女神は歌う。
「みんなに伝えるのはもうちょっと後でもいいかな?
下手に構えないで相対してもらった方が、みんな危機感を持ってくれるだろうし」
その名は世界に対する呪いである。
星に災禍を刻んだ女神。
今は、星を災禍より跳ね除ける女神。
「じゃ、おいで。
ムーンキャンサーのお嬢ちゃんも、末世の救世主、最後のアヴァターラたる君も」
―――れるりら、れるりら。
女々しい歌が響き渡っている。
それは地の底から響くようでもあり、海原の真中に響く潮騒のようでもあった。
ただひとつ、確かに言えるのは。
カルデアもといシャドウ・ボーダーからの来訪者にとって、その音色は破滅以外の意味合いを持たないということだけ―――
最終更新:2018年07月16日 02:48