「では、これより松永久秀の首を取りに行きましょう」
一日経ち、ついにその時がやってきた。
藤丸、酒呑童子、信長、梶井、孫一、清姫。
カルデアと遊撃衆の共同戦線。
蝋燭の火が照らす室内は薄暗いが隠れて話をするにはちょうどいい。
「セイバーは現在、山の中に陣を張っているわ。とはいえ、基本的には妖を放っているだけよ」
山の中を示す簡単な地図を雑賀の側近が机に広げた。
山道にはあれやこれやと妖の名前が連なり、山頂には松永久秀の文字。
かなりの危険を冒してこの地図を作り上げたのだろう。
「作戦そのものは簡単なものよ。まずは第一陣を登らせ、交戦を開始」
「その後は?」
「一陣の目標は撹乱。交戦と撤退を繰り返す。元より妖に陣形や連携は求められないでしょうしね」
「まぁ、それもそうやねぇ」
故に、一陣の動きは前線の妖に混乱をもたらす。
もっとも、それはセイバーには通じない。
乱世の梟雄とまで言われた男だ。
「雑賀衆が来たとなれば向こうは迎え撃つ準備をするでしょう」
そこを狙う、とアーチャーは言う。
「一気に攻め込むんじゃないんだ」
「ランサーを引きずり出さないといけないのよ」
「それはなぜ?」
「ランサーの宝具は山全体を支配下に置くことは出来ないけれど、山頂の空間程度なら効果範囲内だからね」
ランサーの宝具『小豆の袋』は範囲内の相手を無力化する。
花街での一線では床を抜くことで対処ができたが山に登ればそうもいかない。
無力化されればあっという間に一網打尽であるのは明白。
「セイバーは自分から動かない。だからこそ、ランサーを狙い足止め……場合によっては撃破する」
「それは誰が?」
「ワシじゃ」
そう言ったのは信長。
「いいの?」
「構わん」
その返答に藤丸の肌がちりちりと痛む。
まるで彼女自身が熱を発しているかのような雰囲気だ。
どれだけ普段緩やかで伸びやかでも、織田信長は織田信長なのだと実感させられる。
氷のような冷たくもその下に炎のようなうごめきを感じる瞳。
「織田の軍がランサーを抑える間、私たちはセイバーを討ちに行く」
「……その要が私か?」
「そうよ、アサシン。霊基そのものに鑑賞して破壊する貴方の宝具なら、王手をかけられる」
「魔神柱はどうする?」
「あれはまだ完全に回復してないはずよ」
セイバーを倒せればあとは押し込むだけ。
事実、魔神柱は傷を癒すためか自身から能動的に攻め入ったりはしない。
なら、一気に決めてしまうのがいい。
「……簡単ではないことだけれど、この策は必ず」
※※※※※
「報告します! 雑賀衆襲撃の報せ!」
山中に広がる戦火。
潜み、襲い、退くの繰り返し。
何度も何度でも。
相手の戦力を削ぎ落とす。
妖たちに連携はない。
したとしてもそれは一時的なものでしかなく、総力戦となればその練度故に雑賀衆に分があった。
なによりここまでの期間雑賀を鍛えたのはあの織田信長である。
雑賀孫一の戦略、この日のための二重三重の用意。
信長を前線から離れさせ、セイバーがその因縁から気を変えない準備をし、一方で自らの兵に新たな戦術の風を吹き込ませる。
「……そうか」
報告に来た妖にセイバーが触れる。
瞬く間に妖の体は燃え上がり灰に還る。
「……」
セイバーの腹の中で何かが騒ぎ出す。
今まで取り込んだ霊基が生きている。
真名、ぬらりひょん。
真名、安珍。
真名、橋姫。
それぞれが別々の存在であり、同じ人物の体に身を寄せる。
……一時的にだが魔神柱も普段は彼の霊基に隠れ傷を癒している。
霊基焼却の応用。
霊基を喰らい己の能力に変える。
全てを奪う、それこそが京のセイバー……松永久秀の炎。
「俺が出るまでもない。ランサー、出ろ」
「はい……」
戦場を見もせず、セイバーは陣に寝転がる。
傍若無人、自由気まま。
人でありながらの人でなしの姿である。
※※※※※
嗚呼、ここに貴方はいない。
消えてしまった影を何度も追いかけた。
小豆の袋の裏切り。
犯した罪の重みを表すかのように姉様は貴方を殺しました。
悪いのは私。
なのに、貴方への思いは断ち切りがたく。
縁の糸がそのままに。
恨みすらこのままに。
一人で踊る夜の孤独。
ほの暗く乞うの脆く。
「姉様」
みいつけた。
「うむ。刃を向けること、一度は許す。しかし二度はない……市」
「……はい、姉様」
火薬の匂い、弾けた。
※※※※※
「ほ、本当にいいのか?」
「……なにが?」
「遊撃衆がいるとはいえ、彼女ひとりで」
「そういう作戦だしね」
アサシン……梶井の言葉に藤丸はそう返した。
不安がないといえば嘘になるが彼女の強さはよく知っている。
それに彼は遊撃衆がいるとはいえと言ったがそれで十分だ。
彼らは強い、そこに信長の軍略が加わればそう易々と負けることは無い。
信長も引き際を知っているだろう。
生きて帰れば次はある。
ここにいる多くのものが知っている。
「それより貴方は自分の仕事に集中しなさい」
「……合図が来たら宝具解放」
アサシンが打つ一手のために全員が動く。
セイバーにその宝具が届けば終わらせられる。
そのために全力だ。
打つ手を打って、王手を取る。
「撃てっ!」
その言葉が出るが早いか山頂の本陣を取り囲むように配置された雑賀衆が引き金を引く。
殺す時が来た。
そしてそこに酒呑童子が飛び込んだ。
「いや、倶利伽羅か?」
「仁王に見えるかね?」
その視界内、火を纏う松永。
弾丸すら溶かす熱か。
爆炎は酒呑童子に向けられ、それが到達する前に飛び退いた。
「……あの程度では死なないわよね」
「清姫はそばにいて」
「はい……! ますたぁの身をお守りします」
火蓋は切られた。
生き残るものと死ぬものが出る。
最終更新:2020年11月23日 21:47