定礎焼滅炉心 冬木 プロローグ(Ⅱ)

プロローグ(Ⅱ) 千界樹の帰還



 ───1945年 日本 冬木


 冬木の大聖杯が再起動して二日目。4人のマスターは冬木に再集結していた。間桐は元よりアインツベルン、キャスターのマスターは冬木市から離れなかったがこの戦時下に日本人以外の姿は相当目立つため彼等は外に出ていなかった。
 無論、それは他のマスターにも言えること。隠密に再入国をする必要がある。
 アメリカ合衆国と関わりのあった人形使い、アサシンのマスターは再び冬木の地を踏むためにB29から落下し、数十キロの道のりを踏破して冬木に侵入したらしい。今はもぬけの殻となった遠坂邸に潜伏している。
 あと一人のマスターは第二次世界大戦中に「不幸にも」死んでしまったらしい。おそらくは聖堂教会との戦いによるものだろうが知る者は当事者だけだ。
 聖杯戦争の監督役も言峰神父が殺されたとあっては誰もおらず、ましてやアメリカの秘密兵器が使われると噂の日本へ秘密裏に潜入させるのは躊躇われた。それでも一人、名乗り出る者がおり、身元も信仰も確かなためこちらもB29の空襲警報で人を避難させた後に航空機からのパラシュート落下により冬木へ送り込まれた。
 名をシモンというらしい。絶海の孤島で神父をやっていた人物で代行者と言った戦闘の遍歴は特にない。いわば魔術師に関する知識のみを有する一般人に近い。つまるところ本当に監視が目的であり、この聖杯戦争を揺るがすような人物ではない。
 当然ながらマスターの資格もない。


 さて困ったことだ。何せサーヴァントの数が足りない。
 エーデルフェルト姉妹のサーヴァントは既に聖杯に食わせたのであと5騎。ならばマスターもあと一人必要だ。
 それはカルデアのマスター以外でなければならない。聖杯戦争を始めることでようやく特異点となるのだから。
 だから用意した。5人目のマスターを。




 ここはどこだ。


 男はとある高層ビルの屋上にいた。
 1945年の日本、それも首都から離れた冬木では高層建造物は未だ少なく、故に目立つ建物の一つであろう。しかし同時にB29が空爆を行う時代とあっては誰も屋上へ見向きもすまい。ましてや街灯すら制限された今では夜の闇が男を完全に隠蔽していた。

 男は魔術師であった。魔術協会が定める階位のうち最高位の冠位(グランド)を持つ魔術師であるが、本人の実力としては第二位の色位(ブランド)である。最も実力で冠位の者などほとんどいないため、実質的に色位が最高位と言える。
 まず視力を魔術で強化、更に暗視効果も追加して下界を覗けば見えるのは見覚えのある極東の街並みと言語───日本語だった。
 東洋の意匠を凝らした住宅が立ち並び、その窓の一つからもんぺを着た婦人や丸刈りの少年がチラホラと見える。家のほとんどは明かりがなく、強いて言えば蝋燭を照明に使っている者達が見られるが、大半は蝋燭すら満足に持っていない人々だった。


 まさか。ここは戦時中の冬木なのか?


 そう思ったところでようやく男は自分の恰好に気が付いた。
 ナチスドイツに所属していた頃に来ていたSSの軍服。記憶している限り50年以上昔に捨てたものを着ていた。
 全くの理解不能な自体に男は混乱し、記憶を探る。


 ルーマニアのトリファイス────空中要塞────ランサーと融合────響き渡る洗礼詠唱────消えゆく意識。


 霧がかかったように記憶の断片しか蘇らない。それでも戦時下の日本にいなかったことは明らかだ。ならば今の状況は一体何だ?
 まさか幻術を掛けられているのかと疑い始めたその時。


「ご機嫌いかがかな? ダーニック・プレストーン・ユグドレミレニア」


 声に振り向くとそこには()があった。影、そうとしか表現できない。黒い靄を被り、存在感はあるも虚ろで今にも消えそうなナニか。
 それは楽しむようにダーニックへ話し続ける。

「ようこそ、第三次聖杯戦争の舞台へ。私はキャスターのマスターだ」

「馬鹿な……第三次聖杯戦争だと。それは50年以上前に終わっている。それに私はルーマニアで聖杯戦争をしていたはずだが、なぜこんなところで、こんな服を着ている」

「成程、確かにその質問には答えなくてはならないな。まず初めに言うと君は既に死んでいる。まあ、心当たりがあるだろうがね」

「成程、やはり私は死んでいたか」

 怒る、あるいは悲しむべきことのはずなのにストンと腑に落ちた。
 客観視して判断できるのは記憶が虚ろだからかもしれない。
 無論、無念はある。しかし、今は状況の解明が先だ。

「しかし、それでは私がここにいるのはおかしいのではないか?」

「それについては謝罪しよう。役者が足りなくてね。マスターを一人補充するのに適切な人物を見繕ったところ君が該当したというわけだ」

「知りたいのは理由ではなく手段だ。死人をよみがえらせるなど魔法ですら不可能な芸当だ……一体、私に何をした?」

「何も」

「何?」

「何もしていないとも。強いて言えばここに召喚した。未来から君を見つけて記憶を複写したというべきかな」

 出鱈目すぎることをさも平然のように語る影。
 嘘だと切り捨てることは可能であるが、記憶の移動だけならば可能だ。だが時空を超えるレベルのものは魔法に等しいだろう。
 しかし、そういったものが平然と出てくる戦場を知っている。つまりは聖杯戦争だ。

「ああ、勘違いをしているようだから一つ言うと私は大それた魔術師ではない。キャスターの助力が無ければ他者の記憶を持ってくるなど到底できないさ」

「貴様のキャスターは未来視ができるのか?」

「さて、そこまでは同じ聖杯戦争参加者として言えないな」

「同じだと?」

「言っただろう。マスターを見繕ったと。つまり、君は聖杯戦争に参加しないといけないのだよ、ダーニック」

「断ると言ったら?」

「断れないさ。断れば君はここで死ぬし、何より君は聖杯が欲しいだろう?」

「聖杯は欲しいが、他人に踊らされるのは真っ平でな」

「では諦めるのか? 君があれほど執着した聖杯を。一族の繁栄を約束するアレを」

「……」

「安心したまえダーニック。私は君をこの時代へ呼び寄せた者だが、一参加者に過ぎない。説明が終われば以降は敵同士さ。
 君の体や魔術回路、魂に一切の細工はしていないし、あくまで正々堂々の形をとるつもりだ」

「……いいだろう。だが、この質問には答えてもらおう。アレ(・・)は何だ」

 穴。そうとしか表現できない。
 空に穴が開き、太陽の如く赤黒い靄が周囲を覆っている。

「特異点であり、聖杯から生まれたモノだよ。この時代の人々には見えないように隠蔽の魔術をかけておいたし、君も先ほどまでは見えなかっただろう?」

「特異点だと……」

「ここは人理定礎が焼滅する炉心。歪んだ第三次聖杯戦争の舞台(ステージ)となっている。つまりは……」

「この第三次聖杯戦争によって世界が滅ぶと?」

「流石は千界樹(ユグドレミレニア)の長。理解が早くて助かるよ」

「つまり私は薪か」

「いいや、物語の登場人物(ぶたいそうち)さ。あくまで滅ぶかどうかは君たちの頑張り次第だ。
 では、さらばだ。検討を祈るよ」

 そういうと影の気配は完全に消え去った。
 どこかへ消えたのか。あるいは声だけを飛ばしていたのか。ダーニックにさえ分からない。
 分かるのはアレが要注意人物であることと、このままでは聖杯を手に入れても世界が滅ぶということ。
 掌で弄ばれているようだが、権謀術数はこちらの得意分野だ。逆に躍らせてやろうと不敵な笑みを浮かべるダーニック。
 その笑みの先。ほんの僅かに光を放つ召喚陣があった。
 おあつらえ向きに用意されていたそれは特に細工してあるとは思えない。召喚をしようとしてふと思い出した。

 ダーニック・プレストーン・ユグドレミレニアはナチスドイツの魔術師として第三次聖杯戦争に参加していた。当時のドイツが有していた魔術の品や触媒をいくつも持っていたはずだ。
 ポケットをまさぐり、見覚えのある魔術礼装や符があることを確認する。そして目当てのモノを発見した。
 暗号化された拠点の座標。もしここが本当に冬木ならば残っている可能性が高い。
 ダーニックは召喚陣を放置して、その場から去った。アジトならば召喚の儀式をより安全に行えるからだ。誰かが描いたものを使うよりかは安全である。




 拠点についたダーニックは早速ソレを見つけた。
 木の破片。とある槍の柄に使われていたもの。
 使用後はナチスドイツのアーネンエルベへと返却され、二度と手にすることがなかった聖なる木片。

「あの時は何を触媒に喚んだのだったかな・・・」

 本当の第三次聖杯戦争ではどのようなサーヴァントを召喚したのかはまだ思い出せない。
 だが間違いなくこれで呼び出される英霊は規格外だ。それだけは保証できる。無論、ハズレもいくつかあるが。
 召喚陣を刻み、触媒を置く。更に聖別済みの水銀を流し、その上に聖水を振りかけた。
 召喚の準備が完了し、陣へ魔力を通す。励起される魔術回路を感じながらダーニックは召喚の詠唱を開始した。


「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ
 閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)
 繰り返す都度に五度。ただ、満たされる刻を破却する

 ————告げる。
 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 誓いを此処に。
 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ—————」


 荒れ狂う魔力の奔流。風が逆巻き、燐光を放つ召喚陣が一層輝く。
 これにて契約は成る。令呪が反応し、英霊の座からサーヴァントが召喚される。

 そこに現れたのは小麦色の肌に白髪の男。鉄の上に黒い牛皮を巻いた鎧と籠手を身に着け、赤いマントを羽織る。
 手に持っている槍はまるで今しがた人殺しをしていたかのように血に塗れており、アレに使われた物だとはっきり分かる。


「サーヴァント・ランサー。召喚に応じて参上した」


 槍兵(ランサー)のサーヴァント。その中でも最上位に存在する英霊を引き当てたのであった。
 白髪の男は凛とした言葉でダーニックに問う。


「お前が私のマスターか?」



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最終更新:2017年05月14日 10:10