外国人政策 > 法制度・外国人の権利

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国際法の観点から見た原則的な概念

人権保護と国家主権

人権保護と国家主権
国際社会の現状においては、人権保護に関する国際法規の具体的な適用と実現はいまだ各国の主権に委ねられる部分が多く、一元的な履行を確保・規制する手続きは十分に確立しているとはいえない。したがって、人権侵犯が国際の平和および安全の維持を危うくするおそれに至ったと判断される場合は、「国際的関心事項」として、それへの介入が合法化されることがあっても、一般には、各国の人権侵害に対する他の国家・国際機関の関与と対抗措置については、内政(国内問題)不干渉の義務との関係で限界があり、介入が正当と認められる程度と態様をめぐって、関係国の間で立場が対立する事は避けられない(栗林忠男「現代国際法」p.164-165)。

国籍と国籍の付与

国籍の意義
国籍とは、法的観点からは、個人をある国の構成員=国民たらしめる資格または地位をいう。国際法が個人に対して直接に権利義務を帰属させる場合は限定されており、国際法規の大部分が国家間の権利義務関係を規律している現状からすれば、個人と国際法を法的に繋ぐ「国籍」の概念が重要になる。個人が国際法上受ける利益の範囲は、具体的にはどの国の国籍を有するかにより異なるからであり、国籍は、その者に対する国際法上の効果を定める基点となる(栗林忠男「現代国際法」p.204)。
国籍の付与
いかなる者に国籍を与えるかはその国の自由に決定得る事項であって、国籍付与行為は一般に国内管轄事項とされる。各国とも出生による国籍取得を認め、これには血統主義(自国民を父または母として生まれた子に対して、出生地とは無関係に自国籍を与える)、出生地主義(自国領域内で生まれた子に対して、親の国籍とは無関係に自国籍を与える)またはその折衷的立場があるが、現在では純粋な血統主義や出生地主義を採用する国はほとんどない(栗林忠男「現代国際法」p.205)
重国籍・無国籍
重国籍は、一個人が同時に複数の国籍を持つ場合であり、特に外交的保護や兵役義務に関して重複が問題となる。無国籍者については、いずれの国家からも外交的保護が受けられないなど、弱い立場に置かれやすいので、国際法上無国籍者の発生を抑制したりその地位を改善したりする傾向にある。また、各国とも、重国籍や無国籍の場合に生じると考えられる自国の不都合を避けるべく、個人は一つだけの国籍を与えられることが望ましいとする「国籍唯一の原則」を理想とし、国籍の抵触が発生することを国内法上防ぐ試みをしてきた(栗林忠男「現代国際法」p.206)

外国人の出入国と待遇

外国人の出入国
広義の「外国人」は自国の国籍をもたない者すべてを指し、その中に外国の国籍をもつ者(狭義の外国人)といずれの国の国籍ももたない者(無国籍者)がある。国際法上国家は外国人の入国を許可する義務を負わず、その条件を自由に決める権利を有している。しかし、二国間または多国間の条約によって、相互の国民が入国し在留する事を認め合う場合があり、条約がない場合でも、実行上は各国とも一定の外国人の入国を許している。
外国人の出国は在留国法令により禁止される場合を除き一般に自由であり、一九六六年の国際人権規約(B規約)も、国の安全、公の秩序、公衆の健康・道徳または他人の権利・自由の保護のため必要な法律上の制限を除き、すべての人が自国又は外国から出国する自由を掲げている(一二条)。他方、適法に入国・在留を認めた外国人について、在留国が本人の意思に反して退去強制の処分をおこなう事に関しては、国際法上の制限がある。外国人の行動が、在留国にとって有害・危険な場合でもあっても、退去強制の理由には合理性が認められる必要があり、手続き上も、外国人は自己の追放に反対する理由を提示し、自己の事案が審理されることが認められなければならない。(栗林忠男「現代国際法」p.209)

外国人の待遇の基準
外国人に対する待遇の基準には、大別すると次の二つがある。一つは、国際標準主義と呼ばれる基準である。これは、外国人の人権の保護、救済のための法制度が整えられた「文明国」において通常期待されるような注意を払い、外国人を待遇すべきであるというものであり、主に先進国により主張されている。この主義によると、「文明国」にとっては国内標準であるのに対し、そうでない国にとっては国内標準以上の措置をとらなくてはならないことになる。
もう一つは、国内標準主義といわれるもので、外国人に対して自国民と同様の待遇を与えればよいというものである。ただし、自国民に対する待遇が極めて劣悪の場合には、この主張は問題となる。そこで、国際人権規約などにより内外人を問わず、「市民的自由の保障」に関する法規が明確化され、外国人の待遇に関しても最小限の国際標準主義を導入し、在留国の裁量権を制限するための基盤が用意されるようになってきている。(栗林忠男「現代国際法」p.211-212)

外交的保護

国家の権利としての外交的保護権
自国民が外国で身体または財産に損害を被ったとき、その外国の国内法上の手続きによって救済されない場合に、本国がその外国に対して適切な救済を与えるよう外交手段によって請求する権利が外交的保護権である。一般に、この権利は国家に属し、個人の権利ではないとされている。国家は個人という最小単位の集合によって成り立っており、個人が被った損害は国家の損害とみなされる側面をもつと考えられ、したがって、外交的保護は国家の「権利」としての性格をもち、個人の利益のために国家が行う「義務」は有していないとされるのである。そのため、直接の被害者である個人の要請を受けたとしても、国家は加害国との外交関係を考慮した上で外交的保護権を行使しない場合がある。逆に、個人の要請がない場合でも、外交的保護権を行使し得る。また、権利行使の結果として国会が賠償を得た場合でも、それを直接の被害者たる個人に渡さなければならないという義務は国際法上存在しない(栗林忠男「現代国際法」p.211-212-213)

外交的保護権の発動条件
外交的保護権の発動には、二つの要件が満たされていなくてはならないとされる。一つは、被害者である個人が損害を受けたときから外交的保護が行われるときまで継続して自国の国籍を有していること(国籍継続の原則)である。「継続して」自国の国籍を有するとは、損害が生じた時点から最終的な解決がもたらされる時までの間に、国籍の変更や中断・消滅があってはならないということである。しかし、それを厳格に適用しようとすると、被害者保護の観点から見て好ましくない結果を生じかねないため、被害者の死亡に伴う相続や領域変動の結果として生じる国籍の中断・変更には、場合に応じた対応が望まれる。もう一つの要件は、個人は損害に関して滞在国において利用可能な国内法上の救済手続きを尽くさなければならないこと(国内的救済完了の原則)である。この原則は、国際慣習法として確立されていると理解されており、国際判例においてもそのことが示されている。その背景には、権利侵害の実態の調査・解明はその損害の発生地において最も効果的に行われるという考慮があり、さらに国内的手続きによる救済の努力をすることで、問題を国際紛争に発展させないという効果を生むという期待がある(栗林忠男「現代国際法」p.212-213) 。

日本での外国人の人権の範囲

基本的人権の保障

論点[3 基本的人権の保障] 日本国憲法の誕生(国会図書館公式サイト)
http://www.ndl.go.jp/constitution/ronten/03ronten.html
そもそも憲法の人権保障は「外国人」にも及ぶか否かが争点となったが、現在では外国人についても、権利の性質上適用可能な人権規定はすべて及ぶものと考えられている。そこで、現在では、(1)いかなる人権規定が、どの程度外国人に保障されるのか、(2)外国人といっても、一時的な旅行者から日本に生活の本拠を持ち、特別永住資格を持つ者まで多様であり、それぞれの類型に応じたきめ細かな人権保障が必要ではないか、という個別具体的な争点へと移行している。

入国の自由及び退去強制の際の権利

総合調査・人口減少社会の外国人問題「我が国における出入国管理制度の概要」(国立国会図書館公式サイト)
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/document2008.html
国際慣習法上、外国人には、入国の自由が保障されないと解されている。
「国際法上、国家が自己の安全と福祉に危害を及ぼすおそれのある外国人の入国を拒否することは、当該国家の主権的権利に属し、入国の拒否は当該国家の自由裁量によるとされている」からである。
したがって、入国を許可するか否か、いかなる条件の下に許可するかについて、国家は、原則として自由に決定し得ることになる。
また、入国の自由が保障されていない以上、在留の権利についても、外国人に保障されているとはいい難いと考えられている。
《入国の自由》
通説は、外国人に対して、入国の自由は保障されていない、とする。
国際慣習法上、外国人の入国については、国家に入国の規制に関する裁量があるとされる。
判例も、例えば、「憲法22条1項は、日本国内における居住・移転の自由を保障する旨を規定するにとどまり、外国人がわが国に入国することについてはなんら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考えを同じくする」と、外国人に対して、入国の自由を否定している(マクリーン事件)。
また、国会答弁でも、高辻正巳内閣法制局長官(当時)が、次のように答弁している。「そのことは国際慣習法上も認められておりまして、外国人の入国の許否はその国の自由裁量によって決定することができるものとされ、特に国権がみずからに制約を課する場合のほかには、国は外国人の入国を許可する義務を負わないこととされております。また他面憲法は、外国人の入国について別段の規定を置いておりません。こういうことから考えますと、論理の筋道としては、憲法がその許否についての国際慣習法をそのまま受容していることを示すものと見られるものだと思われます」。
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