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日本の報道

<君が代斉唱>都教委から懲戒処分の教職員160人が提訴へ(毎日新聞/2006/12/11)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061211-00000040-mai-soci
 君が代斉唱時に起立しなかったなどとして東京都教育委員会から懲戒処分を受けた都立学校の教職員が来年1月にも、都教委を相手取り、処分の取り消しと国家賠償を求める訴えを東京地裁に起こす。今月23日には原告団を結成する。これまでに約160人が訴訟に参加する意向を示しており、国旗・国歌を巡る教職員の処分の是非を争う訴訟としては過去最大規模になる。
 訴えを起こすのは、都立高校などの教職員約160人で、04年春の卒業式や入学式で校長の職務命令に従わずに、君が代斉唱時に起立しなかったり、ピアノ伴奏を拒否したとして、戒告や減給の懲戒処分を受けた。都教委は前年の03年10月23日、入学式や卒業式で国旗掲揚と国歌斉唱について指導の徹底を求める通達(「10・23通達」)を発し、04年春だけで小中学校を含め243人の教職員を懲戒処分にした。
 処分を受けた教職員の多くが「『日の丸・君が代』の強制は内心の自由に踏み込む違憲で違法な行為だ」として、都人事委員会に処分の取り消しを求める審査請求を行った。しかし都人事委の審理では今年10月、教職員側が強く要求した、「10・23通達」当時に教育長だった都の横山洋吉副知事に対する証人尋問が実現しないまま口頭審理が打ち切られた。このため、教職員側は「都人事委では公正な審理が期待できない」として、都人事委の裁決を待たずに提訴に踏み切ることにした。訴訟では処分の取り消しとともに、精神的な損害を受けたとして原告1人当たり数十万円の賠償を求める。
 都教委の「10・23通達」を巡っては、東京地裁が今年9月、都立学校の教職員ら401人には通達に基づく職務命令に従う義務がなく、国旗・国歌を強制するのは違憲とする判決を言い渡した。都は判決を不服として東京高裁に控訴している。これは処分の事前差し止めを求めた「予防訴訟」と呼ばれており、今回は「処分を受けた後」を争う訴訟となる。【木村健二】
(毎日新聞 - 12月11日 15:30)

国旗国歌で「不起訴は相当」議決 「公務員の職務遂行を」と検察審査会(産経新聞/2006/12/22)

http://ime.nu/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061222-00000022-san-soci
12月22日8時0分配信 産経新聞
 卒業式などの学校式典で教職員に国旗掲揚時の起立と国歌斉唱を求めた東京都教委の通達などをめぐり、一部の教職員が石原慎太郎都知事らを脅迫と公務員職権乱用罪で告訴・告発し、東京地検が不起訴とした処分について、東京第1検察審査会は「不起訴は相当」と議決した。都教委の通達を「裁量権の逸脱はなく適法」と判断した上で、「公務員であるのだから職務命令に従う立場にあるのは明らか。一般社会ならより厳しい処分を受ける可能性もある」と、異例の指摘をした。
 検察審査会の議決に法的な拘束力はないが、一般国民が不起訴事件を審査する機関の判断だけに、注目を集めそうだ。
 議決によると、同審査会は通達を「法令に基づいて行われた職務行為であり、裁量権の逸脱もない」と判断し、不起訴は相当と結論付けた。
 また、同審査会は都教委通達について、「多少強引さも感じられ、(一部教職員が)強制されたと感じたことも理解できる」とした。しかし、「教職員は公務員であり、明白に違法といえない限り職務命令に従う立場にあるのは明らか。思想良心の自由を侵す行為と主張するのは、公務員の立場を忘れたもの」と申立人の一部教職員を非難した。
 その上で、都教委と一部教職員に「公務員は全体の奉仕者。おごることなく謙虚な気持ちで、職務遂行に全力を挙げてもらいたい」と安定した学校教育の確立を求めた。
 国旗国歌をめぐっては、都職員らが都などを相手取った民事訴訟で、東京地裁が9月、「教職員への強制は違憲」とした判決を出し、都などが控訴している。

「君が代」斉唱の職務命令は合憲、初の司法判断…東京地裁(読売新聞/2007/06/20)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070620it14.htm
 入学式や卒業式で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱しなかったことを理由に、定年後の再雇用を取り消された東京都立高校の元教諭ら10人が、都を相手取り、再雇用職員としての地位確認などを求めた訴訟の判決が20日、東京地裁であった。
 佐村浩之裁判長は「式典で起立、斉唱することは儀礼的な行為で、思想・良心の自由を侵害するものではない」と述べ、斉唱を命じた校長の職務命令を合憲と判断。命令に反した原告を再雇用しなかったのは、都教委の裁量の範囲内で適法として、請求を棄却した。原告側は控訴する方針。
 都教委は2003年10月、式典で国旗の掲揚と国歌斉唱を教職員に義務づけ、校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問うとする通達を出した。この通達を巡っては、約400人の教職員が原告となった別の訴訟で東京地裁が昨年9月、違憲判断を示している。今回の判決は、都の通達に基づく職務命令を合憲とした初の司法判断で、正反対の結論となった。
 原告らは04年~05年、勤務する都立高校の卒業式で、国歌斉唱時に起立しなかったことを理由に、再雇用を取り消された。
 判決は、最高裁が今年2月、音楽教諭に国歌のピアノ伴奏を命じた職務命令を合憲とした判断を踏襲し、「職務命令は教職員全員に発せられており、内心の精神活動を否定するものとは言えない。公務員の職務の公共性を考えれば、必要な制約として許される」と、合憲判断を示した。
 また、再雇用の取り消しについても、「一部の教職員が起立しなければ、式典の指導効果が減殺される。違反行為が将来も繰り返される可能性が高いことなどを考えると、再雇用を取り消しても著しく不合理とは言えない」と述べた。
(2007年6月20日20時27分 読売新聞)

民主・輿石氏、日教組にエール? 「教育の政治的中立ありえぬ」(産経新聞/2009/01/14)

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090114/stt0901142151011-n1.htm
 民主党の輿石東参院議員会長は14日、おひざ元の日本教職員組合(日教組)が都内で開いた新春の会合であいさつし、「教育の政治的中立はありえない」と述べ、「反日偏向教育」の根源ともいわれる日教組へのエールと受け取れる発言をした。教育や教員の政治的中立は教育基本法や教育公務員特例法で定められており、日教組に肩入れする同党の“危うさ”がまたぞろ浮き彫りになった。
 輿石氏は日教組傘下の山梨県教組(山教組)の元委員長。現在は日教組の政治団体、日本民主教育政治連盟(日政連)の会長でもあり、会合では「私も日教組とともに戦っていく。永遠に日教組の組合員であるという自負を持っている」と宣言し、政権交代に向け協力を求める場面もあった。
 平成16年の参院選の前には、山教組などで構成する事実上の輿石氏の政治団体が教員から選挙資金を集め、山教組幹部らが政治資金規正法違反(虚偽記載)の罪で罰金命令を受けるなどした。自民党の有志議員による日教組問題究明議員連盟(会長・森山真弓元文相)は、次期衆院選に向け日教組の偏向性を調査する構えで、議連から「輿石氏は標的になる」との声も出ている
2009.1.14 21:50

【主張】教育公約 政治的中立は守れるのか(産経新聞/2009/08/10)

http://sankei.jp.msn.com/life/education/090810/edc0908100307000-n1.htm
 学力向上の取り組みが始まったとはいえ、公教育への信頼は揺らいだままだ。教育をどう立て直すか。自民、民主両党とも教育を重視し、教育費の充実や学校環境の整備などを掲げている。
 だが教育に対する考え方、教育観には大きな違いがある。民主党の施策には支持母体の日教組の影響も懸念され、教育問題は総選挙の極めて重要な争点である。
 マニフェスト(政権公約)で自民、民主両党の政策が分かれたのが、今年度から始まった教員免許更新制への姿勢だ。自民は「着実な実施により質の高い教員を確保する」としたのに対し、民主は「抜本的に見直す」とした。
 教員免許の更新は最新の教育課題などについて講習を行い、指導力不足の教師をなくそうという制度だ。日教組は反対してきた。
 教師の資質向上は各党一致する課題だ。民主は教員養成課程を6年制にするほか、教員の増員を強調している。しかしダメな教師がいくら増えても学校は良くならない。適切に評価し、鍛える制度の充実が必要ではないか。
 教育改革では自民党の安倍晋三内閣で教育基本法が改正され、愛国心や公共心、伝統文化の尊重などが明確にされた。自民は公約で「歴史・文化伝統を重んじる教育の実践」を挙げている。
 愛国心や宗教的情操教育について民主は、国会審議や政策集に掲げた対案「日本国教育基本法案」で、政府案よりも率直な言葉で踏み込んでいた。だが公約では、それが明記されなかった。
 民主党内には戦後教育で軽視されてきた愛国心などを重視する議員がいる一方、これに反対する日教組の出身議員を抱える。その一人、輿石東代表代行は「教員の政治的中立はありえない」などと耳を疑う発言をした。自民は公約に「教員の政治的中立を徹底する」と明記した。教育基本法で定められた原則を守るのは当然だ。
 今年度から先行実施された新しい学習指導要領は教育基本法改正を踏まえ、道徳教育充実などが盛り込まれた。これが骨抜きにされては困る。民主党は、日教組が反対してきた全国学力テストや道徳教育などに賛成なのか反対なのか教育理念を明確にしてほしい。
 競争や評価などを嫌う体質は日教組だけの問題ではない。教育界全体が抱える課題だ。限られた財源で何が本当に教育の質向上につながる施策か見極めたい。
2009.8.10 03:07

教職員:5500人増員要求…来年度予算で文科省方針(毎日新聞/2009/08/12)

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090812k0000m010132000c.html
 文部科学省は11日、教育現場の負担軽減などを狙い、来年度予算の概算要求で小中学校の教職員約5500人の増員を求める方針を固めた。今月下旬の省議で決定し、教職員の人件費にあたる「義務教育費国庫負担金」に必要額を計上する。
 増員分は主幹教諭の配置や特別支援教育の充実などに充てる。他に、授業時間の増える新学習指導要領(小学校11年度、中学校12年度全面実施)を円滑に実施するための要員として非常勤講師の配置も求める方針。
 公務員数の削減を定めた行政改革推進法(06年施行)では、教職員の定数について、10年度まで、児童・生徒数の減少を上回るペースで減らさなければならない。文科省は08年度予算の概算要求で7000人の定数増を求めたが、財務省の抵抗などもあって1000人の純増で決着。09年度は1500人の増員要求に対し、800人の純増しか認められなかった。
 しかし、文科省は、給食調理員や用務員などが相当数減っていることから、教職員定数を5500人程度増やしても同法に違反しないと判断。総数としての純減を守った上で、最大限の定数改善を目指す。【加藤隆寛】

社説:衆院選・教育 理念とビジョンがいる(毎日新聞/2009/08/11)

http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20090811k0000m070112000c.html
 教育は国家百年の大計という。
 土台は子供や若者が教育を受ける機会均等の保障にあるが、それが揺らいでいる。失業や所得格差の生活不安が影を落としているためだ。進学断念や中退だけでなく、学力テストの平均正答率の差異にも影響がみられるというデータもある。
 各党の教育政策は、子育てとともに教育費負担の家計支援が大きなアピールポイントだ。例えば、自民党は給付型奨学金創設や3~5歳児教育費の段階的無償化を打ち出し、民主党は公立高校の実質無償化や私立高生への大幅助成を宣言している。
 教育費負担の軽減は、それ自体少子化対策上も有用な政策であり、期待する家庭は多いだろう。だが、政治はこれを機に、今後の教育政策が目指す基本方向や理念、そのために必要な制度設計へと掘り下げて論じ進めていくべきだろう。
 明治維新と敗戦直後に続く「第3の教育改革」が唱えられ始めたのは1970年代だ。制度見直しはなかなか進まず、80年代には首相直属の臨時教育審議会が登場、個性の重視、国際化・情報化への対応、生涯学習社会化など基本方向を示した。
 しかし、その後急速に進んだ少子高齢化や経済環境の変化、学校5日制導入、いわゆる「ゆとり」教育と学力低下批判の高まり、学習指導要領の「増量」改定など、教育政策はこの10年迷走気味で、腰の定まらない印象がある。大学進学率は高まるばかりで5割を突破したが、目標を見失う学生の問題も深刻だ。
 一方、国際比較すると、日本は教育にあまり金をかけない国と映る。公財政支出は国内総生産(GDP)比3%台で、経済協力開発機構(OECD)諸国の平均5%に及ばない。背景には、教育は親の負担でという伝統的な考え方がある。

 財政の壁も厚い。
 改正教育基本法に基づき昨年策定された国の教育振興基本計画で、文部科学省は、支出をOECD平均に引き上げ、教職員定数2万5000人増など数値目標を盛り込もうとした。他の先進国に負けぬにはこれだけ予算や人がいるという論法だが、支出抑制の財務省は「成果の見通しがない」と認めなかった経緯がある。
 教育費支援拡充を教育のあり方全般へ論議を広げる機運としたい。教育は社会全体が担い、子供それぞれの可能性を伸ばすとともに、安定し持続する将来の社会へ必要な公的投資。こう発想を転換できないか。
 総選挙は「日本の希望」を語らう時でもある。子供の顔あれこれに思いを重ねながら描く教育のビジョンこそ、それにふさわしい。

教育政策 人材育成につながる支援を(毎日新聞/2009/08/11)

 教育は未来への先行投資だ。資源の乏しい日本にとって、人材の育成こそ重要である。「国家百年の計」を見据えた論議をしてもらいたい。
 各政党の政権公約は、昨秋以降の急速な景気悪化を受け、家計の教育費負担の軽減が中心だ。
 例えば、民主党案では、公立高校生のいる家庭に年約12万円の授業料相当額を直接支給し、実質的に無償化する。私立高校生のいる家庭にも年12万円、低所得者なら倍の24万円を助成する。予算は約4500億円を見込んでいる。
 他の野党も、同様に高校の無償化を打ち出している。
 一方、自民、公明両党も家計支援を掲げるが、自民党は低所得者の授業料無償化、公明党は修学の継続が困難な生徒の授業料減免など、対象を絞ったのが特徴だ。

 各党は、返済不要の給付型奨学金の創設も掲げている。
 多くの欧米諸国では、高校の授業料は無償で、大学生には公的な給付型奨学金制度がある。
 これに対し、日本では家計に多額の教育費負担がかかる。文部科学省によると、高校3年間に公立で約160万円、私立なら約310万円の教育費を要する。こうした現実から、教育費支援が選挙の焦点の一つになっている。
 ただ、義務教育ではない高校の授業料を、所得の多寡にかかわらず無償とするのが妥当なのか、議論のあるところだ。
 支給方法も、家庭への個別支給では、生活費や他の消費に回される可能性があり、確実に授業料に充当されるのか、不安が残る。
 所得と教育の関係では、年収1000万円超の家庭だと大学進学率が約60%、400万円以下なら約30%という調査結果もある。
 全国学力テストでも、小学6年生の平均正答率は、親の年収が1200万円以上のほうが200万円未満より、国語、算数ともに約20ポイント高かった。
 家庭の所得格差が、受けられる教育の格差につながらないようにする政策は不可欠である。だが、予算を有効に使うには、メリハリも必要だ。大衆受けを狙った政策ばかりであってはなるまい。
 教育の充実には、教員の資質向上や子どもの能力・適性に応じた指導も大切だ。特に、科学技術や産業の国際競争力を高めていくには、有能な人材の育成という観点が肝要である。
 しかし、各党の政策には、人材作りの具体策に言及したものはほとんどない。幅広い視点で有権者に判断材料を与えてほしい。
(2009年8月23日01時15分 読売新聞)

「反ゆとり」政策を提言 2教授、HPで賛同者募る(朝日新聞/2009/08/24)

http://www.asahi.com/edu/news/TKY200908240096.html
 「ゆとり教育」に反対し、学力向上を訴えている論客2人、西村和雄・京都大教授と大森不二雄・熊本大教授が独自の教育政策を提言するホームページ(HP)を作った。総選挙に向けた各党の公約・マニフェストからは教育の将来像が見えないとして掲げた政策案。賛同した人はクリックしてくれるよう呼びかけ、浸透を図っている。
 HPは「教育政策ネットワーク」(http://www.education-policy.jp/)。西村教授は99年に話題となった「分数ができない大学生」の編者で、大森教授は旧文部省の官僚時代に「『ゆとり教育』亡国論」を書いた。
 「教育委員会を廃止し、学校現場と保護者・地域に権限を委譲する」
 「幅広い学部出身者と社会人から、教科の実力重視の試験で教員を採用する」
 「大学での成績を企業が採用にあたって活用できるようにする」

 提言は現場重視や学力向上に重きを置き、16に上る。7月15日の開設以来、満遍なく賛同が集まっているという。
 解散総選挙の動きが報じられるようになった昨年10月ごろから準備を始めた。政治家やマスメディアの教育政策への関心が、諸外国に比べ低すぎるという危機感があったという。
 各党の公約は、教育費負担の軽減や子育て支援が主だ。大森教授は「家計支援の一環として論じられ、教育の中身をどうするかという視点が薄く、将来像が明確化できていない。大学に関する記述がほとんどないのも問題だ」。ある程度アクセスが集まった時点で、賛同者数を公開する予定だという。(葉山梢)
2009年8月24日


社説:OECD調査 教育費増は効果的な政策で(読売新聞/2009/09/10)

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090909-OYT1T01291.htm
 先進諸国に見劣りする教育予算を拡充していくことに、誰も異論はあるまい。教育政策に優先順位をつけ、着実に実施していくことが必要だ。
 経済協力開発機構(OECD)が、加盟各国の教育関連データを公表した。
 国と自治体を合わせた2006年の教育予算が国内総生産(GDP)に占める割合では、各国平均4・9%に対し、日本は3・3%と、下から2番目だった。
 教育予算は、各国とも教員の人件費が多いが、対GDP比は、教育への取り組み姿勢を表す国際指標として評価されてきた。
 注意が必要なのは、このデータは学校など教育機関への支出に限られている点だ。例えば、民主党が掲げる「子ども手当」も、幼児教育などのために確実に使われる保証がなければ、データには含まれないという。
 民主党は政策集で、教育予算について、先進国の平均水準であるGDP比5%以上を目標に引き上げるとしている。
 ただ、予算額は具体的な教育政策あってのものだ。数値目標だけを独り歩きさせてはならない。
 昨年7月に策定された国の教育振興基本計画には、文部科学省が当初、10年間でGDP比5%まで増やすという数値目標を盛り込もうとした。
 だが、その実現には7兆円余りが必要なうえ、文科省の示した内訳も粗雑な内容だったことから、見送られた。
 OECDのデータには難点もあるが、重要な示唆もある。
 日本は、教育支出のうち、家計を中心とする私費負担が重い。特に、幼児教育は6割近く、高等教育は7割近くを占めており、2、3割程度の加盟国平均に比べ、負担の重さが際立っている。
 また、日本の高等教育予算は、GDP比では0・5%と、加盟国平均の半分にすぎない。
 大学の授業料が高いのに、奨学金などを受けている学生の割合が低いことが、その一因だ。
 民主党は、大学生などの希望者全員が受けられる奨学金制度の創設を打ち出している。
 今年3月時点で、大学などの中退者のうち、経済的な理由によるものは15%余りを占める。経済的理由で、進学や学業の継続を断念することのないようにしていかねばならない。
 同時に、日本が、科学技術立国として国際競争力をつけるためには、研究・開発費など予算の充実も欠かせない。
(2009年9月10日01時07分 読売新聞)

【主張】教育予算調査 ダメ教師が増えては困る(産経新聞/2009/09/10)

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090910/stt0909100249003-n1.htm
2009.9.10 02:49
 国や地方自治体の教育予算について、日本は国内総生産(GDP)比で3・3%にとどまり、経済協力開発機構(OECD)の加盟国の中で最低レベルだという調査結果が出た。
 日本の教育予算のGDP比が低いとはいっても、別の調査で1人当たりの公的教育費支出をみると平均以上だ。日本の教育費はけっして少なくない。
 今回の調査でGDP比が高い北欧などは「大きな政府」で、その分、国民負担率も高い。一方で教員の給与をみると、日本は米国などと比べはるかに厚遇されている。限られた予算で優れた教員を育てて支援し、数よりもまず教育の質向上につなげるような施策を優先すべきではないか。
 民主党は政策集で加盟国平均にあたるGDP比5%以上に増やす目標を掲げており、教育予算は来年度予算編成の注目点だ。
 教育予算の大部分は今も教職員の人件費だが、文部科学省は8月末にまとめた来年度予算概算要求で公立小中学校の教職員5500人増など今年度を大幅に上回る増員を盛り込んでいる。
 民主党は、支持母体の日教組が教職員の増員を強く求めてきた経緯もあり、マニフェスト(政権公約)で教員の質と数を充実させるとしている。文科省の増員要求には追い風が吹いている形だ。
 だが、いたずらに教師の数を増やすだけで、公教育の信頼回復が図れるとは思えない。
 GDP比をめぐっては国の教育基本振興計画をつくる際にも「5%」の数値目標を盛り込むかどうかで論議を呼んだ。
 文科省は、少人数学級や習熟度別授業などを進めるには教員の増員が必要とする施策を打ち出し、5%目標を基本計画に書き込もうとした。しかし、財務省が難色を示して見送られた経緯がある。
 児童生徒数が減少する中で増員を続ける必要性も明確とはいえない。少子化にかかわらず、これまでも教員を増やしてきたが、ゆとり教育の中で逆に学力低下など批判が出ている。
 教育現場では相変わらず評価や競争を嫌う傾向が強い。教員への査定昇給制度に反発し、日教組傘下の北海道教職員組合が違法ストを行い、教職員の3分の1が処分されるあきれた例も起きた。
 教育投資の成果を適切に評価、検証し、教育の質を高める施策を進めねばならない。

教員免許の更新制度廃止へ 民主・輿石氏が明言(産経新聞/2009/09/12)

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090912/stt0909122355017-n1.htm
 民主党の輿石東(こしいし・あずま)参院議員会長兼代表代行は12日、甲府市内で記者会見し、今年4月に導入された教員免許更新制度の廃止に向け、来年の通常国会にも教育職員免許法改正案を提出する考えを示した。教員免許更新制度は安倍晋三内閣が教育再生の目玉として導入を決めたが、民主党の有力支援団体である日本教職員組合(日教組)が強く廃止を求めてきた。政権交代により教育改革路線は一気に後退する公算が大きい。
 輿石氏は元山梨県教組委員長で、日教組の政治団体「日本民主教育政治連盟」会長を務める。小沢一郎代表代行と太いパイプを持ち、「参院民主党のドン」といわれる。
 輿石氏は「教員免許更新制は変えなければならない。できるだけ早くやる方向になる」と明言、来年の通常国会での改正案提出についても「当然あり得る」と述べた。平成23年度から免許更新制を廃止することにも「間に合えばそうする」と前向きな考えを示した。
 指導力不足の教員排除を可能とする改正教育職員免許法は19年6月に成立。教員は10年ごとに計30時間以上の講習を受け、認定試験で不合格となれば、2年以内に再試験で合格しない限り、教員免許が失効する。
 民主党は衆院選マニフェストに「教員の資質向上のため、教員免許制度を抜本的に見直す」と明記。社民党も「免許更新制を廃止」を掲げてきた。
 一方、輿石氏は、参院民主党からの入閣に関し、「一つでよいというわけにはいかない」と述べ、2人以上の入閣を求めた。また、来夏の参院選後の連立枠組みについて「単独過半数をとったら『もう結構です』なんて、人間の生き方として大変失礼だ」と述べ、社民、国民新両党との連立を維持すべきだとの考えを示した。

日教組出身の民主・輿石氏「教員免許更新制は廃止」(朝日新聞/2009/09/12)

http://www.asahi.com/politics/update/0912/TKY200909120178.html
 民主党の輿石東参院議員会長は12日、甲府市で記者会見し、同党が衆院選マニフェスト(政権公約)で「抜本的な見直し」を掲げた教員免許更新制について「法律を変えないといけない。
できるだけ早くやるという方向だ」と述べ、現行制度を廃止する意向を示した。早ければ来年1月の通常国会に教員免許法改正案を提出し、11年度から実施したい考えだ。
 教員免許更新制は、07年に安倍内閣で法改正され、09年度からスタートした。教員を続けるには10年に1度、講習を受けなければならないと定めている。これに対し、教職員組合などから「国による教育統制が強まる」といった反発の声が上がっている。
 輿石氏は会見で、秋の臨時国会に提出する可能性については「ぱっと機械的にやれる話ではない」と述べ、否定的な見方を示した。輿石氏は日教組出身。民主党は政権公約で「教員免許制度を抜本的に見直す」としている。
asahi.com 2009年9月12日21時32分

日教組の主張通りへの一歩に 免許更新制廃止(産経新聞/2009/09/13)

http://sankei.jp.msn.com/life/education/090913/edc0909130047000-n1.htm
2009.9.13 00:46
 民主党の輿石東(こしいし・あずま)参院議員会長兼代表代行が廃止に向けた法改正案を提出する考えを示した「教員免許更新制」。教育問題に詳しい八木秀次・高崎経済大教授は、「廃止は日教組の主張そのままだ。今後、安倍内閣が手がけた教育再生をゼロベースに戻し、日教組の主張通りの政策に転換する第一歩と考えていいのではないか」と懸念を示す。
 同制度は当初、不適格教員の排除が目的の一つとされた。「不適格」には指導力不足に加え、組合や政治活動で度重なる処分を受けた教員も含まれる見通しだった。
 しかし、検討の過程で「悪い者はダメという“性悪説”から、大学で最新の知識技能を学んで指導力を向上させようという“性善説”に変わった」と文部科学省幹部は説明する。
 その結果、同省は今年4月の導入に当たり、「不適格教員の排除が目的ではない」と表明。だが、放課後の指導などで多忙な教員が30時間を割いて「最新の知識技能」を大学で受講することに、「意味があるのか」との批判が、日教組系ではない教員からも起きた。座学をこなせば大半が合格する認定試験にも疑問が呈されていた。
 八木教授も「安倍内閣の退陣で、制度設計が未完成のまま実施された」と不備を指摘する。
 同制度の廃止は教育界で支持される公算が大きい。しかし、「不適格教員の排除」が、現場の課題であることに変わりはない。
 民主党は政策集で、教員の指導力向上のため、教員免許取得に必要な大学の4年制養成課程を、大学院2年も含む6年制に延長することを表明している。
 しかし、現在、教育現場にいる不適格教員に、日教組に支持される民主党がどれだけメスを入れることができるのか。八木教授は「民主党と日教組が一体の関係では、改善を期待できない」と話している。(鵜野光博)

「心のノート」廃止も 民主反対で 背後に日教組の意向(産経新聞/2009/10/05)

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091005/stt0910050130006-n1.htm
 文部科学省が小中学生に配布している道徳教育補助教材「心のノート」が、廃止になる方向だ。道徳心育成を重視した新教育基本法を踏まえた新学習指導要領実施に備えて今年3月に改訂されたものの、日教組の意向を受けた民主党が廃止を求めているためだ。子供の規範意識低下が指摘され、道徳心養育の重要性が増す中、民主党政権で教育は時代の要請に逆行する懸念がある。(小田博士)
 「心のノート」は、平成12年5月の西鉄高速バス乗っ取りなど、少年による重大事件が相次いだことを受けて、道徳教育を充実させるために文科省が作成。全国の小中学生全員を対象に、約500万部を無償配布している。子供の発達段階を踏まえ、小学校低、中、高学年用と中学校用の4種類がある。
 新学習指導要領の内容を反映した改訂版は、ページ数や記述欄を拡充した。小学1、2年向けでは、うそや悪口など「してはならないこと」をイラストで説明。中学では「日本人としての自覚」を見出しに掲げて、世界貢献の重要性を説いている。全学年で決まりを守る大切さを強調するなど、規範意識を自然に身につけさせる内容だ。
 一方、民主党は今年4月、文科省予算を検証した際に「全国配布は乱暴だ」などと問題視。7月に無駄撲滅のための政府全体の予算事業検証の中で、「廃止」と分類した。鳩山政権では、この予算検証を担当した国会議員がそれぞれ副大臣、政務官に就任した。
 民主党が「心のノート」廃止を求める背景には、日教組が「道徳反対闘争」を繰り広げてきた歴史的経緯がある。日教組は3月にまとめた政策要求書でも「規範意識を重視した道徳など課題が多い」と批判している。「日教組の教研集会には人権教育や平和教育の分科会はあっても、道徳関係は一つもない。今でも『内心の自由を侵す』と反対している」(文科省関係者)というのが実態だ。
 道徳教育をめぐっては、安倍晋三内閣が設置した政府の教育再生会議が、教科書作成を含めた「教科化」を提言。文科省の中央教育審議会が教科化は見送ったものの、道徳推進教師の創設など道徳教育を強化することで決着した。
 日教組が反対している学力テスト、教員免許更新制度も新政権で見直される公算が大きくなっており、近年の教育改革路線が一気に後退する懸念が出ている。

世帯年収高いほど高学力 08年学力テストの小6(共同通信/2009/08/04)

http://www.47news.jp/CN/200908/CN2009080401000722.html
 昨年実施した全国学力テストの公立小6年生の結果について追加調査した文部科学省の専門家会議は4日、保護者の年収が高い世帯ほど子どもの学力が高いとする調査結果を報告した。年収1200万円以上では国語、算数とも正答率が平均より8~10ポイント高く、200万円未満は逆に10ポイント以上低かった。所得の高低により算数(B問題)で最大23ポイントの差が開いた。
 全国学力テストの結果と年収の相関関係を裏付けるデータの公表は初めて。公教育をめぐり低所得者の支援があらためて課題となりそうだ。
 調査は五つの政令市の公立小計100校を選んで6年生8093人を対象にし、5847人の児童の保護者が回答した。
 結果によると、知識の活用力を問う算数Bの平均正答率は年収による差が最も大きかった。年収700万円未満では平均の55・8%を下回り、「700万円以上800万円未満」は57・1%。「1200万円以上1500万円未満」は65・9%と平均を10・1ポイント上回り、「200万円未満」の42・6%とは23・3ポイントの開きがあった。
 学校外の教育費支出を調べたところ「月に5万円以上」は、算数Bの正答率が71・2%だったが、「支出なし」は44・4%で26・8ポイントの差。専門家会議は「年収が高いほど塾など子どもの教育費に投資するため、差が生じた」と分析している。
 国語Bは平均正答率が55・5%で、700万円以上の世帯は平均以上だった。基礎知識をみる国語、算数のA問題でも年収と成績は同様の傾向。
 正答率の高かった子の家庭はニュースや新聞記事を話題にしたり、親が言わなくても子どもが自分から勉強したりする傾向が強いことも分かった。同じ年収でも「小さいころ、絵本の読み聞かせをした」「家に本がたくさんある」という家庭の方が正答率が高かった。

海外の報道

【社説】教員集団利己主義につられていく教育政策(中央日報)

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=76185&servcode=100&sectcode=110
 日本政府が「教員免許更新制」を取り入れることにしたという。日本の教員は10年ごとに研修を受けた後、免許を新たに受けなければならない。「教員が速く変化する知識、機能を習得しなければ公教育の信頼が上がらない」というのが導入主旨だ。日本の教職社会に爆風をもたらす政策だ。
 日本政府は何年か前から教員評価を強化し、無能力、非適格教師を退出させている。それでも甘いとみたのか免許更新制を実施するのは「教職社会の質の向上が公教育と国家競争力強化の近道」という判断による。良い教員を望む保護者の要望も強くなった。これに合わせる政策のおかげで、最近、日本の教育が良くなったという評価が多い。

 一方、韓国はどうなのか。
 教育人的資源部が教職社会の質を上げようとしても教員たちの反対にぶつかればひっそり退散するのがオチだ。教員評価や非適格教員の追放政策などは有名無実の状態である。最近は内申評価の信頼性を上げるため、教員が出題した試験の内容、評価基準などを公開することにしたが、うやむやされる兆しが見えるという。多くの教員が比較されることを気にして、全教組が教員の評価権を理由に反対しているためだ。
 教員らは「教権」を主張する。教育の未来のために教権は非常に重要だ。我々も教権が侵害される度にこれを強調してきた。
 しかし教権と教員集団利己主義はまったく違う。教員は生徒、児童たちに対し灯台の役割をするものだ。当然、生徒や児童たちも立派な教員から良い教育を受ける権利がある。このために評価は必須だ。社会はもちろん大学でも評価は一般化された。しかし特に教職社会だけ評価と競争を拒否している。だから集団自己本位という言葉を聞くのだ。
 だからといって生徒・児童、保護者に教権を強調することは矛盾しているのではないか。これにより保護者の不満が高まって、公教育脱離現象が拡散したとといえば言いすぎか。全教組の機嫌を伺いながら集団自己本位に同調していく教育部も責任ある教育政府だとは言いがたい。
 教育部は日本政府をよく見て学べ。

コラム

「所得格差」が「教育格差」を生む冷酷な現実 時評コラム nikkei BPnet(日経BPネット/2009/10/13)

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20091013/188159/
 私がセンター長を務める東京大学大学院教育学研究科・大学経営・政策研究センターで行った「高校生の進路についての調査」で、親の年収によって大学進学率に大きな格差があることが明らかになった。
 子どもの受ける教育や進学率が、親の所得差によって影響され、「教育格差」につながっているとして社会問題化している。調査はこうした実態を探るためで、05年度に全国の高校3年生約4000人を抽出して3年間追跡した。保護者から聞き取った年収を200万円以下から1200万円超まで7つに区分し、進路との関係を見た。
 それによると、年収200万円以下の家庭では、4年制大学進学率は28.2%、200万~400万円以下でも33.0%にとどまるのに対し、1000万円を超える家庭では62.1%、1200万円超では62.8%に達していた。(図表1)

裕福な家庭の子弟は、ほぼ希望通りの進路を歩んでいる
 また、両親に「経済的にゆとりがあればさせてあげたいこと」を聞くと、年収が低いほど「就職より進学」が高率となり、年収200万円以下では27.4%だった。逆に「現在の希望から変更なし」は高所得者ほど高く、1200万円超の家庭では75.9%(図表2)。所得に余裕のある家庭では、ほとんどが希望通りの道を歩ませていることを示している。
 一方、進学先を見ると、国公立大は年収600万円未満はどの層も10%強、1200万円超でも12%強と大きな差はない。他方、私大進学の差は顕著で、200万円以下は17.6%、600万円~800万円以下は36.8%、1200万円超は50.5%で、200万円以下の2.9倍になった。低所得層にとって、私立大学進学は相当に高いハードルであることがうかがえる。

所得が高い親は、子どもへの確かな動機付けができる
「保護者の収入が多くなるほど右肩上がりに大学進学率が高くなる」「特にこの傾向は私立大への進学で顕著になる」というほぼ事前の予測どおりの結果となった。
 この調査は多くのことを示唆している。ひとつには、所得が高い家庭のほうが子どもの成績がよいという傾向があることだ。これは、塾に行かせたり家庭教師を雇ったりという補助的な教育の差よりも、高所得の親は子どもの将来のキャリアに対する確かな見通しを持っている点が大きい。小さいうちから子どもをしつけ、動機づけをしていくことが、家庭で比較的できているということだ。逆に言えば、所得が低い家庭では、こうした子どもへの動機付けが欠けているということになる。
 また、そうした傾向とは別に、成績が優秀なのに経済的理由で進学できない層が確実に存在するということだ。例えば親が病気になって収入が途絶えた、離婚などによって母子家庭となり、収入が少ないなどの家庭である。特に最近の離婚率の上昇やリストラによる失業でこうしたケースは顕著に増えている。
 そうした家庭のために奨学金があるのではという意見もあるだろうが、それらはすべて「ローン」であって返済義務がある。そのため、所得が低い層の人たちは奨学金を借りたがらない。特に最近は、大学を卒業しさえすれば就職ができ、奨学金を返済するのに十分な収入が得られるという保証がなくなったことも大きい。
 救済措置として以下のようなことが考えられる。卒業後の所得を確実に捕捉して、所得が低い人には返済免除をする一方で、返す能力のある人からはきっちりと取り立てることが必要となるだろう。また、入学前に親の所得を調べ、必要な層には授業料免除などの措置をとることも考えられる。

格差は小学校時代から始まっている
 親の所得格差で子どもに与えられる将来展望や説得力に大きな差が出ている点を既に指摘したが、そうだとすると、こうした格差は既に小学校時代から始まっていることになる。それは、文科省の全国学力テストの分析からも裏付けられる。所得の高い家庭ほど子どもに対する指導、しつけが行き届いて、結果的に子どもの学力に大きなプラスとなるのである。
 だから、表面的な「所得格差」を追うのではなしに、大都市を中心として子どもの教育に無関心な家庭がじわじわと広がり、結果的に基礎学力が低い層が固定しつつあることに注目する必要がある。そういった家庭の子どもは展望を持てず、将来何をしたらよいかよく分からない。しかも、メディアの学校の抑圧に対するキャンペーンが行き過ぎた結果か、親の権利意識ばかりが強くなり、学校でも子どもを押さえつけられなくなっている。将来に展望を持てず、一方学校からの強制もなくなれば、子どもが勉強しなくなるのも当たり前と言える。
 小中学校の頃から勉強についていけず、親も子どもも大学進学などあきらめている層が次第に広がっている。しかも、この問題は小学校から始まって累積的に拡大し、高校時代にピークアウトする。高校3年生では、1日3時間以上勉強する生徒が半分くらいいる一方、約3分の1はほとんど勉強をせず、宿題もせず、そもそも教科書を自宅に持って帰らない。こうした層は将来に向けた努力を、はなから放棄してしまっているのだ。学校に行っているだけでも意義はあるのかもしれないが、「学習」というものは、教えられる部分と自分で学ぶものとで構成される。後者が欠けているとすると、教育の効果は期待できない。

「底辺層」が固定化してしまう危険
 要は、多くの家庭や学校が子どもに学習のためのモチベーションを次第に与えられなくなってきたのが、日本の最大の危機なのである。従来は受験勉強がその役割を果たしていたが、大学全入時代を迎え、その仕掛けは破たんしてしまっている。また、大学を経ずに高卒で社会に出る道は、ますます細くなっている。従来大きな就職先であった製造業の正社員職が中国などに移転されてしまった結果、高卒での就職先はコンビニエンスストアなどのサービス産業の非正規社員しかなくなっている。進学するにせよ、就職するにせよ、ますます若者は目標を見出せなくなっている。
 所得格差問題が投げかけているのは、中堅・底辺層が固定してしまい、基礎学力が低いまま放置され、将来展望も描けずにいることだ。グローバリゼーションの時代にこうした傾向が広がったのでは、日本の競争力は低下し、国全体が衰退してしまう。
 だから、「大学進学」の量的拡大だけを論じるのでは不十分だ。4年制大学の進学率はここ数年で上昇しているが、長期不況の影響で高卒者の安定した就職口が激減し、仕方なく進学する人たちが多くなってきているのが原因だからだ。また、少子化によって無試験同然で入学させる大学も増えてきた。その結果として、大学での勉強時間も米国の半分程度にとどまっている。
 結果として、彼らの多くは在学中からやる気を失ったり、就職試験で連戦連敗し、そのままニートやフリーターになってしまいやすい。また、仮に正社員として就職できたとしても、3年以内に3割が辞めてしまうのである。

大学は学生の「動機付け」を支援すべき
 所得格差がそのままモチベーション格差として定着しやすいこと、モチベーションの低い層が拡大しつつあること…こうした傾向に対して何か手は打てるのだろうか。
 一つには大学がこうした現実を前提に大きく変貌することが求められている。これまでの大学では、学生は一人前であると勝手に想定して、講義はするけれど後は自分で勉強してくださいという態度をあからさまに取ってきた。これを改め、大学は学生にある程度の強制力を持って勉強させることが重要だ。自分で勉強するプロセスは大事だが、それにしても基礎的な手ほどきや学習スキルを身に付けさせるように大学の授業が機能する必要がある。
 また、将来の展望、目標をどう持たせるかも重要だ。「キャリア教育」とか「インターンシップ」の重要性が叫ばれているが、ちょっと企業人の話を聞いたくらいで将来の方向性が見つかるというものではないだろう。また、インターンシップにしても、一つの職場で経験したことが普遍的に役立つというものでもない。
 日本の学生は、最近ではサークルには参加せず、アルバイトに時間を割く傾向がある。経済的な問題もあるだろうが、それよりも現実社会に対する接触を求めているのだろう。いろいろな人と出会い、いろいろな経験をするということを、大学はカリキュラムの中に取り入れていくことが必要なのではないだろうか。たとえば地域の問題をとりあげて、チームでそれを解決するとか、短期留学制度を広め、異なるバックグラウンドの学生たちと交流させるといった具合だ。こうした経験の幅を広げることがモチベーションを促進させるのだと思う。
 大学に入る前に職業への展望を持ち、その結果として学部を選択するというのが理想的だが、多くの学生がそういう道を選択するというのは現実的ではない。あまり明確な展望を持っていない学生に、どうやって大学生活の中で経験の幅を広げ、自分で考えるプロセスを与えるかが、大学に求められている。
 ここでいう「経験」とは必ずしも実務のことを指していない。一つの実務を覚えても、それが他で役立つとは限らない。それよりも異なる人たちとの接触、社会(地域、職場、国際社会など)との接触を通じ、ある程度自分の頭の中を整理する回路をつくることが重要なのだ。

社会に出てからの「格差」問題の芽が、ここにある
 将来展望やモチベーションの問題は、社会に出てからの「格差」問題(例えば正社員対派遣社員)にも大いにつながっていると思う。現在大卒の3割が普通の就職ができていないし、就職しても3年以内にやめる確率は3割だ。そういう人たちが「まともな給料を払える正社員職」という限られたパイからはじき出され、そのまま固定化してしまう。そういう人たちの最大の問題は、自分に対する確信を持ったり、将来への展望を持ったりすることができないという点だ。
 こうした問題は、小学校時代からの積み重ねだと思う。学力とモチベーションは表裏一体の関係であり、問題にすべきは表面的な学力よりも自己確信の強さだと思う。競争社会とはそういう面の格差が強く働く社会なのだ。こうした傾向は先進国共通の問題である。社会が富裕化するにしたがって、何に向かって努力するのか目標が設定しにくくなる。その中で所得が高い家庭では目標を保つためのリソースを豊富に持っている一方で、所得が低い層はますます努力の対象を見つけられない危険にさらされる。
 問題の解決に向けて、高等教育機関である大学だけでなく、小学校、中学校、高校ともできることは多いはずだ。(談)
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