ハロウィンの怪談 ~TRUTH~


里保が帰ってこない。

軽い用事で一人で出かけて、帰りにドーナツを買ってくるとは言ってたけど、
それにしたってそんな時間がかかるものではないはず。
里保の実力を思えば考えにくくはあるものの、暗くなってからの女の子の独り歩きだけに、
まさか何らかの予期せぬ危険に巻き込まれたなんて可能性もないとは言いきれない。

「ドーナツまだかな~」

「まーちゃんもドーナツよりまず鞘師さんの心配しようよ」

「念のためみんなで探しに行った方がいいんじゃない?」

みんなのざわめきが広がる中、不安げな声を上げたのは春菜だった。

「もしかして、本当に『食いしん坊の口裂け女』に遭遇してしまったのかも」

「何それ? いくらハロウィンだからってそれはな……」

「うんそれかな」

笑って否定する衣梨奈の言葉は、さゆみの思わぬ肯定によって遮られた。

「えっ!? それって一体どういうことですか?」

「りほりほはその『食いしん坊の口裂け女』と呼ばれてる人物と一緒にいるようね。
臨海公園で待ってるから、生田が責任を持って連れ帰ってきな」


いきなりの指名に驚く衣梨奈だったが、すぐに部屋を飛び出そうと立ち上がる。
それに続くように亜佑美と遥も、立ち上がりさゆみに直訴した。

「あたし達も一緒に行きます!」

「気持ちはわかるけどこれは生田一人でやるべき役目だから、
今回は生田に花を持たせてあげてくれる?」

穏やかながらも反論を許さないさゆみの口調に、
亜佑美達もそれ以上無理強いできずに口をつぐむ。

「それじゃあ行ってきます!」

「うん、精々頑張ってきな」

「鞘師さんをよろしくお願いします!」

「『食いしん坊の口裂け女』には十分に気をつけてくださいね!」

「ドーナツよろしくね!」

「だからまーちゃんそれ今言うことじゃないから」

それぞれの声を背中に受けながら、勢いよく衣梨奈がさゆみ邸を飛び出していった。


後は生田に任せておけば大丈夫だからまず夕飯の支度をしようというさゆみの提案を受け、
みんながぞろぞろと台所に向かう中で、一人だけ残った春菜がさゆみに問いかけた。

「よくわからないことがいくつもあるんですけど、訊いていいですか?」

「うんいいよ」

「道重さんはなんで鞘師さんが『食いしん坊の口裂け女』と一緒にいるとわかったんですか?
しかも臨海公園にいるって場所まで把握してるなんて……。
それになんで生田さん一人じゃないといけなかったんですか?
もし害意を持って『食いしん坊の口裂け女』が鞘師さんを攫ったのだったら、
それこそ生田さん一人で鞘師さんを奪還しようとするのは危険が大きいと思うんですけど?」

「別に相手に害意なんてないから大丈夫」

深刻な表情の春菜を安心させるように、さゆみが軽い笑みを浮かべる。

「さゆみもはっきりと全貌を把握してるわけじゃないけど、臨海公園にいるってわかった理由は簡単。
このM13地区に渦巻く魔力の流れを感じてみれば一目瞭然だから。
ここまで大きな魔力を持つ人物はこの地区でも……いや、全世界でもそう多くはないし、
それを隠すでもなく明らかにさゆみに対して信号を送ってきていたからね」

「そんなことまでわかるんですか……」

春菜がただでさえ大きな瞳をさらに見開いて驚愕する。
魔道士が数多く存在するこのM13地区で渦巻く魔力の流れというのは、
一体どれほどの規模なのだろう。スケールが大きすぎて春菜の想像がまったく追いつかない。
それを把握し見極めるさゆみの能力は言うまでもなく、
相手が全世界でもトップクラスの魔力の持ち主だというのは、驚き以外の何物でもない。


「まあ誰でもわかるってわけじゃないけど。
今回は相手がさゆみにとってよく見知った存在だったから、すぐに感じ取れたというだけ。
りほりほが一緒にいるとわかった理由も相手の信号からの情報だし、
生田を一人で行かせたのも、それが相手のご所望だというのだから仕方ないよね」

「道重さんは『食いしん坊の口裂け女』と知り合いなんですか??」

「うんまあね。
それにしても、その『食いしん坊の口裂け女』ってのは言い得て妙だね。
ハロウィンに相応しいし、食いしん坊のこんこんにはまさにピッタリなネーミングだよ」

懐かしそうに遠い目で楽しげに笑うさゆみ。
春菜はその「こんこん」なる人物のことをもっと詳しく訊きたいと思いながらも、
それ以上踏み込ませない壁のようなものを感じ取り、質問を躊躇する。

「でもなんでわざわざこんな間怠っこいことをしてるのやら。
生田一人を呼び出す理由もよくわからないけど、
まあどういう意図だとしても生田にはいい経験になるでしょ」

里保にもそして衣梨奈にも危険はなさそうだとわかりひとまずはホッとした春菜だったが、
それ以上に、衣梨奈と『食いしん坊の口裂け女』との接触により
一体どのような化学変化が発生するのか、衣梨奈の後をつけて自分自身の目で確かめたい。
……そんな衝動を抑えるのに精一杯だった。



さゆみ邸から臨海公園まで一気に駆け抜けてきた衣梨奈が見た光景、
それは電灯に照らされたベンチに並んで座る2人の姿だった。

一人は里保。
ベンチの背もたれに身体を預け、寝ているのか気絶しているのか目を閉じたままでいる。

そしてもう一人は、衣梨奈の初めて見る人物だった。
丸顔とそしてまん丸の瞳が印象的な、可愛らしい容姿の女性。
……ただ一点、口元が大きく裂けていることを除いては。

その女性は、『食いしん坊の口裂け女』の呼び名に違わぬ様子で
ドーナツを両手で持ち無心になって食べていた。
口元が裂けているのだからそれこそ大口をあけて齧り付けばいいものを、
まるでハムスターがエサを食べる時のように、ほんの小さい一口サイズで
ちまちまと口に運んでいるのがなんとも滑稽で、微笑ましい光景にすら見える。

だが、衣梨奈にはそんな光景に和めるような心の余裕はなかった。
ぐったりしている里保の姿を視認した時点で完全に頭に血が上ってしまい、
感情のままに猛スピードで2人に走り寄る。

「里保を返せ!!!!」

「あ、ごめんね。ドーナツ食べ終わるまでもうちょっと待っててくれるかなぁ」

その姿に気付いた女性の緊張感のない一言を衣梨奈が受け入れられるはずもなく、
2人の目の前まで迫る……かに思えたその時、何かにぶつかったような衝撃を受け、
衣梨奈は大きく弾き飛ばされた。


「うーん、すぐに頭に血が上って状況判断ができなくなるのはマイナスだねぇ。
でもそれだけ友達想いというのはプラスかなぁ」

女性の独り言も耳に入らない様子で、すぐさま起き上がった衣梨奈は
2人との間に立ち塞がっている半透明の障壁に立ち向かっていく。
だが、力自慢の衣梨奈の攻撃を以てしてもその障壁は小揺るぎもしない。

「そんな無駄なことしても疲れるだけだからさ、大人しく待ってなよぉ。
もう少しでドーナツも食べ終わるし」

女性の忠告を聞く気配も見せない衣梨奈が、一度後退して大きく距離を取る。
そして勢いよく助走をつけると、右足に猛烈な魔力を纏い一気にそれを振り上げた。

ガキッ!!!

金属製の扉をも粉々にする衣梨奈の渾身の一撃でも、障壁を砕くことはできなかった。
ただそれでも、これまで無傷だった障壁に細かいヒビが走り、
このまま攻撃を続けていけば破壊も叶いそうな手応えを初めて得ることはできた。

これまでノホホンとドーナツを食べ進めていた女性も、それを見て眉を上げ楽しげな表情となる。

「ふーん、あたしの鉄壁の守りにキズをつけるだなんて、パワーだけはなかなかのものだねぇ。
じゃあこんなのはどうかな?」

懐に手をやった女性が取り出したのは、真っ白な小さいマシュマロだった。
それを名残惜しそうにしばらく眺めていたが、意を決したように指で弾く。
弧を描いて飛んだマシュマロはヒビの入った障壁に張り付くと瞬く間に広がり、
半透明だった堅い障壁は真っ白な柔らかい障壁へと姿を変えた。


障壁の変容に一度は足を止めた衣梨奈だったが、気を取り直してまた猛然と攻撃を加える。
しかしどんなに重い一撃を放っても白い障壁はふんわりと柔らかく威力を吸収し、
まともなダメージを与えることもできない。

「ちょっとは頭も使わないと、力ずくのごり押しじゃその壁は壊せないよぉ」

ドーナツを口の中に溜め込み、もごもごしながらアドバイスを送る女性。
衣梨奈もまったく手応えのないこれまでの攻撃で力押しの愚を実感したか、
その言葉に一度動きを止めた。

しばらく眉を顰めて白壁を睨みつけていた衣梨奈だったが、おもむろに左手で掌底を放つ。
そして壁に触れた瞬間に手を止め、素早く呪文を唱えた。

衣梨奈の掌からほとばしる極寒の冷気。
それは柔らかい白壁をあっという間に固く凍りつかせた。
そこに衣梨奈の、満を持した右ストレートが炸裂する。
凍りつき柔らかい吸収力を失った白壁は、魔力を纏ったパンチをまともに受けついに砕け散った。

白壁の破片は小さなマシュマロへと戻り、
ちょうどドーナツを食べ終えた女性の手の中に綺麗に納まる。

「ちゃんと考えれば、応用力もなかなかのものかな。
……うん、凍ったマシュマロも悪くないね」

女性はマシュマロを口の中に放り込むと、ゆっくりとベンチから立ち上がり、
体力を消耗し肩で息をする衣梨奈へと改めて声をかける。

「食べ終わるまで待たせてちゃってごめんね~。
ああそうだ、自己紹介が遅れたけどあたしはアサミ。
わざわざこんなところまで来てもらってありがとうね」


凄惨な見た目の口裂け女に丁寧に自己紹介されても、
衣梨奈もああそうですかとあっさり受け入れられるはずもない。

「どうして里保を攫うようなことを!!」

「あの娘にはちょっと協力してもらってるだけで別に攫ったとかじゃないんだけど、
そんなことより、まずはあたしの用件を先に片づけさせてもらっていいかな」

そう言いながら懐を探ったアサミが取り出したのは、黄土色の短い棒。
それはマシュマロに続く懐かしの駄菓子、きなこ棒だった。

何をするつもりかと身構える衣梨奈に、
きなこ棒を顔の前へと運んだアサミがフッと息を吹きかける。
棒に付着していたきなこが飛び散ると、それはあり得ないほど拡散し
砂塵となって一気に衣梨奈の周りを取り囲んだ。

強烈な目潰しに、里保のような風の魔法を操れない自分を恨めしく思いつつも
顔を守りながら大きく後ろに下がり砂塵を避ける衣梨奈。

ようやく砂塵がやむと、目の前にいたはずのアサミの姿がなく、
代わりに本来ここにいるはずもない、衣梨奈のよく知る人物が仁王立ちしていた。

「さあ生田、ここからが本番だよ! 
どこからでもかかってきな!!」


ついさっきまで目の前にいたのは確かに、丸顔でメリハリのあるボディのアサミだった。
それが今、衣梨奈と対峙しているのはほっそり小顔のシンプルボディ。

「に、新垣さん……!?」

それは見間違えるはずもない、衣梨奈の憧れの人である里沙であった。

「こら生田! ボーっとしてないでさっさとかかってきなさい!
魔法でも体術でもどんなやり方でもいいから、
とにかくあたしに一撃入れられたら鞘師のことはすぐに返してあげるから」

こんなところに里沙がいるわけがないことくらいは衣梨奈にもわかっている。
しかしその容姿から声音から喋り方に至るまであまりにも里沙そのもので、
かかってこいと言われてもただ戸惑うことしかできなかった。

「あんたねぇ、そんなことでどうすんのよ。
目の前で大切な友達が攫われようとしてる時に、
その相手があたし――新垣理沙の姿に変身したくらいで
それだけでもう何もできなくなって黙って連れ去られるだけになっちゃうの?
あんたは自分自身の力で大事な人も守れないような情けない奴だったの?
そんな軟弱な精神で世界一の魔法使いなんかになれると思ってんの?」

そんな様子を見かねた里沙から飛んだ叱責の声により、
衣梨奈は頬を叩かれたようにハッと目が覚めた表情になる。

そうだ、えりは大切な友達を、里保を守ると心に誓ったんだ。
たとえ新垣さんが相手でも、自分のこの想いを曲げるわけにはいかないんだ!!


「わかりました。えりが一撃入れることができたら、必ず里保を返してくださいね」

「もちろん。だから遠慮せず全力でかかってきな」

衣梨奈の顔つきが変わったのを見て取り嬉しそうに頷いた里沙が、
ブルース・リーばりに大げさに構えて手招きする。
それを合図に、衣梨奈がダッシュで間合いを詰めた。

衣梨奈が放ったのは、先ほどアサミの鉄壁の守りにひびを入れたのと同じハイキック。
さすがに右足に魔力は纏わせていなかったが、それでもまともに食らえば
一撃ノックアウトも十分ありそうな渾身の一撃だった。

だが里沙は全く動じることなく、軽やかにその場にしゃがんで蹴りを躱すと、
そのまま素早く回し蹴りを放ってふんわりと衣梨奈の左足を払う。
軸足を掬われた衣梨奈は、たまらずその場に尻もちをつく羽目となった。

「大技ってのは、決まるとダメージがでかいけどそれ以上に隙も大きいんだから、
いきなり出したってまともに当たるもんじゃないよ。
さあ、いつまでもそんなとこに座り込んでないで。この程度で終わりじゃないんでしょ」

里沙の挑発に応えるように、衣梨奈が立ち上がりざまに飛びかかっていく。
しなやかでバネのある力強い肢体から放たれる連続攻撃。
今度はジャブやローキックなど小技も交えながら、
持っている技を全て出し切っての息つく間もない猛攻だった。


しかし里沙はその攻撃を、柳に風の如く躱し、いなし、バランスを崩し、そして反撃する。

「脇腹がガラ空き!」「足が疎かになってる!」「ガードが甘い!」

叱声とともに飛ぶ里沙の反撃は全て寸止めだったが、
実際に受けたかのような衝撃だけが衣梨奈の身体に響き、
衣梨奈の未熟さを否が応にも自覚させる。

追い詰められた衣梨奈が繰り出した、右ストレートを囮にしての
死角からの左フックも里沙にあえなく躱され、
寸止めボディブローの反撃に大きく吹き飛ばされた衣梨奈は、思わず膝をついた。

「生田の攻撃はさ、真っ正直すぎるんだよね。
攻撃の組み立てと軌道がすぐに読めちゃうから、躱すのも反撃するのも簡単なんだ。
今までずっとパワーに頼り切ってた証拠。もっと相手の裏をかくような攻撃を考えなきゃ。
まあ最後の左フックまでの流れは悪くなかったけどさ」

息を切らしながらゆっくりと立ち上がる衣梨奈の様子を見て、
その眼にまだ強さが宿っていることを確認した里沙が満足げに微笑む。

「じゃあそろそろ生田の魔法を見せてもらおうかな。
あんた魔法使いやめて格闘家に転向したわけじゃないよね」

「……わかりました。次は魔法でいきます」

里沙の言葉に応えた衣梨奈が懐に手を入れると、
ある物を取り出し、それを勢いよく空中へと放り投げた。


「ふーん、なかなか面白いことするね」

予想外の衣梨奈の行動に、里沙がニヤリと笑う。
衣梨奈が頭上高く投げ上げた物、それは数十個もありそうなビー玉だった。

無数のビー玉は、衣梨奈が印を結ぶとともに空中でピタリと制止する。
そして大きく右手を振り上げると、軌道もタイニングも1個ずつ別々の動きで
四方から里沙に襲いかかっていった。

衣梨奈は、里保のような風や炎の魔法を操る能力を持ち合わせていない。
代わりに衣梨奈が一番に得意としているのは、スケボーを浮かせて意のままに操り
空を飛ぶ技術を身に着けたように、色々な物を自在に動かす物体操作の魔法。
ならばその魔法を攻撃にも転用できないか、と考えた衣梨奈が研鑽を重ね、
ついに編み出したのがこの「ビー玉ファンネル」だった。

「なるほど、これだけの数で一度に来られると防ぐのも大変だわ。でも……」

里沙が素早く呪文を詠唱する。

「火!」
いくつかのビー玉が、火球に取り込まれ溶け落ちる。

「風!」
いくつかのビー玉が、突風に巻き込まれ彼方へと飛び去る。

「水!」
いくつかのビー玉が、水泡に吸い込まれ地面に転がる。

「土!」
残ったビー玉が、土壁に飲み込まれその中へと姿を消す。


「アイディアは悪くないけどさ、やっぱり実体のある攻撃だと
四大元素の魔法で迎撃しやすいんだよね」

「ビー玉ファンネル」が軽々と防がれてしまった衣梨奈だったが、
気落ちすることもなくすぐに次の魔法を発動させた。

「聖剣エクスカリバー!!」

高らかな宣言とともに、衣梨奈の手中に青白く輝く剣が出現する。

「いやいや、かっこいいこと言ってるけどそれってただの氷の剣じゃん。
何かすごい魔剣を物体移動させたのかと一瞬焦ったじゃない」

里沙のツッコミも意に返さず、氷の剣を手にした衣梨奈が雄たけびを上げながら迫る。
手にしているのがたとえ魔剣ではないにしても、それは一撃必殺の気迫を伴っていた。

迎え撃つべく印を結ぶ里沙の姿に、衣梨奈が内心でほくそ笑む。
わざわざ芝居がかった魔法を使い大げさに襲いかかったのは、
里沙の注目を自分に集めるための演技。本当の狙いは別にあった。

風の魔法で彼方へと飛び去ったように見えた数個のビー玉。
それが大きく迂回して、里沙の真後ろから猛スピードで迫っていた。

さしもの新垣さんもこの攻撃には気付いていないはず。
これでついに待望の一撃を決められる!!


「!!?」

だが衣梨奈の都合のいい皮算用は、あえなく崩れ去ることとなる。
ビー玉が里沙の背中に直撃するかと思われたその瞬間、
まるで意志を持っているかのようにビー玉がギリギリで里沙のすぐ脇をすり抜ける。

それだけではない。すり抜けた数個のビー玉は、そのままの勢いで
里沙へと突進していた衣梨奈の方に向かい、一直線に襲いかかってきたのだ。

「ちょ、ちょっと!!」

慌てて地面に横っ飛びで転がり込んで、どうにかビー玉を避ける衣梨奈。

「狙いは悪くない。相手の裏をかくような攻撃だったしね。
でもさ、物体操作の魔法を使えるのが自分だけだと思わない方がいいよ」

無我夢中でビー玉を躱した拍子にあえなく折れた氷の剣を片手に、衣梨奈が呆然とへたり込む。

「それにあんた途中でビー玉の奇襲が決まったと思ったでしょ。
攻撃がちゃんと当たるのを見届けた後じゃないと、勝利を確信するのが早すぎ。
ただでさえ嘘の付けない性格なんだから、怪しげな画策してるのが表情でバレバレだったし。
詰めの甘いことしてるから、そんな情けない姿を晒すことになるんだよ。
どうする? 会心の攻撃が撃沈して心が折れた? もう降参しておく?」


「まだまだ!!」

勧告の言葉を発奮材料とした衣梨奈が、素早く印を結んで再び里沙に立ち向かっていく。

衣梨奈の工夫を凝らした様々な魔法攻撃を、里沙が適切な魔法で切り返して反撃し、
そして足りなかった部分をアドバイスをする。
その繰り返しを続けていくうちに、いつしか衣梨奈の胸中から余計な雑念が消え、
里沙の前で自分の持っている力を全て出し切りたい、自分の成長を認めてもらいたいという、
ただひたすらに純粋な想いだけが衣梨奈を支える原動力となっていた。

衣梨奈の放ったダイアモンドダストが里沙の竜巻に取り込まれ、
そのまま逆用されて竜巻の攻撃を食らい、衣梨奈の身体が弾き飛ばされる。
どうにか立ち上がったものの、大きく肩で息を切るその姿から
さすがの体力自慢の衣梨奈もスタミナの限界が近いことは一目瞭然だった。

「うん。じゃあそろそろ、生田の本気の本気を見せてもらおうか。
まだ隠し持ってるんでしょ? とっておきってやつを」

里沙の言葉に衣梨奈の表情が険しいものとなり、
やがて何かを吹っ切ったかのように一つ頷くと、力強く答えた。

「わかりました。次が衣梨奈の最後の攻撃です。
絶対これで一撃決めるので、衣梨奈の全身全霊、受け止めてください」


衣梨奈が最後の攻撃として選んだのは、スケボーだった。
胸ポケットからスケボーを取り出すと、裏面を撫でながら呪文を唱える。
そして衣梨奈が手を離した後もその場に浮遊したままのスケボーに、軽やかに飛び乗った。

「行きます!!」

力強い宣言とともに、スケボーに乗った衣梨奈が猛スピードで里沙に向かって突進していく。

このまま体当たりか!? 
と思われたその直前、衣梨奈がスケボーの上から大きく跳躍する。
さらに空中で鮮やかに前転して推進力を高めた衣梨奈が、
里沙に向かって魔力を込めた右足で踵落としを放った。

スケボーの突進を躱そうとすると、空中から衣梨奈の踵落としが炸裂する。
かといって空中の衣梨奈を迎撃しようとすると、腹部にスケボーの直撃を受けてしまう。

どちらもスピード・威力ともにMAXの、生半可な対応では
2つ同時にはとても防ぎきれそうにもない迫力満点の攻撃だった。

はたしてこの衣梨奈の「とっておき」を前に、里沙がどのように動くか。
たとえどんな反撃をしてこようと、とにかく一度は耐えて捨て身の一撃を決めてやる!

衣梨奈の覚悟を知ってか知らずか、身構えることもなく余裕の表情を崩さない里沙だったが、
その猛攻を前にして仰向けの状態で真後ろに倒れる。

だがそれは、衣梨奈の攻撃を身に受けてのものではなく、
まさにスケボーが身体に触れようとする直前に、里沙が自発的に取った行動だった。

地面に倒れ込むことでスケボーの直撃を躱す里沙。
そしてつい先ほどまで里沙が立っていた空間をスケボーが通り過ぎようとした瞬間、
真下から両足で魔力を込めた強烈な蹴りをお見舞いする。


「うわっ!!!」

真上に激しく跳ね上げられたスケボーは、空中の衣梨奈に激突して勢いよく吹き飛ばす。
憐れ衣梨奈はスケボーごと錐もみ回転で落下し、臨海公園の砂場に墜落したのだった。

そんな生田の様子を尻目に、里沙が両手を払いながら立ち上がる。

「うん、なかなかいい攻撃だったよ。
ちょっと手加減する余裕はなかったからやりすぎちゃったけど、まあ生田なら大丈夫だよね。
ただやっぱり攻撃が直線的すぎるかな。どんなに威力があっても当たらなければ意味が……ん??」

そこで言葉を切った里沙が、訝しげな表情で自分の足元に目をやる。
そして突然、心底楽しそうに笑い出した。

「アハハハハハハハ……!!
なるほどそういうことか。うんあたしの負けだよ、生田。
こりゃまた見事に裏をかいてくれたもんだわ」

突然の敗北宣言。
里沙の下半身が、なんと足元から徐々に凍り付いてきていた。
触れた者を時間差でゆっくりと凍りつかせる、遅効性の氷結魔法。
衣梨奈がスケボーの裏を撫でながら唱えていたのは浮遊のための魔法ではなく、
このトラップ魔法だった。

「亜佑美ちゃんから色んな種類の氷の魔法を教わっといて良かった……」

里沙からの念願の一言を受けて、衣梨奈がようやく砂場から身体を起こす。

「ちゃんと立てる? ほら手を出しな」

「あ、すみません」


横から差しだされた里沙の手を取る衣梨奈。
あれ? 氷結魔法で足元を固められて動けなくなってるはずなのになんで??
という衣梨奈の疑問は、里沙の思いがけない行動によってすぐに霧消した。

手を引っ張って起き上がらせた里沙が、
そのまま衣梨奈の身体を受け止めるとギュッと抱き締めたのだ。

「この3年で随分成長したねぇ、生田。まさか本当に一本取られるとは思ってなかったよ」

「新垣さん……」

「でもそれ以上に、大切な人を守ろうという強い気持ち。
大きな壁にぶつかっても心折れずに決して諦めない堅い意志。
生田からそれがしっかりと感じられたのが嬉しかったな。
戦いの強さや魔法の上手さなんて二の次、この2つこそが
世界一の魔法使いになるために本当に必要なものだからね」

「……はい」

耳元から響く、里沙の温かい声。
衣梨奈の身体からゆっくりと緊張が解けていき、それとともになぜだか涙が溢れだす。

「この3年間、生田にだって色々悩んだりすることもあっただろうけど、
それでも世界一の魔法使いという目標を実現させるために頑張ってることがわかって、
あたしも安心したよ。まっすぐに育ててくれたさゆみんに感謝しなくちゃね」

「新垣さん……。会えて、嬉しいです」

「何言ってんの。それはこのタイミングで口にする台詞じゃないでしょ。
今のあたしはあくまでこんこんが変身しただけの姿なんだからさ。
生田がいつか世界一の魔法使いになって、あんた自身の力であたしに会いに来る時まで、
その言葉は大事に取っておかなきゃ」


「はい……。あの時の約束、いつの日か絶対に実現して見せますから、
その時までもう少しだけ待っていてください」

「うん、楽しみにしてる」

衣梨奈の頭をぽんぽんと撫でた里沙が、最後に別れの言葉を告げる。

「それじゃあ、元気でね生田。今日は本当に楽しかったよ」

「新垣さん!!」

両肩を押されてハッと顔を上げた衣梨奈の目の前には、すでに里沙の姿はなく、
代わりに口の裂けていない真っ当な容姿に戻ったアサミが、和やかな表情で立っていた。

「名残惜しいだろうけど、あたしの役目はこれで終了。
ごめんね面倒なことに巻き込んじゃって」

「は、はあ……」

「あたしもそろそろ帰るけど、さゆによろしく伝えておいてもらえるかな。
あと生田ともまたいつか会える日が来るかもしれないけど、その時はよろしくね」

「はい! 色々ありがとうございました!!」

未だに状況がよく飲み込めていないままの衣梨奈だったが、
それでもアサミが今回の件で何らかの骨折りをしてくれたらしいことはわかり、
自然に深々と頭を下げて謝辞を伝えていた。

そして衣梨奈がゆっくりと頭を上げた時には、アサミもまた姿を消していた。


「えりぽん……」

「里保!! 大丈夫と? 怪我とかしとらん?」

いつの間にそこにいたのか不意に後ろから声をかけられ、
衣梨奈が慌てて里保に駆け寄り無事を確かめる。

「うん大丈夫、なんともないよ。
……実はうち、えりぽんに謝らないといけないことがあるんだ」

「謝るって?」

「うちは別に、攫われたりとかはまったくしてないんだ。
アサミさんから頼まれてえりぽんを呼び出すのに協力してただけ」

「あーね。でもなんでこんなことをしてまでえりを呼び出そうと?」

確かに攫われたにしては不可解な行動が多すぎるが、
ならば一体どんな目的があってのものだというのだろうか。

「アサミさんってね、道重さんの以前からの知り合いで、
今は遠い異国で宮廷魔道士をしてるんだって。
そんなアサミさんが、この頃になって道重さんが珍しく弟子を取ったという話を耳にして、
それで興味が湧いて弟子の実力を確認してみたいとこの街に来たんだって言ってた。
そんな時に、えりぽんのことをよく知ってるうちと偶然に会ったんだけど、
そこで、えりぽんの本気の姿が見たいから、アサミさんに捕らえられて
気を失った振りをしていてほしいと協力を頼まれてね。
結局、気を失った振りのつもりが、途中からベンチで熟睡しちゃってたんだけどさ」

「ふーん、そんなことがあったっちゃね」


まさか実力を試すのが目的だったとは、それでアサミはどのような評価を下したのだろう。
少なくとも失望はされていないと思いたいけれど。

「でもアサミさんって、新垣さんとはどんな関係があるっちゃろ?」

「うーん、新垣さんについてのことは何にも話してくれなかったけど、
魔法で変身できるくらいだから、よく知る相手なのは間違いなさそうだよね」

まだ釈然としない部分も残るけど、アサミが言っていたように
いつかまた会える日がきっと来るはずだから、その時に今日のことを直接聞いてみよう。
それよりも今は……。

「里保が無事なこともわかったし、そろそろ家に帰ろ。みんなが心配して待ってるけん」

そこで里保が、ある重大な事実に気づく。

「あー! アサミさんにみんなへのお土産のドーナツを全部食べられちゃってる!!」

「えっ!? 優樹ちゃんがドーナツ楽しみにしとったけん、
今更ドーナツがないなんて言ったら拗ねて大変なことになるっちゃん!
この時間ならまだ店はやってるはずやけん、急いでドーナツ買ってから帰ろ!!」

「うん!!」

そして衣梨奈と里保の2人は、手を取り合いながら駆け足で臨海公園を後にしたのだった。


(おしまい)

 

ハロウィンの怪談・再び     ハロウィンの怪談 ~REVERSE~

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最終更新:2015年01月23日 20:09