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騎士国フィンの北に位置する、小さな島。 名も無きこの島は、かつて流刑島として罪人を受け入れる場だった。 それから幾年を経た現在、この島は意外な発展を遂げていた。 名も無きこの島は現在、 己の力に自信を持つ者たちに知られる場となっている。 彼らはこの島を「闘技場」と呼び、 世界中の腕自慢が集い、 武を競い合うための場として認識されているのだ。 この島に生きる人々は二種類に分かれる。 戦う者と戦いに熱狂する者だ。 闘技場で戦うことを許された者は、 それだけでも尊敬に値する闘士であり、 勝ち上がることで名誉と富を与えられる。 そして唯一にして絶対の「王者」には、更なる富と名声が・・・。 この島の港は、いついかなる時も開かれている。 武を極めるため。 あるいは、その手に富を掴むため。 世界中から集う闘士たちと彼らを歓迎する者で、 常に港は活気に満ちていた。 そこへ・・・今、ひとりの男が船をこぎつける。 剣士ディーン。 騎士国フィンに眠る宝剣アストロブレイカーを手にした 猛き剣士の胸に満たすのは苦い記憶。 赤の魔人ソリアに喫した敗北・・・。 その屈辱を晴らすために更なる武を磨き上げ、 再び仇敵に挑んだ彼を待っていたのは、 二度目の完膚なきまでの敗北だった。 幾多の戦いで得た経験も、 伝説の宝剣さえもその差を埋めることはできなかったのだ。 ソリア「お前はきっと、どれだけ時間をかけても 真の強さには至らないよ。 お前は守るものを背負っていない。 それでは獣と一緒だ。 そんなもの強さではない・・・。」 意識を喪失する寸前にも関わらず、 ソリアの言葉は彼の胸に深く刻み込まれていた。 懐かしい故郷の地に立ったディーンを、潮風が包み込む。 閉じた瞼の裏には、ある男の顔だ。 ディーン「あいつはこんな俺を笑うだろうか。 いや、呆れるかもしれないな。」 彼を手にかけた魔物を討ち、友の無念を晴らすため、 ディーンは島を旅立ったはずだった。 彼の墓前に敗北を報告し、改めて誓いを果たす。 ソリアの言葉を、ディーンはそのような形で受け止めたのだった。 ディーンが友に誓いを立てていたとき、彼の様子を伺う者がいた。 ???「このような時に、宝剣の持ち主が現れるとは。 フィンから送られてきた刺客か? しかし、その宝剣の波動は眠っているかのように 静かではないか。 もし、宝剣があの者を真の所有者として認めておらず、 真の力を引き出せていないのだとしたら・・・ククッ」 ディーンはまだ気付いていない。 人知れず故郷の地を押し包もうとしている、紅い闇の存在に。 ![]() |
一度として足を止めることもなく、ディーンは港町を歩き続けていた。 町並みに、かつての面影はない。 長い歳月は、彼が存在していた痕跡を綺麗に洗い流してしまっていたのだ。 ディーン (しかし、それでも、塩辛い風の匂いは昔のままだ) 懐かしい空気に触れるうちに、ディーンの口元も思わずほころぶ。 帰郷の目的は断じて、無敗を誇るという王者への挑戦などではない。 まして、骨を休めるためであるはずがない。 彼がこの地を訪れたのは、ただただ、友への誓いを果たすため。 港町の喧騒を振り払うようにして、ディーンは道を急ぐ。 友が眠るあの場所へ。 かつてはうっそうと茂っていた森は、面積を大きく削られていた。 やすやすと森を抜けた先の小高い丘。 そこに、ディーンの親友が眠る墓標が、海を向いて静かにたたずんでいた。 感慨・・・なのだろうか?しばらく、ディーンは言葉もなくその場に立ち尽くしていた。 ディーン 「・・・無粋なことだ。」 沈黙の後、ゆっくりと動いた唇から漏れたのはため息だった。 おっくうそうに彼が振り向くと、背後の森から一匹の獣が現れ、威嚇の唸り声を上げる。 サンダードッグ・・・身体に電撃をまとい、額の角から雷を発する小さな獣だ。 剣を抜くまでもない。拳を握り固めて、ディーンはサンダードッグに対峙する。 |
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子犬のような悲鳴を上げて逃げ去るサンダードッグを、ディーンは一瞥もしなかった。 やがて、小高い丘は静寂が占める。 友の墓を示す墓標は、生前の彼が愛用していた武具だ。 地面に突き立てられた剣が、僅かな曇りも宿していないことをディーンはいぶかしむ。 それだけではない。墓は綺麗に保たれていて、花まで添えられていた。 誰かが手入れをしてくれているのだろう。 ディーン 「すまない、俺は手ぶらで来てしまった。花の一本でも摘んでくるのだったか。」 自嘲気味に肩をすくめて、彼は友の前にあぐらをかいて座る。 そこに眠る一人の剣士と、遠くを見つめる剣士・・・両者の間に言葉はない。 ディーンは身じろぎひとつしなかった。 淡々と時は流れ続ける。 やがて陽は大きく西側に傾き、周りは夜の色に染まろうとしていた。 ポロロン♪ ポロロン♪ 安らかな静寂。 静かな語らいの時間を・・・不意の、軽やかな楽器の音色が乱す。 コンサ 「いかがかしら? 私の喜びを歌にしてみたの。やはり、強者の集うところにこそ勇者は現われるというものね。」 ウクレレを爪弾く犬族の女性は、悪びれもせずにディーンに語りかける。 コンサ 「私はコンサ。あなたがその宝剣に認められた方なら、私の使命を手伝ってくださいな。」 ディーン 「犬ころの頼みを聞いてやる理由はない。」 常人ならば逃げ出すだろう口調と眼光にも、コンサは涼しい顔だ。 コンサ 「あら・・・よく見たらその剣はまだ眠りから醒めていませんね。けれど、あなたを拒絶もしていない。ふむ。」 話は全くの平行線だ。コンサはウクレレを爪弾く手を止めると、小首を傾げる。 コンサ 「では、私なりにあなたの資質を試させていただきます。よろしいですね。」 嫌も応もない。一方的に宣言すると、コンサは勇壮な戦いの曲を奏で始めた。 |
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コンサ 「弦が切れてしまいましたか。せっかく、素敵な音色が生まれそうだったのに残念です。」 元々、理由のない戦いだ。コンサが戦いをやめると、ディーンも握り固めていた拳を解く。 コンサ 「結構。あなたを私の勇者と認め、共に歩むことを誓いましょう。」 一転、慇懃に頭を下げてくるコンサに、ディーンは顔をしかめる。 勇者などは彼の目指すものではない。何も答えず、彼は友の墓前を後にしようとした。 コンサ 「早速、闘技場の闇を払いに?結構、それこそが勇者の振る舞いというものです。」 ディーン 「今度は何を言い出した?犬ころ。」 コンサ 「新たな戦いは、あなたとアストロブレイカーの結びつきを一層、強めることでしょう。伝説の剣が覚醒した暁には、必ずや私も馳せ参じます。」 質問は完全に受け流された。ウクレレを抱えたコンサの背中は、溶けるように森に消えた。 今の言葉を真に受けるならば、敵は魔ということだろうか? 闘技場が魔に侵されているなどとは信じ難く、また、港町の様子を見た限りもそのような兆候は感じなかったのだが。 ディーン 「・・・ふん、様子くらいは見に行ってみるか。」 ディーンは友の墓標代わりの剣を引き抜き、代わりにアストロブレイカーを突き立てる。 ディーン 「俺はこいつを、すっかり信用出来なくなっていてな。いずれ取りに戻るかもしれん・・・その時まで預かっていてくれ。」 眼前に臨んだ闘技場の異様さは、歴戦のディーンの第六感に訴えるものがあった。 空は轟き、紅い闇が蛇のように闘技場にまとわりついている。 通行人 「今日は開催なしだってよ。なんだってんだ、急に中止なんて。」 闘技場の方から向かってくる人々は、口々に不満をこぼしていた。 ディーン (閉鎖? ・・・一体、闘技場で何が起ころうとしている) ディーンの足取りが、自然と速まる。 パム 「お前、ディーンだにゃ! そこで止まれ。」 ようやく闘技場の入場門にたどり着こうかというところで、叩きつけられた声。 ディーンの行く手を阻んだのは、猫耳の少女格闘家だった。 パム 「お前が戻った途端、空が騒ぎ出した!おまけに闘技場が閉鎖だなんて、何がなんだか意味がわからないにゃ。」 ディーン 「それを俺が調べてきてやる。そこをどけ。」 パム 「偉そうに! 何を企んでるにゃ、言わないならぶちのめすにゃーッ!」 |
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パム 「あたしたちの闘技場に・・・グハッ。」 重い一撃を鳩尾に受けたパムは、最後にディーンを睨みつけて・・・昏倒する。 その身体を抱き上げて、ディーンは道の端に寝かせた。 ディーン 「守ってやるさ。お前の大切なこの場所は、俺にとっては故郷だ。」 その後は道を遮る者もなく、ディーンは入場門から闘技場の中に入った。 客席に繋がる入場口は鉄の扉で閉ざされている。普段ならば、胴間声を張り上げる屈強な『案内係』がいるはずだった。 無人? ならば、先ほどの観客たちは誰が追い返したというのだろうか。 ディーン 「嫌な感じだ。」 呟き・・・ディーンは扉の前を曲がって、歩き出す。 扉を二枚抜けて、更に一枚、通常ならば施錠されているはずの鉄の扉を開ける。 ここから先は闘士たちの控え室だ。 いくらディーンが元チャンピオンでも、素通りが許されるものではない。 鍵はうっかりかけ忘れていたのだとしても、扉から入ってすぐ脇手にある受付までが無人というのは考え難い。 一度でも背後を顧みることをしていれば、気付いただろう。 自らが歩いてきた道のりが深い闇に染まり、この闘技場・・・空間そのものが、隔絶されようとしていることに。 初めて彼に歩みを止めさせたのは、鼻腔をくすぐる匂い。 人ではない生きとし生けるものを狂わせるものの気配だ。 行く先が触手のような根に埋め尽くされているのに気付き、彼はため息混じりに足を止める。 その動きには、一切のとまどいや恐れも感じさせなかった。 力を込めて振り下ろしたディーンの剣は、床に拡がる根をやすやすと断ち切り、血にも似た樹液を撒き散らす。 ウオオオオォォォォォォォン! 次の瞬間、地の底から湧き上がるような悲鳴に大気が震える。 床を割って覗いたのは、巨大な眼球だった。 通路を満たしていた触手が巻き取られるように、中心へ、その眼球へと収束する。 単眼の、巨大な木の瘤とでも形容すべきだろうか? ディーン 「ふん、あの犬コロが言っていたことは正しかったらしいな。」 気のない口調とは裏腹に、ディーンの眼光には獰猛な光が宿っていた。 |
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触手をかいくぐり、ついに必殺の一撃を魔物の瘤部分に叩き込むと、不気味な断末魔が通路の空気を震わせた。 魔物の身体が黒く炭化して、あっけなく砕ける。 ディーン 「守るものもなく戦う俺は、獣と同じだと言ったな? 赤の魔人よ。」 友の剣に映る、強張った自らの顔を見下ろして・・・ディーンは呟く。 ディーン 「守るものなどはとうに失ったと思っていた。しかし、今、久々の憤りを感じているよ。」 ディーン (これが、『守りたい』という気持ちかもしれないな・・・) 彼の古傷が疼いていた。 かつて、突如として押し寄せた魔物にこの島が蹂躙された記憶が。 その戦いでディーンは初めて魔物と剣をあわせ、傷つき、大切な友を失った。 どれだけ歳月を重ねても色あせることのない屈辱の記憶。 守れなかったという悲しみと、自らへの・・・そして、全ての魔物への憤り。 ディーン 「嫌なことばかりを思い出させる、ここはそういう場所なのだろうな?」 前方の闇に、同意を求めるように語りかけるディーン。 彼の視線が向いた・・・空間そのものが歪み、湧き出るように生じた霧が渦を巻く。 やがて黒い塊は巨大な鎧を模り、ディーンの前に立ち塞がった。 空洞の鎧が、身動きするたびにカシャカシャと耳障りに鳴り響く。 おそらくは意志さえ持たないその鎧は、しかし、自らに与えられた任務はしっかりと理解しているようだった。 ガリガリと床をえぐって、正眼に構えられた巨大な剣がディーンに向く。 ディーン 「木偶人形に用はない、通してもらうぞ!」 相次ぐ戦いの疲労を振り払うように、ディーンは腹の底からの雄たけびを上げ、黒の鎧に挑みかかった。 |
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手応えのない勝利だった。剥がれ落ちるように黒い鎧は崩れ、やがて動きを止める。 ディーン (誰かが操っていた?) そう分析して、ディーンは周りを見回す。 動くものはない。聞こえる音は自身の唇から漏れる苦しげな息づかいだけだった。 急く気持ちをなだめて、ディーンは壁に背中を預ける。 数々の戦いの経験が、焦って行動を急ぐことの愚を彼に思い出させた。 この鎧を操っていた者がこの闘技場のどこかにいるのなら、疲労しきった身体で挑んだところで苦戦は明らかだ。 静かに、彼は呼吸を整える。 呼吸音に混じって微かに届く、雷鳴の轟きのような音は通路の先から聞こえていた。 30分ほどの休憩の後にディーンは通路を抜け、空の見える場所に出た。 闘技場へ抜ける通路の途中にある空間だ。 ここからさらに進むと闘技場に出るための扉がある。 戦いを控えた闘士はここで待ち、場内に鳴り響く銅鑼の音を合図に戦いへと赴くのだ。 星も月も真っ黒に染め上げた空は轟き、稲光にも似た赤い光を覗かせていた。 この深い闇の中では、一歩先さえ見通すことはできない。 慎重に歩を進めながら、ディーンは目を凝らして周囲を警戒する。 メノア 「まさか本当に人間がここまで来るとはな。」 塗り固められたかのような闇の向こうから届いた、感情を押し殺したような声。 そこには大振りな斧を持った女が立っていた。 ディーン 「貴様、人ではないな? この場を占領して何を企む。」 メノア 「ほかの奴が考えた狙いなんてあたしには興味なくてね。あたしが興味あるのは、お前が強いかどうかだけなんだ。」 敵意を隠そうともしない様子に、ディーンが剣の柄に手をかける。 メノア 「あたしを楽しませてくれよ。そうじゃないとお前のことも忘れるからね。」 |
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メノア 「あたしが楽しんでるってのに、お楽しみを終わりにして下がれって言う奴がいるよ。」 ディーンの剣がメノアの斧を弾いた、ちょうどそのタイミングで、つまらなそうな声が割って入る。 ディーン 「余力を残して下がられるのは、気分がいいものではないな。」 メノア 「あたしだって終わりにしたくはないけど、今はあいつの指示に従うように言われてるからね。」 ディーンには聞こえない声がメノアには聞こえているらしい。 あまりの理屈に辟易としながらも、ディーンは素直に剣を引く。 メノア 「これであたしの役割は終わり。縁があったらまた楽しませてもらうよ。」 その言葉と共にメノアは闇に姿を消した。 ため息して、ディーンは闘技場の方角へ向き直る。 闘技場への扉が開く音が、ディーンの耳に届いていた。 メガロス 「宝剣を持たずに、ここまでやってくるとはたいしたものだ。しかし、そのことはお前と宝剣の結びつきがその程度であることを証明してもいる。」 ディーン 「・・・貴様は。」 メガロス 「これから闇に沈む者に名を教えたところで意味はなかろう。」 彼の名はかつて騎士国フィンに混沌を振り撒き、討たれたはずの闇の司祭メガロス。 その手には強力な魔力を秘めた魔石、アルティマルビーが握られていた。 ディーン 「貴様が何者かなどはどうでもいい。答えろ、この島で何をしようとしている。」 メガロス 「この地に染みついた憎悪や怒り、嘆きの感情は、ルビーに更なる力を与える。クハハッ!冥界へのゲートを開くのに、これ以上ふさわしい場所はないということよ。」 ディーン 「冥界へのゲート、だと・・・!?」 メガロス 「私に向けられた刺客かとも疑い、事を急いだが・・・杞憂だったようだな。」 メガロスの高笑いに反応するかのように、大地が鳴動を始める。 メガロス 「ならば構わん。伝説の剣はこの手に、お前は我が闇の一部になるがいい。」 メガロス・・・否、アルティマルビーが放つ桁違いの魔力にも、ディーンは怯まない。 これ以上の魔力、圧倒的な力をディーンは知っている。 赤い光をまとった司祭に、ディーンは彼を嘲り笑う赤の魔人を重ねていた。 |
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メガロス「バカな、この私が一度ならず二度までも・・・ 世界は! 私の野望はどうなる。」 ディーン「言ったはずだ、貴様が何者であろうがそんなことは どうでもいいと。」 胴を一文字に切り裂かれたメガロスに、ディーンは冷然と言い放つ。 その声は届いていなかっただろう。 自ら魔に堕ち、世界に混沌を振り撒こうとした男の最期だった。 ディーンは最後までメガロスの名も、 彼が言う「野望」の意味を理解することもなかった。 ただ、自分の思い出が宿る場所を守れたことに安堵し、 その場に腰を下ろした。 だんだんと、夜が質を変え始める。 粘つくような闇から、澄んだ・・・穏やかな闇へ。 ディーンの肌は、その変化を感じ取っていた。 ディーン「故郷に戻ったその日にこれじゃ、 二度と戻りたくなくなりそうだ。」 愚痴めいた呟きを洩らし、 そして・・・鈍い輝きを放つ刀身の異変に気付く。 相次ぐ戦いで刀身には無数の傷がつき、 根元の辺りには深い亀裂が走っていた。 戦いの中で折れなかったのが奇跡と言うべきだろう。 ディーン「お前もすまなかったな、 安らかに眠っていたところを叩き起こして。 よく・・・最後まで共に戦ってくれた。 やはり、お前は俺にとって唯一の友だ。」 剣を鞘に収めてから改めてメガロスの亡骸を一瞥して、 ディーンは微かに眉をひそめる。 亡骸は未だに、アルティマルビーを固く握り締めたままだった。 ディーン(何が世界に混沌を振り撒く力だ) 内心で毒づいて、彼はその場に寝転がってしまう。 立って、拾いに行くことさえ億劫だった。 ディーン「休むか。久しぶりに、この場所で空が見たい。」 目を閉じてさえしまえば、夜などはすぐに明けるだろう。 心地よい疲労感に身を委ねて、ディーンはしばしの眠りにつく。 その寝顔は、母に抱かれる幼子のように安らかだった。 ![]() |
膝をつきそうな脱力感が、彼の五感を蝕んでいた。 ディーンは度重なる戦いにより無惨にひび割れた剣を鞘に戻す。 ソリア 「誰かと思えばディーンじゃないか。」 闘技場には不釣合いな緊張感の無い聞き覚えのある声が、気を緩めかけていたディーンを総毛立たせた。 まるで悪夢だ。赤の魔人ソリア、ここにいるはずのない男が、外套のようにまとっていた闇を払う。 ソリア 「お前がメガロスを倒すとはね、それも宝剣の力に頼ることさえなく。」 ディーン 「貴様が、その司祭をそそのかしたのか。」 ソリア 「まさか、あいつは・・・コソ泥というところかな。このアルティマルビーは元々、俺の友人が守っていたものでね。探していたんだが、おかげで楽に取り戻すことができたよ。」 動揺を押し殺して、ディーンが収めたばかりの剣の柄に手をかける。 ソリア 「またそれか。まったく、お前は獣のような男だな。」 そうではない、と・・・ディーンの心が言う。 ディーン 「その宝石をそこに置け。さもなくば、腕ごと置いていってもらうことになる。」 ソリアの目に、今のディーンが『獰猛なだけの獣』に映っていないことは明らかだ。 可笑しそうにソリアが胸の前で腕を組む。 ソリア 「随分とマシな目をするようになった、素敵な発見でもあったかな。」 ディーンは答えない。この島をソリアから守るということだけに集中して、精神を研ぎ澄ましていく。 ソリア 「ただ、ね、お前は思い違いをしているよ。この俺がメガロスごときの真似をするとでも思ったのか?」 声を出して笑って、ソリアは小声で何かの呪文を唱える。 すると、流星にも似た光が夜の空を切り裂き・・・ディーンを目がけて一直線に下りてくる。 直撃・・・その寸前で、剣の形をしたその光は静止する。 宝剣アストロブレイカー。 抜き身の刃が放つ神々しい光が、闇に慣れたディーンの網膜を灼く。 ソリア 「サービスさ。そんな折れかけの剣で俺に挑もうとするほど、愚かではないだろう?」 ソリアの言う通りだ。痛んだ剣で挑んだところで、一太刀浴びせることも出来ずに刀身は砕けてしまうだろう。 守るために、戦うために、ディーンはアストロブレイカーを必要としていた。 その想いに応えるかのように、宝剣が強い光を放つ。 |
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ディーンの腕から弾かれたアストロブレイカーが、 闘技場の床に弾んだ。 同時に、極限に達した疲労がディーンの四肢から力を奪った。 ソリア「たいしたものだよ、ディーン・・・自慢ができるぞ? お前はほんの一瞬とはいえ、俺に本気を出させたんだ。」 強がりでも誇張でもない。 アストロブレイカーがソリアの肩口を捉えたあの一瞬、 ディーンの身に起きたことを彼は未だに理解できていないのだ。 短い意識混濁の後、ディーンは冷たい地面に横たわり、 手から離れた宝剣は光を失っていた。 常識の範疇を超えた力。 それが、ソリアとディーンを隔てる壁なのだろうとディーンは思う。 不思議と怒りや失望はなかった。 ソリア「ここまでムキになった俺を見たら、 マーシュは目を丸くするだろうな。」 ソリアもまた愉快そうに、服についた埃を払う。 ソリア「マーシュにいい土産話が出来た。 それじゃあ、そろそろ俺は帰らせてもらうよ。」 アルティマルビーを手の平で弾ませて、身を翻すソリア。 ソリア「楽しみに待たせてもらうよ。 次は、俺をもっと本気にさせてみろ。」 最後までソリアは笑っていたが、 去り際のその姿は影法師のようにしか見えていない。 既にディーンの意識は朦朧としていたのだ。 ディーン(あぁ、待っていろ・・・魔人め) 誓いを伝えることも出来ないまま、 ディーンの意識は闇に飲み込まれていった。 戦いから数日後。 激戦の傷も未だ癒えないディーンの姿は、港にあった。 その手には、布に包まれたアストロブレイカー。 シャロン「本当に行っちゃうんですか? ディーンさん。 この前、帰ってきたばかりでしょう。」 不満そうに波止場に立っているのは、 滞在中、あれこれと彼の世話を焼いていた自称・剣士の少女だ。 シャロン「私、もっと教えて欲しいことが たくさんあったのに・・・。」 ディーン「またすぐ戻ってくる。」 煩わしさを隠そうともせずに、 ディーンは手の動きで彼女を追い払う。 しかし、言葉の裏にある感情にすぐに気付いた彼女は、 ディーンの意に反して頬をツヤツヤと輝かせた。 シャロン「はい! またいつでも戻ってきてください。」 ディーン「・・・あいつの墓を頼む。」 少女の言葉には答えずに、 それだけを言ってディーンは船に乗り込む。 ディーン(行くか。あいつに届くために必要な、 本当の強さというヤツを探しにな) 帆は力強い風を集めて、瞬く間に新たな世界・・・ 新たな戦いの場へとディーンを誘うのだった。 ![]() |