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H0776a - (2008/04/13 (日) 09:13:19) のソース

*渤海使09 776年(H0776a)
宝亀7年12月22日(777/02/04)、渤海国が献可大夫(こんがだいぶ)・司賓少令(しひんしょうりょう)(外交を司る司賓寺の次官)・開国男(げこくなん)の史都蒙(しつもう)ら187人を遣わして、光仁天皇の即位を祝い、あわせて渤海国王の妃の喪を伝えてきた。一行はわが国の海岸に到着する頃、突然暴風に遭遇して、柁が折れ帆が落ちて、溺死者を多く出した。生存者を数えるとわずかに46人であった。それで越前国加賀郡に丁重に収容して衣食などを供給した。(続日本紀)
>宝亀7(776)年、渤海使09、史都蒙ら167人来て、天皇登極を賀せんとし、船津に至る。忽ち暴風に逢い漂没する者多し。判官高淑源ら溺死す免るる者46人。勅して之を越前に安置す(外交志稿)

宝亀8(777)年2月、渤海使09の入朝を許す(大日本史)

**参考文献
-外務省記録局編, 1884. [[外交志稿>http://kindai.ndl.go.jp/cgi-bin/img/BIImgFrame.cgi?JP_NUM=51008232&VOL_NUM=00001&KOMA=1&ITYPE=0]]. 外務省.