少年曲馬団





題名:少年曲馬団
作者:花村萬月
発行:講談社 2008.07.23 初版
価格:\2,000



 花村萬月の作品の中で最も自伝的要素の強い作品が『百万遍』のシリーズで、その時代は三島が死んだ日に始まる。主人公は作家の分身のごとき存在である維朔(いさく)。その維朔の小学校低学年時代を綴った作品が本書である。

 同氏の作品には、擬似家族的な人間たちの繋がりを描いたものが多い。最近では、孤独な旅を続ける者たちの姿も小説に頻出するようになったが、仲間との強い絆(義兄弟とでも言うべき関係)や、女たちへの強い執着が見られ、ある意味で母性に焦がれるあまりの子宮回帰幻想のようなものさえ感じられる。

 花村作品をずっと延々追ってきていると、それらのことから、作家の母への思いの強さというものをどうしても強く嗅ぎ取ってしまうので、いつだったか、萬月さんと実際にお会いした折には、そのことを口にした記憶がある。もちろん萬月さんはそれに対しては、へえ、そう? と答えたくらいで、真相は不明であったが。

 でもそうした真相の一部を初めてというくらいに語り始めた小説が、実は本書『少年曲馬団』ではないだろうか。維朔という自己を投影した主人公の旅の、始まりの頃の物語には大変に興味を惹かれる。そこは萬月作品のすべてのスタート地点になる可能性があるからだ。

 学校へ行かない不登校児童であったことは他のエッセイやその他で知ってはいたものの、本書のようにその背景をしっかり読んだことはなかった。新書で出ている『父の文章教室』も読んでいないので、本書で語られる英才教育の実態、父の理不尽、といったものはやはりどうにもならない独自性を伴って、萬月という作家の原点を浮き彫りにしてゆくように思われる。

 エドワード・バンカーというアメリカの囚人作家が、自分の幼い頃を語り、その後の犯罪者としての運命を予告した小説『リトルボーイ・ブルー』は、その過酷な幼少期がたまらなく悲しかったが、本書では、維朔という少年が世界からスポイルアウトされるのではなく、父という権力装置によって雁字搦めにされ、社会との交流を断裂されていた内情……ある種の魂的暴力性とも言える……が感じ取られる。

 いずれにせよ、花村萬月は本書において維朔の小学四年生までの不良行動、天才的で早熟な言動や、未発達な性欲を弄ぶ女たちという性の強欲をすら容赦なく描いてゆく。世界が彼に対し決して優しくはなかったと同時に、世界から締め出され、母の手によって送り出される運命の最終章まで、徹底した悲哀をまとって、小説は終る。

 心に痛い、少年や少女たちの世界である。維朔は『百万遍 青の時代』でこの小説でとても印象的であったある女の子に再会する。もう一度、『百万遍』を読み返したくなるような、繋がりの深い作品である。ちなみにあちらの版元は新潮社で、こちらは講談社である。『百万遍 少年曲馬団』としなかった理由はその辺の事情なのかな。

(2009/05/31)
最終更新:2009年05月31日 23:38