夜のオデッセイア


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題名:夜のオデッセイア
著者:船戸与一
発行:徳間文庫 1985.04.15 初版
価格:\540

 北アメリカ大陸を旅するリムジンの名はオデッセイア。祖国を追われた二人の日本人(ボクサーとそのマネージャー)がしがない旅芸人の一座。彼らの芸は専ら八百長ボクシングだ。彼らのリムジンに突如乗り込んでくるのはプロレスでタッグ・チームを組んでいたという二人のジョー。互いに似通った二人の巨人は好みのドリンクからウイスキー・ジョー&ブランデー・ジョーと区別される。彼らの出現と共に、白日夢のように濃密なストーリーがスタートする。

 たまらなく船戸らしい物語である。人生をわずかにずれた男女たちが、パーレビの隠し財産を求めて、ブルックリンからマイアミ、ニューオーリーンズ、フェニックスへと北米大陸中を移動してゆく。『非合法員』も『神話の果て』も『炎流れる彼方』も同様に旅の物語だった。そして大方の男女にとってそれは片道切符の旅だった。生を燃焼させてのワンウェイ・チケット・・・ううむ、これはやはり我が心の巨匠サム・ペキンパーの匂いではないか。

 モサドにCIAにマフィアだって出てくる。彼らが、オデッセイアを追う者なら、オデッセイアに次々と乗り込んでくるいわくありげな老若男女は、巨大な力に歯向かう一匹狼たちの群れだ。ストーリー展開を追いながら、自然とキャラクターたちのそれぞれの個性がわかってくるという筆の巧さもなかなかに唸らせるものがある。そして一人一人が実に魅力的だ。彼らの背負っている過去や傷痕は生半可なものではない。人種も年齢も違う骨太の人間たちの荒々しい会話は、せせこましい日本には似合わない。船戸ワールドにはやはり地平線に沈む大きな太陽が似合うのだ。

 ラスト・シーンがまたいい。物語全体がまるで砂漠の夢であったかのように思われるひととき、すべてが通りすぎた後のオデッセイアに再び乗り込もうとする者たち。ううむ、おもわずニヤリなのである。おとな向けの寓話といった全体の雰囲気に呑まれて、最後には何だかぼおっと本を閉じてしまう。船戸ワールドから現実世界へ戻るのに、若干の眩暈はいつも確実に存在してくれるのである。

(1991/04/18)
最終更新:2006年12月10日 23:27