わが母なるロージー




題名:わが母なるロージー
原題:Rosy & John (2013)
著者:ピエール・ルメートル Pierre Lemaitre
訳者:橘明美
発行:文春文庫 2019.09.10 初版
価格:¥700


 同じフランスのノワール作家ジョゼ・ジョバンニの『穴』という傑作がなければ、この作品のタイトルも『穴』になっていたかもしれない。誰が邦題を決めたのかは知らないが、選択されたのはルメートルの先輩作家であり、アメリカン・ノワールの旗手であるジェイムズ・エルロイ。エルロイが自らの母が犠牲者となった殺人事件をノンフィクションで追った『わが母なる暗黒』をリスペクトした形で、本書は『わが母なるロージー』とされたのだろう。原題はジルベール・ベコーの同名シャンソン曲から取られている。どちらもある意味で本書の鍵を握る重要なタイトルとなっている。

 カミーユ・ヴェルーヴェン警部三部作は完結したはずなのだが、何故か第二作『その女アレックス』と第三作『傷だらけのカミーユ』の間に挟まる中編小説がここに登場する。というか、こんなに売れているのに、今頃翻訳とは、出版社も小出しにするものだ。

 ルメートルの200ページ前後の中編小説は珍しく、恐る恐るページを開くと、おっと、しょっぱなから引き込まれてしまった。一発の爆弾が炸裂する幕開け。そして犯人は自首してくる。七つの爆弾を仕掛けた、それらの爆発を避けたいのなら、要求を聴け! 犯人は、どう見ても凶悪には見えないぼんやりしたようにすら見える普通の青年。何という驚愕の展開!

 言わずと知れた一気読み。相変わらずのストーリー運びの面白さ。何よりも嬉しいのがヴェルーヴェン警部とそのチーム、さらに飼い猫ドゥドゥーシュとの再会である。皆が元気だ。そして外には爆弾。使われた爆弾が、何と、『天国でまた会おう』の中で何度もお目見えした大地次世界大戦下、山ほどフランスの農村にまき散らされたドイツ軍の砲弾、うち炸裂を免れた不発弾なのである。

 脅迫の裏側の真実を徐々に手繰り寄せてゆくカミーユ・ヴェルーヴェンと、深謀遠慮の準備を重ねてきた天才犯罪者の間に横たわる驚愕の真実が、悲しく、そして深く、たまらなく、人間の愚かさとしたたかさを示してゆく。短いが、ほぼ完ぺきと言えるプロット。ルメートル健在なり!

(2019.10.30)
最終更新:2019年10月30日 17:31