ネプチューンの影
題名:ネプチューンの影
原題:Sous Les Vetsts De Neputune (2004)
著者:フレッド・ヴァルガス Fred Vargas
訳者:田中千春
発行:創元推理文庫 2019.10.31 初版
価格:¥1,400
キャラの立った小説は面白い。主人公が個性的で魅力的であること、他と違う唯一無二の人間であることは何よりも大切なことだが、名前を覚えることの苦手な読者にとっては、脇役陣であれ、早い時期に他のキャラと切り分けられるほどに個性的かつ印象的な人間であってほしい。そうすると物語が活き活きして、とても面白く感じられるのだ。
本作はその意味ではお手本のような作品だ。フランスとカナダとを往復する物語であるために、巻頭の登場人物一覧には、パリとケベックとの刑事たちの名前がそれぞれにずらりと並ぶ。他にも関係する何人もの名前が。そのうちの何人かは、物語の中でこの上なく重要な役割を、しかも相当に魅力的に果たすことになる。
主人公アダムスベルグは直観の男であり、最も仲の良い部下ダングラールは論理の男であるという対比構造がまた全体にビターテイストの香辛料みたいに効いている。これだけ個性と魅力豊かな面々がいれば事件なんて要らないんじゃないかと思えるほどに。まったく。
しかし、本書は本格ミステリー読者にも受けが良いのでないかと思われる。長年月における複数件の殺人事件を、ひとりアダムスベルグのみが連続殺人と確信し、その犯人の見当もつけていた。初期の頃に弟のラファエルが
容疑者として巻き込まれた事件であったことから、彼は今も行方不明の弟との再会を望みつつ、極秘に資料を漁っていたのだ。しかし既に犯人と目していた男が死亡している。しかしその連続殺人の延長と思われる事件に彼は、ふたたび出くわす。
そしてその連続殺人者の魔手はカナダ出張中のアダムスベルグをもその渦中に巻き込んでゆく。容疑者はスーパーな天才的犯罪者にしか思えないが、それを追跡するアダムスベルグも相当にウルトラである。楽しいのは、追い込まれ逃亡しつつ真相を追及するという状況であり、そうした苦しい境遇を助ける仲間たちの稀有な活躍だ。
いくつもの出会いがあり、そこに描かれてゆく人間絵図がたまらなく面白い。前半、どこに寄り道してゆくのかと思われる助走部分を読み進んでゆくと、急展する思わぬ展開から後半部は一気に読み進めたくなる傑作である。
フレンチ・ミステリーはこうでなければ! と思わせる作品である。本来フレンチが持つノワールの気配や、対決構造や何気ない会話を含めた全体が、エスプリとゲーム性に満ちた、実に読みどころの多い傑作なのである。新年初の一冊としては文句なしの一冊であった。
(2020.01.05)
最終更新:2020年01月05日 18:14