警部ヴィスティング カタリーナ・コード
人間に寄り添った小説、と巻末解説でミステリ評論家杉江松恋が書いている。ミステリ―国籍では珍しいノルウェイ。人口2万3千の地方都市ラルヴィクは著者の住む町でもある。ヒーローは初老の警部ヴィスティング警部。ジャーナリストの娘リーナは、組織的に対立に近い立場でありながら、作品の一方のヒロインでもある。
この地方都市にやって来たのは、出世頭であり冷血ぎみの手段を択ばぬ実績主義者の捜査官スティレル。鑑識技術の進歩により、27年前の未解決失踪事件の新たな証拠が出たという。ヴィスティング担当した25年前の別の未解決事件の被害者の夫がスティレルの第一容疑者として狙われる。マッティン・ハウゲンは妻が暗号を残して失踪し、その後毎年命日が近づくとヴィスティング警部の訪問を受け、私的に親しくなっていたので、スティレルは警部を利用しようと考えたのだ。
スティレルはマスコミをも捜査に利用としてリーナにも近づき、古い事件の捜査再開ののろしをあげる。かくして出来上がる捜査のトライアングル。ヴィスティング警部と娘のリーナ、最新技術を駆使して捜査計画を描くスティレル。中心には失踪したカタリーナの残した暗号。
地方都市の暗い10月が良い。警部と
容疑者の25年の関係がもたらす距離感が良い。二人の間に流れる静かな男同士の血と温もりが良い。ヴィスティングを取り巻く家族たちの温かみが良い。容疑者マッティン・ハウゲンとの山小屋でのアウトドア・キャンプのシーンがクライマックスとなる。映画の如くノルウェイの美しい森と湖。小さなボートでのルアー・フィッシング
や薪ストーブにコーヒーとコニャック。
とてもとても大切に事件を扱うヴィスティングを、とてもとても重厚に、人間愛で包み込むように描く作家のペンが良い。疾走型のサービス過剰な作品が多い中で、時にはゆっくりした時間の中で、人間たちの営みを深く描きこむようなシック極まりない作品に飢えることがある。そうした望みを満たしてくれる時間が、この作品にはこめられている。
極上のミステリ。優しさと残酷さが交差する北欧の家族や兄弟や夫婦や恋人たちの物語。本編は毎年一作ペールのシリーズ作品ということだが『猟犬』(こちらも素晴らしい作品である)以来邦訳は二作目。これだけ魅力的なレギュラー・キャラたちだ。日本でも人気シリーズとなって邦訳が進むことを強く願いたい。
(2020.03.24)
最終更新:2020年03月24日 09:09