修道女の薔薇



題名:修道女の薔薇
原題:Blind Sight (2016)
著者:キャロル・オコンネル Carol O'Connell
訳者:務台夏子
発行:創元推理文庫 2020.03.13 初版
価格:¥1,480



 550頁。いつもなら二日ほどあれば読めるペースなのだが、6日かかった。これがキャロル・オコンネルに取り組むときのきっとぼくの平均的ペースである。スピーディに読み進めない。きっと作者もスピーディには書いていない。すごく丹念に凝りに凝ったレトリックを駆使して、本シリーズのヒロイン、キャシー・マロリーを描こうとする。木彫りに入れられる丹念な彫刻刀のような筆致で、肌理細かく。

 それほどこだわりぬいた作風。この作家の個性。マロリーのさらにスーパーな個性。拾い親である亡き刑事ルイ・マーコヴィッツに育てられた孤独な孤児。天性のハッカーで、目的のために手段を択ばない冷徹さと頑強さ。

 彼女と鉄壁の三連馬車を構成するのは、キャシーの親代わりみたいな中年ベテラン刑事ライカ―。高IQでコミカルな風貌の愛すべき巨漢心理学者チャールズ・バトラー。

 挑む相手は複雑でグロテスクでしかも劇場型とも言える多重殺人事件。取り巻くマスコミ。怪しい市長と、怪しい投資家グループ。依頼主ゲイルと殺し屋イギー。巻き込まれた若き修道女=元売春婦=元孤児のアンジー。死の直前に、彼女が買う二輪の薔薇。殺し屋に拉致されたアンジーの盲目の甥っ子ジョーナ。市長と被害者を仲介する怪しげな男たち。

 ともかく目が回るほど複雑な事件であり、そこに投げ出される残酷な死体や、混迷する捜査陣、群がる報道陣や流れるTVニュースが、事件のスケールを物語る。

 主人公であるマロリーを出し抜くくらいに盲目の少年と彼を拉致する冷血な殺し屋の関係が小説では強いアクセントで物語られる。死んだはずのアンジーのつけていた鈴の音が聞こえる館と、庭には薔薇。大道具、小道具も見事にセッティングされた環境下、ニューヨーク市警ソーホー署管轄区を襲う悲喜劇を創り出し、圧倒的なストーリーテリングで描き切る筆腕こそがキャロル・オコンネル。そう言うしかあるまい。

 なお本作以降作者は筆を止めているらしい。現存する最後のマロリーシリーズ。だからこそ惜しむ気持ちが本書の読書ペースにブレーキをかけたのかもしれない。1994年から四半世紀を越えて読んできた本書である。ラストのマロリーの選択にも、氷のハートの深部にこもる何ものかを感じざるを得ない。深い物語である。

 修道女アンジーとマロリーの辿った少女時代は、極めて酷似するものだったはずなのだから。 

(2020.04.05)
最終更新:2020年04月05日 12:52