ハーフムーン街の殺人
題名:ハーフムーン街の殺人
原題:The House On Harf Moon Street (2018)
著者:
アレックス・リーヴ Alex Reeve
訳者:満園真木
発行:小学館文庫 2020.03.11 初版
価格:¥950
やれやれ、この作家、よくもここまで難度の高い小説を書きあげたものだ。主人公は、体は女性だが心は男性というトランスジェンダー。現代であればありがちな設定なのだろうけれど、なんと舞台は19世紀1880年のロンドン。難度に難度を重ねるチャレンジングな設定。
今年読んだ『
探偵コナン・ドイル』の設定が本書とほぼ同時期で、ホームズが登場し、切り裂きジャックが夜を掻き回していた時代であり場所である。同じ、ロンドンの夜は、本作でもかなり手強い暴力や殺意に満ちており、怪しい霧に包まれて真相がなかなか見えないところも、やはり同じである。
当時の警察権力の粗暴さが際立ち、その犠牲になる誤認逮捕など珍しくもないみたいな世界で、マイノリティである検視官助手の男装の主人公レオ・スタンホープの活躍が光る。活躍と言っても体は女性であり、家族とも切れた孤独な生活なので、腕力も財力もてんでない。街の薬品店の二階に格安で住まわせてもらっている様子、そこの父娘の生きるバイタリティが微笑ましかったりする中で、極悪な犯罪の連環がレオを襲う。
ハーフムーン街の娼婦の館を舞台にした連続殺人事件。その一人は、レオが通い詰める娼婦マリアで、彼は検視局で彼女の遺体と対面することになる。売春宿の女主人、オーナー、帳簿係に加え、謎のキツネ似の男、陸軍少佐など、宿を流れるマネーや色欲、暴力と愛憎の迷路がページと共に闇をより深くより濃く演出してゆく。
女性の体をもつが自分を男と認識する若者の一人称で描く難物のミステリーだが、筆力が素晴らしい。登場人物の誰もが活き活きと印象深い。当時のロンドンの雰囲気にマッチした薄暗い霧を纏う事件の本質は、裏のまた裏へと展開し、複雑に絡み合う人間模様を解いてゆく後段は見ごたえがいっぱいである。
謎だけではなく主人公レオの経験する、異質であるゆえの痛み、絶望感は並大抵のものではない。最後まで謎を秘めているかに見える女性キャラの深さもなかなかの味わい。シリーズ化された二作目三作目と原作は上梓されているとのこと。翻訳が楽みな期待のシリーズの登場である。
(2020.06.04)
最終更新:2020年06月04日 11:17