天使の護衛




題名:天使の護衛
原題:The Watchman (2007)
著者:ロバート・クレイス Robert Crais
訳者:村上和久
発行:RHブックス 2011.08.10 初版
価格:¥950


 今月末にクレイスの新作『危険な男』が発売される。しかも翌月には既に翻訳ミステリー読書会では本書を扱うことが決定されている。翻訳者の高橋恭美子さんが読書会メンバーであるということではなく、ここ数年クレイス翻訳のブームが間違いなく起こっているからだ。

 一端途絶えたかに見えたクレイス作品だが、『容疑者』『約束』の二作で警察犬マギーによる新ブームを皮切りに、この作家のメインストリームであるエルヴィス・コール・シリーズが復活。ぼくは過去からのクレイス読者ではなく、むしろこの新たなストリームに乗ってクレイスに夢中となってしまった口である。

 既に手に入りにくくなっているクレイス作品を、チャンスがあれば集め、機会に応じて読んでゆくことにしているが、本書『天使の護衛』も、コールの強面な相棒ジョー・パイクの初主役作品。無口で頼もしい、戦場帰りのこの元警察官を主役になんてできるのかな? と懸念したのも束の間、あっという間に本書の面白さに心ごと持ってゆかれた。本書ではコールがいい味を出した脇役。やはり二人のコンビは主役が逆転しても、素敵なのである。

 のっけから命を狙われる生意気な美少女ラーキンの護衛に付くことになるパイク。無口で素っ気ないその態度はいつも通り。叙述の仕方も上手すぎる。最初に大まかないきさつを数行で紹介し、えええ? と驚かせてから詳細の語りをスタートさせる意味深な手口。また、途中でいきなりコール、その他へと視点を変えて、パイクを客観視させたり、とクレイスの手練手管は輝き続ける。

 リズムとテンポ。コールの減らず口とパイクの不愛想に、ラーキンの不良お嬢様風マイペースが、スパイスをきかせ、まるで出来の良い即興ジャズコンボを相手にしているような読書感なのである。

 しかし、全体を流れるのは、何よりもパイク・シリーズならではのスリルと張りつめた緊迫感。アクション・シーンの連続に始まり、騙し合いとスリリングな空気に満ちた、信用のおけない空気で張りつめた一秒一刻の連なりがイケている。

 終章でのどんでん返しの連続ではミステリーファンのツボを抑えており、言うところのない傑作。この続編数作がなぜ邦訳されていないのか、不思議としか言いようがない。だけど、クレイス邦訳は『容疑者』以来復活した。新作『危険な男』次第でパイク・シリーズ旧作も邦訳されないかなあ、と密かに期待してみたい。本書は、そんな可能性さえもうかがわせる出来なのだから。

(2021.01.11)
最終更新:2021年01月11日 13:54