ランナウェイ




題名:ランナウェイ
原題:Runaway (2019)
著者:ハーラン・コーベン Harlan Coben
訳者:田口俊樹+大谷瑠璃子
発行:小学館文庫 2020.12.13 初版
価格:¥1,280


 家族、親子、夫婦、ドラッグ、暴力、ネット、メディア、拡散、殺人、失踪、新興宗教、携帯、遺伝子、etc. etc。現代のミステリーは、犯罪の内容も、手段も、情報も、捜査方法も、過去のそれとは大きく異なってきている。そのことを嫌というほど感じさせる作品。

 ハーラン・コーベンを読むのは実は初めてなのだが、本書を読む限り、本物の香りを芬々とさせる、濃厚なテイストの、誠実で間違いのない作家、と言うに尽きる。

 グリーン家という家族で構成されるユニットを、さらに父、母、兄弟、姉妹、という具合に、それぞれの関係を多角的に描きつつ、あくまでも主人公は長女を探す父サイモン、という設定で貫く。副主人公とも言える女探偵エレナ・ラミレスもまた、亡くなった恋人の想い出が深く心の中で生き続けているという誠実この上ない人物で、大変に魅力的である。

 個性的なキャラクターもいっぱい。魅力的で頼りがいのあるお婆ちゃん弁護士ヘクター。謎多い兵士上がりの助っ人コーネリアス。胡散臭い売人のロッコとルーカス。<心理の聖域>なる宗教団体。それぞれの個性や集団がストーリーによく絡み合う。

 極めつけは、次々と狙う獲物のリストがミステリアスな、十代男女の殺し屋コンビ、アッシュとディーディー。彼らの不気味な殺人ツアーの有様は、とりわけ物語にどう繋がってゆくのかわからない伏線として作中に挿入される。その他の警察、病院、シェルター等々での多様な伏線も、たっぷりと物語を盛り上げながら、危険の匂いをそこかしこにまき散らしつつ、読者の視点はサイモン・グリーンの内と外を行き来しながら、大都会の裏と表、延々たる荒野とを彷徨させられる。

 最後に、重ねられた謎が一つ一つ順序立てて明らかにされてゆくのだが、その時のカタルシスは、ある意味快感ですらある。家族という難しくも永遠の課題。愛憎と秘密に絡み取られた魅力的な果実を、苦みとともに噛み締める勇気が試される骨太の傑作長編である。

(2021.04.30)
最終更新:2021年04月30日 14:37