自由研究には向かない殺人




題名:自由研究には向かない殺人
原題:A Good Girl's Guide To Murder (2019)
著者:ホリー・ジャクソン Holly Jackson
訳者:服部京子
発行:創元推理文庫 2021.8.27 初版 2021.12.3 5刷
価格:¥1,400


 ヤングアダルトを読むことになるとは思わなかったけれど、これだけ話題となっていれば、60代の読者であれ、半年遅れであれ、読んでみなければ気が済まないという気にもなるのだ。

 ミステリーには変化球がいろいろあると思うけれど、これはタイトルから類推できる通り、斬新なアイディア。自由研究というと夏休みの小学生を思い浮かべるが、この物語の主人公であるピップ(ピッパ)はグラマースクールの最上級生とされている。ネットで検索しても、「グラマースクールの最上級生」という年齢がよくわからないのだが、18歳くらいのイメージで読んでいた。登場人物欄を見ると17歳という記述がありました。最初から見ておけよ、ですよね(汗)

 この本を開くまでは、主人公はピップという名前の男子と思っていたのだが、実はピップは、本名ピッパの愛称で女子だった。しかも変な名前である。ピッパ・フィッツ=アモービ。義父がナイジェリア人、弟は母と義父の間に生まれたハーフだから、何だか複雑な家庭である。

 彼女が大学進学に向けての自由研究課題として選んだのが5年前にわが町で起きたミステリアスな事件の再調査。17歳の少女が失踪し、彼女を殺害したとされた容疑者の少年が森の中で自殺したとして解決を見たとされているが、どうにも疑わしい。容疑者の少年が人種的マイノリティであることと、ピップが人種混合の家族育ちであることが、表現されてはいないが作品のある面でのモチーフになっていることは比較的想像しやすい。

 なおかつ、事件の捜査(というよりインタビューに近いかな?)ドラッグや売春に関わる町の闇の仕事に携わる怪しい人物たちが捜査線上(?)に浮上するにつれ、謎と真実への追求の道筋は複雑さを増してゆく。

 主として物語は少女の脳内独白で綴られてゆくのだが、挿入されている様々な小道具が新鮮かつ楽しい。それは、自由研究の自分向けの覚書、インタビュー記録などの文章であったり、時には自作事件地図であったり、人物相関図であったり、さらにはFacebookの投稿履歴やメールのやり取り画面(スマホやパソコンの画面と思われるもの)であったり、と賑やかかつ個性的。

 変化にとんだ調査の末、自分自身も危険な領域に踏み込みながら、見た目通りではない人々や家々の真相に近づいてゆくピップの脳内アクションと、行動としてのアクションが綴られてゆくので、長い作品でありながらとても新鮮な読書感覚である。普通のミステリー小説にも料理できたかもしれない題材を、目線を変えてヤングアダルト向きにデコレーションしたことで、どんなにか小説の奥行きが得られただろうか?

 平和な街に起こった5年前の殺人が埋没させた人種、性差別、ドラッグなどのいつも変わらぬ問題を、発掘して衆目に曝してしまうピップ、そして自殺した容疑者とされた兄サル・シンの無実を信じてピップと行動を共にするラヴィ・シンの何だか頼もしくハートウォーミングな存在が、物語の残忍性や人間の暗い部分を打倒してくれそうな展開に、読者は心躍らせるだろう。

 読書的に新しい感覚世界を与えてくれた本作は、続編があり三部作となるようである。何とも楽しみな新鮮さをもたらしてくれた傑作。人気の高さもむべなるかな、といった読後感でした。

(2022.3.20)
最終更新:2022年03月20日 12:02