唇を閉ざせ





題名:唇を閉ざせ 上/下
原題:Tell No One (2001)
著者:ハーラン・コーベン Harlan Coben
訳者:加藤耕士
発行:講談社文庫 2002.10.15 初版
価格:各¥990

 コーベンのノン・シリーズ翻訳作品第一作は、軽ハードボイルド・タッチのマイロン・ボライター・シリーズとは趣きを変えた、重厚なノンストップ・バイオレンス・スリラー。

 山と湖の自然とギャングの横行するストリートのどちらもが舞台となる、ニューヨークの隣町ニュージャージーは、作者の生まれ育った土地らしく、生き生きと活写されている。人も街も生命感たっぷりで、お洒落だったり猥雑だったりの変化に富んでいる辺りは物語を豊かにしているように思われる。

 本書は8年前の殺人事件で犠牲なっていたはずの愛妻が、主人公である小児科医師の周辺に現れるという奇妙な出来事に端を発し、過去からの有象無象やら、関わった者たちの罪と罰が表面化してゆくストーリー。

 二十代の若き主人公は元より、彼を取り巻く個性的なキャラクター造形が素晴らしく、人間的で魅力的な悪党たちや、サイボーグのような冷徹な悪人、また善悪の彼岸を往来する迷い人のような存在も多彩に描かれ、彼らのもたらす化学反応が、ストーリーを激しく燃焼させてゆく様は、読み応えに満ちている。いわゆるジェットコースター・スリラーなのである。

 過去のシリーズ物と、最近の熟成した作品との狭間に位置するホットな書きっぷりが、作風をいい感じに料理してくれており、この作者が一気にエンタメ小説の世界的なスターダムに持ち上がったエネルギーに納得させられる何かを、しっかり感じさせてれる。

 なお、『ランナウェイ』『森の中の少年』にも登場する女弁護士ヘクターが本作でもしっかり存在感を示してくれている。ぼくがこの作品を読んだのもヘクターの初登場作と聞き及んでいたことが大きい。熱い弁護士ヘクターのファンには是非とも本作での活躍もご覧頂きたい。

(2022.05.29)
最終更新:2023年12月19日 15:09