暗幕のゲルニカ





題名:暗幕のゲルニカ
著者:原田マハ
発行:新潮文庫 2022/3/5 12刷 2016/3 初版 
価格:¥800



楽園のカンヴァス』と『暗幕のゲルニカ』。お揃いのカバーと言い、両作をまたぐ馴染み深い人物や、ニューヨーク美術館MoMAと言い、二作はまるで姉妹のようにセットとして見える。

 前作の題材である画家アンリ・ルソーに比べると、知名度も個性も段違いに際立つパブロ・ピカソという美の怪物を軸として回る物語が本作である。しかも空爆という名の無差別攻撃に対し、強烈な抵抗を示したあまりに有名な作品『ゲルニカ』を前面に扱う本書。ピカソがゲルニカ製作に全力をあげていた日々。一方では、9・11後のアメリカによるイラクへの報復めいた攻撃が始まろうと言う時期。こうして20世紀のパリ/21世紀のニューヨークが、交互に描かれてゆくダブル・ストーリー。

 物語の主人公は、ピカソの時代を生きる実在の写真家ドラ・マール。一方、9・11で夫を亡くしたヒロインであり、ニューヨークの美術館MoMAのキュレイター八神瑤子の世界。『楽園』と同様、二人主人公の交互描写で物語を進める語り口は、作者のお家芸みたいに確かなもので、ぐいぐい引き込まれる語り口と相まって相当の優れものである。

 前作に比べると『ゲルニカ』そのものが持つ反戦意図の強さという性格が、本作を貫いており、それを象徴する事件が、パウエル国務長官が国連安保理ロビーで開いた記者会見の間、バックに映るはずのゲルニカに暗幕がかけられていたというものである。実際に起こった現実の映像が、本書の最大テーマなのである。

 反戦の象徴である『ゲルニカ』。これを暗幕で隠し、イラク空爆を断行しようとするアメリカと、ピカソの想いという対立構図を、作者は怒りのペンとともに本作品に仕上げたのである。

 前作よりも緊張感のある国際情勢下、ETA(バスク祖国と自由)などのテロ組織が暗躍するなど、まるで船戸与一の世界に片足を突っ込んだかのような冒険小説的一面も窺わせつつ、ピカソの存在と『ゲルニカ』を、言葉ではなく絵で語る抵抗運動として構成した物語なのだ。

 実在・架空の両キャラクターを上手に使って、一つの有名な美術作品を小説という異芸術に変える手腕に脱帽する。

 お家芸とも言える手腕を存分に駆使した『楽園』と『暗幕』。作者としても相当の硬派のサイドに分類されるこのニ作により、原田マハはアート・ノヴェルという新たなエンターテインメント・ジャンルを、我々大衆のもとに引っ提げて登場したのである。この作品の時代、この強烈な作家を見過ごしてしまった自分を今更ながら恥ずかしく思う。

(2022.10.05)
最終更新:2022年10月05日 21:53