リバー
題名:リバー
作者:奥田英朗
発行:集英社 2022.9.30 初版
価格:¥2,100
奥田英朗、入魂の作品が登場。デビュー時より、読ませる作家として注目していた一人なのだが、近年は本書のように骨太の作風が目立つようになってきたようだ。本作もまた、世界のミステリにも負けない厚み、深み、そして何より読ませる力を備えたヘビー級作品だと言える。
舞台は、栃木・群馬両県境を流れる渡良瀬川河川敷。十年前にこの地で起こった二件の女性殺害事件が未解決となっていたが、時を経てまた、二件の同様の殺人が立て続けに起こる。栃木・群馬両県警の合同捜査の状況が、マスコミで大々的に報じられるなか、その事件に関わる主要登場人物たちの動きがダイナミックかつ緻密に描かれる。
特定の主人公を置かず、数人の主要登場人物を通して、事件の全容や経緯を展開してゆく群像小説である。時系列と言い、広域捜査と言い、登場人物の多さと言い、日本小説としてはやはり破格のスケールである。
さらに数多い登場人物が、整理する必要のないほど明快な個性を持ち、それぞれの目線で事件に関わってゆくことで、読ませる力が破格である。好奇心がどんどん抉られる。事件の複雑怪奇さ、関わる個性的な人間たちの駆け引き、それらが、リアルに物語を牽引してゆく。
骨太でありながら繊細な人の心や、捜査の物理的デリケートさなどを、徹底して緻密に描写してゆくその文章力も凄い。魅力的な登場人物、奇妙で気になる人物、怪しくて怖そうな人物、それぞれが複数人と言っていいほど登場するので、猫の眼のように変わる視点が読んでいて心地よい。刑事1、刑事2、元刑事、女性ジャーナリスト、十年前の事件の被害者の父、スナックのママなどが、シーンを綴るキャラクター陣である。
三人の
容疑者が浮かび上がるのだが、それぞれの個性は過剰ではないかと思われるほど個性的で灰汁が強い。無口で反応のない容疑者。犯罪慣れした留置経験もたっぷりなヤクザ容疑者。多重人格が次々と登場してうゆく容疑者はとりわけ恐い。
容疑者も捜査側も多くの個性を有し、さらには事件被害者、事件関係者、臨床心理学者、等々、北関東の地方都市そのものや、そこに流れる大きな川のうねりが感じられるような肌触り感たっぷりの大作である。
それぞれに顔が与えられてドラマ化されても、配役によっては相当な反響が期待できそうな二転三転のストーリー展開。怪しい人間が多すぎる地方都市と河川界隈のスケール感。組織人、犯罪者、市井の人々の生活感までをも描写して、作者らしい、緻密でいながら、少しだけ変わった性格の個性を上手に動かす小説作りのテクニックがはまる。
警察、ジャーナリスト、容疑者、追跡者、犯罪者、被害者、様々な要素を集めて渡良瀬川を流し、海へと届きそうな勢いを作ったストーリーテリングの力強さが、読者を牽引する。技術と力とを兼ね備えた作者一世一代の物語に出会った思いが読後なかなか消えない、なかなかに熱いくすぶりをもたらす物語なのであった。
(2022.10.05)
最終更新:2022年10月05日 22:01