WIN(ウィン)




題名:WIN(ウィン)
原題:WIN (2021)
著者:ハーラン・コーベン Harlan Coben
訳者:田口俊樹
発行:小学館文庫 2022.11.9 初版
価格:¥1,200


 『カムバック・ヒーロー』を読んで間もなく『WIN』を読む幸せ。もちろん偶然。それも、なぜか神がかり的な偶然! 何と25年の時を経て刊行されたのは、スポーツ・エージェントのマイロン・ボライターを主人公にしたシリーズのスピンオフ作品。マイロン・シリーズに欠かせない相棒のウィンザーホーン・ロックウッド三世にしっかりと齢を重ねさせ現在形の主人公として起用あいなったのである。Wao!!

 ウィンはマイロンのシリーズでも相当魅力的な主人公であるばかりでなく、とても重要でインパクトのある仕事を果たす。知のマイロン。力のウィン。よくある私立探偵ハードボイルド・シリーズのコンビネーションを、そのままなぞったような、いわばアメリカン・スタンダード。

 どちらかと言えば無口な主人公であるウィンのなのに、なぜか本作は彼の一人称で語られる。減らず口の得意なマイロンですら与えられなかった叙述法。感情を示さない(感情が希薄と言った方が正解かな?)ウィンの一人称。これは、ある意味、謎めいた存在でもあるウィンの内面が改めて覗けるという点で、とても興味深いのだが、作者がこの手法を敢えて取ったこの作品。コーベン・ファン、さらにはウィン・ファンの関心を、強烈に惹きつけること請け合い。何せタイトルそのものまでが、”WIN”。

 あまり感情が動かない様子、プラス、ウィンの生きる方程式のようなものは、随所で本人によって語られるから、ウィン・ファンの読者には相当そそられる作品になるだろう。無論、ぼくもその一人。

 さて事件そのものは、けっこう時間枠でも空間枠でも大スケールなもの。1970年代に世界を騒がせながら、誰一人としてその後の行方がわかっていないテロ・グループ6人組のジェーン・ストリート・シックス。テロ行為の結果である某バス襲撃事件では、かつて多くの被害者が出ている。世界中が彼らを探し回ったのに、その後の行方は、一人として杳として知られぬまま。

 本作では、まず謎の「貯蔵家」の遺体が、発見される。事件現場では、ロックウッド家から失われた二枚の名画のうち一枚が発見される。フェルメール『ピアノを弾く少女』。もう一枚ピカの名画は『本を読む人』は何処?

 ウィルの父、亡き叔父など、ロックウッド財閥を巻き込むために、ウィルの家族、過去の謎めいた事件などが、この作品では改めて明らかになってゆく。中でも、森の中の小屋で監禁放置状態で汚物まみれになりながらも脱出を果たした従妹パトリシア・ロックウッドの存在は、最近のコーベン作品によく似た独特の奇妙さを有して不気味だ。この森の少女連続監禁事件では、パトリシアの脱出とともに他にも多くの少女が遺体で発見された。パトリシアは唯一の生き証人であった。しかし、それも22年前の未解決事件である。

 現在のフェルメール殺人事件が、過去の未解決事件とどうやって繋がってゆくのか。ウィンの捜査や冒険により、様々なもつれが徐々に解かれてゆく。その真実たるや、なかなかに重厚で複雑な人間絵模様とも言える。ウィンの視点で、彼自身の運命をも象ってゆく真実を、どちらかと言えば淡々とユーモアすら交えつつ(本人が意図しているかどうかはともかく)描かれ、読まされてしまうのはいつもながらのコーベン節。ウィンの性格をよく活用しているとも言える作品である。

 一ヶ月ほど前に読んだばかりの『カムバック・ヒーロー』ではラストシーンがウィンの行動で終わるのだが、これについては本作p494でウィン自身が振り返っているので、いわゆるネタバレ。なので未読の方は『カムバック・ヒーロー』を先に読んで頂いてから本書にかかるのはどうだろう。それ以外のマイロン・シリーズのどれか一冊でもよいのでそれを読んで頂いてからでもよいと思う。これを単体で読むよりもずっと深く、楽しく、ウィンの現在の物語を重層構造的に読むことができる。何であればウィンの個性を、この作品の後にマイロンのシリーズで追尾してみては? 楽しみは単なる二倍はなく、十倍にも二十倍に、いや百倍にも膨らむはずである。

(2022.11.26)
最終更新:2022年11月26日 14:25