消えた子供 トールオークスの秘密




題名:消えた子供 トールオークスの秘密
原題:Tall Oaks (2016)
著者:クリス・ウィタカー Chris Whitaker
訳者:峯村利哉
発行:集英社文庫 2018.10.25 初版
価格:¥1,100

 「これは凄い。おそらく今年、一押しの作品である」

 ぼくが書いた『われら闇より天を見る』レビューの一行目である。「このミス」で2位作品に倍近い差をつけて、圧倒と言える年間第一位の座を獲得したのがクリス・ウィタカーであった。

 この度、この作家の4年前に出版されていた翻訳作品『消えた子供』を開いてみて、クリス・ウィタカーの並々ならぬ物語力、人物造形力にふたたび圧倒される経験を味わった。この作家はやはり4年前の時点で既に凄絶である。昨秋の『このミステリーがすごい!』には、作者自らが寄稿している。そのわずか2頁からは、作者のたぐいまれなる負の経験、痛みの感覚、復活への渇望、物語ることへのモチベーション、遂に辿り着いた高み。そして幸福の地点からの歓喜の震えが存分に窺えるので、今一度ご確認願いたい。

 そしてここで取り上げる作者4年前の作品『消えた子供』もまた秀逸極まりなく、オリジナリティが溢れるばかりか、実にスリリングでヒューマンな人間ドラマなのである。この作家はただものではないことを、既にこの作品は予見していたようである。ぼく自身としては出遅れて本書に辿り着いたのが悔やまれるくらいなので、この作品に新たに取り組まれる読者はおそらく本作でも満足して頂けるであろう。昨年の傑作に勝るとも劣らない人間悲喜劇の迷路と隘路とを、この作家特有の物語力というパワーに引きずられて、混沌の田舎町トールオークスを彷徨しつつ深い味わいを堪能して頂けることだろう。

 町の人々の個々のドラマが猫の目のように入れ替わるなかで、次第に浮き上がってゆくのは、幼児行方不明事件の真相である。否、真相に思われたかと思うと逃げ水のように遠のいてゆく光、なのかもしれない。事件とは一見関係のないキャラクターたちの、不思議だが謎めいた行動もそれぞれ気になる。怪しいと思われる人間たちがかしこに出没する物語なのである。読者の推理力をくすぐりながらも、多くの主演格のキャラクターたちの個性が浮き彫りにされてゆく。見た目の向こう側の真実へと、読者は暗闇を辿ることになる。

 昨年の翻訳小説の傑作『われら闇より天を見る』で最も印象的だったヒロイン、自分を<無法者>と呼ぶ少女ダッチェの存在は強烈であったが、実はその実験的モデルケースが、本書には既に登場していた。マニーという少年である。彼は、自分をギャングに見立て、シチリア・マフィアのような服装に身を包んで口汚く行動し、可笑しいほどに悪ぶっている。大好きな映画は『ロッキー』でシルベスター・スタローン演じたロッキー・バルボアのように、貧しさから拳だけで這い上がることを夢見る。生活の中で、かの映画のどのシーンをも再現しながら、自分のリングを空想してはばからない。それでいて友だちやガールフレンドに慕われ、町の人たちからも興味深い眼で愛される存在でもある。不思議なキャラクターだが、そこがクリス・ウィタカーの世界なのだと言える。だからこそ、昨年の傑作に胸打たれた読者には本作も是非手に取って頂きたいのだ。

 数多くの主人公が同時並行的に動く本作であるが、章割りが短いため読みやすい。ミステリーを骨子とするドラマなので、ミスリードのあざとさといった感はぬぐえないが、多くの個性と、それぞれの人生や物語や家族、親子、夫婦などのデリケートな物語が生き生きと描かれてゆく様子は、この作者ならではのものである。性や人種のマイノリティに対する目線も温かく、決してぞんざいには扱わず、血の通ったキャラクター造形が何より光る。

 まだまだ若い期待の作家である。他の未訳作品もどんどん邦訳され、それら未だ見ぬ物語と、その世界を躍動する本書のような登場人物たちが、ぼくらの心の中でみたび躍動する機会がやってくるべく、心より願いたい。心より!

(2023.04.27)
最終更新:2023年04月27日 14:16