受験生は謎解きに向かない




題名:受験生は謎解きに向かない
原題:Kill Joy (2021)
著者:ホリー・ジャクソン Holly Jackson
訳者:服部京子
発行:創元推理文庫 2024.1.12 初版
価格:¥800


 昨年読んだピッパ三部作の後に、すべての前日譚とも言える本書が書かれるとは、さすがに想像外である。解決していない事件を夏休みの自由研究課題の題材として選んでしまったところから始まる三部作と、そのヒロインである推理能力に抜群のセンスを発揮する若きヒロインの女子高生ピッパの物語は、始まったところから話題性に富む外連味たっぷりの小説であったように思う。

 その後の三部作はいずれも連続して読むべき物語であり、途中参加はあまりオススメできない。それぞれの作品を通して人間関係がいろいろ変化を遂げたり、その間のやりとりが前後の関係性をけっこう重要視すべき内容となっているため、一部分だけ読んだとしても、このピッパ・シリーズの持つ全体像のディープさ、小さな町であれそのなかでも人間関係の緻密さ、時系列スケール、さらにノワールな運命という影の側の物語などは味わい尽くせないと思うからだ。

 それら人間関係の葛藤にまみれたストーリーと、そこに蠢く病的過ぎる悪意や、捩れた心に病み尽くしたようなキャラクターの闇の深さが、巻を追う毎に増してくるのがこの三部作であり、最終作は特に圧倒的なノワール感に打ちのめされるものだった。高校生ピッパが大人になってゆく成長物語であると同時に、それゆえ身に着けてゆくサバイバル技術と、磨きがかけられる知性などが圧倒的なのである。

 殺人や増殖する事件によって小さなイギリスの田舎町が沸騰するようなシリーズに見えるが、ピッパの最後まで貫かれる知性を支える正義感の確かさや、信頼すべき人への敬意や親しき友への友情の想いは何とも言い難いホットさを感じさせられるものである。

 さて本書は、その読後に読むべき前日譚。劇中劇とも言えるこれまでの出演者たちのミステリー芝居なのだが、その設定が、いかにもこの作者らしく練りに練られたものであり、リアリティは感じられないものの読み物としての小道具がたっぷりの一冊である。孤島にある無人屋敷で展開する殺人事件への招待状という設定の事件を仮想芝居として、ミステリー好きの同級生たちがクラスメイトの一人により召喚されるという中編小説である。

 真の事件を模したミステリーを描いた小説というどこかアクロバティックなものすら感じられる書きっぷりで、この中で既に起きた過去の実際の事件の謎を抱えたピッパは、そのままピッパ三部作『自由研究には向かない殺人』の冒頭に時系列としても繋がる構造になっており、三部作の読者に向けたサービス精神を存分に感じることができる。

 本書だけでの独立した面白さも併せ読みながら、完結した三部作を追想させられる作者の遊び心たっぷりのプレゼントのようにも思える不思議な一冊である。三部作読破者に限らず単体でも楽しめると思うが、できれば本書をきっかけにこのまま三部作に突入して頂きたいものである。まさにそのような接続プラグを最終ページに仕掛けた形で本書は終わっているはずである。そう、あのわくわくした三部作を再読したくなるような。

(2024.1.18) 
最終更新:2024年01月18日 15:19