川崎警察 真夏闇



題名:川崎警察 真夏闇
作者:香納諒一
発行:徳間書店 2024.4.30 初版
価格:¥2,100




 1970年代、昭和の川崎を舞台にした『川崎警察』シリーズ第二弾が登場。何と言っても読みどころは、巷に溢れる凡百の警察小説シリーズと異なり、昭和という時代とその世相を背景に起こる事件を、その当時の方法で捜査してゆくという点に尽きる本シリーズなのだが、70年代を関東で過ごしたぼくにとっては、当時の空気感のようなものが懐かしい。70年代を主に十代で過ごしたぼくよりもさらに少しだけ若い作者の手によって、こうした時代を蘇らせる作品が書かれるとは珍しい。今あの時代を振り返るのはさぞかし大変な作業だったろうと想像される。しかし、この時代、とりわけ沖縄返還の前年という独特に揺れる国内の空気を見事に再現しているのが本作。いつもながら、仕事の丁寧さがとても有難い。

 そう、本作の軸は沖縄返還を翌年に迎えるというその独特な歴史的転換点を捉えている点である。1971年6月17日が返還の日なのだが、本書で扱われる事件とその捜査は前年の1970年。ぼくはこの本の時代は、未だ14歳、中学3年、卓球部で頑張っていた頃になるのかな。こうした時制の小説を読むことは、この小説で語られている時代の自分を振り返り思い出そうとする気持ちに繋がる。確実に、この作品を読む楽しみ方の一つである。

 さて本書の軸となる事件だが、つきなみに思われる女性の遺体発見。河川敷での二つの焼死体発見といった事件が世間を賑わせているこの四月に、よりによってこちらは異なる意味で同様に河川敷に放置された惨殺死体。現実の事件の方は次々と関連する容疑者が確保されているが、物語は事実より奇である。本書の遺体は死後に下腹部を切り裂かれた中年女性ということで、奇妙さに奇妙さが重なる。

 そしてスマホもパソコンも十分にないアナログの時代である。警察の捜査も、科学捜査やネット犯罪などとは無縁の、極めて人間対人間の具体的な暴力が現状を曝していることになる。今よりもずっと関連付けやすい人間関係と、利害関係。しかしだからこそ剥き出しの暴力が人を傷つけ、法外な利益を得るという直接的な動機が凄惨な殺人に直結しやすい。

 この作品で注目したいのは、返還後の沖縄で予想される土地価格の高騰という背景。沖縄を行き来するのに未だビザが必要であったこの時期だからこそ、土地を売りたい地元の人間とそれを買って利ザヤを得たい無法者たちが跋扈するのである。こうしたその時代だけに起こり得る社会現象に眼をつけた作者の視点が本作品の強烈な個性に繋がっているところにぼくは瞠目したい。

 そしてこのシリーズでは特に感じられる、あの時代ならではのアナクロな刑事たちの人間めいたやりとりは、今更ながら人間の体温が感じられるように身近で嬉しい。科学捜査やネット犯罪で埋もれている現代のTVニュースとは無縁の、熱い血の通った捜査官たちの個性やいささか行き過ぎとも言える恫喝や暴力、荒っぽさが何とも昔の刑事映画を思い起こさせる懐かしさでいっぱいである。

 どうかぼくと同じ時代、小説やテレビや映画で刑事ものを熱く見ていた世代に本書を読んで頂きたい。昭和のセピアカラーのスクリーンが本書の空気から蘇ってゆく様を体感して頂きたいものである。

(2024.05.03)
最終更新:2024年05月03日 16:33