銃と助手席の歌
題名:銃と助手席の歌
原題:No Country for Girls (2021)
著者:エマ・スタイルズ Ema Styles
訳者:圷香織
発行:創元推理文庫 2025.02.21 初版
価格:¥1,300
タイトルに惹かれた。邦題も原題も。邦題はまず、それだけでわかるのがロード・ノベルであろうということ。そして原題"No Country for Girls"にもコーエン兄弟の映画を観ている者ならば、意味深であることがわかるだろうということ。実際に読み始めて中盤に至る頃には『ノー・カントリー』というコーエン兄弟の傑作ロードムービーを想起させる物語であることもわかる。その元となったコーエン・ムーヴィーも凄い。非情の
殺し屋に追われる恐怖が全面を張りつめさせるが、コーエン映画らしく、独特の静謐さと乗りとを備えた傑作であった。その原作小説がある。
コーマック・マッカーシーの『No Country for Men』、日本では『
血と暴力の国』(黒原敏行訳)というタイトルで当時の読書界を(同時にコーエン兄弟は『ノーカントリー』で映画界を!)騒然とさせた作品でもある。
その忘れ難い作品のタイトルを想起させる本書は、オーストラリア発少女版ロード・ノヴェルである。かように興味深い本を手に取らないわけにはゆかない。読んでみて二つの意味があった。過去の傑作の現代版ロード・ノヴェルとして、しかも女性作家によって描かれた二人の少女たちの命を懸けたドラマティックな作品として。二人のそれぞれの視点で章が分けられてスタートする。二人の物語が合流して一台の車に身を寄せることによって、運命共同体となった彼女たちの物語は走り出す。白人のチャーリー17歳と、先住民の少女ナオ。二人を主体にした章が交互に展開するが、そこにチャーリーの姉ジーナの物語が合流することで、物語はより複層的構造を見せる。
物語は金塊の強奪事件に端を発する。そこに絡む大人たちの犯罪と殺人。事件の裏に潜む悪徳警察官が絡むことで物語はよりきな臭く、暴力的になってゆく。二人の少女がふとした偶然から盗んだ車を荒野に向けて走らせ、それを追跡する悪党たちと、このスリリングで暴力的なロード・ストーリーに絡んでゆく旅人たち。誰が善悪で、罪がどのようなものなのかは、二人の少女とジーナという三人の独白によってしか方向付けることができないまま、物語は車とともに西海岸から北を目指す。
ミステリーとしての骨格を持ちながら、より視点を走る車によって移動させてゆくことによって、ダイナミズムを産み出し、さらに刻々と明らかになる三人の女たちのそれぞれの独白による物語が、物語に命を吹き込んでゆく。一つには少女たちのそれぞれの個性が魅力的であること、何よりも活き活きとしていること。ふとしたことから手に入れてしまった金塊を手に、逃げる逃げる。そしてオールトラリアの大自然と、乾いたアスファルトを走る少女たちの軌跡。困難な状況下で、彼女らを追うすべての者たちから自由へ向けて走り、そして徐々に絆を深めてゆくヒロインたちの成長や旅立ちを描いているかにも見える骨太のストーリー。
新鋭作家のデビュー作ならではの大胆な冒険クライム・ストーリーである。ちなみにウィルバー・スミス冒険小説賞を受賞した作品という。なるほど。久々の冒険小説の醍醐味を少女たちが思い出させてくれた。そんなきらきらと輝く小説であり、同時に
ギャビン・ライアルの『深夜プラス1』に通底する冒険的要素をページを繰る毎に嗅ぎ取れる懐かしいようなアドベンチャー・ノワールにのめり込める極めて印象的な力作であった。
(2025.07.11)
最終更新:2025年07月11日 17:29