灰は灰 新宿探偵 鬼束啓一郎
題名:灰は灰 新宿探偵 鬼束啓一郎
著者:
香納諒一
発行:PHP研究所 2018.9.28 初版
価格:¥1,800-
本書は何と、前述『絵里奈の消滅』から8年ぶりに登場した鬼束シリーズであり、しかも一作約100ぺージ前後
の中編三作で綴られている。第一作『娼婦が死んだ』のみ『ジャーロ』(2025年11月号)掲載作で、続く二作『ころり転がる』『灰は灰』は本書ハードカバーに向けての書き下ろしである。三作いずれも、探偵小説の骨組みだが、いつもながら人間たちの愚かさと美徳が創る縦横の複雑でセンシティヴに糾われた運命のタペストリーを描き分けつつ、主要人物たちの個性それぞれに軸を置いた描写を怠ることなく、体温が伝わるような表現が相変わらず巧い。
それぞれの作品を構築するのは悲劇と言えるが、それらに絡むキャラクターたちは、犯罪に至る理由や経緯ということの裏に、人間たちの抱える欲望、怨恨、衝動によって勃発する悲喜劇を産み出しつつ、だからこそ運命的な深い穴に墜ちてゆくように見える。どのような犯罪であれ、表面的に取り繕おうとしても、それらが持つ固有の痕跡はどこかに遺される。たとえ針の穴のような臭跡であれ。
しかし本シリーズは、作者が並行して描いてきた警察小説とは異なり、物理的な証拠や科学捜査による実証を求めるものではなく、むしろ今もアナログな人間の嗅覚により捜査される世界であり、事件の性質そのものは、こうした手法でなければ解決を見ない性質の犯罪であるように思われる。必ずしも科学捜査や人海戦術によらずとも、
容疑者やそれを取り巻く人間たちの個性をアナログに辿ることで真実は引き寄せられてゆくかに見える。
この主人公については、その経歴がどの過去作品でも匂わされたり語られたりするのだが、あくまでも作品の前夜譚として、鬼束啓一郎の現在を知らしめるために用意されたそれは経歴なのだと言えよう。その大前提があるゆえのある意味際立った個性が光るハードボイルドであるのだと思う。刑事時代の鬼束のエピソードについては、これまでも各作品で少しずつ語られているが、それらを未読でったとしても、読者はこの連作短編集のタイトル作『灰は灰』の最後で、控えめながら印象的に語られている。
この鬼束啓一郎の過去に興味をお持ちの方は、冒頭に挙げた二作を今からでも遅くない、読んで頂いては如何だろうか?
(2026.01.28)
最終更新:2026年01月28日 21:19