ファイナル・スコア
題名:ファイナル・スコア
原題:The Final Score (2025)
著者:
ドン・ウィンズロウ Don Winslow
訳者:田口俊樹
発行:ハーパーBOOKS 2026.5.25 初版
価格:¥1,430
☆ドン・ウィンズロウは最後の作品として『
終の市』を書き引退を表明したはずなのだが、今、唐突に短編集がお馴染みのハーパーBOOKSから邦訳出版されたので一作一作を丁寧に読んだので、作品毎にレビューしよう。
●『ファイナル・スコア』
タイトル作なので全体の中でもパワフルでインパクトのある作品なのだが、アウトローがどんな人生の終わり方を迎えるかというところがテーマになっているところを観ると、まるで引退を表明した作家自らをなぞらえて描いたストーリーなのかなと思う。ドン・ウィンズロウの等身大の主人公とは言い難いが、如何にもウィンズロウらしい遊びの入った人間模様を絡ませ、難攻不落のカジノを襲撃することを最後に挑んで刑務所で事件を終えたいという襲撃モノではあるが動機と結末がウィンズロウらしく風変わりで人を食った作品であるように思う。
●『サンデー・リスト』
この作品はとても短編らしくて好きである。ロードアイランド州では日曜日の酒の販売が禁止されているらしいのだが、違法に日曜日も酒を販売する青年がいる。時代は1970年、何とベトナム戦争のさなかに大学進学を目指すニックという青年が主人公である。何となくおかしみのある青春ものかと思ったら、洒落た結末が物語の時計を現代という時代に大きく動かして驚かせてくれる。ウィンズロウらしく、アイディアの効いた作品であった。
●『北棟(ノース・ウィング)』
一言で書くと、交通事故を起こし一人の女性を死に追いやった従妹を助けるために自分の人生を壊してしまう警官の物語。収監される刑務所の中で北棟だけは受刑囚たちに手を出されない安全な収容場所なので、彼は従妹をそこに移すためにギャング組織にまで魂を売ってしまう。そのために追いつめられてしまう主人公が最後に取る手段が落ちとなっている。いわゆるノワールな喜劇のような出来の短編である。
●『ほんとの話(トゥルー・ストーリー)』
作者の遊び心の一つかな? 二人の男の会話だけで構成されるブラックなストーリー。会話だけということは状況説明など客観的な説明は一切なし。舞台作家やTVドラマのシナリオライターなら、こういう叙述法に慣れているのかもしれないが、まさかウィンズロウがこんな短編を作るとは!
●『ランチブレイク』
これは嬉しい。独特の世界観で描かれた夜明けのパトロール・シリーズの最新短編作品なのだ、あのブーン・ダニエルズやサーファー仲間たちと再会できることが嬉しかった。ウィンズロウならではの個性とその場所の空気までが蘇る。軽妙なストーリーでありながら、以前『
紳士の黙約』のレビューで書いたように、<カリフォルニア州サンディエゴ市パシフィック・ビーチ>がやっぱり主役なのかと思われるくらいに仲間たちや海の息吹が感じられてしまうのはぼくだけであろうか?
●『衝突』
この作品集の掉尾を飾るのは、150ページ超のこの中編小説。愛する妻と愛息と、ビジネス上でも幸福な人生を送るマカリスターが、家族に降りかかった危機の現場で見も知らぬ運転手を一瞬の怒りと一発の殴打で殺してしまう。その後、同書収録の短編で扱われた『北棟』へ収容され永い収容所生活と贖罪の日々を送る。彼の不幸を利用して悪の世界へ導こうとする一派と出所後、家族を守り再生しようとするマカリスターの駆け引きが読みどころとなるスリリングでアクロバティックな展開が面白い。
☆巻末解説で書かれている通り、断筆宣言をしたウィンズロウがこうしてペンを取り直したのなら、いっそ本来の長編小説の世界に舞い戻って頂くわけにはゆかないものか。改めてそう思わせてくれる重厚で意味ありげな作品集である。
(2026.06.17)
最終更新:2026年06月17日 16:03