斜影はるかな国
題名:斜影はるかな国
作者:逢坂剛
発行:朝日新聞社 1991.07.01 初版
定価:\1,650(本体\1,602)
さて悪評高い本書。バンディーダ(
馳星周)・五条(吉野仁)・関口さん(関口苑生)という黄金トリオが口を揃えて「今度の作品はねー」というのだから、なかなか読む気が起こらなかったのも当たり前と言えば当たり前。でも600ページを越える逢坂の最新長編小説で、しかもスペインを舞台にした冒険小説とくれば、どんなに前評判が悪くても書店の軒先を見ただけで手が延びてしまう。買ってしまう。読んでしまう。これまでの
逢坂剛は何といってもそれに値する作家であったからなのだ。
さて感想。まあまあ読ませる冒険小説ではあると思う。ただしどうしてもいけないのは朝日新聞夕刊に日々連載されていた新聞小説であるせいか、無闇に長いことであるように思う。逢坂作品は本来こんなペースではないはずだ。特に前半部分は冒険サスペンスの味わいよりも、いかにも新聞小説といったところを匂わせての、バルセロナ・オリンピックを絡ませたジャーナリストのスペイン取材に終始する。スペイン内戦時代にフランコ側についた日本人がいた、というのがその取材のテーマであるのだが、この取材を通してめぐるマドリードや、サラマンカの描写は凝った観光案内のようなもので、スペイン・マニアにとっては応えられないのだろうが、確かに冒険サスペンスを期待する多くの読者にとっては忍の一字と言ったほうがよさそうである。
逢坂剛は専業作家ではないから、かなり趣味的な興味を作品に投影しているケースが目立つ。特にスペイン現代史への興味は尽きることがないらしく、様々な作品の中でこれらの一面は語れてきた。だから傑作といえる作品群の中では、読者の我々はサスペンスを楽しみながら自然とスペイン現代史に関わる知識を少しばかり得ることができる。そもそも冒険小説やハードボイルドというものは多少なりとも時代背景や地域的な問題を素材にしてストーリーを紡ぎだすことが多いと思う。しかしそうした読者と無関係な素材を通しても、作者の意図と読者とはどこかで通じ合わねばならないと思う。そういう意味ではスペイン内戦というのは、読者と作者の興味を通じ合わせるには大変難しそうな主題であると思う。第二次大戦前まで遡る古い歴史、しかも「はるかな国」の歴史をいくらその時代に日本人が関わったかもしれないからと言って、容易に我々の興味に結び付けることはできないことだ。ではこれまでの逢坂作品がなぜいとも容易に、それを可能にしてきたのか? それは一言でいうなら、我々が求めるところのサスペンスやハードボイルド的側面と逢坂の個人的興味のスペイン現代史とが、絶妙のバランスを持って成立していたからであると思う。
この作品はそういう意味では何度もいうが新聞小説の体裁を作ることによって、逢坂特有の連続した緊張感をだいなしにしてしまっているように思う。また主人公の存在意義が、単なるジャーナリスト的興味から偶然とはいえ徐々にルーツ探しに移行してゆく過程も、ぼくには少し設定のふらつきではないのだろうかと思えた。最初からルーツ探し(森詠の「冬の翼」と酷似してしまうが)という目的で主人公を旅立たせたほうがよかったのではないかと思う。
逢坂得意の人を食ったどんでん返しはこの作品にもある。洞窟での冒険シーンや、
殺し屋の恐怖が迫るシーンも面白い。個々の息詰まる楽しいシーンが散りばめられていながら全体をほぼ冗漫なリズムで通してしまったのが残念だと思う。全く全面批判するには惜しい。逢坂剛ということでの特別の意識がなければ、けっこう楽しめる作品だ。ただあいにくとぼくは逢坂剛ということで特別な意識を持ってしまっているから、厳しいこともたまには言っておきたい。
中程でほんの少しだけ岡坂神策(逢坂のシリーズ・キャラクター)が登場するのはサービスであろうか? と思いきや、登場人物の一人・花形理絵は先の作品『
十字路に立つ女』でデビュー済みなのですね。読み残していたその作品もいい機会だから読むことに決めた。期待を抱いて、だ。
(1991.07.24)
最終更新:2007年05月29日 22:30