ゼロの保管庫 別館

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だれでも歓迎! 編集

702 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:33:37 ID:TKjJ33zv

 人の姿に化身させられたシルフィードが、タバサから借りたマント一枚羽織っただけの姿で、  再び「お腹すいた」と騒ぎ始めた頃、一行は平賀家の前に到着した。

「さあさ皆さん、平賀家へようこそ、だ」

 おどけた風に言う才蔵のそばで、懐かしい我が家を前に、才人はふと立ち止まる。何となく、家に入るのが怖い。  そんな才人の肩を励ますようにぽんと叩いて、才蔵は先に門を抜けて玄関に向かった。

「ただいまー」

 気軽に言いながら、父の背中が家の中に消える。  だが、才人はどうしても歩き出すことが出来なかった。

(母ちゃん、どんな顔するだろ)

 そう思うと、足がすくんだように動かなくなる。  そんな才人の背中を、誰かが乱暴に押した。振り返ると、ルイズが不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいる。

「ほら、さっさと事情説明してきなさいよ。ご主人様が夜風に吹かれて風邪引いたらどうするつもり?」

 不満たらたらにそう言うルイズに、才人は苦笑した。  彼女なりに気を遣ってくれたらしいと、理解できたからだ。

「分かってるよ」

 才人は一度深呼吸して、思い切って歩き出した。  玄関のドアを開けて家の中へ入った途端、懐かしい匂いに包まれた。体の力がスーッと抜けていく。

(ああ、俺ん家だ)

 玄関の靴箱も、二階に続く階段も、居間や風呂場へ続いている廊下も、前に家を出たときと何一つ変わっていない。  暖かさがじわりと全身に浸透していくような感覚に、才人は息を詰まらせる。  そのとき、父親に背中を突かれて、居間の扉から誰かが姿を現した。  才人は再び緊張する。  長い黒髪をひっつめにした、どこにでもいるようなその主婦は、間違いなく才人の母である平賀天華だった。

「ほら、いいから出てみろって」 「もう、一体何だってのよあんた……?」

 背後の才蔵に文句を言いかけた天華は、玄関に立つ才人を見て絶句した。

「……才人?」 「……母ちゃん」

 懐かしい母の声に、才人は暖かさと同時に気まずさも感じた。  何と言っていいのか、よく分からない。  天華は驚きのあまり目を見開いたまま、硬直したようにこちらを見ている。  才人は焦った。自分が、何かを言わなければ。

「えっと、あの、た、ただいま」

 ようやくそれだけ言って、ぎこちなく手を挙げる。 703 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:35:12 ID:TKjJ33zv

「才人!」

 目の前の現実が信じられないような表情で叫びながら、天華が駆け寄ってくる。  一瞬叩かれるかと思って、才人は反射的に目を閉じた。  しかしやってきたのは頬の痛みではなく、全身を包む柔らかい温もりだった。

「……良かった。本当に、良かった」

 耳の奥で、涙混じりの感極まった声がか細く震えている。  胸の奥から言葉では形容しがたいほど激しい何かがこみ上げてきて、才人の目頭が熱くなった。  母の細い体を抱きしめ返しながら、才人は嗚咽をこらえてただ謝った。

「ごめん、ごめんな、母ちゃん」 「いいの、いいんだよ、才人」

 天華は優しき囁きながら体を離し、泣き笑いの表情で才人の顔を覗き込んできた。  間近で見ると、母は以前よりも少しやつれたように見えた。  もしかしたらいなくなった自分を心配したせいかもしれない、と感じ、才人はますます申し訳なさを感じる。  息子の実在を確かめるように、その肩に手を置きながら、天華は戸惑うように問いかけた。

「ホントにもう、あんたって子は……一体、今までどこに行ってたの」

 これにも一言では答えられず、才人は困ってしまった。

「えっと、それは話すと長くなるんだけど」 「じゃあいいよ、後でゆっくり聞くから。とにかく、無事に帰ってきてよかった。体は大丈夫かい? 病気とかしてない?」

 予想以上に暖かい母の言葉で胸が一杯になり、才人は何も返せなくなってしまう。  天華は苦笑しながら才人の頭を撫でた。

「なんだいあんた、久しぶりに帰ってきたと思ったらずいぶん湿っぽいじゃないか」 (やめてくれよ母ちゃん。俺、もう子供じゃないんだぜ)

 そう思いながらも、才人は母の手を払いのけることなどできず、ただ涙を堪えて必死に言った。

「だってさ、俺、母ちゃんにも父ちゃんにも何も言わずにいなくなって」 「いいんだよ。何か事情があったんだろう? 母ちゃんも父ちゃんも少しも怒ってないから、  いつもの馬鹿みたいに能天気な顔を見せてとくれよ」

 強張っていた体が自然にほぐれていくのを感じながら、才人は涙を拭って微笑んだ。

「……馬鹿みたいにってのはひどくないか?」 「何言ってんだい、モグラみたいな顔してるくせに」 「相変わらずひでぇなぁ、母ちゃんは」 「本当のことじゃないの」

 才人が顔をしかめると、天華は悪戯っぽく笑った。  少しだけ笑いあったあと、才人は笑いを収めて言った。

「ただいま、母ちゃん」

 天華も優しく微笑んで、労わるように頷いた。

「お帰り、才人」

 ほんの少しの気恥ずかしさを感じながら、才人は母と見詰め合う。  才蔵も、居間の扉枠に寄りかかりながら、黙って微笑んでいる。  そのとき、母が何かに気付いた様子で、不意に首を傾げた。 704 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:35:58 ID:TKjJ33zv

「ところで才人。後ろの人たちはお友達かい?」 「へ?」

 振り返ると、玄関の扉の陰から、ルイズたちが顔を覗かせていた。  どことなく拗ねたような表情のルイズ、涙ぐんで頷いているシエスタ、無表情が幾分か和らいだように見えるタバサ。  穏やかな微笑を浮かべているティファニア、ほっとしたようなアンリエッタ。  他の皆は、ほとんど意地悪げにニヤニヤ笑っている。  どうやら今までのやり取りをほとんど見られていたらしい。才人は顔を熱くしながら怒鳴った。

「なんだよお前ら! こっち見んな!」 「あんたが遅いのが悪いんでしょ」

 ルイズは唇を尖らせて反論する。言葉に詰まりながら、才人は慌てて天華の方に振り返った。

「あーっと、母ちゃん、こいつらはさ、その……」

 どう説明したものかと迷う才人の肩を、天華が軽く叩く。

「とりあえず上がってもらいなよ。話はそれから聞くからさ」

 その母の言葉で、ルイズらは正式に平賀家の客人として迎え入れられることとなった。  シルフィードがまたもお腹が空いたと騒ぎ出したので、とりあえず平賀家の夕食をやったら、うまいうまいとガツガツ食べ出した。

「スカッとする食べっぷりだこと。きれいな顔して、豪快なお嬢さんだねえ」

 夢中で食事に没頭するシルフィードを見て、天華は感心したように息を吐く。才人としては苦笑するしかない。

「さて、それじゃ、ボチボチ事情を説明してくれや、才人」

 ネクタイを外した父が、ソファに腰掛けて言った。  それぞれ椅子に腰掛けるなり床に座り込むなりしている他の面々をさり気なく見回しながら、真剣な目で問いかけてくる。

「お前がこの一年間ぐらいの間、一体どこにいて何をしていたのかを、よ」 「分かった」

 才人は頷き、異世界に行っていたことや、そこで数々の冒険をこなしてきたこと、  偶然この世界に帰ってきてしまって、今ここにいる彼らはその世界で出来た友人なのだということをかいつまんで説明した。

「大変だったんだねえ、あんたも」

 話を聞き終わった天華は、感心したように大きく息を吐いた。  それ以上特に質問も何もしない母の態度に、才人は拍子抜けする。

「え、それだけ?」 「それだけって、何が?」

 天華はきょとんとして首を傾げた。 705 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:37:06 ID:TKjJ33zv

「いや、そんなアッサリ信じてもらえるとは思ってなくてさ」 「ああ、そういうことね」

 ぴらぴらと手を振りながら、母が苦笑する。

「母ちゃんたちはね、商売柄、一般的には非現実的って言われることには多少慣れてるのさ」 「商売柄、って言うと」 「もう、父ちゃんからある程度は聞かされてんだろ?」

 天華から意地悪げな視線を向けられて、才蔵は気まずげに目をそらした。

「仕方ねえだろ、息子がピンチだってのに正体明かさないでいる訳にもいかなかったし」 「ま、あんたがそう言うなら信じてあげるけどね」

 からかうように笑ったあと、天華は安心させるように才人に言った。

「父ちゃんから聞いてると思うけど、母ちゃんたちは普通の人たちとはちょっと違う仕事もやっててね。  だから、あんたが言ったことだってあり得ないことではないなって納得できるのさ」 「じゃあ、母ちゃんも忍者なのか?」

 ミョズニトニルンを倒したときの、人間離れした父の戦いぶりを思い出しながら問いかけると、  母はどちらとも言いかねるように少し首を傾げた。

「まあ、そういうことも多少は出来なくはないけどね。わたしは少し別かねえ」 「何にしても、普通の専業主婦じゃねえってことかぁ」

 両親がそんな人種だったなどとは夢にも思っていなかったので、才人は感心するやら呆れるやらである。  才蔵と天華は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんね、今まで内緒にしてて」 「お前を荒事に巻き込みたくなかったんでな。許してくれや」

 才人は慌てて手を振った。

「いや、別に怒ったりはしてねえよ。ただ、あんまり話が急展開すぎてついていけないだけでよ」

 天華と才蔵は、顔を見合わせて苦笑した。

「まあそうだろうね」 「そうだ、聞いてくれよ母ちゃん、こいつ俺の人生を中学生の妄想ノート呼ばわりしたんだぜ」 「へえ。なかなか上手いこと言うじゃないの」 「おいおいそりゃねえよ母ちゃん」

 母も父も調子を取り戻したようで、才人はほっとする。

「あの」

 と、そのとき、黙って話を聞いていたルイズが会話に割り込んできた。

「あら、あなたは」 「えーと、ルイズさん、だったかな」

 才蔵と天華の問いかけに、ルイズは淑やかに頷いた。

「はい。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します」 「ああ、こりゃどうもご丁寧に」 「ウチの息子がお世話になったようで」

 立ち上がる二人の前に、思いつめたような顔で歩み出てきたルイズは、黙ってその場に膝をつき、静かに頭を垂れた。 706 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:37:47 ID:TKjJ33zv

「おいルイズ、一体何を」

 慌てて止めようとする才人の声を無視して、ルイズは厳かに切り出した。

「……故意ではなかったにせよ、私はお二人のご子息を本人の意思とは無関係に異世界に連れ去り、  家族や友人から引き離してしまいました。この程度で許されることではないと重々承知してはおりますが、  深くお詫び申し上げます。本当に、申し訳ありませんでした」

 ルイズはさらに深く、頭を下げる。  彼女がそこまで思い悩むことではない、と才人は思ったが、こういうときのルイズは何を言っても自分の意志を翻さない。  困惑し、助けを求めるように両親を見ると、才蔵と天華は顔を見合わせた。  母が苦笑し、父が肩をすくめる。

「ルイズさん。それを言ったら」

 からかうように、才蔵が笑った。

「ウチの馬鹿息子は、ここにいらっしゃる皆さんに同じことをしてしまったことになりませんかな」

 ルイズははっとしたように顔を上げた。

「いえ、それは確かにそうかもしれませんが……」

 口ごもるルイズの顔を、天華がいたわるように覗き込む。

「いいんですよ、そんな風に思いつめなくても」 「でも」 「わたしたちはね」

 反論しかけるルイズを、天華はやんわりと遮った。

「才人がちゃんと無事に帰ってきてくれただけで、満足しているんです。  それに、今のこの子を見る限り、その……ハルケギニアってところでも、  皆さんのおかげでずいぶん楽しく過ごさせていただいたようですし」 「そう、そうだよルイズ」

 ここぞとばかりに、才人もフォローに入った。

「そりゃ確かに、最初に召喚されたときは迷惑な話だと思ったけどよ。  少なくとも、あっちで過ごしてた間は十分楽しんでたぜ、俺」

 才蔵と天華も、何度か頷いて才人の言葉を肯定した。

「そうですよ。この馬鹿はどんな危ないとこでも平気ではしゃぐような、いい加減な奴なんですから」 「責任感じる必要なんて全くありません。むしろご迷惑おかけしましたって謝らなくちゃいけないぐらいで」 「いや、そりゃ言い過ぎだろ!」

 再会したときの温かさはどこへやら、早速以前同様息子をこき下ろす両親に、才人は少々げんなりする。  その横で、ルイズは小さく息を吐いた。  わずかながら緊張感が薄れたらしいその様子に、才人はこっそり両親と微笑み合う。  責任感の強い彼女のこと、才人を心配していた天華を見て罪悪感を感じてしまったのだろう。無理もないことではある。  そのとき、一人話の輪から外れて夕食にがっついていたシルフィードが、唐突に騒ぎ出した。 707 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:38:40 ID:TKjJ33zv

「ねーねー、もうなくなっちゃったのねー」

 見ると、テーブルの上に並んだいくつもの皿が、ほとんど空になっている。

「あら、ホントに豪快な食べっぷりだね」

 目を丸くする天華の脇をすり抜けたタバサが、手にした杖を思いっきりシルフィードの頭に振り下ろした。  シルフィードが悲鳴を上げる。

「いたいのね、何なさるのお姉さま!」 「うるさいアホ」

 ゴン、ゴン! と鈍い音が響き渡り、シルフィードは頭を押さえてさらに悲鳴を上げる。

「いたいいたいいたいいたい!」 「何で全部食べるの。加減というものを知りなさい」 「だって、サイトのお母様が遠慮なく食べてって言ったのね!」 「それは社交辞令」 「きゅいきゅい。難しい言葉はわかんない」 「黙れアホ」

 ゴン、ゴン! と使い魔を何度も殴ったあと、タバサは天華に向かって頭を下げた。

「ごめんなさい」 「まあまあ」

 天華は苦笑してタバサをなだめた。

「いいんですよ、ウチの男どもは注文がうるさいから、こんな風に綺麗に食べてもらったらむしろ嬉しいぐらいだもの」 「でも、だからと言ってこれは」

 珍しく強い口調で食い下がるタバサを、天華は優しい目で見つめた。

「ルイズさんもそうだけど、異世界のお嬢さんはまだお若いのに、皆礼儀正しいみたいね。  だけど、そんなに気を遣ってもらわなくても結構ですからね」

 微笑みながら、天華は自然な手つきでタバサの頭を撫でる。  彼女の瞳が大きく見開かれ、青い瞳に驚きが広がった。

「あらごめんなさいわたしったら」

 天華は慌てて手を引っ込めた。

「ついつい自然に手が……気を悪くしないでちょうだいね」 「大丈夫、です」

 タバサは気恥ずかしげに、頬を染めて俯いてしまう。  珍しいものを見たと驚く才人の前で、天華が首を傾げた。

「でも、確かにちょっと困っちゃったね」 「何がさ、母ちゃん」 「皆さんをおもてなしするためにも、何か作らなくちゃならないだろ。でも、さすがにこの人数相手だと材料が足りなくてねえ」 「いえ、サイト殿のお母様、私たちのことはお構いなく」

 慌てて断ろうとするアンリエッタに、天華が気楽そうに手を振る。 708 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:39:16 ID:TKjJ33zv

「いえいえ、息子がお世話になったお礼もありますし、遠慮なく召し上がってくださいな。  ウチは見ての通りしがない一般庶民ですから、大したものはお出しできませんけど」

 そんな風に言われて、アンリエッタは困ったように傍らのアニエスを見る。  こんなときでも女王に忠実な銃士隊長は、静かに目を伏せて言った。

「恐れながら、ここはお言葉に甘えさせてもらった方がよろしいかと。  この世界に来てからお休みなしで、陛下も本当は疲れておいでなのではありませんか」 「でも、隊長殿」

 アンリエッタがまだ迷う素振りを見せたとき、不意に誰かの腹が盛大に鳴った。  全員がその方向を見ると、

「や、これは失敬」

 ギーシュが照れたように頭をかいている。

「ちょっとは空気読みなさいよあんた」

 モンモランシーがいつものようにギーシュをはたき、その場が明るい笑い声に包まれた。

「じゃ、決まりだね。才人、父ちゃんと一緒にスーパーまで買い物に行ってきておくれ」 「は!? やだよ面倒くせえ」 「俺だって。仕事で疲れてんだよ母ちゃん。早くビール飲みてえよ」

 ほぼ同時に不平を唱えるダメ親子を、天華が一喝した。

「黙りなこのぐーたらども! はるばる異世界からいらっしゃったお客様に、買い物を押し付けるつもりかいあんたらは!」

 そう言われては断ることも出来ず、二人は渋々買い物に出かけることになった。

4 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:54:06 ID:TKjJ33zv

 夜の静けさの中、才人と才蔵は近所にある24時間営業のスーパーにやって来た。  買い物籠を二つ乗せたカートを押しながら、才人はブツブツと文句を吐き出す。

「ったく、帰ってきたばっかだってのに人使いが荒いぜ母ちゃんは」 「いいじゃねえか、お前だって湿っぽいのは嫌だろ」 「そりゃそうだけどさ」

 いまいち納得できないでいる才人の隣で、才蔵はキャベツ片手に首を傾げた。

「なあ才人。お前の友達はこっちの世界の食いもん食えるのか?」 「大丈夫だろ。俺だって、あっちの世界で普通に飯食って暮らしてたんだからよ」 「そか。でもやっぱ納豆とかは苦手だろうなあ」 「まあ、なんかそんな感じはするけど」

 そんな取りとめもない会話を交わしていた才人は、ふと何気なく周囲に目をやった。  もう夜中ということもあってそれほど多くはないが、スーパーの店内はたくさんの買い物客で賑わっている。  明るい照明に軽快なBGM、棚に並んだたくさんの品々。  もうずいぶん見ていなかった光景である。

「ん、どうした?」 「いや」

 才人はむず痒いような感覚を覚えながら首を振った。

「なんかさ、ホントに帰ってきたんだなあって思ってよ。  おかしいなあ、父ちゃんたちが変人だったって以上に、帰ってきたって方が信じられねえや」 「今度は変人呼ばわりか、オイ」

 才蔵がトマトを買い物籠に放り込みながら苦笑する。  才人はふとあることを思い出して、父に問いかけた。

「なあ父ちゃん、さっき、母ちゃんは忍者じゃねえって言ってたけど」 「んー、まあ、そうだな」

 才蔵は一応返事をしたが、二つの玉ねぎの内どちらが大きいかを見極める方に神経を注いでいるらしい。  構わず、才人はさらに問う。

「でも、やっぱりなんか漫画みてえな力持ってんだろ」 「まあな」 「どんなのよ?」 「そうさな」

 才蔵はいやなことでも思い出すように、ゴボウを選びながらうんざりとため息を吐いた。

「少なくとも、俺は素手じゃ母ちゃんには勝てん」 「どういうこった?」 「ルイズさんとかよ、魔法使うんだろ?」 「そうだけど、なんでそんな……って、まさか!」

 才人はごくりと唾を飲み干した。

「母ちゃんも、メイジなのか!?」

 思わぬところでハルケギニアと地球との接点を見つけたかと思いきや、才蔵はあっさりと首を横に振った。 5 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:55:23 ID:TKjJ33zv 「いや、違う。魔法、ではねえんだがな」 「じゃあ何だよ」 「限りなくそれに近い能力だとは言っておくよ。少なくとも、俺よりはよっぽどファンタジーしてると思うぜ、母ちゃんは」 「よく分かんねえ」 「そうだな。何というか、オーガニック的な何か、とでも言っておこうか」 「いや、ますます分かんねえからそれ」 「そうだろうなあ」

 才蔵は苦笑した。

「なに、その内嫌でも分かるさ」

 そう言ってから、ふとどこか遠くを見るような眼差しで、才人を見つめた。

「本当は、お前には一生隠し通すつもりだったんだがな」

 その瞳が深い哀しみを湛えているように見えて、才人は少しどきりとする。

「ま、今更言っても始まらねえけどよ」

 だが、その表情は一瞬だけで、才蔵はすぐに意地悪そうな笑みを浮かべた。

「しっかし、お前も相変わらず抜けてるよなあ」

 何のことか分からず、才人は困惑する。

「何がだよ」 「あのお喋り母ちゃんを、お前の可愛らしいご友人方と一緒にしたら、どうなるかなんて目に見えてるだろうに」

 くくっとかみ殺すように笑いながら、才蔵は食料品が一杯に詰まった買い物籠をレジに載せる。  その言葉の意味を、才人は帰宅後に嫌というほど思い知ることになった。

 食料品でパンパンになったスーパーのビニール袋を持って、才人と才蔵は帰宅した。  居間に入ると、異世界の友人達は天華を中心にテーブルを囲んでいるところであった。  ビニール袋を床に下ろしながら、才人は首を傾げる。

「何やってんの、皆」

 声をかけた段になってようやく才人たちが帰ってきたことに気付いたらしく、友人達は一斉に顔を上げてこちらを見る。  そして、それぞれに楽しげな、あるいは意地悪げな笑みを浮かべた。

「なんだよお前ら、その顔は」

 嫌な予感を覚える才人に、ルイズがニヤニヤしながら言った。

「サイト。あんた、七つになるまでおねしょが治らなかったんだって?」 「な」

 続いてギーシュが肩を震わせながら言った。

「八つのときには探検に出かけて、沼で溺れかけたそうじゃないか」 「に」 「野良犬に追い掛け回されて、泣き喚きながら逃げ回ったとか」 「う」 「着ぐるみショー、とかいうので、作り物の怪物相手に本気でビビってた、とはね」 「ぐお」 「いやー、懐かしいねえ」

 天華がケラケラ笑った。  情報の出所はこいつか、と才人は恥ずかしがりながら怒鳴った。 6 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:56:15 ID:TKjJ33zv

「母ちゃん、何俺の恥ずかしい秘密をばらしてんのよ!?」 「いいじゃないの、減るもんでもないし。ほら皆さん、これが遠足のときに勝手に道を外れて迷子になったときの写真でね」

 天華は怒る才人の目の前で、これ見よがしにアルバムを捲っている。  何でそんな写真が残ってんだと、少々疑問に思わないでもない。

「止めろよぉぉぉぉっ!」

 才人は叫びながら飛び掛ったが、天華は片手でアルバムをつかみ、余裕の動作でヒラヒラ避ける。

「なに恥ずかしがってんの。誰にだって子供の頃はあるじゃないの」 「そりゃそうだけど、そういう問題じゃねえんだよ! それよこせよ、ちくしょう!」

 才人は必死に追いかけるが、どうしても天華に翻弄されてしまう。  だが天華のほうは息子の手を避けながら、どこか感心した様子である。

「おやおや、しばらく見ない内にずいぶん動きが良くなったみたいじゃないか」 「そりゃ俺だって多少の修羅場を潜りぬけ……って、んなことはどうでもいいから早くそれ渡せよ!」 「いいじゃないの、息子にさらに親しみを持ってもらおうという、母ちゃんの愛情が分かんないのかい、あんたは」 「一生分かりたくねえよ、そんな愛情!」

 その追いかけっこは才人がバテるまで続いたが、結局アルバムを奪取することは出来なかった。

「ちくしょう、なんで捕まえられねえんだ」 「年季が違うよ、年季が」

 ぜぇぜぇ言いながら床に横たわる才人に、天華がからかうような笑い声を降らせてくる。

「じゃ、後は皆さんで楽しんでちょうだいな」

 天華はまたテーブルにアルバムをおくと、張り切った様子でエプロンの紐を結びなおした。

「さ、それじゃあ晩御飯の支度をしましょうかね」 「あ、わたしもお手伝いいたします」 「わたしも」

 台所に向かう天華を、シエスタとティファニアが追いかける。

「あら、ごめんなさいね。それじゃお言葉に甘えちゃおうかしら」 「はい。あまりお役に立てないかもしれませんけど」 「泊めていただくのですし、これぐらいのことは」

 台所から楽しげな声と共に、包丁で食材を刻む音などが聞こえてくる。

「クソッ、本当に母ちゃんも人外なんだなあ」

 ぼやき、嘆息しつつソファに座り直す才人の後ろから、才蔵が顔を突き出した。

「オイ才人」 「なによ父ちゃん」 「今までよく見なかったから気がつかなかったけどよ……あの耳長い子、あり得ないぐらい乳でかくね?」

 父が真剣な顔でそんなこと言うので、才人はますますうんざりした。

「息子にそういう生々しい面見せるのはやめてくれよ父ちゃん」 「いやいや、これは由々しき問題だぜ。でかすぎだよあれは。  なんつーの、革命? そう、革命という表現が相応しい乳だなあれは」

 真面目くさった顔でうんうんと頷く才蔵の顔に、才人は自分との血の繋がりを感じて切なくなる。 7 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:57:11 ID:TKjJ33zv   そんな才人の肩を、誰かが横から叩いた。

「なんだよ……って、コルベール先生。どうしたんスか」

 見ると、コルベールが興奮した面持ちでテーブルの上のアルバムを指差している。

「サイト君。あのシャシンというのは一体どういう原理になっているのかね。  それと、今君の母上が使っている、スイッチを捻るだけで火がつく装置はどんなマジックアイテムなのか?   それに我々の頭上で光り輝いているものも、ランプとは到底思えないほど明るいし」

 好奇心に瞳を輝かせ、コルベールは矢継ぎ早に質問してくる。才人は苦笑した。

「マイペースッスね、先生……父ちゃん、悪いけど相手頼むわ」 「あいよ。ささ、先生。あっちの部屋で酒でも飲みながらお話しましょうや」 「ええ、是非ともお願いいたしますぞ」 「でしたら私がお酌いたしますわ」

 艶っぽい微笑を浮かべて近づいてきたキュルケを見て、才蔵が口笛を吹いた。

「やあ、こりゃまたきれいなお嬢さんだな。こちらこそ、向こうでの才人の様子についてじっくり聞きたいところで」

 そのとき台所の方から包丁が飛んできた。才蔵の鼻先をかすめ、軽い音と共に壁に突き刺さる。  青ざめた才蔵が台所の方を見ると、驚きの表情を浮かべたシエスタとティファニアの間で、天華がにっこりと微笑んでいた。

「父ちゃん? まさか、息子のお友達に不埒な真似しようってんじゃないよね?」 「はははは、まさかそんなこと。信用してくださいよマイハニー。さささ、先生、こちらにどうぞどうぞ」

 才蔵はへこへこしながら慌てて居間の隣の部屋に向かう。  ミョズニトニルンを撃退したときとは打って変わった情けなさである。

(尻に敷かれてんなあ、父ちゃん)

 才人はまたも変なところで父と自分の血のつながりを自覚して、少々切ない気分になる。  そんな才人の両肩を、またも二つの手が叩く。

「サイト!」 「君って奴は!」 『実にけしからん!』

 声を揃えてそう言うのは、目を血走らせたギーシュとマリコルヌである。  才人は二人の勢いに少々引きながら聞いた。

「どうした、いきなり何言い出すんだよお前らは」 「どうしたもこうしたもあるか!」 「さっきのシャシンとやらを見たぞ!」 「君以外にも、たくさんの女の子達が写っているじゃあないか」 「なんてけしからん! 僕にも紹介してください!」

 相変わらず正直な連中である。才人は苦笑して手を振った。 8 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:57:59 ID:TKjJ33zv 「紹介ったって、俺には特別仲のいい女の子なんていなかったよ」 「嘘だっ!」 「そんなこと言って、学院のとき同様モテモテなのに違いない!」 「いや、本当にいなかったって、そんなの」

 これは本当のことである。  あまりに女の子と縁がなかったために、ネットの出会い系サイトに頼ろうとしていたぐらいなのだから。  だが、ギーシュとマリコルヌはぎらぎらした目を見合わせて、得物を追い詰めた狩人のように獰猛に笑った。

「ははは、白を切ろうったってそうはいかないよ、君」 「実際、君とずいぶん距離が近い子だっていたじゃないか」 「なに?」

 そんな女の子のことなど記憶にないので、才人は困惑した。

「誰のこと言ってんだ、お前ら」 「とぼけるなよ」 「ほら、たとえばさ、君よりずいぶん小柄な黒髪の」

 才人の脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。  これはひどい誤解だ、と才人は笑って手を振った。

「ああ、その子なら多分お隣の千夏」

 そこまで言いかけたところで、才人は不意に背筋に悪寒を感じた。  恐る恐る振り返ってみると、世にも恐ろしい形相を浮かべたルイズが、アルバムを片手に立っていた。

「オイ犬」

 ドスの利いた声。見た目どおり、怒り心頭らしい。

「はい、なんでございましょうご主人様」

 才人は自然とソファの上で正座をしていた。ハルケギニアで培われた悲しい習性である。  ルイズは震える指を、一枚の写真に突きつけた。

「これについて、何か言い訳することはありますか」

 どれだ、と思って見てみて、才人の顔から血の気が引いた。  それは、才人が高一のときの、体育祭の写真だった。  100m走でゴールした後、他の走者が全て走り終わるのをゴール地点で待っているところを写した写真である。  問題は、そこに写っている才人の顔が向いている方向だった。

「不思議ねえ。わたしには、この、横にいるビッチの余計な脂肪をあんたが凝視しているようにしか見えないんだけど」

 ルイズの言うとおりである。  才人は、そのとき自分と同じように競技の終了を待っていた姫路さん(同級生。キュルケ並の爆乳)の胸を、  彼女が気付いていないのをいいことに、思う存分ガン視していたのであった。  無論気付いていなかったのは姫路さん本人だけで、写真の撮影者たる母や、クラスメイトの坂本にはバレバレだった。  当時は「やあおはよう視姦レイパー」だのと散々からかわれたものである。

(そんな過去が、まさか今この場で命の危機として立ちふさがろうとは……!)

 才人の背筋を冷たい汗が滑り落ちる。  とにかくなんとか切り抜けねばと、才人は必死で弁解する。

「落ち着けルイズ。そもそもこれはお前と会うずっと前の話でだな」 「関係あるか!」

 叫びながら、ルイズが懐から杖を取り出す。 9 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:59:05 ID:TKjJ33zv

「ふふ。あんた、そんなにあの部分につく余計な脂肪が好きなんだ。  あんなもん、邪魔になるだけで何の役にも立たないってのに」 「いや、そんなことは俺にもお前にもわからないはずじゃ」 「あぁ?」 「いえ何でもないです」

 また余計なことを言ってしまったと、才人はなおさら青ざめる。  ルイズはこめかみをひくつかせながら、かなり無理矢理っぽく微笑んだ。

「分かったわ。あんたのこの悪癖は、どうやら生まれついてのものらしいわね。  とすれば、わたしは根本からそれを正す必要があると見た」

 恐れおののく才人の前で、ルイズは杖を振り上げる。

「死にさらせこの」 「あら、ルイズさんったらずいぶん元気なのねえ」

 背後からかかったのん気な声に、ルイズは慌てて杖を隠す。

「お、お母様!」 「おや、なんだか新鮮な響きねえ」

 天華がうっとりと頬に片手を添える。

「さ、晩御飯の支度が出来ましたから、皆さんテーブルに座ってくださいな。  ほら才人、ボケッとしてないで家中から椅子をかき集めて来るんだよ」 「お、おう、分かった!」

 天の助けとばかりに才人が駆け出そうとしたところ、天華がすれ違い様に囁いた。

「あんたもホント、変なとこばっかり父ちゃんに似るね」 「え」 「後でちゃんとフォローしとくんだよ」

 どうやら、何もかもお見通しらしかった。  そうして、才人が懐かしい自分の部屋から椅子を持って出たら、廊下に小柄な人影が立っていた。

「タバサ。どうした、何かあったか」

 聞くと、彼女はいつもの無表情のまま淡々と言った。

「胸部の脂肪は激しい運動を阻害する。客観的に見て、少ないほど生物的には有利であると思われる」 「なに?」

 意味が分からず聞き返したが、タバサは黙って踵を返し、居間に下りてしまった。 10 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:59:57 ID:TKjJ33zv

 そんなこんなで、その日は騒がしい夜となった。  予想通りシルフィードが食卓を席巻し、あらゆる料理を思う存分食いつくす。  才人の母に自分の存在を売り込もうと、ルイズとシエスタがいろんな場面で火花を散らし、結局いつもの口喧嘩に発展していた。  その横でタバサはさり気なくサイレントの魔法を張り、周辺に騒音が響かないよう配慮して地味にポイントを稼いでいた。  アンリエッタはその場の喧騒をどこか面白そうに見物しながら一人淑やかに料理を食し、  その隣ではアニエスが「女王の御前だというのに騒がしすぎやしないか」と言わんばかりに眉をひそめていたが、  当の女王本人が上機嫌な手前、何も言えずにもどかしそうな様子だった。  ギーシュとマリコルヌは「うまいうまい」と遠慮なく食事にがっつきつつテレビのアイドルに見惚れ、  隣のモンモランシーから「あんたたちは馴染みすぎなのよ!」と激しいツッコミを喰らう。  珍しく酒に酔ったコルベールが才蔵相手に熱弁を振るい、キュルケはここぞとばかりに無防備な彼にしなだれかかった。  才蔵はコルベールの話を聞きつつ赤ら顔で無闇にうんうん頷いていたが、  才人の見た感じでは果たして正気を保っていたかどうか怪しいところである。  そんな喧騒の中、天華はニコニコ笑いながら、ティファニアと共に台所と食卓を往復して、すぐになくなる料理を補充していた。

「いやあ、ずいぶん賑やかだねえ、相棒」 「むしろ賑やかすぎるぜ」

 テーブルに立てかけられたデルフリンガーの声に答えつつ、才人は苦笑した。

「ま、とりあえず、父ちゃんと母ちゃんが皆を受け入れてくれてよかったよ」 「相棒のご両親らしく、些事にはこだわらねえ人たちみてえだからね」 「なんか褒められてる気がしねえな、それ」

 そう言いつつも、とりあえず初日が平穏無事に済みそうな流れに、才人はほっと息を吐いたものである。

 ――終わり。

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