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使い魔ファイト-19 - (2007/07/18 (水) 07:32:49) のソース
グェス……グェスはいねえがあ……悪いグェスはどごだあ……。 「ミスタ・コルベール。わたしの使い魔見ませんでしたか?」 「見たといえば見たが……廊下を北に向かって走っていたな。しかし君、ミスタ・グラモンの使い魔を見たかね。凄いねあの老人は」 わたしから逃げられるとでも思ってるのかしら。 宝物庫の前で何やらゴソゴソやっていたミス・ロングビルを発見。 この人相変わらずいいプロポーションしてるわね。オスマンの狒々爺に触らせるのがもったいないくらい。 「ミス・ロングビル。わたしの使い魔見ませんでした? 平民の女なんですけど」 「全力で走っていた犯罪者風の人? それなら男子寮の方へ向かわれたようですけど」 男子寮? ははーん、ミキタカを味方につける気でいるわけね。 ミキタカやぺティが何と言ったって全力でぶったたいてやるんだから。扉の前でノックノック。 「ミキタカ? グェスいる?」 「いりませんよ」 ん? んん? えーっと……どういうこと? 「入るわよ」 扉を開けた先にはここ数日で見慣れた部屋とミキタカ、せいぜいぺティがいるくらいだと思っていたけど、ぺティではなくなぜかシエスタがいた。 二人並んでベッドに腰掛けているその光景からは、朴念仁だって甘いひと時が想像できる。 何よ阿呆ミキタカ。先にシエスタに目をつけてたのはわたしなのに。だから嫌よ男って。いやらしいことしか頭に無いんだから。 ああ、シエスタの貞操は無事かしら。この阿呆貴族に隠れ巨乳揉みしだかれてたりしないといいけど。 有無を言わさず必殺のルイズヒップドロップを敢行、二人の間に無理やりお尻をねじ込んだ。 咄嗟にシエスタが立とうとしたけど、腕を掴んで押さえ込む。 「シエスタ、あなたグェスを見なかった?」 「ええと……」 相変わらず怯えてるシエスタ。わたしとしては精一杯フレンドリーなつもりなんだけどなぁ。何がいけないんだろ。 シエスタはわたしの頭越しにミキタカを見て、ミキタカは小さく頷き返した。何この二人は恋人的空気。 「私がお見かけした時は食堂にいらっしゃいました」 「ふーん……食堂ね。ありがとうシエスタ」 「あ、あの、ミス・ヴァリエール!」 シエスタが立ち上がりかけたわたしの袖を引く。 「私、負けませんから!」 ……誰が? 誰に? 何で? 主語も述語も目的語もはっきりしていない。 「す、すいません。ご無礼をお許しください」 で、目が合うと謝るし。この娘も情緒不安定ね。お年頃ってやつ? 何かよく分からないけど、わたしはシエスタから挑戦されたらしい。 挑戦か。嫌な響き。またえらく嫌われたもんね……この娘に嫌われるとなぜだかへこむわ。 本当ならわたしを好いてくれるのが基本形だった気がするんだけど、どう考えても妄想以外の何者でもなくさらにへこむ。あーあ。 こんなわたしの傷ついたハートも全てグェスのせいと結論付けて、さらなる怒りを胸に食堂へと足を向ける。 食堂は西日が射して磨いたばかりのテーブルは照り返し……もう夕方だったのね。わたし何時間走り回ってたんだろう。 そこにもグェスはいなかったけど、パイプをふかすぺティとモンモランシーと大蛙と……知らない人間が見たら打ち捨てられているとしか思えない大釜が鎮座ましましていた。 「ねえモンランシー。あなた達グェス……」 「しっ! 静かに!」 何よ何よ。皆でわたしのこと邪魔者扱いして。どうせわたしなんてゼロよ。胸も才能もゼロよ。 「老師、お願いです。今のぼくには生きるための力が必要なんです」 「ねっ。力が必要なんだよ、ねっ」 なになに、弟子入りしようっていうの? 弟の使い魔に? ギーシュ必死すぎじゃない? 「背中を見せれば死ぬ。そのことに絶望していました」 あ、それで釜かついで動いてたのか。そりゃわたしでも絶望するわ。釜背負って外出てくるあたりは大物よね。 「ですが、老師の力を目の当たりにしてぼくの考えは変わりました。ぼくは……ぼくはまだ生きたい。やりたいことはたくさんあります。モンモランシーをもっと愛したい」 カアアアア……ペッ! アア胸糞悪い。何この学院。カップル率高すぎ。そうですか。独り者に死ねと言いますか。 「な、何言ってるのよギーシュ」 洪水のお嬢さん、顔が赤いですよ死ね。何よ目ぇ潤ませたりして。上も洪水下も洪水ですって? バーカバーカ。 「キーシュが言っていました。老師の前身は修行者だと。その技は修行によって身につけたものだと。お願いです、その技を……温かく、力強いその技をぼくに教えてください!」 「わたしからもお願いします、老師。ギーシュは馬鹿で浮気者だけど、それでも死ぬのは……」 モンモランシーも頭を下げた。こいつら何で使い魔相手に敬語使ってるのかしら。 「それはできん相談じゃな」 ぺティ冷たい。考えるふりくらいしてあげてもバチは当たらないでしょうに。 「老師!」 「そんな……!」 「冷たいねっ、ねっ」 ぺティはパイプの火を落とし、大事そうに懐へしまいこんだ。 すげなく頼みを断った爺さんとも思えない、好々爺丸出しの笑顔で大釜に手を当てた。 「この技は習得に骨が折れる。才能のある者でも数年はかかるじゃろう。今のまま挑めば過程で死ぬ」 そりゃそうよね。背中見せられない人間じゃ修行は無理でしょ。 「それにのう少年よ。そなたには必要の無い技なんじゃよ」 どうせ死ぬから必要ないよなんて言わないでしょうね? 「この技術がなぜ生まれたか分かるかね? ある者に近づこうとしたからじゃ」 「ある者……?」 「君の背中にとりついている者、と言えば分かりやすいかな」 大釜の中で、何かが打ち付けられる音が響いた。たぶん立ち上がろうとして頭ぶつけたんだろう。 「ふざけないでください! ぼくは! ぼくはこいつのために!」 「ふざけてなどおらんとも。わしの技……波紋は、人ならぬものに近づくため人間が編み出した技術体系に過ぎん」 「老師! ぼくは! ぼくは!」 大釜が揺れていた。顔が見えなくても何を思っているかはよく分かる。 「……そなた、使い魔を知ろうとしたかね」 「ぼくは……は?」 大釜の揺れが収まっていく。わっかりやすい。 「背中を見せれば主が命を落とす。そこで止まっていたのではないかな」 「それは、その。だって死ぬんですよ」 「誰であろうと一度は死ぬ。その運命から逃れることはできん。死は言い訳にならんよ」 厳しい意見ね。そこまで覚悟してる人ってそうそういないと思うけど。 「使い魔と話し合ってみるといい。何ができ、何ができないのか。それを知るだけでも益はあろう」 「そうそう。もっと話そう話そう。ねっねっ」 ぺティはギーシュのことを話していたんだろう。でもその言葉はわたしにも当てはまった。 そっか……そうよね。わたしはグェスのできることを考えていなかった。 グェス本人がただの平民であることを忘れ、無謀な戦闘行為に付き合わせようとしていた。 使い魔なら従って当然だと思っていた。ふんぞり返って上から押さえつけようとしていた。 そんなの、グェスじゃなくたって逃げて当たり前だ。 「そなたは大地」 「ぼくが……大地?」 「砂か、泥か、岩か、土か、決めるはそなたのみ。芽吹いた植物を生かすも枯らすも己次第と知れ」 大地。ちょっとかっこいいな。わたしも大地になれるだろうか。 「ぼくが……大地……」 アドバイスに対し、御礼の一つも言うつもりだったんだろう。大釜が持ち上がり、そこからギーシュが顔を出した。 ギーシュにとって不幸だった……いやこれは幸運か。幸運だったことは、この場にはぺティだけではなく、モンモランシーがいたということ。 地面から上を見上げれば、当然モンモランシーも視界に入る。モンモランシーのスカートの中も。 「白……? 白? 白! 白! 白かったであります!」 ギーシュの視線を追い、ギーシュの言葉を聞き、その意味を捉え、モンモンシーの表情が哀から怒へと一変した。 モンモランシーのパンツは白、と。メモメモ。ギーシュもたまには役に立つ。 「いい加減にしなさい! あなたの頭の中そればっかりじゃないの!」 「待って! し、仕方ない! これは仕方ない! どうしようもない!」 うん、仕方ない。それは本当に仕方ない。 スカートを押さえて大釜を蹴りまくるモンモランシーに対し、ギーシュは鉄壁の篭城作戦で対抗する。 じゃれあう二人をいつもの笑顔で見守るぺティ。何このトリオ。楽しそうじゃないの。 ていうかわたし完全に無視されてるよね。グェスのこと聞いたのに忘れられてるよね。もういいよ、もういい。 「ちょっとそこの矢印つけた蛙」 「は? 私めのことでしょうか」 あんた意外にそんなのがいますかっていうのよ。 「胡乱な平民の女見なかった? わたしの使い魔なんだけど」 「怪しい方なら中庭の方で見かけたように思いますが……ゲロッ」 これもグェスの計略だったりして。学院中をぐるぐると歩き回らされている。 ま、ご主人様の義務だと割り切ろう。使い魔放っておくわけにはいかないもんね。 ----