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アヌビス神・妖刀流舞-22 - (2007/09/07 (金) 18:08:24) のソース
階段を駆け上がった先から伸びる枝に沿って、一艘船が停泊していた。 一行はタラップから甲板へと次々と飛び乗る。すると甲板で寝込んでいた船員が目を覚ました。 「な、なんでぇ?おめぇら!」 「船長はいるか?」 「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝、改めて来るんだな」 男はラム酒の壜をラッパ飲みにしながら、酔って濁った目で答えた。 「貴族に二度同じ事を言わせる気―――――」 ワルドがすらりと杖を引き抜き、脅しをかけようとしたその時、船員は目の色を変えて直立した。 「ま、マジか!昼間、街のガキどもが話してた噂は本当だったのかよ。本物の『ギーシュさん』じゃねえか!」 船員は既にワルドの言葉を聞いてなければ、見てもいない。 「船長大変だァ!」 男は硬い動きで後ろへ向き直り、興奮した声で叫びながら船長室へすっ飛んでいった。 ギーシュはその状況に呆気を取られていたが、ふと気付くとワルドがとても熱い視線を自分へと向けているのに気付いた。 「流石『ギーシュさん』の雷名!このような下々の者にまでッ!」 やたらと熱く熱く感動しているワルドの姿を、ルイズは何も見なかった事にした。アヌビス神とデルフリンガーもそれに倣った。 しばらくすると、びしっとした正装姿に船長を表す帽子を被った初老の男が船員と共にやってきて、目の前で片膝をついて傅いた。 「うちのかみさんも大層貴方様には参ってまして。いやぁこのような貨物船に『ギーシュ』さんに来て頂けるとは一生の誉れです」 ギーシュは『ぼ、ぼくのこと?』と自分を指差してキョロキョロしている。ワルドがそれに頷いて応えた。 「で、当船に何の御用向きでしょうか?」 やたらと目をキラキラ輝かせて問う船長に、ワルドが答えた。 「アルビオンへ、今すぐ出航してもらいたい」 すると船長がとても申し訳無さそうな顔をした。 「アルビオンがラ・ロシェールに最も近づくのは朝です。その前に出航したんでは風石が足りんのです……最短距離分しか積んでないんですよ」 「『風石』が足りぬ分は、僕が補う。僕は『風』のスクウェアだ」 ワルドの言葉に船長と船員は、顔を見合わせた。 「す、すげえですよ船長!流石あの『ギーシュさん』だ!お供の配下がスクウェアメイジだ!」 「ま、全くだ。正直少し噂は眉唾ものじゃねえかとも思ってたが、こいつは本物だな!噂以上じゃねえか!」 二人は揃って深々と頭を下げた。 「ならば結構で。船賃も結構でございます」 配下扱いされたワルドはやたらと良い笑顔を浮かべた。右手をぎゅっと固く握って小声で『よっしゃ!』とか言っている。 「無理を頼むのだ、只でとは言わん。積荷はなんだ?」 「硫黄で。アルビオンでは、今や黄金並の値段がつきますんで。新しい秩序を建設なさっている貴族のかたがたは、高値をつけてくださいます。 秩序の建設には火薬と火の秘薬は必需品ですのでね」 「その運賃と同額を出そう」 ワルドのその言葉に船長たちは『へへぇー』と甲板に平伏した。 「さ、流石『ギーシュさん』ですね!太っ腹だァ!」 船員の言葉に船長がこくこくと嬉しそうに頷いた。 「お前ら!あの『ギーシュさん』のご依頼で今すぐ出航だ!もやいを放て!帆を打て!」 「「「オォー!!」」」 夜分にも関わらず、気合の入った声で答えた船員達は、よく訓練された動きできびきびと出航の準備を始めた。 帆と羽が風を受け、ぶわっと張り詰め、船が動き出す。 「アルビオンにはいつ着く?」 ワルドが尋ねると、 「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着しまさあ」 と船長が答えた。 ギーシュは舷側から、ぐんぐんと離れていくラ・ロシェールの明かりを見ながら、少しぼーっとしていた。 良く判らないうちに有名になっているけどあれは一体……とも思ったが、何より残してきた三人が気掛かりでもあった。 明かりの中に大きく揺らぐ巨大な炎の渦のような物が見えた。 「あれってやっぱりあの三人なのかね……」 呟いた独り言に横から返事が帰ってきた。 「トライアングルメイジが三人なのよ。ちょっとやそっとじゃ負けないわよ」 それはルイズであった。 「そりゃそうだ。しかもうち一人はあの『土くれ』だったね」 ギーシュは少し小声で風に紛らせるようにして答えた。 二人がしばし、ぼさーっと地上を眺めていると、船長と話しを終わらせたワルドがやってきた。 「船長の話しでは、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、攻囲されて苦戦中のようだ」 ルイズがはっとした顔になった。 「ウェールズ皇太子は?」 ワルドは首を振った。 「わからん。生きてはいるようだが……」 「何見当違いな心配してるんだお前等。そんな主要人物が死んだり掴まったりしてたら、もう戦争終わってるだろうが!さっきの街でも大騒ぎだっての」 ルイズのお尻から声がした。正論だが言い方が気に入らなかったので、ルイズは黙って声の主を甲板へびたんと叩きつけた。 「どうせ、港町は反乱軍に押さえられているんでしょう?」 アヌビス神をぐりぐりと踏みつけながら、ワルドと会話を続ける。 「そうだね」 「どうやって、王党派と連絡を取ればいいのかしら」 「陣中突破しかあるまいな。スカボローから、ニューカッスルまでは馬で一日だ」 「反乱軍の間をすり抜けて?」 「そうだ。それしかないだろう。まあ、反乱軍も公然とトリステインの貴族に手出しはできんだろう。 スキを見て、包囲網を突破し、ニューカッスルの陣へと向かう。ただ。夜の闇には気をつけないといけないがな」 ルイズは緊張した顔で頷いた。それから尋ねる。 「そういえば、ワルド、あなたのグリフォンはどうしたの?」 ワルドは微笑んだ。舷側から身を乗り出すと、口笛を吹いた。下からグリフォンの羽音が聞こえてきた。 そのまま甲板に着陸して、船員たちを驚かせた。 「船じゃなくって、あのグリフォンで行けばいいだろ」 ルイズの足元からアヌビス神の声がする。 「竜じゃあるまいし、そんなに長い距離は、飛べないわ」 ルイズが答えた。 「ご主人さまは脳味噌がマヌケか? ならタバサのシルフィードで行けば良かったじゃねえか……。 街で一日潰す必要が何処にあったんだよ!おれ達がゲロまみれにならずにすんだじゃねえか!ご主人さまでも許されざるミスだぞこれは!」 「全くだ小娘め!おかげであんな6000年最大の恥辱を味わう派目になったじゃねーか!」 アヌビス神に続いて背のデルフリンガーも抗議の声を上げる。 ルイズは黙って背中のデルフリンガーも足元に放り投げた。 ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ そして黙ったまま、右足を何度も上下に往復させた。 ワルドはその光景にもう見慣れたらしく、優しく微笑んだ後向き直り、ギーシュの隣へそそくさと移動した。 「アルビオンが見えたぞー!」 舷側で思う思うに時間を潰していると、鐘楼の上に立った見張りの船員の声が聞こえてきた。 「あれがアルビオンか?」 甲板に転がるアヌビス神の視界に、雲の切れ目から黒い巨大な何かが映った。 地表には山がそびえ、川が流れる。その光景に圧倒される。 横で立っていたルイズが言った。 「驚いた?あれが浮遊大陸アルビオン。ああやって空中を浮遊して、主に太洋の上を彷徨っているわ。 でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土程もあるわ。通称「白の国」」 「どうして『白の国』なんだ? 反乱が起こってるって位だから白痴ばっかって事だな?そうに違い無いな」 「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ。あれよあれ」 ルイズは大陸を指差した。大河から溢れた水が、空に落ち込んでいる。その際、白い霧となって、大陸の下半分を包んでいた。 霧は雲となり、大雨を広範囲に渡ってハルケギニアの大陸に降らすのだとルイズは説明した。 「風にフラフラ彷徨って、白ってよりタコだな凧。タコの国で充分だ “風に吹き流されてふらふらタコの国”とおれが命名する」 ルイズがアヌビス神を踏みつけようとしたところで、見張りの船員が、大声をあげた。 「右舷前方の雲中より、船が接近してきます!」 この船よりも一回り大きい黒船が一隻近付いてくる。 「ちっ、大砲付きだな……」 アヌビス神の言葉にルイズは眉をひそめた。 「いやだわ。反乱勢……、貴族派の軍艦かしら」 後甲板で、ワルドと並んで操船の指揮を取っていた船長らが叫ぶのが聞こえてくる。 「く、空賊だ! 逃げろ!取り舵いっぱい!」 声に続けて、砲音が響き渡る。 「き、きたか?ついに憧れの甲板白兵戦か?」 アヌビス神が興奮した声を上げた。 黒船のマストに、四色の旗流信号がするすると登る。 「停戦命令です、船長」 アヌビス神がわくわくしていると、船長の諦めるような声が聞こえてきた。ワルドの魔法は打ち止めとの声も聞こえる。 「裏帆を打て。停船だ」 船長の停船の声が聞こえ、アヌビス神は舌打ちをした。 「ちっ、だらしねえ。 いや?きっと騙してこっちへ乗り込ませてから白兵戦だな!」 ルイズはいきなり現れて大砲をぶっぱなす黒船に、慌てて二振りを足元から拾って身に帯びる。 どうやら大砲の音がするまで居眠りをしてたらしいギーシュが、どうしたどうしたと騒ぎながらバタバタと走ってくる。 「空賊だ!抵抗するな!」 黒船から、メガホンを持った男が大声で怒鳴った。 黒船の舷側に弓やフリント・ロック銃を持った男達が並び、こちらに狙いを定めた。 鉤のついたロープが放たれ、ルイズらの乗った船の舷縁に引っ掛かる。 手に斧や曲刀などの得物を持った屈強な男たちが、船の間に張られたロープを伝ってやってくる。その数およそ数十人。 「あの位の人数余裕だな。ずばァーっと行こうぜずばァーっと!」 「いいねェ、腕が鳴るねェ」 アヌビス神とデルフリンガーが興奮していると、傍にきたワルドに止められる。 「やめておけ。敵は武器を持った水兵だけじゃない。あれだけの門数の大砲が、こちらに狙いをつけているんだぞ。 おまけに、向こうにはメイジがいるかもしれない」 「あんだけ近くなんだぜ。大砲なんか早々撃てねえよ。 こっちに爆薬とか爆発物満載だって脅せば絶対に撃てないっての。硫黄の塊でも投げてやりゃ疑って自滅恐れて撃てねえ。心配するなワルド坊ちゃん。 憶えて置けよ、言葉も武器だぜ」 「言うねえ!流石兄弟!それで行こうや」 わざとらしく渋い声で喋るアヌビス神にデルフリンガーがやんややんやと声をあげる。 その時前甲板に繋ぎ止められていたワルドのグリフォンが、乗り移ろうとする空賊たちに驚き、ギャンギャンと喚き始めた。 その瞬間、グリフォンの頭が青白い雲で覆われた。グリフォンは甲板に倒れ、寝息を立て始めた。 「眠りの雲……、確実にメイジがいるようだな」 「だからどうしたんだよ。おれたちは寝ないし。あんなん煙幕にもならねえ。 速攻で大将首落としてあの軍船頂こうぜ」 警戒するワルドをアヌビス神が笑い飛ばし、興奮を高める。 会話をしている間にも、空賊たちは甲板へと迫り、どすんと音を立てて降り立ってきた。 その中に一人派手な格好の空賊が居た。 元は白かったらしいが、汗とグリース油で汚れて真っ黒になったシャツの胸をはだけ、そこから赤銅色に日焼けした逞しい胸が覗いている。 ぼさぼさの長い黒髪は、赤い布で乱暴に纏められ、無精髭が顔中に生えている。丁寧に左目に眼帯が巻いてあった。その男が空賊の頭らしい。 「船長はどこでえ」 荒っぽい仕草と言葉遣いで、辺りを見回す。 「わたしだが」 震えながら、それでも精一杯の威厳を保とうと努力しながら、船長が手をあげる。頭は大股で船長に近付き、顔をぴたぴたと抜いた曲刀で叩いた。 「船の名前と、積荷は?」 「トリステインの『マリー・ガーランド』号。積荷は硫黄だ」 空賊たちの間から、ため息が漏れた。頭の男はにやっと笑うと、船長の帽子を取り上げ、自分がかぶった。 「船ごと全部買った。料金はてめえらの命だ」 船長が屈辱で震える。 「チャンスだ。向こうの頭がこっちにいるから大砲はこねえ。 一瞬で首を刎ねて、動揺した隙に雑魚どもも纏めてバラせば勝てる」 アヌビス神はルイズの後ろでオタオタしているギーシュへと叫んだ。 「ギィィィーシュ!ワルキューレだッ!」 その声に船長の顔がぱっと明るくなる。 「そ、そうだ『ギーシュさん』がいらしたんだ!」 頭の男が眉をひそめる。 「ギーシュ……さん?聞き覚えが……」 空賊の一人が慌てて頭の下へばたばたと走ってきた。 「近頃トリステインで噂の『愛』の『ギーシュさん』でさぁ」 「あの噂の?本物なのか?」 「ま、間違いありません。噂どおりの格好と髪型。あれこそ『ギーシュさん』 何よりもあの薔薇の造花。間違い有りませんぜ」 ギーシュは突然自分の名前を連呼され、振ろうとしていた薔薇の杖を止める。 ルイズは突然の展開に、小さくぶっと噴出した。 空賊たちが最低限を残し、頭の周りに集まり突然相談を始めた。 戦闘回避された空気を読み取ってアヌビス神は詰まらなさそうに、また舌打ち風に声を出した。 しばらくすると突然空賊の頭が、先程と一変した理知的な表情でルイズらの前までやってきた。 空族たちも表情を一変させ直立で並んでいる。 頭は、カツラであった縮れた黒髪をはぎ、眼帯を取り外し、作り物だったらしいひげをびりっと剥がした。現れたのは凛々しい金髪の若者であった。 「大変失礼した。まさか風の噂に聞いた『愛』のお方が乗船している船だとは。 私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令官……、本国艦隊といっても、既にあの『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きよりこちらのほうが通りがいいだろう」 若者は姿勢をただし、威風堂々名乗りを上げた。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 ルイズは口をあんぐりと開けた。ありえない、ありえなさ過ぎる。何で名乗り出るのよそこで!名乗り出てもらわないと困ったけど。 噂、噂が一人歩きしている。トリステインから飛び出てしまっている。あの日食堂で勢いに任せた事で起こった、小さな蝶の羽ばたきが大嵐になって吹き荒れている気がする。 流石にウェールズ本人にまでは大きく耳に入って無かったようだが、配下の者たちは明かに毒されている。 ワルドはさっきからなにやら、ウンウンと頷いている。何だか半端に偉い立場の人程影響を受けているのでは無いだろうか?ルイズはふとそう思った。 アンリエッタさま自身は左程知らなかった、しかし王宮内には知って心頭している者が居たようで、現にこのワルドも妖しい。 今の目の前のウェールズ皇太子も、アンリエッタさまと似た様な感じがする。もしかしたら立場上狭間で疲れてる人の心を打つのかしら? アヌビス神が『タコ皇子か、ぷっ』と馬鹿にしたがルイズの耳には入らなかった。 時々『ギーシュさん!ギーシュさん!ギーシュさん!』というコールは聞こえたが、聞こえなかった事にした。 ルイズが一人頭を抱えていると、何時の間にかワルドとギーシュが、ウェールズと話しを進めていた。 空賊に身をやつしていた理由、そして密書の件を話し自己紹介を済ませ、自分が指されていることに気付いた。 「そして、こちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢にございます殿下」 「なるほど!きみらのような立派な貴族が、私の親衛隊にあと十人ばかりいたら、このような惨めな今日を迎えることもなかったろうに!いや……『ギーシュさん』ならばお一人でも……。 おっと、話しが逸れた。して、その密書とやらは?」 少し呆けていたルイズはその言葉に慌てて、胸のポケットからアンリエッタの手紙を取り出した。 恭しくウェールズに近付いたが、途中で立ち止る。それから、ちょっと躊躇うように、口を開いた。 「あ、あの……」 「なんだね?」 「その失礼ですが、ほんとに皇太子さま?」 ウェールズは笑った。 ルイズの疑いを完全に理解しないままに……。 「まあ、さっきまでの顔を見れば、無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」 ウェールズは、ルイズの指に光る、水のルビーを見つめて言った。 自分の薬指に光る指輪を外すと、ルイズの手を取り、水のルビーに近づけた。二つの宝石は共鳴しあい、虹色の光を振り撒いた。 その虹に一同おぉーっと声を上げる。 「こりゃヴェルダンデが見たらヨダレ垂らしながら全力で押し倒しに来るね」 ルイズは開いた手で、アヌビス神の鞘を止めるベルトを自然で流麗な動きで外して、脚元に落とした。 「この宝石は、アルビオン王家に伝わる、風のルビーだ。きみが嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた、水のルビーだ。そうだね?」 ルイズは頷いた。 「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」 「大変失礼をばいたしました」 ルイズ一礼して、手紙をウェールズに手渡す。 ウェールズは、愛しそうにその手紙を見つめると、花押に接吻した。それから、慎重に封を開き、中の便箋を取り出し、読み始めた。 「姫は結婚するのか?あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……、従妹は」 ワルドは無言で頭を下げ、肯定の意を表した。 アヌビス神はふとアンリエッタの事を思い出した。 「二の腕から脇の斬り心地が実に良さそうな、あのアンリエッタ姫さまか」 「こ、この無礼も―――――」 「そう……昔からアンリエッタの二の腕は実に撫で心地が……ん?」 ルイズがアヌビス神を踏もうとしたところで、手紙を読みながら感いっていたウェールズが手紙に目を落としたまま、何か聞いてはいけない事を言った気がした。 「今の声は、ワルド子爵、きみかね?」 ウェールズの問いに、ワルドは違う違うと慌てて首を横に振った。『正直アンリエッタの腕に魅力を感じないし』と、うっかり言いかけて、口を押さえた。 ギーシュは何時の間にか、がっくりなっていた船長らを励ましに行っている為、此処には居ない。 船長らは『もう『ギーシュさん』に倣って王党派につきます!』と興奮気味に叫んでいた。 「そ、そそそ、その失礼致しましたっ!わ、わわ、わたしめの使い魔ですっ!」 ルイズが慌てて足元からアヌビス神を拾い上げる。 「後でたっぷりとお仕置きをして躾ておきますので、何とぞご無礼お許し下さいませっ!」 「褒め言葉が無礼とか、それこそ無礼だご主人さま」 ルイズとアヌビス神のやり取りを見て、ウェールズは少し微笑んだ。 「インテリジェンスソードが使い魔とは珍しい。 おっと、話しが逸れたね。今はそれどころでは、ないのだろう?」 読み終った手紙をたたみながら、ウェールズは続けた。 「姫は、あの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何より大切な、姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう。 ただしあの手紙は、今、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。 姫の手紙を空賊船に連れてくるわけにはいかぬのでね」 ウェールズは笑って言った。 「多少、面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」 [[To Be Continued>アヌビス神・妖刀流舞-23]] ---- #center(){[[21<>アヌビス神・妖刀流舞-21]] [[戻る>アヌビス神・妖刀流舞]]}