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仮面のルイズ-50 - (2011/05/10 (火) 06:25:35) のソース
ロングビルは口を半開きにして、呆然としていた。 安宿の一室で、ルイズとワルドがミノタウロスと戦った時の様子を、ロングビルに聞かせていたのだ。 壁に寄りかかっているロングビル、目の前には、ベッドに座り足を投げ出している少女がいる。 この少女が魔法を使わずにミノタウロスを倒したなど、誰が信じられるだろう。 元々知能が高く生命力も並はずれて強いミノタウロス、頭に深い傷を負っていたとはいえ、それを倒してしまうなど普通は信じられない。 だが、ロングビルはそれが嘘ではないとよく解る、ルイズと対峙したとき、ロングビルは鉄の塊を練金で作り出し、ルイズを挽肉同然にしたのだ。 それでも彼女は生きていた。 細い手足のこの少女が、ルイズが獰猛なミノタウロスを倒した姿を想像しようとして……目眩がした。 「どうしたの?」 ベッドの上に座るルイズがロングビルの顔をのぞき込む。 「ちょっと、あんたの無茶苦茶さに呆れてただけよ…まったく、あんたがいりゃトリステインは安泰だねえ」 ロングビルが両手を肩の高さにあげ、掌を上に向けて『やれやれ』というジェスチャーを交えて呟く。 「そうでもないわよ」 それを見たルイズは、少し自虐気味に笑った。 「私はいずれ倒されるわ…誰かにね。私ほど権力者にとって不都合な存在は無いのよ」 「そうかもしれないけどさ」 正直、ルイズが誰かに殺される姿など、想像できない。 虚無の魔法と、吸血鬼の力を持つルイズを殺せる人間などこの世に存在するとは思えない。 仮に強力なエルフが相手だとしたら、ルイズでも危険かもしれない。 しかし、ロングビルの知るエルフはといえば、ティファニアとその母だけ。 温厚で戦いを嫌うエルフが如何に強力な魔法を使ったとしても、シエスタの波紋が吸血鬼にとって猛毒だとしても、ルイズを殺せるとはとても思えなかった。 ルイズは、ふとカーテンの隙間から外を見た、既に夕日が差しており、空は赤くなっている。 「そろそろ外も暗くなるわね……学院に戻らなくていいの?」 「そうだね、じゃあ、あたしはこれで帰らせて貰うわ」 そう言ってロングビルがドアノブに手をかける、ルイズはちらりとワルドに目配せしてから、ロングビルと共に部屋を出た。 廊下で、ルイズはロングビルに耳打ちする。 「ティファニアがね、『危険なことはしないでね』って言ってたわよ」 「…あの子に、会ったのかい?」 ロングビルがルイズの顔をまじまじと見る、ルイズは笑みを浮かべると、いたずらを思いついた子供のような笑顔を見せた。 「私、アルビオンに潜入したって言ったでしょ?そこで…ほら、子供達も元気だったわ」「ああ…そっか、元気ならいいのさ」 静かに笑みを浮かべるロングビル、どこか懐かしそうに目を細めていた。 「まだワルドに知られたくないから、ここで簡潔に言うわ。彼女は私と同じ系統の使い手よ」 「………」 先ほどのはにかみは何処へやら、ロングビルの口元は笑ったままだが、目つきは途端に厳しくなった。 「詳しいことはこの紙に書いてあるわ。読んだらすぐ燃やして」 ルイズは、胸に巻いたボロ切れの中から、宿帳の切れ端らしき紙を取り出し、ロングビルに手渡した。 無言でそれを受け取ると、ロングビルは急ぎ足になり、ぱたぱたと階段を下りていった。 階段を下りていくのを見届けたルイズは、すぐにワルドの待つ部屋に戻った。 ギィ、と不快な音を立てて開かれる扉を見て、ワルドが意外そうに呟く。 「おかえり、早かったな」 「見送るだけだもの」 ルイズは返事をしつつ、ボロボロのマントを放り投げて、ボロ布の下着姿になった。 その姿は、とても貴族とは思えないみすぼらしい姿だが、その眼光は先ほどまでとは違い、鋭く輝いていた。 ルイズは両手を上に上げて背伸びをし、ボキボキと音を立ててながら身長を変化させる。 アンリエッタとの身長差は約5サントほど、それぐらいなら体の中に入った吸血馬と自分の骨だけで調節できる。 それが終わると、今度は髪の毛を引っ張り長さを揃える、そして顔の筋肉を指で押しつつ、表情を確認していく。 宿に入る前に手に入れてきた染料を髪の毛にふりかけ、わしわしとかき回すと、ルイズの髪の毛は深い紫色に染まっていく。 それを見てワルドは、ルイズがアンリエッタに変装しようとしているのだと理解した。 「…凄いな。”フェイス・チェンジ”でも身長までは変えられれないのに。どこからどう見ても姫様じゃないか…ん?」 ルイズの姿は、表情さえ調節すればアンリエッタ姫そのものとしか思えないほどだ。 しかし、魔法衛士として間近でアンリエッタを見ていたワルドには、ルイズの変装には致命的な欠陥があると気づいてしまった。 「”フェイス・チェンジ”みたいに顔も変えられれば便利なのだけど。 ……ちょっとワルド、どこ見てるの?」 「いや……」 ワルドの視線に気づいたルイズが、ワルドを見つめ返したが、ワルドは顔を逸らしてしまった。 「どこ見てたの…?」 ルイズがワルドに詰め寄る。 「いや、何でもないさ、本当に」 ワルドは誤魔化したが、視線は明らかにルイズの胸を見ていた。 「どこ比べてるの?」 「いや。本当に、何も」 その日、安宿の一室から断末魔の悲鳴が上がった。 深夜。 二の月が雲に隠れ、トリステインの空が暗闇に覆われた頃。 女王となったアンリエッタの居室へと、一人の女騎士が急いで足を進めていた。 アンリエッタの居室を警護する衛士は、女騎士の足音に気が付くと、それを制すかのように扉の前に立ちふさがった。 「こんな時間に、陛下に何用だ」 衛士は、あからさまに女騎士を見下した態度で、冷たく言い放った。 「銃士隊のアニエスが参ったとお伝えください。私は、いついかなるときでもご機嫌を伺える許可を陛下よりいただいております」 衛士は苦い顔をした、アニエスはそれを見て「またか」と思った。 アニエスはシュヴァリエを得たが、平民であるが故に、王宮内での扱いは酷く悪い。 女王アンリエッタの身辺警護を担当する親衛隊の肩書きも、王宮内でのやっかみの前では、どこか頼りなかった。 この衛士にもやっかみはあった、魔法衛士隊よりも強い権限を、平民の女傭兵風情が持っていいはずがないと考えていた。 衛士はアニエスを見下したまま、慇懃に言い放つ。 「陛下はお休みあそばされておる、日が昇ってから出直……」 アニエスは、身長で勝る衛士を、無言で見上げていた。 あからさまにアニエスを見下していた衛士の態度、特にその表情が、みるみる恐怖に変わっていくのだ。 いつの間にかアニエスの後ろには、一人の男が立っていた。 マザリーニ枢機卿である。 「君、火急の用だ。陛下にお取り次ぎを願う」 「ハッ!」 マザリーニが静かに言い放つと、衛士は慌てて敬礼し、居室の扉を開いた。 アニエスとマザリーニの二人は、冷や汗をかいている衛士を無視して、静かにアンリエッタの居室へと入っていった。 それからしばらくして、マザリーニ、アンリエッタ、ウェールズの三人が、アンリエッタの執務室に集まった。 ウェールズは寝間着も兼ねられる簡素なシャツに、上着を着てマントを羽織っている。 つい先ほどまでデルフリンガーと話をしていたらしく、デルフリンガーはウェールズが携えて来た。 デルフリンガーをテーブルの上に置くと、鞘から二割ほど刀身を露出させ、デルフリンガーも会話に参加できるように準備した。 それが終わると、コンコンとノックの音が響き、返事を待たずに扉が開かれた。 執務室に入ってきたのは、ボロボロのマントを羽織った女性。 次に入ってきたのはフードを被った男だったが、その男は首に枷が嵌められており、首と右腕が枷でつながれていた。 更にその背中にアニエスが剣を向けている、アンリエッタは驚き「まあ」と呟いて、口元を隠した。 執務室の扉が閉じられると、ウェールズは杖を持ち『ディティクト・マジック』続けて『サイレント』のルーンを唱えた。 外界の音が遮断され、不自然なほどの静けさが執務室を包む。 『よー嬢ちゃん。元気そうで良かったぜ』 「久しぶりねデルフ、姫様も…今は陛下とお呼びすべきかしら。それに皇太子殿下も、枢機卿も、お久しぶり」 ボロボロのフードを外してルイズが微笑む。 それを見て、アンリエッタは思わず席を立ち、ルイズに近寄った。 「ルイズ…心配したのよ、ああ、でも無事で良かったわ」 アンリエッタがルイズに近づいて手を取ると、ルイズは困ったような顔をするばかりで、アンリエッタの手を握り返そうとはしなかった。 「どうしたの?」 「あの…私、しばらくお風呂に入ってないのよ。今の私ちょっと臭いわよ」 アンリエッタが鼻で息を吸うと、確かに汗のような、焦げ臭いような、埃くさい臭いが鼻につく気がした。 「……そ、そんなこと気にしなくても良いですわ」 と言いつつも、アンリエッタはルイズから手を離す、ルイズは仕方がないとでも言うように苦笑した。 「話が終わったら風呂を用意させますわ。それにしても……」 アンリエッタが、フードを被った男に視線を向けると、つられて皆の視線が集中する。 「………陛下も、皇太子殿下もよくご存じのはずよ」 ルイズはそう呟きつつ、男の顔を隠しているフードをめくり、顔を露出させた。 そこにいたのは、裏切り者のワルド子爵その人だった。 「なっ」 ウェールズは咄嗟に杖を手に取った。 執務室が緊張感に包まれ、マザリーニ、アンリエッタの視線も途端に厳しくなる。 「殺気立つのは止めて。とりあえず…そうね、アルビオンに潜入した時のことから説明するわ」 ルイズはそう言って微笑む。 マザリーニは、驚いたままのアンリエッタ、席から腰を浮かせているウェールズの二人に着席を促す。 アンリエッタが自席に着いたのを見届けてから、ルイズとデルフリンガーによる報告が始まった。 井戸水が、洗脳効果を持った水の先住魔法に汚染されていたサウスゴータ地方の都市。 自称6000歳のデルフリンガーが、水の先住魔法から『アンドバリの指輪』を思い出した。 アンドバリの指輪はどんな怪我もたちどころに治す力を持つ、それどころか、死者を操ることも、生きている人間の心を操ることもできるという。 ルイズはワルドに発言を促した、実際に死者が蘇る姿を見ていたのは、この場ではワルドしか居ないのだ。 ルイズが『ディスペル・マジック』で解除した水の先住魔法。 ワルドが目撃した『クロムウェルによる死者蘇生』 デルフリンガーの記憶に残る『水の先住魔法との戦い』 それらの情報は、アンリエッタ、ウェールズ、マザリーニの三名だけでなく、ワルドに剣を向けているアニエスをも驚かせていた。 そもそも、アルビオンの王党派にも落ち度が無かった訳ではない。 ウェールズの父、ジェームス一世は厳格で誇り高い王であった…と言えば聞こえはいいが、若くして王になった時から強烈な貴族権威主義であった。 国力を高めるため、王は崇高な理念を持って自ら機敏な政治を行った…と言えば聞こえは良いが、視点を変えれば独裁色の強い政治であったことも否めない。 反乱軍レコン・キスタ、彼らの革命が成功したのは、クロムウェルの持つ『アンドバリの指輪』の力だけではない、アルビオン貴族達の不満も同時に爆発していたのだ。 トリステインに幻滅し、レコン・キスタの誘いを受けたというワルドの話を聞き、ウェールズは自身の双肩に戦死者の重みを感じた気がした。 更に、ワルドとの戦い、船を吹き飛ばした虚無の魔法、ワルドの母、裏で糸を引いていたリッシュモン、ミノタウロスとの戦い…… 想像を超えた話が、ルイズの口から語られていった。 一通りの話をし終えると、皆は一様にため息をつく。 ウェールズは考える。 家臣達を殺したワルドにも、ワルドなりの事情があった。 ワルドの行った裏切り行為は決して許されることではないし、許してしまうこともできない。 だが、ウェールズは、ワルドにどこか…なぜか同情してしまう。 処刑すべきか、執行猶予を与えるべきか、思うように決考えられない、少しだけ苛つきを覚えた。 マザリーニにしてもそうだ、リッシュモンにはそれなりの信頼を置いていた。 100%信頼していた訳ではない、少なくとも仕事の面では信頼できると思っていた。 だが、ワルドの母が辱められたと聞いたとき、アニエス達の調査によって、ぼんやりと浮かんでいた不自然な金の動きが、はっきりと一つに繋がった。 マザリーニは、自分の甘さを恥じた。 アンリエッタはうつむいていた。 膝の上に置いた手が強く握りしめられ、肩は小刻みに震えている。 アンリエッタの視線がワルドに移るが、ワルドは何も言わず、ただ黙って突っ立っていた。 しばらくの沈黙の後、アンリエッタが口を開く。 「…ワルド子爵の処遇については、後ほど伝えます。しばらくは杖を取り上げ、王宮で監視下に置くことになりますが……ルイズはそれでかまいませんか?」 ルイズは、隣に立つワルドを見る、ワルドはルイズにほほえみを返すばかりで、何も言わなかった。 「ワルドは…リッシュモンに復讐して、死ぬつもりで帰ってきたの。リッシュモンを殺す権利を保障してくれれば何も言うことは無いわ」 「わかりました、アニエス、ワルド子爵を王宮内に監禁し、直ちにリッシュモンの身辺を調査しなさい」 「いや、お待ち下さい」 突然、マザリーニが口を開いた。 「王宮内ではいけません、すぐに気付かれてしまうでしょう。……しばらくの間、石仮面様と共に地下に潜伏して頂けませんか」 マザリーニ提案はルイズにとって有り難かった。 しかしウェールズの表情を見ると、納得がいかないとでも言いたそうな顔をしている。 ワルドは、ニューカッスル城で王党派を百人近く殺したのだ。 それを野に放つなど、ウェールズが納得できるはずがない。 「殿下。私は、ワルドに復讐を果たさせると約束しました。ワルドの処刑はそれまで待って頂けませんでしょうか、決して逃がしはしません。」 ルイズがウェールズに向き直る。 ウェールズは目を閉じた。 死んでいった家臣達を思い出す。 彼らは、ウェールズの決断を許してくれるだろうか? 家臣達は想像の中でただ微笑むばかりで、何も言ってはくれない。 残されたアルビオン王族としての重責、それがウェールズの肩に重くのしかかった。 「…『石仮面』殿を…いや、友人としてミス・ルイズを信用しよう。ワルド子爵の処遇は僕から口出ししないことにする」 「僕は、ワルド子爵の行いを許すことはできない。また彼の汚名を返上することは許さない。だが……君を憎みきれないのも確かだ」 「戦艦『ロイヤル・ソヴリン』の艦長を務めたサー・ヘンリー・ボーウッドという男がいる。彼は職務に忠実な軍人だからこそ王軍に牙をむいた」 「憎むべきは戦争だ、君個人を憎んでどうにかなるものじゃない…僕が言いたいのは、それだけだ」 ワルドは、ただ黙ってウェールズに跪いた。 すべての話が終わる頃には、既に空は明るくなっており、居室に戻ったアンリエッタを身支度を調える侍女達が迎えていた。 結局彼らは一晩中会議をして、徹夜してしまったのだ。 若いアンリエッタとウェールズはともかかく、マザリーニは眠そうに欠伸をしながら部屋に戻っていった。 ワルドは手かせを外されたが、顔を隠した状態で王宮の地下倉庫に匿われている。 そこで昼を寝て過ごし、夜になったらルイズと共に城下町へと出る予定なのだ。 ルイズは、王宮に務める兵士達が使う水場で、体の汚れを落とした。 用意された平民風の着替えを着て、厚手のローブを身にまとう。 そして、そのままウェールズの部屋を訪ねた。 ウェールズは徹夜の疲れをみじんも見せず、来客に応対していた。 各地に散らばったアルビオン王党派の貴族と連絡を取り合い、レコン・キスタ打倒の計画を練らなければならない。 ウェールズに、休んでいる暇など無いのだ。 ルイズを部屋に通したウェールズは、部下に命じて人払いをする。 ルイズはデルフリンガーを背負ったままウェールズの部屋に入り、ソファに腰掛けた。 向かい合わせに座ったウェールズが、ふぅー…と長いため息を吐く。 「だいぶ疲れてるわね」 「まあね。……君こそ疲れてないのかい?」 「ミノタウロスでお腹いっぱいよ」 「やれやれ、その体力は羨ましいな……」 ウェールズはまた欠伸をして、目をこすった。 子供の頃に遊んだ友人達は皆死んでしまった、海賊に扮してお互いに笑いあった仲間達も皆死んでしまった。 今、ウェールズが欠伸をするほど気を許せるのは、ルイズとアンリエッタしか居ない。 ルイズは、そんなウェールズを不憫に思ったが、不憫だと口に出すことはかえって失礼だと思い、黙っていることにした。 侍女の持ってきた紅茶を一口飲み、カップをソーサーの上に置く。 ほんの少し、沈黙が流れた。 「大公に、忘れ形見がいたわ」 「…なんだって?」 ルイズの呟きは、ウェールズを一瞬で覚醒させた。 「名はティファニア。大公の娘さんよ、今はサウスゴータ地方で、小さな孤児院を開いて隠れ住んでいるわ」 「そ、それは、本当なのか?」 「本当よ。直接会ってきたもの」 「そうか…」 ウェールズが顔を押さえて、俯いた。 「ねえ、これは絶対に約束して欲しいの。ティファニアを権力争いに巻き込まないで。いずれ彼女の存在は知られると思けど。それまでは彼女を争いに巻き込まないで欲しいの」 「ああ、解っているよ、解っているとも。 アンリエッタにも、マザリーニ枢機卿にも言わなかったのは、それを心配してのことだろう?」 「ええ」 「心配も無理はないさ。用心に越したことはない」 「そうね。ハーフエルフだと知られたら大変だものね」 「………」 ウェールズの顔は、『美男子が台無しだ』と思えるほど、驚きに染まっていた。 「そんな顔して驚かないでよ。彼女から聞いた話を全部話すわ、だからよく聞いて」 ウェールズが頭を振って気を取り直す、すぐさま『サイレント』と『ディティクト・マジック』を唱え、ルイズに続きを促した。 ルイズの口から語られたのは、ウェールズにとって驚くべき”真実”であった。 大公がエルフを妾にしていただけでなく、娘までいたという事実。 確かに『始祖ブリミルへの重大な反逆』だと言われれば、それまでかもしれない。 しかし、目の前には吸血鬼と化していながら人間に味方するルイズがいる。 ウェールズは、エルフに対する認識を改める必要があると感じた。 「それと、貴方から預かっていた『風のルビー』。それとニューカッスルから脱出したときに持っていた『始祖のオルゴール』これもティファニアに預けてあるわ」 「それは虚無の使い手である、君が持っていた方がいいんじゃないか?」 「いいえ、私の分はアンの持っている『水のルビー』と『始祖の祈祷書』よ。『風のルビー』と『オルゴール』は彼女が持つべきモノなの」 「まさか」 「そのまさかよ。王族の血を継承しているが故に…ね」 ウェールズはしばしの間思案し、呟く。 「ハーフエルフか…ロマリアが黙っていないな。ダングルテールの大虐殺の件もある…」 「アニエスもダングルテールの大虐殺を調べてるとか言ってたわね。それって何なの?」ルイズの質問に、ウェールズは言いにくそうに口ごもったが、意を決したのかルイズを見据えて語り出した。 「ダングルテールという村があった、そこはトリステインには珍しい移民中心の村だったそうだ。その村で流行した疫病を広げないために、村人が全員焼き殺された」 「……何よ、それ。アニエスがそれを調べてるってことは、もしかして」 「彼女の出身地はダングルテールらしい。僕も最近知ったことなので詳しくないが、どうもロマリアの先代教皇がそこに絡んでいるらしい」 ロマリアと聞いて、ルイズが首を捻る。 「なぜロマリアが関係するのよ」 「二十年近く前、トリステインとアルビオンで新教が流行ったんだ。ダングルテールの住人は新教に鞍替えしたんだが…どうやらそれが原因で異教徒狩りの標的にされたらしい」 「じゃあ、疫病が出たと言うのは?」 「アニエスは全くの嘘だと言っていた。ダングルテールに出入りしていた行商人からの証言でもそれは明らかだそうだ」 「冗談じゃないわよ……」 「エルフを敵視するのは、始祖ブリミルの歴史から見て仕方ない事だ。だが、ミス・ティファニアが虚無の使い手として生まれたのは、始祖のお導きだと主張すれば……」 「もしティファニアの存在が知られても、ロマリアを牽制できるかもしれない?」 ルイズの結論に、ウェールズが頷く。 「ティファニアか…その人は、争いが嫌い、復讐も嫌いなのか………それなのに、僕たちは人間同士で、何をやっているんだろうね」 ウェールズの呟きは、『サイレント』に包まれた部屋の中に消えていった。 一方、時を同じくして、魔法学院に一台の豪華な馬車がたどり着いた。 従者が馬車の扉を開け、金髪の女性が馬車の中から下りてくる。 馬車を出迎えたのは魔法学院の学院長オールド・オスマンと、モンモランシー、そしてシエスタだった。 「オールド・オスマン。お久しぶりでございますわ」 優雅に一礼した金髪の女性に、オールド・オスマンは満足そうに頷き、挨拶を返した。 「久しぶりじゃのう、アカデミーでは元気でやっておるかね?」 「ええ、オールド・オスマンの22年前の論文、読みましたわよ。精神力の根底を探る方法としての波紋法とその応用…でしたわね」 ちらりと横を見ると、先ほどから緊張のあまり固まっている二人が視界に入った。 「貴方がシュヴァリエを賜ったミス・モンモランシーと、ミス・シエスタね。噂は聞いているわよ」 「「はっ、はい!」」 二人は緊張して、同時に返事をしてしまう。 金髪の女性は、そんな二人にも一礼し、名を名乗った。 「私はエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。 ラ・ヴァリエール公爵夫妻からの依頼を伝えに参りました。 モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。 並びにシエスタ・シュヴァリエ・ド・リサリサ。 お二人の『治癒』の力をお借りしたく参りました。 私の妹、カトレアを助けるために協力をお願い致します」 シエスタは思った。 この人、ルイズ様の面影がある。 [[To Be Continued→>仮面のルイズ-51]] ---- [[戻る>仮面のルイズ-49]] [[目次へ>仮面のルイズ]]