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第二話 決闘の顛末 - (2007/08/05 (日) 17:45:29) の最新版との変更点

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ギーシュの奇妙な決闘 第二話 『決闘の顛末』  目を覚ましたら……目の前に、天井があった。  当たり前すぎて今更どうこう言う事柄ではないのだが、今まで見ていた夢の内容との落差に、ギーシュはどうしても目を白黒とさせてしまう。  反射的に、向かい合う天井をじっと見つめて観察する……少なくとも、彼自身の部屋ではないらしい。  鼻腔を刺激する薬品の匂いに、首だけを動かして辺りを見回して、初めてそこが何処で、自分がどういう状況に置かれていたかを認識した。 (医務室に、寝かせられているのか。僕は)  それもそうだろうと、納得する。決闘が終わった時点で、ギーシュはかなりの重症を負っていたのだから。  医務室にいないほうが可笑しいのだ。目が冷めたら棺おけの中だった、なんていうのは笑えないジョークだ。  と、見回した拍子に、見慣れた金髪が視界の端に引っかかった。 「…………ギーシュ!」  視線を戻せば、医務室の入り口で呆然とギーシュのほうを見ていた。  モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは、ギーシュが医務室の住人になってからというもの、気が気でなかった。  当たり前といえば当たり前である。半ばギーシュの自業自得とはいえ、彼があの危険なゼロの使い魔と決闘をおっぱじめたのは、彼女の香水が原因のひとつなのだから。  二股をかけられたケティの方はすっぱりと諦めが付いたようだが、なんだかんだ言っても、モンモランシーはギーシュにまだまだ未練があった。  彼女自身、何故自分がここまでギーシュに引かれるのかはさっぱり分からない。  彼女の性格を考えると、二股かけた馬鹿男など、たとえ相手が公爵家でも御免こうむりたいと考えるだろう……『理由がつけられる恋なんて恋じゃない』とは、何処の恋愛小説の台詞だったか。  それに……  モンモランシーの脳裏に、ゼロの使い魔……あの危険な平民を倒したギーシュの相貌がよみがえる。  自分は、ギーシュが腹部を撃たれた瞬間、微動だに出来なかった。  モンモランシーのような机上で研究に明け暮れるタイプのメイジとは無縁の、余りにも剣呑な空気の飲み込まれてしまったのだ。  得体の知れないものに対する、命の危機に対する、人を殺せる男に対する、ありとあらゆる恐怖が彼女の両手足を縛り付けたのだ。  ヴェストリの広場に集まったギャラリー……彼らは、主であるルイズも含めた全員が、リンゴォの放つ異様な空気の飲み込まれてしまったのだ。  リンゴォは、そんなギャラリーたちを見て、鼻で笑う事すらしなかった。ただ、能面のような顔で辺りを見回し、言葉を紡いだのみである。 『友が倒されても武器すら取らない……か。貴様らは対応者ですらないようだな』  『対応者』  この言葉が何を意味するのか、モンモランシーには分からなかった。分からなかったが、リンゴォが自分達に対して『軽蔑』では済まされないほどの隔意を抱いた事はわかった。 『お、お前! 平民が貴族を殺して、ただで済むと思ってるのか!』  ギャラリーの仲の誰かが、リンゴォに向かって叫びをあげるが、モンモランシーはそれに賛同する気にはならなかった。  『これ』は、平民なんてカテゴリに分類されるものではない。貴族でもない。もっと、人間としての何かを超越した者だと、感じたから。  人間は、理解の出来ないもの得体の知れないものに恐怖を抱くものだ。そして、リンゴォのような思考形態を持つものは貴族にも平民にも存在しない。  それゆえに感じた違和感が、モンモランシーの認識を狂わせていた。  ギャラリーの叫びにも、リンゴォは表情一つ動かさずに、返した。   『この小僧のような輩が貴族だというのなら、何人かかってきても負ける気はしない』  ここにいたってようやく。  モンモランシーは、リンゴォがギーシュを撃ったという事実を受け入れ。 『…………うああああああああっ!!!!』  杖を振るった。  そして放たれた水の刃は寸分たがわずリンゴォの腹部を貫いた……筈だった。 『!?』 『やはり……貴様らは……』  貫いたはずなのに! 傷一つなくその場にたたずむリンゴォは、モンモランシーを睨みつけて、 『薄汚い『対応者』に過ぎないっ! 恋人が殺されてから呪文を唱えやがって! そこはオレの銃の射程の外だっ! 汚 ら わ し い ぞ っ ! 』  その後も、薄汚い発言で激昂した貴族達の魔法がリンゴォをうがつが。 『そんなのでオレを殺す事はできない!』  全てが無意味だった。  いくら攻撃してもまるで時が撒き戻ったかのように元に戻る。その場にいる全員が、攻撃の無意味を悟るのにさほど時間はかからなかった。  そんな現象を垣間見ていたからだろう。その後、リンゴォの能力……時を撒き戻すマンダムの事を聞かされたときに、奇妙なほど納得してしまったのは。  そして。  彼は、ギーシュ・ド・グラモンは立ち上がり、勝利した。  時を撒き戻せる、あの異質なゼロの使い魔に。  その時に負った腹部の傷は決して浅いものではなく、彼は医務室への直行を余儀なくされ……命は取り留めたものの、血が流れすぎたせいか、かれこれ一週間、目覚めなかった。  香水の二つ名を持つ水のメイジとはいえ、所詮は学生……彼女はギーシュのケガを癒すのに、何の寄与もすることが出来なかったのだ。  それが、戦いのきっかけになった香水の事と、リンゴォの『対応者』発現と合わせて、決して小さくない罪悪感の塊としてモンモラシーの胸の中にわだかまっている。  そんな理由から、彼女はギーシュが入院してから、花束を抱えて医務室を訪れ花瓶の花を差し替えることが日課になっていた。  治療に当たったメイジの話では、このまま一生目を覚まさない可能性もあるらしい……  今日は香水も一緒に持ってきた。怪我が治るとかそういうのではなく、目覚めが良くなるように調合した奴だ。 (これで、目覚めてくれるといいんだけど)  そんな事を考えながら、モンモランシーは医務室の扉を開けて……ギーシュの見開かれた瞳を見て、固まった。 (……!)  見開かれた瞳だけではない。ベッドの上に横たわったギーシュの首が、辺りを見回すようにして動いている。  間違いない。  目を覚ました。ギーシュが、死の淵から生還を遂げたのだ! 「ギーシュ!」 「やぁ……モンモランシー。君の美貌は相変わらずだね」  目覚めたてで本調子ではないのだろう。ギーシュは青い顔を無理やり笑顔の形にゆがめて、彼女の名を呼んだ。いつもどおりの薄っぺらなお世辞もおまけにつけて。 「ば、馬鹿ッ! 私の事より自分のことを心配しなさい!」  余りにもいつもどおりのギーシュの言葉が照れくさかったと同時に、青い顔からそれが吐き出されるのが痛々しくて、目線をそらす。 「そこなんだけどな、モンモランシー……僕は、アレから一体どうなったんだい? あいつは、リンゴォはどうした?」 「それは……あああ! 一寸待ってて! 今、先生を呼んでくるから!」  ギーシュが発した疑問を一旦放置して、モンモランシーは医務室から駆け出していく。  一刻も早く、このめでたいニュースを皆に知らせたかった。  ――ゼロのルイズが召還したのは平民じゃない、古代の悪魔だ。  こんな、荒唐無稽な噂話は、暗い歓喜と安心感をもって学院の生徒達に受け入れられ、事実として浸透していった。  メイジでもない平民に気おされ、あまつさえ手も足も出なかったという事実は、プライドの塊である貴族の子弟達には受け入れがたい事実であり、そんな事実を受け入れるぐらいなら、多少荒唐無稽でもリンゴォを悪魔だと思い込んだほうがいいというわけだ。  彼ら自身の安いプライドを守るための防衛本能が生み出した、無責任な噂だったが……誰も、その噂を正面きって否定することは出来なかった。  何せ、そのリンゴォ自身が…… 「消えた、だって!?」 「ええ」  驚愕の声を上げるギーシュに、モンモランシーは淡々と事実を告げた。 「あなたが気を失うと同時に、すぅっと消えちゃったのよ……」  死体が消える。  魔法の存在する世界でもそうそう起きるはずのない現象。それを実際に垣間見た事で、リンゴォ=悪魔という荒唐無稽な方程式が出来上がってしまったというわけだ。 「やれやれ、それで悪魔かい」  あの後。治療薬のメイジをつれて帰ってきたモンモランシーに、自分が気絶してる間の情報を聞いたのだが……  悪魔の存在自体が否定されて久しいというのに、貴族の末端であるはずのギーシュもこの論説にはあきれ返った。  『あれ』が貴族なのか平民なのかはギーシュにも分からない。だが、ひとつだけ確実にいえることは。  ――リンゴォ・ロードアゲインは『人間』だった。  そういう、奇妙な実感だけがギーシュの胸に残っていた。 「悪魔かどうかはともかく、ゼロのルイズがとてつもない存在を呼び出したのは確かだって言うんで、今学園はてんやわんやよ」 「ミス・ヴァリエールが?」 「ええ」  メイジの実力は使い魔で決まる。コレは、使い古されすぎて誰が言い出したかも分からない古い標語であり、事実でもある。  確かに、あの男……リンゴォ・ロードアゲインの主はルイズであり、先の標語に乗っ取って判断するのなら、ルイズのメイジとしての実力がずば抜けたものであるという事になるのだろうが。 「使い魔がすぐに死んじゃったし、ルイズの監督不行き届きって事で、普通なら退学になる所よ……けれど、今回は使いまがアレだし、コレがルイズの実力なら、ひょっとしたらひょっとするかもって、使い魔の再召喚が行われたの。  けど」 「けどって……まさか、また」  はっとなるギーシュに、モンモランシーはコクリと頷いて。 「そ。『また』平民の使い魔を呼び出したのよ、あの子……今度も、変な能力持ってるみたいで」 「ま、まさか時間を止めるとかかい!?」 「ううん。本人もよくわかってないみたいよ」  自分の脳裏に閃いたえげつない能力をそのまま口に出すギーシュ。モンモラシーの返答は先ほどとは真逆であり、首を左右に振った。 「あなたと前の使い魔の決闘みたいなことが、今回の使い魔でも起きたのよ。メイジと平民の決闘って形でね」  モンモランシーは語らなかったが、リンゴォの存在が強大な悪魔という形でメイジたちの間で認識される過程で、それを打ち倒したギーシュの存在も、比例して大きな虚像を映し出していったのだ。  すなわち、悪魔殺しの将来有望なメイジとして、ギーシュ・ド・グラモンの名は学園中に広まったのである。  無論のこと、コレはリンゴォの存在が誤認された恩恵を受けた虚像であり、実状を伴うものではなかった。  今回新しい使い魔に挑んだメイジは、そんなギーシュの英雄的扱いの尻馬に乗ろうとした愚か者であった。  そして結果は…… 「それで、その使い魔に挑んだメイジはどうなったんだい? と、いうか……一体誰がミス・ヴァリエールの使い魔に決闘を?」 「……『黒土』のボーンナムよ」 「……あー」  モンモランシーが口にした名前に、ギーシュはすぐさま、使い魔が無事でない事を確信した。勝敗はどーあれ、ただですむ道理がない。  『黒土』のボーンナム。メイジとしてのレベルはギーシュと同ランクだが、比較的友人の多いギーシュと違い、彼には全く友人がいなかった。  そこまで人格的に問題があるわけではないというのに。何故か?  簡単な話だ。彼はどんなに横暴な貴族でも眉をひそめてしまうほどの、徹底したサディストなのである。メイドを殴る蹴るなど日常茶飯事。  ある時などは、粗相を働いたメイドに頭から煮えたぎった油をぶっ掛けて、のた打ち回る姿をげらげら笑いながら眺めていたほどだ。  彼の暴力に晒された平民達を、オールド・オスマンは丁重に治療し、暇を出して田舎に帰らせたが……今日に至るまで誰一人として、学院に戻ってきたことはない。  いかに平民相手の所業とはいえ、周りの貴族はその行いに大いに引き、彼は学園内で孤立した。その寂しさをメイドで紛らわせようとするものだから……最悪の循環である。  メイド達の貴族に対する感情を、恐怖一色に染め上げている元凶であった。  かく言うギーシュ自身も、平民とはいえ女性を傷つけて悦ぶようなボーンナムに、軽蔑と嘲笑の混じった濃色の嫌悪感を抱いていた。 「オールド・オスマンに厳重注意を受けておとなしくなったと聞いたけれど……」 「今日、早速やらかしたのよ。あなたも絡んだあのシエスタって娘の手に、ナイフを付きたてて、その上から靴で踏みにじってグリグリ」 「それはまた……それを、ミスヴァリエールの使い魔がかばったというわけか」 「そ。あなたと全く同じねギーシュ」 「うぐっ」  ジト目でにらまれ、言葉に詰まる。  まあ、確かに……ギーシュがリンゴォに挑んだ理由も、『メイドのせいで二股がばれて、逆切れで八つ当たりしようとした』というとてつもなく情けないものだったから、言い返せるはずなどありはしない。  ……ギーシュの名誉のために言っておくと、彼はあの時メイドを傷つけようとする意思は全くなかった。  多少脅しつけてやろうとしただけで、本当に傷つけようなどとは、全く思っていなかったのである。  実際には、メイドに難癖つけたボーンナムを使い魔がかばい、それを挑発するために行った凶行なのだが。  まあ、そんな事はどうでもよろしい。  件のボーンナムは、黒土の二つ名が示すとおり、土のドットメイジだ。扱う魔法の性質は、ギーシュとよく似ているだろう。  扱う杖はバラの造花だし、ギーシュのワルキューレとよく似た土のゴーレムを5体まで同時に制御できる。  ボーンナム自身の性癖を反映し相手を殺そうとせず、なぶり殺しにするような陰険な戦法を使う。  余談だが、ボーンナムがバラの造花を杖にするのは、単に『茨が痛そうだから』にすぎない。  メイジとしては下から数えたほうが早いのだろうが、平民からすれば中々に手ごわい相手だというべきだろう。  しかも、戦い方からして、相手の平民は無傷では済むまい。 「それで、勝ったのはどっちなんだい?」 「そこは、あなたとは真反対。使い魔のほうが勝ったわ」 「あらら」  ギーシュはプライドを打ち崩されたであろう旧友のために、コンマ3秒だけ黙祷し、すぐさま忘れた。  ギーシュにとって嫌いな野郎の扱いなどこんなもんだ。 「使い魔の使った能力が、よく分からないっていうのは……」 「うん。使い魔のルーンが光ったと思ったら、いきなり動きが良くなったのよ。あれは、実力を隠してたとかそういうレベルじゃなかったわね。  もっと根源的な力の上昇というか」 「使い魔のルーン?」 「コルベール先生の話だと、とても珍しいルーンらしいけど……」 (そういえば、リンゴォのルーンも変わっていたな)  モンモランシーの説明から、ふとあの決闘者の左手を思い浮かべるギーシュ。そもそもルーン文字ですらない文字列だった気がするが。 「後は、剣でボーンナムをざっくり」 「ざっくりって……それじゃ、あいつもこの部屋にいるのかい?」  反射的に嫌な顔をして、あたりを見回すギーシュ。あんな奴と同じ病室で寝るのなんて御免だというのが、彼の正直な気持ちだった。  モンモランシーがざっくりと表現するような傷だ。医務室の厄介になっていることは確実だろう。 「あ。大丈夫よ。今回の一件で退学にさせられたから、今頃は馬車の中で唸ってるんじゃあないかしら」 「退学?」 「流石のオールド・オスマンも今回ばかりはね」  厳重注意を受けたくせに騒ぎを起こしたのだ。堪忍袋の緒が切れたのだろう。  大人数が目撃している前での凶行だったために、弁明の余地すら与えられずに即決だった。  ボーンナムの父親はごくごく全うな性癖の人間であるため、このまま地方の片隅で強制的に隠棲させられ、次男が家督を継ぐだろうというのが、大方の見解である。 「本当はあなたも勝手に決闘したってことで、謹慎なりなんなり罰則を受けるはずだったんだけど。  オールド・オスマンがケガが罰則になるからこれ以上の罰は不要だ、ってかばってくれたのよ」  まさに外道! なボーンナムの行いの前に、ギーシュの起こした問題行動がかすんでしまったというのも大きかったのだろう。  兎に角、ギーシュは今回の決闘騒ぎにおいて、一切のペナルティを受けることはなくなったのである。 「――終わりましたよ」  二人の会話を華麗に聞き流し、ギーシュの傷を診察していたメイジが、笑顔で二人に告げる。 「もう大丈夫でしょう。傷口は塞がっているし、血もあらかた戻ったようだ。激しい運動は出来ませんが、普通に授業を受けたり歩いたりするぐらいなら」 「本当ですか?」 「ええ。ただし、激しい運動や長時間の運動は、禁止ですよ?」 「はい」 (おや)  意外と聞き分けのいいギーシュの姿を見て、人のいい事で知られるメイジは目を丸くした。  こういう風にやんわりと言い聞かせても、何らかの形で逆らうのが、貴族の師弟というものだからだ。  彼は確かにメイジだが、オールド・オスマンの秘書と同じく、貴族位を剥奪された没落貴族の出であるため、そんな彼を敬うものは全くなかったりするのである。  実際同じように治療し、治療が終わり次第追い出されたボーンナムは、医師の注意を嘲笑でもって聞き流したものだ。  てっきり、ギーシュもそう応えるのかと思ったが。 (決闘が、いい方向に影響を与えましたかね)  成長する孫を眺めるような心境で、老メイジはギーシュを見やった。実際、彼にとってこの学院の生徒達など、全員が孫のような世代だ。 「さて、そうと決まったら」 「? 何よ。行くところが決まってるの?」  いきなりベッドの上に上体を起こすギーシュに、モンモランシーはとがめるような視線を向ける。  それに対して彼は、ニヒルに笑い…… 「ああ。新しい『ゼロの使い魔』に会いに行きたいんだ。案内してくれるかい? 愛しのモンモランシー」  自分の体を覆うシーツを、バッと跳ね上げた。  さて、読者の皆様。  皆様方はこう思っていませんか?  『こんなギーシュ格好良すぎるYO!』『こんなのギーシュじゃないYO!』  ええ、そんな事は筆者も分かってます。分かってますとも。  あのギーシュが、このまま格好いいまま終わるはずがないのです。  シーツを跳ね除けたギーシュの周りに、バラの花びらが舞っていた。どーせ、演出でギーシュが放ったものだろう。  それに包まれて、彼は雄雄しくベッドの上に仁王立ちしている……彼としては格好をつけたつもりなのだろう。  だが、知らないというひとつの罪が、その行動を致命的なものにしていた。  今の彼の格好は!  包 帯 の み の 全 裸 !  彼は知らなかった。血まみれになってしまった自分の服が、治療の際に全て破棄されていることを。  彼は知らなかった。老メイジの『治療の際に一々服脱がせると腰がいたい』とゆーしょーもない理由で自分がそのままの状態で治療を受けていたことを。  シーツをバッと引き上げて。バラの中、ほぼ全裸で屹立している素肌に包帯のみの男。  極め付けに、朝立ちと呼ばれる現象がギーシュの股間を襲っており、そちらも『屹立』している。  どう見ても変態です本当にありがとうございました。  一瞬にして、ホワイトアルバムよりも早く真っ白に凍りつく医務室の風景。  しかも間の悪いことに、屹立したギーシュのものは、モンモランシーの目と鼻の先でその存在を主張していた。  モンモランシーは勇者だった。  ギーシュのかっこつけによって引き起こされた、悲劇的な光景を前に硬直していたのは一瞬。  すぐさま再起動を果たした彼女は、 「……こ、こぉんの! ド変態!!!!」  ず ご ぉ っ !  目の前のモノに拳を叩き込んだ! 「!!?!?!!?!?!!!???」  魂も付までぶっ飛ぶこの衝撃に、ギーシュは声にもならない悲鳴を上げ。 「ば、ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」  あまりにおぞましい光景と、おぞましいものを殴ってしまったショックで、モンモランシーは目幅涙流しながら走り出し。 (……まず最初に、着替えさせるべきだったかな)  男の急所にきついのをぶち込まれたギーシュに同情しつつ、老医師はシーツをかけなおし。白目むいて気絶するギーシュを再び寝かせる。  目を覚ましたはずのギーシュの入院が、何ゆえ一日伸びたのか。  その理由を知っているはずの三人は、あるものは青ざめ、あるものは赤くなり、あるものは飄々として、語ろうとしなかった。
ギーシュの奇妙な決闘 第二話 『決闘の顛末』  目を覚ましたら……目の前に、天井があった。  当たり前すぎて今更どうこう言う事柄ではないのだが、今まで見ていた夢の内容との落差に、ギーシュはどうしても目を白黒とさせてしまう。  反射的に、向かい合う天井をじっと見つめて観察する……少なくとも、彼自身の部屋ではないらしい。  鼻腔を刺激する薬品の匂いに、首だけを動かして辺りを見回して、初めてそこが何処で、自分がどういう状況に置かれていたかを認識した。 (医務室に、寝かせられているのか。僕は)  それもそうだろうと、納得する。決闘が終わった時点で、ギーシュはかなりの重症を負っていたのだから。  医務室にいないほうが可笑しいのだ。目が冷めたら棺おけの中だった、なんていうのは笑えないジョークだ。  と、見回した拍子に、見慣れた金髪が視界の端に引っかかった。 「…………ギーシュ!」  視線を戻せば、医務室の入り口で呆然とギーシュのほうを見ていた。  モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは、ギーシュが医務室の住人になってからというもの、気が気でなかった。  当たり前といえば当たり前である。半ばギーシュの自業自得とはいえ、彼があの危険なゼロの使い魔と決闘をおっぱじめたのは、彼女の香水が原因のひとつなのだから。  二股をかけられたケティの方はすっぱりと諦めが付いたようだが、なんだかんだ言っても、モンモランシーはギーシュにまだまだ未練があった。  彼女自身、何故自分がここまでギーシュに引かれるのかはさっぱり分からない。  彼女の性格を考えると、二股かけた馬鹿男など、たとえ相手が公爵家でも御免こうむりたいと考えるだろう……『理由がつけられる恋なんて恋じゃない』とは、何処の恋愛小説の台詞だったか。  それに……  モンモランシーの脳裏に、ゼロの使い魔……あの危険な平民を倒したギーシュの相貌がよみがえる。  自分は、ギーシュが腹部を撃たれた瞬間、微動だに出来なかった。  モンモランシーのような机上で研究に明け暮れるタイプのメイジとは無縁の、余りにも剣呑な空気の飲み込まれてしまったのだ。  得体の知れないものに対する、命の危機に対する、人を殺せる男に対する、ありとあらゆる恐怖が彼女の両手足を縛り付けたのだ。  ヴェストリの広場に集まったギャラリー……彼らは、主であるルイズも含めた全員が、リンゴォの放つ異様な空気の飲み込まれてしまったのだ。  リンゴォは、そんなギャラリーたちを見て、鼻で笑う事すらしなかった。ただ、能面のような顔で辺りを見回し、言葉を紡いだのみである。 『友が倒されても武器すら取らない……か。貴様らは対応者ですらないようだな』  『対応者』  この言葉が何を意味するのか、モンモランシーには分からなかった。分からなかったが、リンゴォが自分達に対して『軽蔑』では済まされないほどの隔意を抱いた事はわかった。 『お、お前! 平民が貴族を殺して、ただで済むと思ってるのか!』  ギャラリーの仲の誰かが、リンゴォに向かって叫びをあげるが、モンモランシーはそれに賛同する気にはならなかった。  『これ』は、平民なんてカテゴリに分類されるものではない。貴族でもない。もっと、人間としての何かを超越した者だと、感じたから。  人間は、理解の出来ないもの得体の知れないものに恐怖を抱くものだ。そして、リンゴォのような思考形態を持つものは貴族にも平民にも存在しない。  それゆえに感じた違和感が、モンモランシーの認識を狂わせていた。  ギャラリーの叫びにも、リンゴォは表情一つ動かさずに、返した。   『この小僧のような輩が貴族だというのなら、何人かかってきても負ける気はしない』  ここにいたってようやく。  モンモランシーは、リンゴォがギーシュを撃ったという事実を受け入れ。 『…………うああああああああっ!!!!』  杖を振るった。  そして放たれた水の刃は寸分たがわずリンゴォの腹部を貫いた……筈だった。 『!?』 『やはり……貴様らは……』  貫いたはずなのに! 傷一つなくその場にたたずむリンゴォは、モンモランシーを睨みつけて、 『薄汚い『対応者』に過ぎないっ! 恋人が殺されてから呪文を唱えやがって! そこはオレの銃の射程の外だっ! 汚 ら わ し い ぞ っ ! 』  その後も、薄汚い発言で激昂した貴族達の魔法がリンゴォをうがつが。 『そんなのでオレを殺す事はできない!』  全てが無意味だった。  いくら攻撃してもまるで時が撒き戻ったかのように元に戻る。その場にいる全員が、攻撃の無意味を悟るのにさほど時間はかからなかった。  そんな現象を垣間見ていたからだろう。その後、リンゴォの能力……時を撒き戻すマンダムの事を聞かされたときに、奇妙なほど納得してしまったのは。  そして。  彼は、ギーシュ・ド・グラモンは立ち上がり、勝利した。  時を撒き戻せる、あの異質なゼロの使い魔に。  その時に負った腹部の傷は決して浅いものではなく、彼は医務室への直行を余儀なくされ……命は取り留めたものの、血が流れすぎたせいか、かれこれ一週間、目覚めなかった。  香水の二つ名を持つ水のメイジとはいえ、所詮は学生……彼女はギーシュのケガを癒すのに、何の寄与もすることが出来なかったのだ。  それが、戦いのきっかけになった香水の事と、リンゴォの『対応者』発現と合わせて、決して小さくない罪悪感の塊としてモンモラシーの胸の中にわだかまっている。  そんな理由から、彼女はギーシュが入院してから、花束を抱えて医務室を訪れ花瓶の花を差し替えることが日課になっていた。  治療に当たったメイジの話では、このまま一生目を覚まさない可能性もあるらしい……  今日は香水も一緒に持ってきた。怪我が治るとかそういうのではなく、目覚めが良くなるように調合した奴だ。 (これで、目覚めてくれるといいんだけど)  そんな事を考えながら、モンモランシーは医務室の扉を開けて……ギーシュの見開かれた瞳を見て、固まった。 (……!)  見開かれた瞳だけではない。ベッドの上に横たわったギーシュの首が、辺りを見回すようにして動いている。  間違いない。  目を覚ました。ギーシュが、死の淵から生還を遂げたのだ! 「ギーシュ!」 「やぁ……モンモランシー。君の美貌は相変わらずだね」  目覚めたてで本調子ではないのだろう。ギーシュは青い顔を無理やり笑顔の形にゆがめて、彼女の名を呼んだ。いつもどおりの薄っぺらなお世辞もおまけにつけて。 「ば、馬鹿ッ! 私の事より自分のことを心配しなさい!」  余りにもいつもどおりのギーシュの言葉が照れくさかったと同時に、青い顔からそれが吐き出されるのが痛々しくて、目線をそらす。 「そこなんだけどな、モンモランシー……僕は、アレから一体どうなったんだい? あいつは、リンゴォはどうした?」 「それは……あああ! 一寸待ってて! 今、先生を呼んでくるから!」  ギーシュが発した疑問を一旦放置して、モンモランシーは医務室から駆け出していく。  一刻も早く、このめでたいニュースを皆に知らせたかった。  ――ゼロのルイズが召還したのは平民じゃない、古代の悪魔だ。  こんな、荒唐無稽な噂話は、暗い歓喜と安心感をもって学院の生徒達に受け入れられ、事実として浸透していった。  メイジでもない平民に気おされ、あまつさえ手も足も出なかったという事実は、プライドの塊である貴族の子弟達には受け入れがたい事実であり、そんな事実を受け入れるぐらいなら、多少荒唐無稽でもリンゴォを悪魔だと思い込んだほうがいいというわけだ。  彼ら自身の安いプライドを守るための防衛本能が生み出した、無責任な噂だったが……誰も、その噂を正面きって否定することは出来なかった。  何せ、そのリンゴォ自身が…… 「消えた、だって!?」 「ええ」  驚愕の声を上げるギーシュに、モンモランシーは淡々と事実を告げた。 「あなたが気を失うと同時に、すぅっと消えちゃったのよ……」  死体が消える。  魔法の存在する世界でもそうそう起きるはずのない現象。それを実際に垣間見た事で、リンゴォ=悪魔という荒唐無稽な方程式が出来上がってしまったというわけだ。 「やれやれ、それで悪魔かい」  あの後。治療薬のメイジをつれて帰ってきたモンモランシーに、自分が気絶してる間の情報を聞いたのだが……  悪魔の存在自体が否定されて久しいというのに、貴族の末端であるはずのギーシュもこの論説にはあきれ返った。  『あれ』が貴族なのか平民なのかはギーシュにも分からない。だが、ひとつだけ確実にいえることは。  ――リンゴォ・ロードアゲインは『人間』だった。  そういう、奇妙な実感だけがギーシュの胸に残っていた。 「悪魔かどうかはともかく、ゼロのルイズがとてつもない存在を呼び出したのは確かだって言うんで、今学園はてんやわんやよ」 「ミス・ヴァリエールが?」 「ええ」  メイジの実力は使い魔で決まる。コレは、使い古されすぎて誰が言い出したかも分からない古い標語であり、事実でもある。  確かに、あの男……リンゴォ・ロードアゲインの主はルイズであり、先の標語に乗っ取って判断するのなら、ルイズのメイジとしての実力がずば抜けたものであるという事になるのだろうが。 「使い魔がすぐに死んじゃったし、ルイズの監督不行き届きって事で、普通なら退学になる所よ……けれど、今回は使いまがアレだし、コレがルイズの実力なら、ひょっとしたらひょっとするかもって、使い魔の再召喚が行われたの。  けど」 「けどって……まさか、また」  はっとなるギーシュに、モンモランシーはコクリと頷いて。 「そ。『また』平民の使い魔を呼び出したのよ、あの子……今度も、変な能力持ってるみたいで」 「ま、まさか時間を止めるとかかい!?」 「ううん。本人もよくわかってないみたいよ」  自分の脳裏に閃いたえげつない能力をそのまま口に出すギーシュ。モンモラシーの返答は先ほどとは真逆であり、首を左右に振った。 「あなたと前の使い魔の決闘みたいなことが、今回の使い魔でも起きたのよ。メイジと平民の決闘って形でね」  モンモランシーは語らなかったが、リンゴォの存在が強大な悪魔という形でメイジたちの間で認識される過程で、それを打ち倒したギーシュの存在も、比例して大きな虚像を映し出していったのだ。  すなわち、悪魔殺しの将来有望なメイジとして、ギーシュ・ド・グラモンの名は学園中に広まったのである。  無論のこと、コレはリンゴォの存在が誤認された恩恵を受けた虚像であり、実状を伴うものではなかった。  今回新しい使い魔に挑んだメイジは、そんなギーシュの英雄的扱いの尻馬に乗ろうとした愚か者であった。  そして結果は…… 「それで、その使い魔に挑んだメイジはどうなったんだい? と、いうか……一体誰がミス・ヴァリエールの使い魔に決闘を?」 「……『黒土』のボーンナムよ」 「……あー」  モンモランシーが口にした名前に、ギーシュはすぐさま、使い魔が無事でない事を確信した。勝敗はどーあれ、ただですむ道理がない。  『黒土』のボーンナム。メイジとしてのレベルはギーシュと同ランクだが、比較的友人の多いギーシュと違い、彼には全く友人がいなかった。  そこまで人格的に問題があるわけではないというのに。何故か?  簡単な話だ。彼はどんなに横暴な貴族でも眉をひそめてしまうほどの、徹底したサディストなのである。メイドを殴る蹴るなど日常茶飯事。  ある時などは、粗相を働いたメイドに頭から煮えたぎった油をぶっ掛けて、のた打ち回る姿をげらげら笑いながら眺めていたほどだ。  彼の暴力に晒された平民達を、オールド・オスマンは丁重に治療し、暇を出して田舎に帰らせたが……今日に至るまで誰一人として、学院に戻ってきたことはない。  いかに平民相手の所業とはいえ、周りの貴族はその行いに大いに引き、彼は学園内で孤立した。その寂しさをメイドで紛らわせようとするものだから……最悪の循環である。  メイド達の貴族に対する感情を、恐怖一色に染め上げている元凶であった。  かく言うギーシュ自身も、平民とはいえ女性を傷つけて悦ぶようなボーンナムに、軽蔑と嘲笑の混じった濃色の嫌悪感を抱いていた。 「オールド・オスマンに厳重注意を受けておとなしくなったと聞いたけれど……」 「今日、早速やらかしたのよ。あなたも絡んだあのシエスタって娘の手に、ナイフを付きたてて、その上から靴で踏みにじってグリグリ」 「それはまた……それを、ミスヴァリエールの使い魔がかばったというわけか」 「そ。あなたと全く同じねギーシュ」 「うぐっ」  ジト目でにらまれ、言葉に詰まる。  まあ、確かに……ギーシュがリンゴォに挑んだ理由も、『メイドのせいで二股がばれて、逆切れで八つ当たりしようとした』というとてつもなく情けないものだったから、言い返せるはずなどありはしない。  ……ギーシュの名誉のために言っておくと、彼はあの時メイドを傷つけようとする意思は全くなかった。  多少脅しつけてやろうとしただけで、本当に傷つけようなどとは、全く思っていなかったのである。  実際には、メイドに難癖つけたボーンナムを使い魔がかばい、それを挑発するために行った凶行なのだが。  まあ、そんな事はどうでもよろしい。  件のボーンナムは、黒土の二つ名が示すとおり、土のドットメイジだ。扱う魔法の性質は、ギーシュとよく似ているだろう。  扱う杖はバラの造花だし、ギーシュのワルキューレとよく似た土のゴーレムを5体まで同時に制御できる。  ボーンナム自身の性癖を反映し相手を殺そうとせず、なぶり殺しにするような陰険な戦法を使う。  余談だが、ボーンナムがバラの造花を杖にするのは、単に『茨が痛そうだから』にすぎない。  メイジとしては下から数えたほうが早いのだろうが、平民からすれば中々に手ごわい相手だというべきだろう。  しかも、戦い方からして、相手の平民は無傷では済むまい。 「それで、勝ったのはどっちなんだい?」 「そこは、あなたとは真反対。使い魔のほうが勝ったわ」 「あらら」  ギーシュはプライドを打ち崩されたであろう旧友のために、コンマ3秒だけ黙祷し、すぐさま忘れた。  ギーシュにとって嫌いな野郎の扱いなどこんなもんだ。 「使い魔の使った能力が、よく分からないっていうのは……」 「うん。使い魔のルーンが光ったと思ったら、いきなり動きが良くなったのよ。あれは、実力を隠してたとかそういうレベルじゃなかったわね。  もっと根源的な力の上昇というか」 「使い魔のルーン?」 「コルベール先生の話だと、とても珍しいルーンらしいけど……」 (そういえば、リンゴォのルーンも変わっていたな)  モンモランシーの説明から、ふとあの決闘者の左手を思い浮かべるギーシュ。そもそもルーン文字ですらない文字列だった気がするが。 「後は、剣でボーンナムをざっくり」 「ざっくりって……それじゃ、あいつもこの部屋にいるのかい?」  反射的に嫌な顔をして、あたりを見回すギーシュ。あんな奴と同じ病室で寝るのなんて御免だというのが、彼の正直な気持ちだった。  モンモランシーがざっくりと表現するような傷だ。医務室の厄介になっていることは確実だろう。 「あ。大丈夫よ。今回の一件で退学にさせられたから、今頃は馬車の中で唸ってるんじゃあないかしら」 「退学?」 「流石のオールド・オスマンも今回ばかりはね」  厳重注意を受けたくせに騒ぎを起こしたのだ。堪忍袋の緒が切れたのだろう。  大人数が目撃している前での凶行だったために、弁明の余地すら与えられずに即決だった。  ボーンナムの父親はごくごく全うな性癖の人間であるため、このまま地方の片隅で強制的に隠棲させられ、次男が家督を継ぐだろうというのが、大方の見解である。 「本当はあなたも勝手に決闘したってことで、謹慎なりなんなり罰則を受けるはずだったんだけど。  オールド・オスマンがケガが罰則になるからこれ以上の罰は不要だ、ってかばってくれたのよ」  まさに外道! なボーンナムの行いの前に、ギーシュの起こした問題行動がかすんでしまったというのも大きかったのだろう。  兎に角、ギーシュは今回の決闘騒ぎにおいて、一切のペナルティを受けることはなくなったのである。 「――終わりましたよ」  二人の会話を華麗に聞き流し、ギーシュの傷を診察していたメイジが、笑顔で二人に告げる。 「もう大丈夫でしょう。傷口は塞がっているし、血もあらかた戻ったようだ。激しい運動は出来ませんが、普通に授業を受けたり歩いたりするぐらいなら」 「本当ですか?」 「ええ。ただし、激しい運動や長時間の運動は、禁止ですよ?」 「はい」 (おや)  意外と聞き分けのいいギーシュの姿を見て、人のいい事で知られるメイジは目を丸くした。  こういう風にやんわりと言い聞かせても、何らかの形で逆らうのが、貴族の師弟というものだからだ。  彼は確かにメイジだが、オールド・オスマンの秘書と同じく、貴族位を剥奪された没落貴族の出であるため、そんな彼を敬うものは全くなかったりするのである。  実際同じように治療し、治療が終わり次第追い出されたボーンナムは、医師の注意を嘲笑でもって聞き流したものだ。  てっきり、ギーシュもそう応えるのかと思ったが。 (決闘が、いい方向に影響を与えましたかね)  成長する孫を眺めるような心境で、老メイジはギーシュを見やった。実際、彼にとってこの学院の生徒達など、全員が孫のような世代だ。 「さて、そうと決まったら」 「? 何よ。行くところが決まってるの?」  いきなりベッドの上に上体を起こすギーシュに、モンモランシーはとがめるような視線を向ける。  それに対して彼は、ニヒルに笑い…… 「ああ。新しい『ゼロの使い魔』に会いに行きたいんだ。案内してくれるかい? 愛しのモンモランシー」  自分の体を覆うシーツを、バッと跳ね上げた。  さて、読者の皆様。  皆様方はこう思っていませんか?  『こんなギーシュ格好良すぎるYO!』『こんなのギーシュじゃないYO!』  ええ、そんな事は筆者も分かってます。分かってますとも。  あのギーシュが、このまま格好いいまま終わるはずがないのです。  シーツを跳ね除けたギーシュの周りに、バラの花びらが舞っていた。どーせ、演出でギーシュが放ったものだろう。  それに包まれて、彼は雄雄しくベッドの上に仁王立ちしている……彼としては格好をつけたつもりなのだろう。  だが、知らないというひとつの罪が、その行動を致命的なものにしていた。  今の彼の格好は!  包 帯 の み の 全 裸 !  彼は知らなかった。血まみれになってしまった自分の服が、治療の際に全て破棄されていることを。  彼は知らなかった。老メイジの『治療の際に一々服脱がせると腰がいたい』とゆーしょーもない理由で自分がそのままの状態で治療を受けていたことを。  シーツをバッと引き上げて。バラの中、ほぼ全裸で屹立している素肌に包帯のみの男。  極め付けに、朝立ちと呼ばれる現象がギーシュの股間を襲っており、そちらも『屹立』している。  どう見ても変態です本当にありがとうございました。  一瞬にして、ホワイトアルバムよりも早く真っ白に凍りつく医務室の風景。  しかも間の悪いことに、屹立したギーシュのものは、モンモランシーの目と鼻の先でその存在を主張していた。  モンモランシーは勇者だった。  ギーシュのかっこつけによって引き起こされた、悲劇的な光景を前に硬直していたのは一瞬。  すぐさま再起動を果たした彼女は、 「……こ、こぉんの! ド変態!!!!」  ず ご ぉ っ !  目の前のモノに拳を叩き込んだ! 「!!?!?!!?!?!!!???」  魂も月までぶっ飛ぶこの衝撃に、ギーシュは声にもならない悲鳴を上げ。 「ば、ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」  あまりにおぞましい光景と、おぞましいものを殴ってしまったショックで、モンモランシーは目幅涙流しながら走り出し。 (……まず最初に、着替えさせるべきだったかな)  男の急所にきついのをぶち込まれたギーシュに同情しつつ、老医師はシーツをかけなおし。白目むいて気絶するギーシュを再び寝かせる。  目を覚ましたはずのギーシュの入院が、何ゆえ一日伸びたのか。  その理由を知っているはずの三人は、あるものは青ざめ、あるものは赤くなり、あるものは飄々として、語ろうとしなかった。

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