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条件! 勝利者の権限を錬金せよ その① 

鼻血をハンカチで押さえながらギーシュはよろよろと立ち上がる。 
「ままま、参った! 降参だ!」 
「やかましい! これ以上てめーを殴るつもりはねえ。 
 ちぃーと頼みがあるんで聞いてもらうだけだ。無論断る事は許さねえ」 
「は、はい~!」 
「今日から俺をてめーの部屋に泊めろ。ベッドは俺が使う。 
 お前は床なりなんなり余った所で寝なッ」 
「わ、解った……解ったから、すごむのはやめてくれ」 
「やれやれ……ようやく寝床の確保成功ってところか。部屋に案内しな」 
ギーシュをぶちのめした承太郎は、周囲の野次馬が大騒ぎをしているのが鬱陶しく思えたため、とりあえずこの場は退散しようと寮へ向かって思い歩き出す。 
ギーシュのマントを引っ掴んで引きずりながら。 
すると小柄な足音が後から着いてきた。 
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」 
声でルイズだと解り、承太郎は野次馬達から離れた場所で立ち止まる。 
ルイズ以外に追いかけてくる者はいなかった。 
「…………」 
「あ、あんた、どういうつもりよ!? ギーシュの部屋に泊まるだなんて!」 
「てめーは俺の衣食住の面倒を見ると言ってたが……見ての通り、自分で何とかした。 
 これでてめーの身の回りの世話をする理由もてめーの部屋にいる理由も……。 きれいさっぱり無くなったって訳だ」 
「そっ……そんな……。だって! あんたは、私の……私の使い魔でしょ!?」 
ルイズは愕然となった。まさか、こんな事になるなんて。 
使い魔がご主人様から逃げ出すなんて、いや、見捨てるなんて、ありえない。 
拳を震わせながら、ルイズは涙の浮かんだ目を隠そうとうつむいて、訊ねた。 


「あんた……どうやって、ギーシュのゴーレムを倒したのよ」 
「…………」 
「あんたの手から、別の手が出てくるのが見えたわ。あれ、何? 魔法?」 
「…………」 
「答えてよ。あんたが、使い魔が魔法を使えるのに、私が使えないなんて……」 
「…………」 
「……どうして……あんたが魔法を使えて……私は…………」 
ポツ、ポツと、ルイズの足元に涙がこぼれた。 
頭の上から承太郎の声が降ってくる。 
「あれは魔法じゃねえ」 
「じゃあ、何よ」 
「てめーに話す義理もねえ。自分で考えるんだな」 
「あんたは私の使い魔なのよ!」 
涙声で叫ぶルイズを見て、引きずられっぱなしのギーシュもさすがにルイズが哀れに思えた。 
「あ、あのー……平民君。そんなに突っぱねなくてもいいんじゃないかなぁ?」 
「……こいつは魔法もロクに使えねーくせに貴族を気取りやがるいけすかねーアマだ。 それに比べりゃ威張るだけの力を持ってるてめーの方がまだマシだぜ。 
 だから……俺は使い魔をやる気はさらさらねーな。行くぜ、ギーシュ」 
ルイズの濡れた視界から、承太郎の足が姿を消す。足音が遠ざかる。 

このまま承太郎を行かせたら、もう二度と――そんな気が、した。 

「じょ、ジョータロー!」 
だから、ルイズは服の袖で涙をグイッと拭って顔を上げ、 
両の足でしっかりと地面を踏みしめ、痛いほどにギュッと手のひらを握りしめ、ビシッと杖を突き出して、眼と指が真っ直ぐ承太郎の背中に挑む。 

   「私と決闘しなさい!」 
  バ―――――z______ン 


ハンカチで鼻を押さえたままのギーシュが目ん玉を引ん剥いて驚く。 
「な、何を言っているんだルイズ!? 
 僕が勝てなかったのに『ゼロ』の君が勝てる訳ないじゃないか!」 
ギーシュになんか目もくれない。 
硬い意志で震えを抑え、ゼロのルイズは牙を剥く。 
その瞳には勇気の光。ギーシュが承太郎に決闘を挑んだそれとは光が違う。 

ルイズは知っている。たった今、目の当たりにした。 
承太郎の強さと恐ろしさをッ! 
それを承知で挑むルイズには覚悟があった。 
勇気とは怖さを知る事! 恐怖を我が物とする事ッ! 
貴族としての誇りを名誉を守るため、貴族の意地を貫くため、使い魔にいいようにされる訳にはいかない。 
正体不明の謎の力、ギーシュのゴーレムを倒したあの力。 
それに挑むのは……怖い。 
だけども引けない引いてはならない引くものか。 
「そして……そしてッ! 私があんたに勝ったなら! 
 あんたは自分が使い魔だと認め、私に従いなさいッ! 
 ギーシュの部屋になんか行かせない、あんたは、私の使い魔なんだからッ!」 
覇気を込めて言い切ったその言葉に、承太郎はゆっくりと振り返る。 
彼の眼差しが真っ向からルイズの眼光と衝突するルイズの意志が気圧される! 
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ 
「……本気か? てめー……」 
「も、もちろん! 本気も本気の、大本気よ! 
 私が勝ったら、私のところに戻ってきなさい。そして私がご主人様だって認めるのよ!」 
「なるほど……。覚悟は……できているようだな」 


ルイズの、杖を握る手に力がこもる。 
まさかここで、もう、やるつもりだろうか。 
作戦も何も考えてないのに。でも、逃げる訳には、背を向ける訳にはいかない。 
貴族として! 絶対に! 

「さあジョータロー! かかってきなさい!」 
「だが断る」 

ピシャリと承太郎は言い切った。 
てっきりやるものだと思っていたギーシュは「えっ?」と目を丸くする。 
一方ルイズは頬を赤くして怒鳴った。 
「なっ、なんでよ! ギーシュとは決闘したでしょ!?」 
「悪いが女を殴る趣味はねえ。てめーを殴るって事は、俺自信のプライドに傷がつく」 
「うっ……で、でも! 逃げるだなんて許さないんだから!」 
「ああ、逃げるつもりはねーぜ。だからちょいと賭けをしようじゃないか」 
「賭けですって?」 
ルイズが問うと、承太郎はかがんで足元に落ちていた何の変哲もない石ころを拾った。 
何をする気だろう、とルイズは身構える。だが承太郎が声をかけたのはギーシュだった。 
「お前は確か土系統のメイジだったな。なら魔法の基礎の『錬金』くれーできるだろ。 
 何でもいい……この石を違う何かに錬金してみせな」 
「あ、ああ……解った」 
すっかり上下関係を叩き込まれたギーシュは、言われるがまま承太郎の手のひらの上に薔薇を向け、短い詠唱とをして『錬金』をする。 
石が光に包まれた後、承太郎の手のひらにあったのは石ではなく小さな青銅だった。 
「これが俺の出す条件……てめーとの賭けだ。明日の夕食の後、さっきの広場で待つ。 
 そこで……石を青銅に錬金してみせな。 
 それができたらおとなしくてめーの部屋に戻ってやるぜ」 
「そ、そんな……」 


できる訳がない、ルイズは今日の授業で錬金を失敗したばかりである。 
もちろん今まで一度たりとも成功した事はない。 
それを明日の夕食後までだなんて、そんなの無理だ、絶対無理。 
「も、もしできなかったら……」 
「……『できる』か『できねー』かを訊いてるんじゃねえ。 俺は『やる』か『やらない』かを訊いてるんだ」 
「うっ……わ、私は……」 
承太郎の手が一瞬増えたかと思うや、 
錬金された青銅がルイズの両足の間に物凄い勢いで投げつけられ地面にめり込む。 
「さあ! 『やる』か! 『やらねー』のか! 
 ハッキリ言葉に出して言ってもらおうッ! ルイズ!」 
承太郎の有無を言わせぬ迫力にルイズは後ずさりをしそうになる。 
少しでも気を抜いたら、膝が砕け尻餅をついてしまいそうだ。 
自信なんて無い。勝てるかどうか解らない。 
不安でたまらない、賭けを受けるのが怖い、でも、でもでも! 
言ってやる。 
ただ一言、言えばいい。 
ルイズは、震える唇で、ハッキリと大声で応えた。 
「や……『やる』わ! その賭け、受けて立とうじゃないの!」 
それをしっかりと聞き届けた承太郎はくるりと背を向けた。 
「賭けは成立した……。ギーシュ、この事は誰にも話すな。 
 今回みてーに野次馬が集まると鬱陶しいからな……」 
「わ、解った。誰にも言わないよ」 
承太郎は歩き出す、ギーシュも慌てて後をついていく。 
ルイズは、一人取り残されて、手が痛くなるほどに杖を握りしめた。 
承太郎が角を曲がって姿が見えなくなるまでずっと、彼の背中を見据えていた。 

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