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ギーシュの奇妙な決闘 第十二話 『香水の乙女の誇りに賭けて』後編 緩慢な動きで振り向けば、廃屋の入り口で、肩で息をする少年が一人たたずんでいた。 途中で転びでもしたのだろうか? 頬やヒラヒラした飾りのついた服には汚水がべったりと張り付いていたが……その相貌に、クラウダは見覚えがあったのだ。 確か、以前に父親と一緒に参加したパーティで見た覚えがある……! 少年は、廃屋に踏み込みながら息を整え、ポワチエの傍らに立つと、朗々と告げた。 先程、『J・ガイル』と因縁のある人物から教えられた、痛烈な皮肉の効いた台詞を。 「敵を討つときは、こういう台詞を口にするべきです。 『我が名はギーシュ・ド・グラモン。我が愛しき人の姪の安らぎのため、志半ばで散った若い薔薇の無念のため! J・ガイル! 貴様を地獄へ叩き落してやる!』とね」 ギーシュ・ド・グラモン。 承太郎の前で大見得をきって見せた男は、その宣言どおり、モンモランシーの居る場所へと速やかに参上した。 ☆★☆★ 声が、聞こえる。 (ギーシュ……?) 半裸の状態で、姪の敵に組み敷かれる。そんな屈辱的な状態にありながら、モンモランシーの魂は何故か安らいでいた。今まで感じていた怒りと悔しさは欠片もない。 ギーシュの声に安心した? 否。それは、嵐の前の静けさだった。 襲われる以上の恐怖が、モンモランシーに襲い掛かったのだ。 ギーシュが死ぬのではないか。自分の姪とその恋人のように、目の前の男に殺されてしまうのではないか。そんな予感だ。 ただでさえ、最近のギーシュはやたらと死に掛けているのだ……こんな、得体の知れない悪魔を引き連れている男に、勝てるのだろうか? 「逃げて……ギーシュ……」 もういい。助けに来てくれただけでも十分すぎる。 搾り出すようなモンモランシーのつぶやきは、しかしギーシュに届く事はなかった。 ☆★☆★ 「鳴くのが上手いなどといったなJ・ガイル!」 びしりと、薔薇の杖を咥えて、カッコウつけた姿勢で朗々と声を張り上げるギーシュ。はっきり言って、格好つけすぎてかっこ悪い。 「貴様の言動全てがレディを傷つけるモノだ! レディを守る薔薇の一輪として、貴様を見過ごすわけにはいかない!」 「けっ! 何言いやがる」 クラウダがしらけた眼で見るのもお構いなしなギーシュに、J・ガイルも同じ感想を抱いたようだ。 「君は……グラモン元帥の……」 「息子です。ミスタ・ポワチエ」 「何故ここに?」 薔薇の手を掲げ、油断なく辺りを見回しながら、ギーシュは答える。極めて単刀直入に。 「モンモランシーを探していたんですよ」 「そ、そうか……だが、あいつは」 「ええ。わかっています……おおよその事は聞いていましたから」 (聞いていた?) まるで、今までこの場にいたかのような言動に、クラウダは眉をひそめた。 J・ガイルの名前を知っていた事と言い、先程的が言っていた下種な言葉の事と言い、まさか、格好良く登場するために機会を狙っていたとでもいうのか。 それにしては、肩で息をしていたり服装がボロボロだったり、しまりがないが。 逃げる事を進めようと思ったが、そんな言葉を受け入れる雰囲気ではなさそうだ。 「今からそちらへ行く。逃げるなよ――!」 言動はあくまで演技じみて、しかし、その背中から表現しがたい怒りを立ち上らせて。 ギーシュは水溜りの中へ一歩踏み出した。 ☆★☆★ (ケッ! 何言ってやがる) 典型的な格好付けの気障貴族。 ギーシュの言動をJ・ガイルはそう解釈し、脅威には感じなかった。 今まで、何人もの貴族青相手にしてきた。暗殺の時もあれば、趣味の殺しや強姦の時もある。 だが、どんな状況であっても、ギーシュのようなタイプの人間が。J・ガイルの前でとる行動は一つだった。 すなわち、逃亡。 父親が殺されようが、恋人が強姦されようが、真っ先に逃げ出していく……下手な平民より根性のない輩ばかりなのだ。 そういう奴を背後から殺したり、その有様を吹聴して生き恥をかかせたりするのは愉しかったが……それでも、そんな奴がいい気になっているのは癇に障る。 更に滑稽なのは……ギーシュが、明後日の方向に向かって歩みを進めているという事だ。 本人は声から自分の居場所に見当をつけたつもりなのだろうが、そちらにあるのは声の中継器だけであり、自分たちは別の場所にいる。 「な、何をしている!? せめてフェイントぐらいいれろー!?」 馬鹿正直に直進するギーシュにクラウダの叱責が飛ぶが、 短距離ならば、その言動を仲介できるマジックアイテムを、あちこちに貼り付ける事で、今時分達がいる場所を誤魔化していたのだ。 剥ぎ取ったモンモランシーの服を引き裂き、暴れる彼女自身を縛りつけながら、J・ガイルは笑う。 傑作だ。超傑作だ。 そうだ。あの男を動けなくしてから、この女は犯す事にしよう。さぞかし、いい声で泣いてくれるだろう。 にたにたと笑いながら、J・ガイルは己のスタンドを解き放つ。 『吊られた男(ハングドマン)』。暗示のスタンドの一つ。 その能力は、鏡等の反射物を介して目標を攻撃する者であり、鏡の中ではまさに無敵のスタンドだ。 鏡の中に移りこんだスタンドが行った破壊は、現実に影響する……詳しい原理はJ・ガイル自身も理解できないが、そういう能力だ。 反射物の少ない場所では弱点がむき出しになってしまうが……ここならば、それがない。 ハングドマンで戦うためにしつらえた、特別な場所。備え付けられた無数の鏡は、反射角度すら計算されているのだから。 (テメーは既に、俺の能力にはまってんだよ!) 無数にある鏡の中から、どの鏡を介して攻撃するも自在なのだ。応用力ばかりあるメイジの魔法などに、負けるつもりはさらさらなかった。 放出したハングドマンが、のぞき穴から反射を繰り返してギーシュを射程県内に捕らえる。 スタンドの視界でその事を確認してから、獰猛な笑みと共にその刃を振り下ろそうとして…… 「フェンスオブディフェンス!!!!」 驚愕した。 ギーシュの背後より現れた、青銅色の人影に。 (げ、ゲぇーッ!? こいつまさか……スタンド使い!?) 「 シ ャ ラ ァ ッ ! ! ! ! 」 がしゃぁんっ!!!! 驚愕は更に連鎖する。 ギーシュから現れたスタンドは、その拳をスタープラチナ並のスピードで打ち出し、『吊られた男』が宿る鏡を、その拳でぶち割ったのである。 「2つだ」 砕かれた鏡から飛び出し、別の鏡に映ったスタンドを睨みながら、ギーシュは告げる。 「僕の『聞いていた』という発言には、二つの意味が重複していたんだ。 一つは、『シュヴァリエ・クージョーから貴様の事を聞いていた』と言う意味。 お前のスタンド『吊られた男』の能力は、しっかりと聞かされているんだ……鏡の中の生物を傷つけるで、現実の生物も破壊する、か。 対策ぐらい立ててあるさ」 空条承太郎。 ここに来て飛び出した不吉な名前に、J・ガイルは歯噛みした。よく覚えている……自分を針串刺しの刑にしてくれた、憎きポルナレフの仲間だ。 こちらに来ている事や、『星屑騎士団』なる集団を作ったことは知っていたが……このタイミングで関わってくるとは思わなかった。 J・ガイルは考えを改めた。 目の前の小僧は、想像以上に厄介な敵だと認識しなおしたのだ。 確かに、少し攻撃がワンパターンだったかもしれない……『吊られた男』を乱反射させ、スタンドを見つけようとするギーシュをかく乱しようとしたが……ギーシュは視線すら向けない。 「もう一つは、僕自身がここで行われた会話を聞いていたという意味さ。 僕自身ではないけどね……僕の使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデが、先にここにいたんだ。感覚の共有で、君らの会話を聴いていたというわけさ」 光を眼で追うことの無意味を悟っているのか、ギーシュの口は止まらない。 「そして、何故ヴェルダンデが先回りできたのかと言えば……僕のヴェルダンデは宝石がすきでね。一度覚えた宝石の匂いは、決して忘れないんだ」 ふわふわとのぞき穴から舞い込んできた薔薇の花びらを、J・ガイルは素手で振り払った。 「ワルキューレ!」 が し ゃ っ ギーシュのとどめの言葉と、その音は同時に聞こえた。 J・ガイルが慌てて向き直れば、舞い込んで来た花びらが青銅のゴーレムに姿を変えて立ちはだかっていたのだ。 ギーシュの直進はフェイク! 本命は、J・ガイルを油断させスタンドを本体から引き離し、このゴーレムを進入させる事! 「彼女の髪留めの匂いを、僕のヴェルダンデは覚えている!」 (不味いッ!) 「だから! 彼女の居場所は正確無比に理解できる! そして貴様が彼女を人質にとっている以上、彼女のいる場所に貴様もいる!」 すぐさま『吊られた男』を光速で引き戻し、ゴーレムを切り刻もうとしたのだが……このゴーレムの狙いは、J・ガイルではなかった。 ワルキューレは、その拳を天上に向けて勢いよく振り上げた……ゴーレムの真の目的を察し、J・ガイルの顔から血の気が引いた。 「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」 制止の声と、『吊られた男』の攻撃も間に合わず。 ワルキューレは切り裂かれながら拳を天上に打ち付けて、J・ガイルの隠れ家を崩壊させた! ☆★☆★ ず が ん っ ! 「!!??」 いきなり廃屋を振るわせた破砕音に、クラウダは反射的に視線を向けて、絶句する。 廃屋を入ってすぐの瓦礫の山……その登頂部分が、真上に吹っ飛んでいた。よく見ればそれは瓦礫ではなく、一枚のガラス。 舞い散るガラスの裏側には、メイジなら見覚えのあるルーンが刻まれていて。 同時に、瓦礫の山が『気配』を放ち始める。 (気配断ちの結界か!?) マジックアイテムさえ使えば安易に展開できる、一般的な結界の一種だった。 外側に内部の人間の気配を悟らせないという単純なものだが、展開の際何らかの形で対象を完全密閉しないとならない。 大胆な事に、J・ガイルはそれを使って真正面に隠れていたのだ。 「くそったれがぁっ!」 吐き捨てながら飛び出してきたのは、醜悪な顔をした男だった。人格は顔で決まらないと言うが、この男の場合は人格の悪さが顔をゆがめたのではないか? という考えが頭をよぎるような、そんな人相だった。 走る際に振り回される左手は……『右手』!! (奴が……J・ガイル!!) 「そんな瓦礫の山の中に閉じこもる以上、どこかに簡単に開く出口があると踏んでいたんだが……正解だったみたいだね」 薔薇の杖をかざしながら、ギーシュは逃げようとするJ・ガイルと入れ違いに瓦礫の山の中に飛び込む。 それを見送ってから、クラウダは渾身の力をこめて立ち上がり、震える手で杖を突きつけた! 「 J ・ ガ イ ル ゥ ッ ! ! 」 渾身のウォーターキャノンを、自分の生命力すら犠牲にする覚悟で詠唱し、逃げるJ・ガイルに放とうとして……その杖が、唐突に折れた。 (!?) 一瞬の間をおいて、杖が折れたのではなく斬り飛ばされたのだと気付き、辺りを見回す。 「敵は、特殊な力のある幽霊を使い魔にしています! 鏡に注意してください!」 ギーシュがくれた、実に有意義なアドバイスに、クラウダは無言で感謝した。 敵の力の事を鏡が云々と言っていたのは覚えている。ならば、辺りの鏡を探せば防御手段もある! 悲鳴を上げる体を酷使して、辺りを見回して鏡という鏡を睨みつける。 そうして見つけた醜悪な姿は、一瞬にして掻き消えてしまった。 「! 何処だ!?」 再び辺りを見回して敵の姿を発見するも、すぐに又消えて、見回し見つけて消え……幾度かのいたちごっこでようやく、クラウダはこの廃屋の恐ろしさに気付いた。 「こいつ……鏡から鏡へ飛び移っているのか!?」 ☆★☆★ 「ギーシュ!?」 「モンモランシー!」 勢いよく中に飛び込んだギーシュはモンモランシーの姿に眼を見開いた。服は無残に切り裂かれた上に手足を縛る材料にされ、下着以外は何一つ纏っていない。 愛する人の裸と言う興奮材料に、ギーシュは素直に興奮できなかった。当たり前だ。 彼女をこんな状態にした相手に怒りを感じつつも、ギーシュは即座に自分のマントを彼女に羽織らせる…… 「無事でよかったよ……さあ、出よう」 「馬鹿っ! 何で来たのよ!? 殺されたらどうするの!」 J・ガイルという敵がいなくなった安息間が、モンモランシーの心の鎧を溶かし、その本音をむき出しにした。 明らかに理不尽な物言いをしてし待った事は自覚していても、止まりそうにも無い。 言わずにいられなかった。彼女にとって今のギーシュの行動は、自殺としか捉えることができない。 失いたくないという恐怖と怒りがない交ぜになって、彼女の口から吐き出されているのが、今の状態だった。 「も、もんもらんしー??」 「あなたなんかねえ! ドットなのよドット! 最下級の癖に、何でそんなにでしゃばるのよ! あなたが死んだら……」 泣きそうになるのを必死に堪えながら言い募るモンモランシーを、ギーシュはゆっくりとその口を手で覆う事で制した。真剣な眼で涙を湛えた瞳を見つめ、問い返す。 「モンモランシー……フリッグの舞踏会の日に、僕が言った言葉を覚えているかい?」 「何がよ!?」 「水の精霊に誓うように、君に誓おう。 来年のフリッグの舞踏会を、君と一緒に踊る事を誓う。それまで僕は絶対に死なないし斃れないから、心配しないでおくれモンモランシー」 全く同じ事を繰り返して、ギーシュはモンモランシーを抱き上げて、穴から飛びだす。 その通り。今のギーシュに、『死ぬ気』など欠片も無かった。 ☆★☆★ そうこうしている間に、ギーシュが穴の中から這い上がってきた。半裸のモンモランシーに、己のマントを羽織らせて、クラウダへと合流する。 「ミスタ・ポワチエ!」 「ギーシュ! ここには……鏡が多すぎる! 片っ端から割れる数じゃないし、割っても破片が増えるだけだ!」 今更な事だが、とてつもなく重要な事だった。この無数の鏡は、『吊られた男』にとって理想の戦場であり、襲われる者にとっては悪夢を体現したかのような場所だった。 だが…… 「安心してください! 対策は出来ています!」 「!?」 実あっさり言い切ったギーシュに、眼を白黒させるクラウダ。 彼の眼前で、ギーシュは己のスタンドを発現させ、瓦礫の山を中心に弧月状に広がった水溜りに向かって叫んだ! 「フェンス・オブ・ディフェンス! 生 え ろ フ ェ ン ス よ ! 」 言葉に応じるかのように、水面を突き破って一枚のフェンスが天を突くように延びる。現れたフェンスに向かって、ギーシュは続けて薔薇の杖を振り、そこから飛び出した花びらを山ほどフェンスに撒きつけて…… 「『錬金』! そして『着火』!!」 ゴ ウ ッ ! フェンスの反射能力に着目してから毎日のように練習したコンボはよどみなく完成し。 撒きついた花びらが油となって、それに着火呪文が干渉、一枚の炎の壁を作り出した。 「……これは……炎の光で、鏡の干渉を隠すのか! 四方を囲めば……!」 面白いアイデアだと、クラウダは正直に思った。 燃え上がる炎はかなり強く、向こう側が全く見えない……鏡の像を傷つけて現実に反映するというのがあの幽霊の能力ならば、これで向こう側の鏡には気を回さずにすむはずだ。 これを四方に展開すれば、相手の攻撃はほぼ無効化できるだろう。貝のように閉じこもる戦法だから、J・ガイルを取り逃がしてしまうだろうが……今はそれでもいいかもしれない。 自分たちはあの男の顔を見たのだ。後は、全国に指名手配なりなんなりすればいい。 クラウダの脳裏に描かれた、未来像……それをぶち砕いたのは、マントに包まれて震えていたモンモランシーだった。 「ちょ、一寸ギーシュ! あなたのそれって、一枚しか出せないんじゃないの!?」 「な、何だとっ!」 一枚しか出せないのでは、半減できるのは半分だけで……後の半分の鏡は野放しという事だ。いや、事はそんな単純ではない……ここから見て防げているのは入り口付近の鏡だけであり、それ以外の全ての鏡に、自分達の姿は映りこんでいる。 その貴重な一枚を、こんな位置に出すなど何を考えているのか!? 「これでいいんだよモンモランシー」 問い詰めるような二人の視線を受け流し、ギーシュはつぶやく。炎の壁に背を向けるようにして背後に向き直り、二人の顔を見つめながら、更にもう一度。 「これで、いいんだ」 思った以上に強い口調に、二人は何も言えなくなった。 ギーシュはずっと考えていた。 自分に、何が出来るのかを。 モンモランシーを探そうとする直前に聞かされた、『両右手の男』に関する情報……そして、その男が仕出かした反吐が出るような犯罪。 余りに厄介なスタンド能力だった。反則的といっていいかもしれない。 使い勝手の悪いフェンスが一枚限りのギーシュのスタンドでは、どう対応すればいいのかすらわからない。 そもそも、そこまで精密な動作が出来るわけでもなく、万敵に通用する取り柄といえばスピードだけなのである。 どうすれば勝てるのか? 散々頭を悩ませても良案が思いつかないので、速やかにモンモランシーを保護するほうが先決だと思いなおし、ギーシュは行動に移った。ヴェルダンデの鼻を頼りに、薬屋の周辺を探索させたのだ。 その甲斐あって彼女はすぐに見つかった。ギーシュは狂喜し、すぐさま迎えに行こうと走り出して……そこから、廃屋に到着する過程で全ての覚悟を決めたのだった。 戦う覚悟、相手を殺す覚悟、なにがなんでもモンモランシーを守り通す覚悟…… 廃屋の、モンモランシーの足元に待機させたヴェルダンデを介して得られる情報は、ギーシュの中の迷いを捨て去らせたのだ。 勝てないからと言って、モンモランシーを助け出さないのか? 勝てないからと言って、あの男を野放しにするのか? 許せるのか? あの男を、レディの尊厳を嘲笑い、踏みにじり、あまつさえ愛しいモンモランシーすら毒牙にかけようとした下衆野郎を。 否、否、否……全てが否だった。 焦りとは、本来冷静な判断力や広い視界を阻害するものであり、何一つ利するもののない感情であるが、今回の場合は真逆の減少が起こった。 ギーシュは、モンモランシーを助けるために焦った。焦って焦って……何度も転び、服や顔を汚して、なりふり構わず走った。 そして、そのなりふりの無さが思考に及ぶに至って……悟ったのだ。 『守る』のになりふりなど構う必要は無い。仲間、状況、何もかもを生かして勝てばいい。 正面切って勝てない? それがなんだというのだ! 正面切って勝つ必要など欠片もないのだ。自分には! (僕が馬鹿だった) 無数に並ぶ鏡を見ながら、ギーシュは思う。その向こうに見える、リンゴォ・ロードアゲインの幻影は、能面のような無表情を崩さない。 (ああそうだ。貴様は愚か者だ……自分で『フェンス』だなんだと言っておきながら、結局は『盾』になる事を求めるとはな) (失望したか) (呆れただけだ……お前ほど、光り輝く道をとろとろ歩いてる奴も珍しいだろう) (大きなお世話だ) そう。ギーシュはかつて痛感したはずだ。自分は完璧な存在になどなれないと、所詮は盾ではなく柵なのだと。 それを忘れて自分一人で何でも出来る気になって、勝手に悩んで……なんとも馬鹿馬鹿しい話だった。 (未熟者で結構! 守れればいいんだ……モンモランシー達を守れれば!) 未熟は恥ではない。それを理由に諦める事こそが恥なのだ。 不完全にして弱いスタンドでも、使い方を活かせばいい! 弱いなら、それを補えばいい! 固い決意を改めて認識しギーシュは視界に移る全ての鏡を注視し……その一つに、変化が起こった。 認識すると同時に花びらを舞わせ、鏡の正面にワルキューレを出現させる。 像をワルキューレによって塞がれた攻撃手段を失った『釣られた男』だったが、それでも十分だった。 ちらりと見てみれば、肩口を深々と切り裂く斬創から、血があふれ出して服を染め地面に滴り落ちている。先程の一瞬で『吊られた男』に切りつけられた傷だった。 「ギーシュ!?」 「炎なんぞで俺をどうにかできると思ったのかぁ? このマヌケ」 廃屋に響き渡った声は明らかな嘲笑だった。見上げれば、いつの間に上ったのか、二回のテラスから悠々自適にこちらを見下ろすJ・ガイルの姿が見える。 自分を傷つけた犯人に、ギーシュは視線すら向けずに、 「……これでいいと言ったはずだぞJ・ガイル」 「なんだぁ? 恐怖で頭でもいかれたか!」 「これは、余裕だよ」 服の袖を引きちぎり、傷口に撒きつけながら、黙々と告げた。 ギーシュが鏡の中の動きを察知し、スタンドによる投石やワルキューレで応戦し、致命傷を免れる……そんないたちごっこが数度行われた頃に。 自分を案じるモンモランシーや歯噛みするクラウダの前で、ギーシュは不適に笑って見せた。 「そろそろ始まる頃だ」 「あぁん?」 一体何を言ってるのか、本格的に頭がいかれたのかと、顔をしかめるJ・ガイル。 ……異変は、すぐにやってきた。J・ガイルの醜い顔が更に醜く歪んで、汗腺からは汗が噴出す。 敵を慌てさせた状況に真っ先に気付いたのは、モンモランシーだった。 「……?」 視界……の端々を、光がキラキラと行きかっている。とても細い光だったが、明らかに物理法則的に可笑しい動きをしていたから、すぐに眼に止まった。細い光があちこちを反射するのは美しい光景だったが、今はそれどころではないと思いなおした。 クラウダも数瞬後に飛び交う光に気が付いて、何事かと辺りを見回して……彼のほうはその正体に気が付いた。 (あれは……J・ガイルの幽霊か?) そこまでは分かったが、なぜああも忙しく飛び回っているのかがわからない。何が起こったのかと、相手が行きかう鏡にすばやく視線を走らせて……眼が点になった。 「は?」 ……曇っていた。鏡が、すべて。 正確には『曇りかけ』だが、視界にある全ての鏡が白い細かな水滴に覆われて、鏡のようをなさなくなっている。 湯気で視界をさえぎられていても、分かり安すぎるほどに。 (――湯気だと!?) 湯気なんぞ、普通の室内にこんな大量にわくわけがないのだ。 慌てて水面を覗き込めば、彼の呪文が作った池はぐつぐつと沸騰し、大量の湯気を巻き上げていた。そしてその沸騰は、炎の壁となったフェンスによって作り上げられたもの。 ギーシュの言動と、炎をつけられたフェンス。すべての状況が一つにつながり、クラウダの脳裏に閃いた。 (こ、これがギーシュ・ド・グラモンの狙いだったか……! 炎で水を熱して湯気を作り、その湯気で鏡を曇らせる! これなら、一枚一枚割らなくても全ての鏡を全滅させられる……!) クラウダの推察したとおりだった。J・ガイルのスタンドは、この湯気によって鏡が曇り、写りこむ事のできる場所を失っていたのである。 「モンモランシー……出来れば水を継ぎ足してくれないかな? このままだと、せっかくのお湯がなくなりそうだ」 「え?」 ギーシュから拾った杖を手渡され、眼を白黒させるモンモランシー。それを聞いたクラウダは、眉をひそめて、 「……そんな事をしたらせっかくの湯気が」 「心配要りませんよ」 ちらりと燃え盛るフェンスに視線を流し、ギーシュは口を開く。 「僕のフェンス、一旦燃え出すと1000度くらいになるまで収まらないんです……少しぐらい冷めてくれたほうが帰って好都合なんですよ」 そんなもんに四方囲まれたら、あっという間に蒸し焼きである。 自分がいかに的外れな台詞を言っていたか気が付いたクラウダは、言葉を失ってしまった。 その間も、頭上では辛うじて写る鏡の間を鏡の間を光が行きかい……否、逃げ惑っている。 ☆★☆★ 「う、うががががががががっ!」 J・ガイルは真っ青になって反射物を探すも、どこにもありはしない。分かりやすいぐらいに廃屋内に設置された全ての鏡は、全て湯気の餌食となりつつあった。 水面もぐつぐつ煮立っていてマトモな像を結べそうにもない。 言われたとおりに呪文を唱え、水を継ぎ足すモンモランシーと、J・ガイルから視線を放さないクラウダ。 二人に対してギーシュは錬金で何かを作りながら、告げた。 最後の仕上げに取り掛かるためだった。 「二人とも、しばらく眼を瞑っていてもらえないかい」 「――! わかった」 「……? え、ええ」 クラウダは一瞬でその意思を諒解し、モンモランシーは首を傾げつつも、両者素直に眼をつぶった。 残されたギーシュは、瞳を跳ね返り続ける『吊られた男』に向け、スタンドを構えた。 (! 一騎打ちでもしようってのか!?) このままでは『吊られた男』は逃げ場を失い、消滅する事になる。逃げようにも、この屋敷の出口はこの場にいる全員が入ってくる時に使った正面の玄関だけ。 裏口は瓦礫にふさがれていた。 彼らはこのまま待っているだけで援軍の一つも来るのだろうが、J・ガイルにとっては百害あって一利なし。捕まれば待っているのは刑務所暮らしだ。 いや、今までやってきた事を考えると、それすら怪しい。 J・ガイルは速やかにギーシュ達を排除し、一刻も早く逃げ出さなければならないのだ。 (いいだろう! のってやるぜ!) 表向きはあくまで泡を食ってあわてながら、『吊られた男』をギーシュに向かって反射させる。その瞳に飛び込めば、後はどうにでもなる! 死んだふりの一つでもすれば、あいつらも油断しつけいる隙が出来るはずだ! 「 シ ャ ラ ァ ッ !」 向かい来る光に向かって拳を振るも、当たらない……当たり前である。いくら軌道がある程度わかっているからと言って、光に拳が当たってたまるものか。 以前の時のように軌道が完璧に分かっているわけでもないのに。 哄笑したくなる衝動を抑え、胸を押さえてうめく……このまま倒れこめば、相手は必ず自分の作戦が上手く言ったと思うだろう。 ほくそ笑みながら倒れこむJ・ガイル。だが、そんな彼にかけられた言葉は、呆れた交じりの警告だった。 「僕は言ったはずだJ・ガイル。貴様のスタンドの話は全て聞いていると……貴様がシュヴァリエ・クージョーの友人の妹にした所業も、その時その男がどうやって君を倒したのかも」 ギーシュの瞳に写りこんだ『吊られた男』の視界に、おかしなものが写りこんでいた。 それは、青銅製の筒……ギーシュがそれをおもむろに覗き込むと、筒の奥は顔が映りそうなほどピカピカの銅鏡があって…… 死んだふりをしていたJ・ガイルの顔が、こわばる。 「そして言い直そう。 『我が名はギーシュ・ド・グラモン』」 筒を覗き込んだまま、ギーシュの両の瞳が閉じられる。行き場をなくした『吊られた男』は、自動的にその銅鏡の中へと飛び込んだ。 「『貴様に踏みにじられた恋人達の安らぎを、我が愛しき香水の乙女の誇りにかけて』」 青銅の鏡から覗くギーシュの瞳は閉じられたままだ。そのまま、ギーシュは別に錬金しておいた蓋を筒に当てて、 「『J・ガイル! 貴様から取り戻す!!』」 「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」 閉じた。 蓋すらも眼にもまばゆい青銅の鏡であり、『吊られた男』は完全に逃げ場を失った。 ……ギーシュがモンモランシーの元へと何度も転倒を繰り返しつつ向かうその道中。 覚悟からギーシュが考え出した、『状況を利用する』作戦は、完膚なきまでに成功したのだった。 「これが、『状況の利用』……成る程、スタンド能力は直接戦うんじゃない、応用こそが重要なのか。 勉強になったな……もう大丈夫だよ二人共」 つぶやきながら、ギーシュは薔薇の杖を振るった。 花びらは二階で逃げ出そうとしていたJ・ガイルの正面に舞い落ちて、その姿をワルキューレへと変える。 スタンドに比べたら明らかにひ弱な、しかし人間にとっては強力なそのゴーレムは、J・ガイルの体を瞬く間に拘束する。 「ひぃっ!? ま、待っ……」 J・ガイルは何が言いたかったのか。 命乞いか。懺悔なのか。それとも他の何かか…… 相手が何をするつもりにしても、ギーシュは聞き届けるつもりなどなかった。モンモランシーも、クラウダもだ。 J・ガイルは、あの恋人達の頼みを何一つ聞こうとしなかった。 ならば彼らもそれに習う……何一つ受け入れず、ただ冷徹に行動するのみ。 ワルキューレの腕が唸り、J・ガイルの体を投げ飛ばす。 真上に落下してくる相手の体を睨み据え、ギーシュは叫んだ。 「フェンス・オブ・ディフェンス!!!!」 「シャララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ!!」 「うぎゃぁあああああああああっ!!!!」 天を衝くように打ち上げられた無数の拳が、J・ガイルの肉体を、砕きぬいていく。クラウダは己の手に杖がないのを悔やんだ。 あれば、便乗で一撃叩き込んでやれるのに。 「シャララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ!!」 顔面、腕、胸……体のありとあらゆる部位に拳が突き刺さった。モンモランシーは息を呑んでその様子を見つめていた……決して、視線をそらそうとはしない。 「シャララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ!! シャラァァァァァァァァァッ!!」 復讐を誓った二人が見守る中。 J・ガイルは全身をぼろ屑のようにされながら、大きく天に放り上げられ、地面に落下していった。 「……貴様は、鳴くのが上手下手がどうこうとか言っていたが」 髪の毛を書き上げながら、落下していくJ・ガイルにギーシュは言い捨てる。 「そういう君の泣き方は下手糞だな。酷く耳障りだ」 落下し、嵩が僅かになってしまった沸騰する熱湯の中に沈むJ・ガイル……その懐から、粉々に砕けたメモリーオーブの破片が流れ落ちていった。 それを見たモンモランシーは、思う。終わったのだと。 もう、姪の名誉を汚す記録は無く、犯人も倒した……後は騎士団に引き渡せば万事滞りなく裁いてくれるだろう。 全身に漲っていた、憎しみや怒り、復讐心が音を立てて抜け落ちていくのを感じて、モンモランシーはその場に腰を落とし、泣いた。 ☆★☆★ 熱湯に沈むJ・ガイルを引きずり上げ、縛りあげ。 ギーシュとクラウダは、二人分のマントで全身を包んだモンモランシーの治療を受けながら……沈黙していた。 二人の間に会話は無く、ただ黙々と治療を受けるのみ。 『星屑騎士団』へは、ヴェルダンデを使って連絡済であり、もうしばらくすれば承太郎達が到着するはずだ。 もっとも、ヴェルダンデでは詳しい報告が出来ないので、あちらはモンモランシーを保護しただけだと思っているだろう。 犯人を捕まえたと知ったら、どう反応する事やら。楽しみでもあったが……モンモランシーには別の不安があった。 スタンド……その存在についてモンモランシーはギーシュから大体の説明受けていたし、ギーシュ本人は言わずもがな。だが、クラウダは違う。 その存在がまり広く知られていない事を、今更のように思い出し……そう考えると、クラウダの沈黙が酷く不気味に思えてならなかった。 当たり前だ……自分が彼の立場なら、目の色を変えて相手を詰問しているだろう。 まるで幽霊のように付き従う使い魔モドキ、その能力は先住魔法顔負けの反則級であり、比較的弱いであろうギーシュのスタンドでさえ、嵌れば凶悪な破壊力を発揮する。 これを目の前にして驚かないほうがどうかしている。 何か含む者があるのでは? と勘繰ってしまうのも無理は無かった。 大泣きしたのを見られたという気恥ずかしさから来た反感も、無関係ではないかもしれない。 そもそも、この男は……騎士団に話せば早い情報を意図的に隠すくらいだから、自分の手で弟の敵をとりたかったのではないか? それが何故、J・ガイルを騎士団に引き渡すような行動を黙認しているのか。 「あ、あの……」 「うん?」 「聞かないんですか? ギーシュのアレの事」 気が付けば。 モンモランシーはすらすらと、抱いた疑問を口にしていた。クラウダはその質問にああ、とつぶやいてから口に出した。 「覚えてないな」 「はい?」 「何も覚えてない。彼が何をしたかなんて全然ね……命の恩人に根掘り葉掘り聞き出すほど恩知らずじゃないつもりだよ。私は」 そういう事にしておけと、クラウダの目は語っていた。 ……ありがたい事だった。ギーシュ自身、国全体でスタンドそのものの情報が内密にされている事を知っていたから、どの程度まで話していいのかが分からなかったのだ。 「殺さないんですか? J・ガイルを」 次の質問には、前置きも泣く間髪いれず、返事がきた。 「復讐をしたのはわたしじゃない……勿論君でもない。 君の恋人が、君を傷つけられた怒りをもって裁いたんだ。私は散々状況引っ掻き回した挙句、多数の人死にを出した無能者だよ。最大の功労者が出した結論をどうこう言う資格は無い」 「こ、こいびっ!?」 いきなりの恋人扱いに、モンモランシーの顔は見る見る赤く染まっていく。 意外と純情なその反応に、J・ガイルの言動でささくれたっていたクラウダの神経は、癒された。 さて、ギーシュの方はというと。 「何を照れてるんだいモンモランシー! 僕と君は、運命が繋いだ最高の恋人同時じゃないか!」 「う、うんめい!?」 「そう! 僕と君の出会いと想いは前世から決まっていたに違いないよ! 君の体の全てに、僕はもう魅了されつくしてるのさ! 君の太ももに! うなじに! くびれに! 胸に!」 薔薇を咥えてなにやらテンパってらっしゃった。 異様なその様子に、クラウダは何事かと思ったが……すぐに納得した。思い当たる節があったのである。 (成る程) 廃屋の中央。自分たちが立っていた瓦礫の上に出来た、大きな血溜り。 (血を流しすぎてハイになってるのか) 「最ぃ高ぉぉぉぉにハイってやつさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」 「いいかげんにしろこの馬鹿ッ!!!!」 ギーシュがどこぞの吸血鬼様みたいなことを叫びつつ飛び掛り、モンモランシーの拳がそれを撃墜する。 先程までの空気と打って変わってコントのような会話を織り成す二人のギャップに、クラウダの頬を冷や汗が流れ落ちていった。 ☆★☆★ ギーシュ・ド・グラモン: 今回の怪我で早速入院。怪我そのものは浅かったものの、戦う度に入院している自分に冷や汗を流す。 平賀才人: 今回の一件で『星屑騎士団』と一緒に駆け回った際に気に入られ、何かにつけて稽古をつけてもらうことに。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール:なんだかんだでモンモランシー相手にツンデレ炸裂。彼女との友情に若干修正が入った。 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー:勝手に行動したモンモランシーを叱りつけるも、多くを聞こうとはしなかった。 タバサ:探している最中にFFがエートロボディから抜け出すところを目撃してしまい、気絶。新たなトラウマが増築された。 ジョータロー・シュヴァリエ・ド・クージョー:回収したJ・ガイルに親子でWオラオラブチかまして事情聴取。 ジョリーン・シュヴァリエ・ド・クージョー:なんだかんだで姉さん気質なので、ルイズのことが放っておけず。アンリエッタの話題で意気投合したらしい。 J・ガイル:Wオラオラ喰らった上に、自分が犯した貴族の身内に、牢屋内で『死んだほうがマシ』な眼に合わされ、再起不能(リタイヤ) ・ ・ ・ ・ モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシと、クラウダ・ド・ポワチエは…… 若草芽吹く丘の上。 さわやかな風が吹き抜けるその場所で、人々は目を閉じ、祈りをささげていた。 貴族の葬式だと言うのに平民貴族の隔たりなくひざまずき、祈り涙を流す。 偉大なる始祖ブリミルに、ここに眠る者達への安らぎを。 祈りの時間が終わり、墓前への花束贈呈の段になると、沈黙は破られて会話が参加者の間で交わされていく。 これも不思議な事に、貴族が平民に、平民が貴族に、当たり前のように話しかけ、言葉を掛け合い、死者に対する想いに涙した。 墓に眠る彼と彼女の、人望のなせる業なのだろう。 「あの……本当に、よかったんですか? 弟さん、このお墓に入れちゃって」 「かまわんよ」 自分の順番を待っていたモンモランシーの問いに、クラウダは即答した。 「親父殿いわく『貴族の名誉を汚した大愚か者』なんだからな。 そもそも、弟と君の姪子は婿養子を前提としていたんだ。一緒の墓になる事に問題などあるまい」 弟側唯一の出席者である男は、淡々と語る。 親の金庫の金を豪快に散在したとして親から勘当された彼は、準備が整い次第辺境の地へ左遷される事になっている。 式は粛々と進み、モンモランシーに順番が回ってきた。彼女は何一つ手に持たずクラウダとともに墓前に歩み出るが、そのことを咎める者はいない。 この場にいた全員が知っていたのだ。彼女達が成した敵討ちを。 モンモランシーはひざまずいて、クラウダは軍隊における敬礼でもって、それぞれ死者と向き合う。行動は異なれど、伝えたいと思う言葉は一つだった。 ――何もかも終わったのだから、どうか安らかに。 モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ:姪の葬式の際に、その墓前に全て終わった事を報告。いつもの彼女に戻った。 クラウダ・ド・ポワチエ:辺境へ飛ばされる際の最後っ屁として、父親の旧悪を盛大に暴露。父親の元帥杖への道を遠くするどころか、盛大に潰してしまったそうな。
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