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ゼロのスネイク-7 - (2007/07/29 (日) 01:21:29) のソース

7話 

声を上げる者は、一人もいなかった。 
まるでこの場の全員が意思を一つにしたかのように、ヴェストリの広場は静まり返っていた。 
突然の乱入者――ホワイトスネイクに。 
だが当の本人は、そんなことは気にもかけぬ様子で、 

「今ノ青銅人形ガ放トウトシテイタ一撃」 

ホワイトスネイクはそう言い、そこで言葉を切る。 
そして次に―― 

「ソレハマスターヲ十分ニ殺セルモノダッタ」 

そう、確かに言った。 

「ちょ……あ、あああんた、ホワイトスネイク! 一体何言ってr」 
「狙イハマスターノ後頭部。ソシテ青銅人形ノ重量、サッキノスピードカラ推測スレバ、ソレハ確カナ事ダ」 

ルイズが、ホワイトスネイクが突然に乱入したこと、そして今ホワイトスネイクが語る、 
彼女にとっては突拍子も無いことに抗議しかけるも、 
ホワイトスネイクはそれを無視するかのように、黙殺するかのように、 
ルイズの背を向けたまま、淡々と語り続ける。

「シカシ」 

そしてホワイトスネイクはそう言うと、くるりと振り向く。 
だがその眼が見据えるのは主人たるルイズの姿ではない。 
ルイズの決闘の相手――ギーシュだ。 

「ソノ小僧ニ、マスターヲ『殺ス』トイウ明確ナ意思モ覚悟モ有リハシナイ。 
 モシアッタナラ、自由ニ動ケル3体ヲ全テ動員シテマスターヲ襲ワセテイタダロウカラナ」 

ホワイトスネイクはさらにそう続ける。 
まるで獲物を前にした蛇のように鋭い視線を、ギーシュに向けながら。 
そしてその視線に、ギーシュは全身の血が凍っていくような恐怖を感じ、同時にその視線が意味するものを直感的に理解した。 

ホワイトスネイクは怒りを抱いているわけではない。 
しかし、今ホワイトスネイクがギーシュに向けているのは、極めて純粋な敵意。 
つまりホワイトスネイクは今、完全な戦闘体制に入っているのだ。 
いつでも相手の行動に対応でき、そしていつでも相手を殺しにかかれる体制だ。 

一方、ホワイトスネイクを間近で見ているルイズも、ホワイトスネイクがギーシュに向けている感情を同様に理解した。 
そしてホワイトスネイクを召喚してから初めて、ホワイトスネイクに対して「恐ろしさ」を感じた。 
今のホワイトスネイクが、怒りも無く、憎しみも無く、 
ただ単純に始末するべき敵を前にしているかのような、そんな状態でいる。 
しかも、そうすることが当然であるかのように、始末することが当然であるかのように。 

「ホ、ホワイトスネイク!」 

震える声で、ルイズは使い魔の名を呼ぶ。 

「ドウシタ、マスター?」 

それにホワイトスネイクが、感情を交えずに応える。

「め、めめ、命令よ。こ、『殺しちゃダメ』よ。 
 あああんたが、な、何考えてるかは、よく、わ、わわ分からないけど……と、とととにかく! 『殺しちゃダメ』だからね!」 

ルイズは込み上がる恐怖にくじけそうになりながらも、そう命令する。 
「殺してはならない」と、そう命令しなければ、ホワイトスネイクは確実にギーシュを仕留めにかかる。 
それだけはダメだ。 
確かに食堂でシエスタに罪をなすりつけようとしてたのを見た時はムカついたけど、 
だからといって殺していいってわけじゃない。 
いや、殺すのだけはやっちゃいけない。 
そんな感情が、ルイズを突き動かしていた。 

そして一方、命令を聞いたホワイトスネイクは僅かに振り返ってルイズをじろりと見た。 
そして思った。 
やはり、違う、と。 
それどころか、かつての自分の主人だったプッチ神父と比べれば、おそらく180度真逆。 
道徳というヤツを重んじ、自分自身の、あまつさえ他人の誇りさえ重んじ、そしてそれゆえに甘い。 
そのことが――ホワイトスネイクに、今の主人であるルイズへの、失望に近い感情を抱かせていた。 

「……了解シタ」 

しかし、主人の命令は絶対である。 
いくら自分とは合わないとはいえ、主人の命令に逆らうわけにはいかない。 
そのため、ホワイトスネイクはルイズの命令に承知した。 

「え……ほ、ホントに?」 
「本当ダ。タダシ……」 

だがそこでホワイトスネイクは言葉を切ると―― 

「殺サナイダケダガ」 

それだけ、言った。

「へ? え、あ、ち、ちょっと! それってどういう……」 

ルイズが抗議しかけるが、その瞬間には既にホワイトスネイクはルイズの傍から離れていた。 
そして―― 

ドヒュウゥンッ! 

空中を風のような速度で移動し、一気にギーシュの目の前まで迫るッ! 
ギーシュがそれに反応し、杖をホワイトスネイクに向けようとしたが、それは既に一手も二手も遅れた行動だった。 
既にギーシュの首はホワイトスネイクの右手にガッチリと掴まれ、そして空中へ一気にに持ち上げられていたッ! 
地上から20、30サントも足が浮くギーシュ。 
そして自分の体重で首がさらに絞まり、息が詰まりかける。 
その苦しさのためにバタバタと足を振り、 
そして自分の首を掴むホワイトスネイクの手を引き剥がそうと、必死に両手の指をその手にかけるギーシュ。 
ところがその瞬間、ホワイトスネイクはギーシュを自分の後方―― 
しかしホワイトスネイクの後方にいるルイズよりもさらに後方――ギーシュのワルキューレたちがいる方向へ、 
ギーシュの体を、片手であるにもかかわらず軽々と投げ飛ばした。 
呻き声を上げながら、ボールのように地面を転がるギーシュ。 
そして投げられた瞬間はギーシュはまだ気づかなかったが、激しくむせながら立ち上がり、 
周囲を確認したところで―― 
自分の周りに、いまだ無傷で立ち続けるワルキューレ2体、地面に転がっているワルキューレ4体がいることを理解した。 

「こ……これ、は……ど、どういうことだ?」 
「別ニ大シタ事ハナイ。タダオ前ニ……チャンスヲ与エタダケダ。 
 ソレニ、今私ガオ前ニ与エタ状況ニハ、オ前ダケダナク私ニモ意味ガアル」 
「い……意味、だと?」 
「ソウダ。ダガソレニツイテ、オ前ニ語ルツモリハナイ。 
 サテ……カカッテクルガイイ、小僧。 
 オ前ノ青銅人形モ、立テナイダケデ壊レテイルワケデハナイノダロウ? 
 『無事ニ』コノ決闘ヲ終エタケレバ……私ニ仕掛ケテクルガイイ」

あえて「無事に」という言葉を強調したホワイトスネイク。 
ホワイトスネイクからすればまだまだ軽い挑発だったが、 
戦意を喪失しかけていたギーシュに再び戦意を戻らせかけるには、それは十分だった。 

「『無事に』、だと? ルイズの使い魔……君は僕が、自分が傷つくことを恐れているとでも思うのか!」 

相対するホワイトスネイクがやった午前中の凶行のこともすっかり忘れ、食って掛かるギーシュ。 

「事実ダ。デナケレバ決闘ノ相手ヲ背後カラ襲ウヨウナ真似ハ出来ヨウモナイ。 
 ソレニ、オ前ガ本当ニ傷ツクコトヲ本当ニ恐レテイナイナラ……行動デ証明スルンダナ。 
 証明出来レバ、イヤ、ソレ以前ニオ前が行動デキルカハ疑問ダガナ」 

そして再びギーシュを挑発するホワイトスネイク。 
それを先ほどから固唾を呑んで見守る周囲の生徒、そしてルイズ。 
しかし……ルイズには、ホワイトスネイクがわざわざギーシュを挑発する理由が分からなかった。 
それにさっきだってそうだ。 
ホワイトスネイクは、さっきギーシュに仕掛けた時点で勝負をつけることが出来た。 
なのに……それをしなかった。 
そればかりか、ギーシュにワルキューレ6体を再び手駒として、盾として使役できる状況という、 
あまりにも大きすぎるチャンスを与えた。 
一体ホワイトスネイクは何を考えてるの? 
さっき私が「殺すのはダメ」って言ったら、「殺しはしない」って言った。 
口約束みたいなものかもしれないけど……ホワイトスネイクの言葉には妙に信頼出来るものがあった。 
だから、きっとギーシュを殺すという選択肢は取らない。 
でも、ただギーシュを殴って気絶させるとか、 
午前中の授業でやったみたいに「命令」してギーシュを倒すとか、そういうこともしないだろう。 
出来るならさっきの時点でやってる。 
だとしたら……ホワイトスネイクは、何を狙っているの?

そんなことをルイズが考えていたとき―― 

「……めるな……」 

ギーシュの震えた声が聞こえた。 

見ると、先ほどまで地面に転がっていた4体のワルキューレ全てが起き上がり、 
ホワイトスネイクとギーシュとの間に立っていた。 
そして―― 

「僕をなめるなぁーーーーーッ!」 

ギーシュの叫びとともに、一斉に6体のワルキューレがホワイトスネイクに向かう。 
しかしその動きに先ほどルイズに対して行ったような、「青銅の壁」とでも称するべき統制はない。 
ただ6体のワルキューレが一斉にホワイトスネイクに向かうだけだ。 
そして、それが命取りだった。

ドギャアァッ! 

甲高い、金属が引きちぎれる音とともに、先頭のワルキューレが一瞬でバラバラになったッ! 
高速で繰り出されたホワイトスネイクの貫き手が、ワルキューレの四肢の間接を過たず破壊したのだッ! 
そしてホワイトスネイクは、今しがた破壊したワルキューレが地面に落下するよりも速く、 
続く2体目、3体目をラッシュの間合いに捉えるッ! 

「ウシャアアアアアアア!」 

ホワイトスネイクが咆哮とともに、再び貫き手のラッシュを放つッ! 

ドギャドギャギャアァッ! 

先頭に立っていたワルキューレの最後を再現するかのように、今度は2体のワルキューレがバラバラになるッ! 
1体目のワルキューレの大破、そしてそれによって完全に虚を突かれたギーシュは、この時点で「3手」遅れた。 
自分自身でも自分が遅れを取っていることに気づいたギーシュは、 
慌てて残る3体のワルキューレに指令を出す。 

「や、ヤツを取り囲め、ワルキューレ!」 

その命令に応じ、ワルキューレが突進をやめ、ホワイトスネイクを取り囲むべく行動を開始する。 
しかし――そのために、突進を行っていたワルキューレたちは、ほんの一瞬だが、速度を落とさねばならなかった。 
そしてそのために、「1手」遅れた。 
そしてそれを――百戦錬磨のホワイトスネイクが、見逃すハズもなかった。

バギョアァッ! 

ホワイトスネイクの貫き手が、ワルキューレに打ち込まれるッ! 
しかし先程のようなラッシュではない。 
狙いは一点、青銅製のワルキューレの細首ッ! 
それを紙切れのように打ち抜き、支えを失ったその頭部を吹き飛ばす、強力無比にして高速の、貫き手の一撃ッ! 
そして今の一撃を受けたワルキューレが、ぐらりとバランスを崩してよろめくッ! 
しかしホワイトスネイクはそれには眼もくれない。 
まるで初めからそうなることが予測できていたかのように、抜き手を打ち込んだ瞬間から、そのワルキューレに背を向けていたッ! 
そしてホワイトスネイクが眼前に捉えたのは―― 
ホワイトスネイクを包囲するべく、その後方に回り込んでいた2体のワルキューレッ! 
その瞬間になって、やっとギーシュは気づいた。 
自分が「1手」遅れたことに。 
しかし、それに気づいたことすら「1手」遅れていたことには、気づかなかった。 

「ウシャアアアアアアアアアァッ!!」 

再び上がるホワイトスネイクの咆哮ッ! 
そしてそれとともに、しかし今度は正確な狙いを持たずに、 
2体のワルキューレの全身に目掛けホワイトスネイクの貫き手のラッシュが叩き込まれるッ!

ドギャドギャドギャドギャドギャアッ!! 

全身を余すところ無く貫き手で打ち抜かれ、2体のワルキューレは一瞬で青銅の塊と化すッ! 
そして、その2体がズシン、と地面の上に倒れ込むのと同時にホワイトスネイクはくるりと後ろを振り向き―― 

ドギャギャァッ! 

先ほど頭部を吹き飛ばされ、その衝撃で未だにふらふらしていたワルキューレの間接を全て貫き手で破壊し、 
一瞬のうちにバラバラにした。 
ギーシュがホワイトスネイクに6体のワルキューレをけしかけてから――わずか10秒。 
その6体のワルキューレは、全てが青銅のガラクタと化していた。 

そして、それらをわざとらしく、ゆっくりと眺め回したホワイトスネイクは―― 

「ドウシタ、モウ終ワリカ?」 

とだけ言った。

周囲の生徒達も、ルイズも、ギーシュも、口を開くものは一人もいなかった。 
ギーシュのワルキューレ6体を一瞬にして葬り去った、ホワイトスネイクのその圧倒的な強さに。 
そして、これからギーシュの身に起こるであろうこと―― 
ホワイトスネイクからの攻撃を受けるであろうことを想像して。 
もしギーシュがあのホワイトスネイクの攻撃を受けたなら……確実に重傷を負う。 
肩に貫き手を食らったなら肩から先が吹き飛び、腹に食らったなら内臓の半分以上が潰され、 
大腿に食らったなら、太腿から先が吹き飛び、首に食らったなら首から上――頭が落ちて死ぬだろう。 
いずれにしてもギーシュは無事では済まない。 
そしてそのことは、ギーシュ自身にも分かっていた。 
分かっていたからこそ、逆にそのことが、さらにギーシュの心を追い詰めた。 

「く……く、来るな!」 

ガチガチと歯の根を鳴らしながら、ギーシュは杖をホワイトスネイクに向けて叫ぶ。 
しかし――ホワイトスネイクは、「あえて」ゆっくりとした歩調でギーシュに近づいた。 
1歩、1歩、着実にギーシュへと、ホワイトスネイクは向かっていく。 
そしてギーシュはホワイトスネイクが1歩自分に近づくたびに、1歩下がる。 
1歩、ホワイトスネイクが進む。 
1歩、ギーシュが下がる。 
1歩、進む。 
1歩、下がる。 
そして8歩目をホワイトスネイクが踏み出す――かに見えた瞬間、 
突然ホワイトスネイクは地を蹴り、空中を滑るようにしてギーシュに迫った。

「ひっ、ひいいぃ!」 

思わず腰を抜かすギーシュ。 
だが、先ほどまでの距離を半分ほどにまで埋めたところで、ホワイトスネイクはピタリと空中で静止した。 
そしてゆっくりと地に足を着け、先ほどまでのように、1歩1歩、ゆっくりとギーシュに向かって歩き始めた。 
自分に迫ってくるホワイトスネイクを見て、慌てて下がろうとするギーシュ。 
しかし、腰が抜けてしまっている。 
立ち上がることは出来ない。 
でもあのホワイトスネイクに追いつかれたら……。 
そのことを考えた瞬間、ギーシュはホワイトスネイクに背を向け、四つんばいになって逃げ始めた。 

もはや名誉なんて関係ない。 
あいつに追いつかれたら、あいつに追いつかれてしまったら! 
腕が無くなるかもしれない! 足が無くなるかもしれない! 
いやそれどころか、きっと、きっと自分は死ぬ! 
いやだ、死にたくない! 
自分が貴族だろうがなんだろうが、そんな事は関係ない! 
今あいつに追いつかれたら、殺されてしまう! 
いやだ、死にたくない!

そう思ってひたすらにホワイトスネイクから距離をとろうとするギーシュ。 
だが―― 

(なんだ……な、なんだ? 僕の足が、う、動かない! いや、手もだ! 手も動かな……!! 
 な……ま、まさか……まさか! 声も出ないのか!? 
 ……そういえば、何でさっきからずっと静かなんだ? 
 何で誰も喋らな……い、いや! 違う! あいつの足音さえ聞こえない! 
 さっきまで聞こえてた、あいつが地面を踏みしめる音さえ聞こえない!) 
「『手足を動かしてはならない。そして何も言ってはならない』。ソウ、オ前ニ『命令』シタ。 
 モットモ、私ガ何ヲ言ッテルノカ、オ前ニハ理解出来ハシナイダロウガナ」 

ギーシュの後頭部に突き刺さったDISCが、ギーシュから手足の自由と、声を奪っていた。 
もはやギーシュには、逃げることさえ出来ない。 

そして一方、ギーシュをゆっくりと追い詰めるホワイトスネイクを見て、 
ルイズはホワイトスネイクの真の目的を理解した。 

ホワイトスネイクは、ギーシュに「恐怖」と「絶望」を与えようとしている。 
ただそれだけのために行動しているッ! 
すぐにギーシュをぶちのめすという事をしなかったのも、 
ギーシュに6体のワルキューレを使役できる状況を与えたのも、 
6体のワルキューレをわずか10秒のうちに全滅させたのも、 
あえてギーシュにゆっくりと迫っていったのも―― 
全ては、ギーシュを極限まで絶望させ、恐怖させるためだったッ! 
しかも、あえてほんのちょっぴりの希望を与えておいて、最後には相手の全てを奪っていき、絶望させる。 
そんな、あまりにもおぞましく、あまりにも残酷な手法を―― 
ホワイトスネイクは、何の躊躇も無く選択したのだ。

そしてルイズがそこまで理解したとき、ホワイトスネイクはギーシュの正面に回りこんでいた。 
ホワイトスネイクはゆっくりした動作でギーシュの首を先ほどと同じように掴むと、じわり、じわりと上に持ち上げていく。 
ギーシュはもはや完全にパニック状態になっており、眼からは涙を溢れさせ、口角からは唾液を垂れている。 
恐怖によって正気を失う、まさにその一歩手前だ。 
そしてホワイトスネイクが自分の肩ほどの高さ、 
ギーシュの足が10サントほど浮く高さまでギーシュを持ち上げたところで―― 

「最後ニ一ツ」 

ホワイトスネイクが、口を開いた。 

「何故私ガコノヨウナ回リクドイ手段ヲ取ッタノカ、教エテヤロウ」 

「先程マスターハ、私ニ「お前を殺すな」ト、命令シタ。 
 シカシ……私ハ了承デキナイ。 
 仮ニモ私ノ主人ヲ殺ソウトシタ者ヲ見逃スナド……私ニハ了承シガタイコトダ。 
 ダガマスターノ命令ハ絶対ダ。 
 マスターノ命令ニハ従ワザルヲ得ナイ。……ナノデ」 

そこで言葉を切ったホワイトスネイクは、空いた手の指をずぶり、とギーシュの額に突き刺した。 

「命令ノ範疇デ、ソシテ私自身ノ手法デ、私ハオ前ヲ始末スル」

ホワイトスネイクの凶行に、周囲から一斉に悲鳴が上がる。 
周囲の生徒達と同様にそれを見ていたルイズも、全身の血がさぁっと引いていくような感覚を味わった。 
しかし肝心のホワイトスネイクは周囲の様子には一切気をかける事もなく、そしてギーシュの額から指を引き抜く。 
引き抜かれたその手には、鈍く輝く一枚の円盤――DISCがあった。 
そしてホワイトスネイクがギーシュを持ち上げていた手を離すと―― 
ギーシュはどさり、と、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。 

ギーシュが倒れるのと同時に、周囲の輪から一人の女子生徒が飛び出してきた。 
モンモランシーである。 
そしてルイズもまた、それと同時に駆け出した。 
モンモランシーはギーシュの元へ、ルイズはホワイトスネイクの元へ向かう。 

「ギーシュ! ギーシュ! ねえ、起きてよ、ギーシュ!」 

ギーシュに飛びついたモンモランシーが、必死にギーシュの身体を揺り動かす。 
しかしギーシュは虚ろな目を空に向けたまま、返事すらしない。 
そしてその様子を見て、ルイズは顔面を蒼白にしてホワイトスネイクを問い詰めた。 

「ホワイトスネイク! あ、ああ、あんた……言ったじゃないの! 『殺しちゃダメ』って、言ったじゃないの! 
 それなのに……あんた一体、何て事をしてるのよ!」 
「殺シテハイナイ。命令ハ守ッテイル」 
「じゃあ何でギーシュはああなっちゃってるのよ!」 
「ソレハ『記憶』ヲ奪ッタカラダ」 
「……き、『記憶』?」 
「ソウダ。今朝言ッタ、私ノ能力ノ2ツ目ダ。アト幻覚ハ……使ウ機会ガ無カッタノデ、見セラレナカッタガナ」 
「そんことはどうでもいいのよ! それと記憶を奪われたらどうなっちゃうの!? 
 ギーシュは死んじゃったみたいになってるけど、元に戻るの!?」 
「戻リハシナイ。記憶ヲ失ウトイウ事ハ、生キル目的ヲ失ウトイウ事。 
 永久ニ意識ハ戻ラズ、ヤガテ衰弱死スル」 
「そ、そんなっ……!」

淡々とホワイトスネイクから説明される事実の数々に絶句するルイズ。 

「ど、どうやったら治るの?」 
「ソレハ簡単ナ事ダ。コノDISCヲ小僧ノ額ニ差シ込メバ、スグニ意識ハ回復スル」 
「だったら、すぐやりなさいよ!  
 こ、これは命令よ、すぐにギーシュに『でぃすく』を戻しなさい!」 

そのルイズの命令を聞いて、ホワイトスネイクは改めてルイズに対する失望を強くした。 
何故この小僧を許せる? 
自分を殺していたかもしれないこの小僧を、どうしてそうあっさりと許すことが出来る? 
そんな思考がホワイトスネイクの胸中をめぐった。 
しかし……やはり、命令は命令。 
従う以外の道は無い。 
それにホワイトスネイク自身、たとえ命令に疑問は感じたとしても、命令に逆らうつもりはない。 
だが……承知したがたい事もある。 
そして、自分の中ではっきりさせなければならないこともある。 

「了解シタ、マスター。シカシ……一ツ、ハッキリサセタイ事ガアル」 
「な……何、よ」 
「何故マスターハ『殺してはならない』ト命令シタ?」 
「な、何故って……」 
「アノ小僧ハマスターヲ殺ストコロダッタノダゾ? ソレニモ関ワラズ、何故マスターハアノ小僧ヲ救済シヨウトスル?」 
「……確かに食堂でのギーシュの振る舞いには腹が立ったわ。 
 それに、ギーシュがわたしが死ぬかもしれないような攻撃をしてきたことも。 
 でも……だとしても、殺すような事は無いと思うの。 
 甘い考えって、あんたは思うかもしれないけど……それでも、殺すのはダメ。 
 自分でもなんていったらいいか分からないけど……とにかく理屈じゃないの。 
 わたしの心が、そうすることを否定してるのよ」

「……ナルホド、ナ。デハ、マスター」 

ホワイトスネイクはそう言うと、DISCをルイズに手渡した。 

「別ニDISCハ私デナクテモ差シ込ムコトハ出来ル。 
 マスターガソウスル事ヲ選ンダノナラ……マスターガ自分デスルベキダ」 

そう言って、ホワイトスネイクは自分を解除した。 
これ以上この場に居続けると、さらに不愉快になりそうな気がしたからだ。 
多少は自分の不愉快が面に出たかもしれないが、それもどうでもよかった。 
とにかく、一刻も早くこの不快な場から消えたかった。 

DISCを受け取ったルイズはすぐに、ピクリとも動かないギーシュにDISCを差し込む。 
ズブズブと音を立てて、ギーシュの額にDISCがめり込んでいく 
そして―― 

「う……う、うぅ…………」 

ギーシュが呻き声を上げた。 
意識を取り戻したのだ。

「ギーシュ!」 

モンモランシーが涙声でギーシュに抱きつく。 

「な……なんだ? 僕は……ルイズの使い魔、に……」 
「大丈夫なのよ、ギーシュ! もう元に戻ったんだから!」 
「元に……戻っ……た?」 
「ええ! ルイズの使い魔があなたの額から引っ張り出した円盤みたいなのを戻したら……」 

涙ながらのモンモランシーの話を、眼を白黒させながら聞くギーシュ。 
そして―― 

「……はッ! そ、そうだ! ルイズ! 僕は君に謝罪しなければ……」 

自分がルイズを殺しかけたことを思い出し、すぐにそのことを言うギーシュ。 
しかし―― 

「……いいのよ」 
「へ? いや、でも、しかし、僕は君を……」 
「だから、いいのよ。こっちも……あなたに大変なことをしたみたいだから。 
 シエスタに謝っといてさえくれれば、わたしはそれでいいわ」 

そう言ったきり、ルイズは何も言わずにそのまま寮へと戻っていった。 
ホワイトスネイクと自分との間にある、決定的な隔たり。 
そしてホワイトスネイクが内に秘めていた恐ろしさと残虐性。 
それらに何一つ気づけなかった自分が情けなくて、ルイズは何も言えなかったのだ。 


To Be Continued... 
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