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仮面のルイズ-66 - (2008/08/04 (月) 05:17:10) のソース
トリステインの宮殿では、群議のため将軍や大臣達が集まっていた。 会議室では、二十名ほどの高官達が、巨大な楕円形のテーブルを囲み、いつとも終わらない会議を繰り広げている。 「アルビオンはどれほどの軍備があるというのだ、タルブ戦では両軍ともに多数の戦力を失ったが、アルビオンには長年にわたって培われた造船技術があると言うではないか」 将軍、ド・ポワテェの発言に、空軍の参謀らしき人物が挙手をした。 年の頃四十半ばであったが、苦労が多いのか髪の毛は頭頂部を中心にかなり薄くなっている。 「アルビオンからの亡命者と、捕虜の証言では、多くの平民技師が新式のカノン砲を鋳造していたとあります。 また旧体制への忠誠心が深かった技術者の多くは、粛正の名の下に多く処刑され、アルビオンの誇る造船技術は著しく低下していると推察します」 言い終わると同時に、今度は別の貴族が挙手をした、でっぷりと太った腹をさすりつつ、指名を受けると左右に伸びた細いひげを指で撫で、目を細めて話し出した。 「造船技術と竜騎兵の運用法則が張り子の虎では、アルビオンに行くだけ無駄でしょう」 その言葉を聞いてかんに障ったのか、今度は別の貴族が挙手を待たずに発言した。 「何を言うか、長く続いたアルビオンとトリステインの争いを治める機会なのだ、このまま成り上がりのゲルマニアや、無能王のガリアに見下されていて良いと思っているのか!」 「制空権を得たところで運用できる軍隊が無ければ何の意味もあるまい!」 「そもそもだ、女王陛下の近衛兵を名乗る、汚らわしい平民に、某国の殿下どのに対処せねば、アルビオンに勝ったとしても、我々貴族の権威が地に落ちるかもしれんのだぞ!」 「何を言うのだ、今はウェールズ皇太子殿下も利用せねばならん時期だ、大義名分を得ている今だからこそアルビオンに攻め込むべきだろう!」 「あなた方はアルビオンに出資するつもりか?」 「それは………!」 「そもそも………だろうが」 さて、そんな会議が始まってから一言も口を挟むことなく、じっと思案している男がいた。 ルイズの父、ヴァリエール公爵。 彼はゲルマニアとの国境(くにざかい)を領地にもち、その警備を任されている、そのため浮き足立つ大臣や将軍達とは違い、アルビオンに攻め込まなければならぬ理由など無かった。 しかし、ラグドリアン湖に住む水の精霊との約束がある。 ラグドリアン湖から戻ったカリーヌ・デジレは、水の精霊との約束について話した。 カトレアの治療のために必要な水の秘薬、それと引き替えに『アンドバリの指輪』を取り返すと約束したのだが、そもそも指輪を盗み出したのが『クロムウェル』と呼ばれていた人物なのが悩みの種だった。 神聖アルビオン共和国の皇帝、オリヴァー・クロムウェルは虚無を用いて死者をも蘇らせるという。 死んだはずのアルビオン魔法衛士が、ラ・ロシェール等アルビオンと交流のあった各地に飛び、共和国に逆らうレジスタンスの拠点を潰していったことは、ヴァリエール公爵の耳に入っている。 紛糾する会議を横目に、ヴァリエール公爵はじっと考え込む。 水の精霊の話によれば、クロムウェルを含めて二人以上の人間がラグドリアン湖に侵入している、それまで地方の一司教に過ぎなかったクロムウェルが、どうやって指輪の存在を知ったのだろうか。 借りに協力者が居たとして、一司教に過ぎぬクロムウェルの言葉を信じ、水の精霊の下から指輪を奪取できるなど、スクェアクラスのメイジだとしても難しいのではないだろうか。 それほどのメイジが無名だとも考えにくいのだ。 クロムウェルは実力のある何者かに援助されている、いや援助どころではない、むしろ何者かによって傀儡にされていると考えられるだろう。 だとしたら何者がクロムウェルを動かしたのか? 仮にゲルマニアが黒幕だったとしても、財力が持つとは考えにくい、その上捕虜の証言と比較しても、アルビオンのカノン砲技術はゲルマニアを上回っている。 ロマリアの宗教庁の可能性もある、新教徒弾圧の時風を作り出した前教皇の一派なら、自作自演のために戦火を広げるのもやむなしとするかもしれない。 ガリアは……いち早く中立の名乗りを上げ、国力の温存に努め、しかもきな臭い噂は一切存在しない、それがかえって怪しく、また底知れぬ恐ろしさがある。 ガリアの無能王が本当に無能だとしたら、なぜガリアは国家としてそれなりに安定しているのだろうか、権力を握った側近、傀儡と化した王権、無能を装い対立構造を浮き上がらせ緊張を保つ王……歴史から前例を挙げればきりがない。 ヴァリエール公爵は、20メイル以上の天井を見上げてふと考える、ゲルマニアとトリステインの連合軍がアルビオンに攻め込んだ場合、誰が背後を守るのだろうか、引退した自分が考えても意味はないかもしれないが、 軍人として、また戦略家としての自分が、どうしてもそこに思考を傾けてしまう。 「ラ・ヴァリエール公爵、何か言うことは無いのですか」 形だけの議長役を仰せつかった大臣が、公爵の名を呼んで発言を促す。 ふと見れば、高級貴族達は訝しげに公爵の顔を見ている、将軍などは明らかに敵意を持った目で睨み付けているが、これはタルブ戦で兵を出さずに金だけを出したヴァリエールをまだ非難しているのだろう。 周りが注目する中、公爵はわざとらしく小さな咳払いをして、挙手した。 腹の内は決まっている、いや決められてしまったと言うべきだろうか。 そもそもカリーヌが王宮を訪れた際に、女王陛下と非公式の会談が設けられた、その時点でカリーヌは『烈風カリン』の名を用いて、ヴァリエール家がこの度の戦にも参戦しないで済む約束を取り付けてしまったのだから。 「……ヴァリエール家は国境の警備に尽力する」 どよどよと周囲から声が上がる、一部からは怖じ気づいたのかと囁く声も聞こえたが、それを無視してヴァリエール公爵は言葉を続けた。 「決してこの戦を軽んじているわけではない。皆の注意がアルビオンに向いている今、ガリアにレコン・キスタの一派があったとしたらトリステインは甚大な被害を被る、故に国内の治安維持に尽力せねばならん」 そこで別の貴族が机を叩き、叫んだ。 「前回も同じことを申したではありませんか!トリステインだけではない、相手は虚無を騙り死者を操る、邪悪な教団ですぞ!始祖ブリミルから連綿と続く王権の、根底を揺るがす大事件ですぞ!そこに兵す「代わりに烈風カリンが参戦する」ら出さ………」 重々しい一言が、会議の場を静寂で満たした。しかしそれも数秒のことで、すぐに貴族達は浮き足だった声を上げ、公爵の言葉を反芻した。 「れ、烈風カリンとは、まことですか!」 「貴公はあの生ける伝説がどこに行ったか知っているのですか、いや、まさかヴァリエール領の者で!?」 「噂では一騎当千と聞くが、本当にそんなメイジがいるものなのか…」 騒然とした会議室の中で、ヴァリエール公爵は両手を胸の前で組み、椅子の背もたれに体を預けた。 一人の貴族が、公爵に問いかける。 「公爵、今の話は本当ですか」 公爵はゆっくりと、しかし力強く頷いた、その表情にはどこか諦念のような笑みが浮かんでいた。 □■□■ 夜にさしかかった頃、アンリエッタ、マザリーニ、そしてアニエスの三名が謁見の間で非公式の会談に臨んでいた。 本来ならこの場にウェールズにも居て欲しかったのだが、残念ながら自由を著しく制限されている状態であり、会談に臨むことはできない、その代わりアニエスがメッセンジャーとしてウェールズからの手紙を預かり、アンリエッタに渡している。 それは皮肉にも、劇的なタルブ戦争の戦果と、リッシュモン高等法院長の汚職発覚に原因があった。 これには『仮面の騎士』として活躍したルイズだけでなく、情報収集に奔走したアニエス達銃士隊の活躍が大きい。 しかし、銃士隊の活躍を知らぬ貴族は多く、また知っていたとしても平民の部隊を認めない者が、やり場のないやっかみをウェールズ皇太子に向けた。 曰く『ウェールズ皇太子は鳥の骨と癒着し、トリステインを乗っ取るつもりではないか』と…… この噂をアニエス経由で耳にしたアンリエッタは顔を青ざめさせた、その上ウェールズが自から幽閉同然の扱いを受け混乱を避けようとを申し出たので、一時期はアンリエッタが取り乱してしまい、ウェールズは愛しい従姉妹をなだめるのに苦労したという。 アニエスは、宮殿の一角に設けられたウェールズの執務室から手紙を運ぶという、メッセンジャーボーイのような役割を仰せつかっている、それはアンリエッタの信頼故なのだが、事情を知らぬ貴族達は「粉ひき娘がペーパーボーイになった」と嘲笑った。 衛兵すらも下がらせた謁見の間で、ウェールズの手紙を開き、アンリエッタがその中身を確認する。 アンリエッタが手紙を読み終わると、アニエスに手紙を渡し、今度はマザリーニに手紙を開かせた。 「マザリーニ、どう見ますか?」 読み終わった頃に、アンリエッタが問いかけると、マザリーニは一つ礼をしてから答えはじめた。 「ワルド子爵からの報告では、かなりの数の傭兵が集められたようですが、その多くはロンディニウムに集められただけで、実際の運用には至っていないとあります」 そこで、一区切りし、ウェールズの手紙をアニエスに渡した。 「しかしウェールズ皇太子はこれについて、『役に立つ傭兵』と『捨て駒』を分ける段階ではないかと推察しております。またアルビオン北部にはオーク鬼などの亜人種が生息しており、ニューカッスルの攻防戦では幾度と無く亜人による襲撃もあったとあります」 「亜人ですか?」 アンリエッタが聞き返す、するとマザリーニはアニエスに発言を促した。 「……畏れながら申し上げます。トリステインでは、オーク鬼は人々に害をなす凶悪な亜人として知られています。しかしアルビオンの北部と、ゲルマニアの南東部にはかなりの亜人種が存在しております。 知能が高く腕力の強い者が群れのリーダーとなり、亜人どもは殺戮を楽しむために効果的な場所…つまり戦場へと積極的に力を貸すのです」 「……そのようなことが、あるのですか」 アンリエッタはそう呟くと、ふぅとため息をつく。 定期的にオーク鬼やトロル鬼を討伐したという報告が上ってくるが、漠然としたイメージでしか捉えていなかった。 傭兵代わりに運用されるほど知能が高く、こうかつな存在だとは思いもしなかったのだ。 マザリーニはそれにもかまわず言葉を続ける。 「陛下、これらの情報はウェールズ皇太子名義の手紙で、ド・ポワチェ将軍に送ることに致します」 「マザリーニから送っては駄目なの?」 「反感を買うでしょう。……このような言い方は不本意ですが、議会の大部分は小心者です。ウェールズ皇太子殿下は優秀ですが、優秀が過ぎてもいけないのです。ですから交換条件として戦後の援助を期待したいと、懇願する形で手紙を出すのです」 「それでは、ウェールズ様があまりにも…!」 哀れではありませんか、と続けようとしたアンリエッタを、マザリーニが遮った。 「暗殺の危険を避けるためです。皇太子殿下には『小心者』の皮を被って頂かなければならないのです。ここトリステインで殿下のカリスマが発揮されてしまえば、それは内乱に繋がるかもしれないのですぞ!」 アンリエッタの体がびくりと震えた、内乱についてはよく歴史の教育から学んでいた、内乱には首謀者と、祭り上げられた首謀者がいると。 もしアンリエッタの目の届かない所で根回しが行われ、ウェールズを反乱の首謀者に祭り上げられてしまえば、真実はどのような形であれ、ウェールズに会えなくなってしまうかもしれない。 また、ウェールズがアンリエッタ側だと主張するにも、タルブ村での戦果だけでは物足りないと主張する貴族もいるのだから、マザリーニが慎重に慎重を重ねる気持ちも理解できた。 「…わかりました。ですが、殿下への配慮もくれぐれも怠らぬように」 「はい」 会話が途切れたところで、アニエスが呟いた。 「畏れながら、陛下に上申したい事柄がございます」 アンリエッタはアニエスに視線を向け「申しなさい」と呟く。 「はっ。クロムウェルは、各地に死兵(ゾンビ)を使わせております。死兵はそれこそ体が滅びるまで動きを止めません。…今まではレジスタンス狩りという形で用いられていましたが、これがもし、暗殺や、人質、籠城といった形で用いられた場合、あまりにも脅威です」 「その懸念はマザリーニから話がありました。…少し早くなりましたが、アニエスにも申しておくべきでしたね。マザリーニ、説明を」 こほん、とマザリーニが咳払いをし、アニエスに視線を向けた。 「人質として狙われる確率が最も高いには、兵役に出た教師や男子生徒の居ない魔法学院だ。アニエスにはその件を魔法学院の学院長に伝えて貰おうと思っていた」 「では、私は伝令を?」 「それだけではない、魔法学院に残った生徒達に訓練を施して貰いたいのだ。こう言っては何だが……下手に正規の軍を派遣するよりも、傭兵相手に慢心せぬ銃士隊に任せるべきかと思ってな」 アニエスは、眉間に力が入るのがわかった。 『傭兵相手に慢心せぬ銃士隊』…逆説を述べれば、正規の軍では卑劣な手段に太刀打ちできないと言っているようなものだ。 銃士隊設立以来、もっとも重要で、困難な任務になるかもしれない、そう思うと不機嫌さよりも、体の奥底から熱いものがわき上がってくる気がした。 アニエスは、跪いて深々と頭を垂れた。 翌朝、ワルドはウエストウッドの一室でぐぅぐぅと寝息を立てていた。 ラ・ロシェールまで遍在を飛ばし、駐屯しているトリステイン軍の人間にアルビオンでの調査結果を報告して、その場で遍在を消去する。 風のスクェア、それも遍在に特化しているワルドだからこそできる芸当だが、さすがにラ・ロシェールに遍在を飛ばすのは辛いらしい。 「なんだい、まだ寝てんのか」 キィ、と音を立てて扉が開かれ、ワルドの寝る部屋に入ってきたのは、マチルダだった。 寝息を立てているのを確認すると、壁に立てかけられたデルフリンガーを持ち上げて、音を立てずに部屋を出てた。 廊下に出たマチルダは、心配そうな表情のティファニアが、ワルドの部屋をちらちらと見ているのを見つけた。 「マチルダ姉さん、ワルドさんは?」 「疲れ果てて寝てるよ、まあ昼には起きるだろうさ」 「そうなんだ…大丈夫かな」 「心配することじゃないよ、あいつは人の裏をかくことばかりしてたんだから、いい気味さ」 「もう、姉さんったら……とりあえず子供達にもワルドさんを邪魔しないように伝えておくね」 「それがいいね」 朝食後、マチルダは自分の部屋に戻ると、デルフリンガーを鞘から3サントほど抜いた状態にしてテーブルの上に置いた。 「デルフ、昨日、報告のついでに変な男に気づかれたかもしれないって言ってたじゃないか、そいつについて詳しく分からないかい?」 『詳しくは分からねえよ、昨日喋った通り、ルイズの嬢ちゃんが言ってた容姿ぐらいしか分からねえ』 「…そっか、今日の昼ごろ、協力者が来るんだけど、そいつにも聞いてみようかと思ったんだけどねえ」 『そっちは何か、心当たりでもあるのか?』 「火を操る凄腕の傭兵が居るって聞いたことがあるのさ、容姿も似てるし、もしかしたら本人かもしれないしね。まあ調べておいて損はないだろうさ」 『聞くのは結構だけどよ、調べさせるのは止した方がいいぜ。ルイズの嬢ちゃんは400メイルは離れた場所で、廃屋に隠れて見てたんだ。それなのに見られたってのは偶然じゃねえと思うよ』 「風系統の『遠見』かい?」 『いや、もっと漠然としたもんだと思うぜ、姿形を認識たわけじゃねーだろ。たぶん、やたら勘が鋭いとか、他人の視線に敏感とか、そんなやつだ』 「……ワルドとは違う意味で厄介だね。まあ、姿形を変えられるルイズの方が、いざって時に逃げられるだろうけど…」 『でもなあ、なんかいやな予感がするんだよなあ…』 「いやな予感って何だい?あたしゃあの嬢ちゃんが誰かに殺されるなんて想像できないけどねえ」 『…殺される予感じゃねえんだ。その逆だよ』 デルフリンガーの呟きに、マチルダは答えなかった。 時刻は少しさかのぼる。 ロンディニウムの大通りから、かろうじて幅2メイル程の裏通りに入ると、数件の酒場があった。 更にその奥へと進むと、二階建ての小さな家が建ち並んでいる、トリステインの大通りと比べると一回り小さく屋根も低い、アルビオンの平均よりやや貧しい家々だと言える。 そのうち一つ、何の変哲もない建物の二階に、ルイズがいた。 「ふぅ…」 「坊やかと思うはずよ、すごく筋張った腕じゃない、それなのに肌は綺麗なんてずるいわ」 ルイズが鎧を脱ぎ、肌を顕わにすると、それを横目で見ていた別の女性が諦念を含んだ声で呟いた。 ベッドの上に座り、胸を顕わにしたベビードールに身を包んだその女性は名をアネリといい、男を相手する娼婦であったが、ルイズを男だと思いこんで誘ってしまった。 しかし、ルイズもごろつき数人から追われていたので、なりふり構っていられないとばかりに誘いに乗ったのだった。 アネリは、ルイズから渡された一枚の金貨を掌でもてあそぶと、にやりと笑みを浮かべた。 「筋張ってる…そうね、まあ否定はしないわよ。これでも力には自信ないんだけど」 鎖帷子を床に置いて、自分の腕を見る。 吸血馬の力を借りることで、余分な脂肪の一切無い鍛えられた体をしているが、吸血馬のパワーと比べて劣っているようにしか思えなかった。 「そりゃそうよ、男と比べたら、女の細腕なんて弱いもの」 その辺の有象無象と比較しているアネリの台詞に、ルイズは苦笑しつつベッドへと腰掛けた。 「さっきの奴ら、裏通りから手を伸ばして私の腕を掴んだのよ、そのまま引きずり込もうとしたから脇腹を殴ってやったんだけど。この町ってあんな奴らばかりなの?」 ルイズの言葉に、アネリが苦笑しつつ答える。 「そんな連中が増えたのはつい最近さ、レコン・キスタが入り込んでから、傭兵崩れがドッと増えたのさ、お宝が沢山割り振られたとかでね。あたしも稼がせて貰ったよ。」 「ふぅん…じゃあ、レコン・キスタがくる前は?」 「ああ、そうだね、その頃は堂々と客引きもできなかったよ、前の王様はそりゃぁ厳しかったからね、家もなきゃ親もないあたしらが生きるには苦しかったさ」 「……そう」 ルイズは一言だけ呟いて、座ったまま背伸びをして、どすんとベッドに倒れ込んだ。 それを見てアネリはふふんと笑い、ルイズの髪の毛に手を伸ばした。 「あんたもワケありって顔してるね。けっこう数こなしてるんでしょ?」 「そう見える?」 数をこなしてる、という言葉が気になってルイズは顔を向けた。 「なんとなくね。だってさ、肝が据わってるって言うか、荒事に慣れてるみたいだもの、」 「大したことはしてないわよ。露払いぐらいしかね」 自嘲気味にルイズが答えると、アネリはわざとらしく肩をすくませて「おお、怖い怖い」と呟いた。 「ワインでも取ってくるわね」 「別にそこまでしなくてもいいわよ」 「あたしも飲むのよ、まあここで待ってなさいって」 アネリがそう言って一階に下りていくと、ルイズはううぅんと大きく息を吸い込んで、体を大の字に広げた。 「……一人ってのも、久しぶりね」 ルイズはふと、アルビオンに始めて来たときのことを思い出した。 姉のエレオノール、母カリーヌ、父ヴァリエール、そしてお供が何人か…十人だったか十五人だっただろうか、あの頃は何も知らなかった。 なぜカトレア姉様が来られないのか、なぜカトレア姉様だけがヴァリエール領で一人寂しく待っていなければならないのか、それが分からずに駄々をこねた覚えがある。 でも、今はそれ以上に強い思い出がこの地にあった。 ブルート、ブルリンなんてあだ名で呼ばれていた、義理堅くてどこか抜けている男。 ニューカッスルの攻防戦でワルドを退けた後、彼は『ニューヨークだ!』と言って光るゲートの向こうに行ってしまった。 使い間を召還するときにしか出現しないあのゲートを通って、いったい、彼はどんなところに行ってしまったのだろうか?いや、帰っていたのだろうか…… その後すぐ現れた吸血馬には、いきなり襲われ、食われた。 必死の抵抗を試みて脳をかき回し、肉片を埋め込んだことで従順になったが……よく考えてみれば、生命力で勝るあの吸血馬が、ルイズの肉片ごときで制御下に置けるとは思えない。 タルブ戦で、エクスプロージョンを放った時のことを、デルフリンガー『吸血馬は”自分の意志で”身を挺して嬢ちゃんを庇ったんだぜ』と話していた。 吸血馬は、自分の意志で守ってくれたのだろうか…? だとしたら私は、とても罪深いことをしてしまったのかもしれない。 吸血馬が自分の意志で好意を抱いてくれていたのか、それとも洗脳によるものなのか、確かめるチャンスは永遠に失われてしまった。 ルイズはベッドに寝そべったまま、吸血馬の骨が埋まっている手首を見た。 掌を開いて、握りしめ、開いて握りしめると、ミシミシと筋肉の緊張する音が聞こえてくる、それは筋肉と言うより、糸状になった鋼の強度を誇る。 一呼吸置いてルイズは、いとおしそうに手首にキスをした。 「ほら。ワイン持ってきたよ」 しばらくすると、アネリが扉を開けて部屋へと入ってきた。 ボロボロのバスケットに、ワインの入ったピッチャー一つとグラスを二つ入れている。 それをベッド脇のテーブルに置くと、慣れた手つきでグラスにワインを注いでルイズに渡した。 ルイズは体を起こしてグラスを受け取ると、グラスの表面をじっと見つめた、上から見るとほんの少しいびつな六角形をしており、透明度は高いが反射は均一ではない、歪みか、それとも汚れが原因なのか……ともかく硝子の安物のグラスであることには間違いはなかった。 「…ん」 くいと一口口に含んで、飲み込むと、独特の酸味と苦み、そして後付けされた甘みが口の中に広がった。 「すごい甘みね」 「ああ、ちょっと良いヤツを分けて貰ったんだ、わかるかい? 金貨なんて貰っちゃったからねえ、サービスだよ」 ちょっと良いヤツ、と言われてルイズは苦笑した。 公爵家で育ったルイズには、どう考えてもこのワインが良い物だとは思えない、魅惑の妖精亭でもこのレベルのワインは出さなかったはずだ。 それでも、このアネリと名乗る娼婦なりの心遣いなのだろうと思うと、ルイズは嬉くなった。 「ええ、悪くないわ」 空になったグラスを手で弄び、横目でアネリを見て、ルイズは笑みを浮かべた。 それがまるで流し目のようで……不思議な魅力に驚いたアネリは目をぱちくりとさせた。 「ねえ、あんた……」 ずい、とアネリが近寄る。 「…何」 「こうして見るとさ、あんたの目つきとか、気になっちゃうんだよ。……あたしもその気になるとは思ってなかったんだけどさあ、あんた意外と良いね」 「?」 何の話をされているのか分からないルイズは、押し倒そうとするアネリに逆らわなかった。 「ね、いいだろ?これも経験だと思ってさ」 喋りながらも手慣れた手つきでルイズの服を脱がしていく、ルイズは抵抗しようかと思ったが、今更恥ずかしがることも無いかと思い、されるがままになっていた。 シャツを脱がされ、胸から首筋へと啄むように何度もキスをされる、ルイズはこそばゆい感触に慣れず、眉間に皺を寄せたが、すぐに”そういうものだ”と思って慣れることにした。 ズボンを脱がされて、股間に手が伸びると…ふと、今は懐かしきヴァリエール家の浴室を思い出した。 幼い頃、まだ物心付いて間もないころだ、入浴の時は侍女が体を洗ってくれていた。 すぐに自分で身だしなみを整えるようにも教育されたが、その頃と今と何か似ている気がする。 ”されるがまま”だったルイズは、未知の感覚を覚えようと、目を閉じて積極的に身を任せた。 「う…」 アネリの指がデリケートな箇所に触れると、現れるときとは違う、波打つような指の動きに思わず声を漏らした。 もし自分が男だったら、こんな時はどう対処していたであろうか、そんなことを考えていると不意にこの娼婦の相手をしたくなった。 こんな経験も、たまにはいいか……そう考えて目を開けると。 「え?」 アネリの左手はルイズを撫でたままで……しかしその右手はナイフを握りしめていた。 どすっ、といやな音が体の中に響く、勢いよく突き立てられたナイフは、筋肉を確かめるように愛撫された肋骨の隙間へと易々と吸い込まれていく。 ずぶぶぶっ、と体重を乗せられたナイフが突き刺さると、左の手で枕を取り、ルイズの顔に押しつけた。 「入っといで!」 その声に合わせて、一階の方からどやどやと数人の声が聞こえてきた、枕で視界を遮られていても、ルイズの耳は人数と体格を正確に聞き分ける。 「おお、やったか!」 男、身長180サント程、かなりの筋肉質で体重もある。 「もったいねえなあ。いい女だと思ったのに」 男、身長190サント弱、筋肉質。 「何言ってやがる、こいつ、俺を殴りやがったんだぞ、俺が殺してぇぐらいだ」 男、身長175サント程、筋肉も多いが脂肪も多い。数時間前に殴り倒したヤツ。 足音と声から人数と特徴を推察している間にも、部屋に入ってきた男達はルイズの荷物を物色し始めた。 「ひゃァ!こりゃたまんねえ。金貨だぜ。二十枚はあるぜ」 「こいつはどこかの坊ちゃんだったのか?」 「どこからか盗んできたんだろうぜ、女は怖いからな!」 「ちげぇねえ!ははは!」 「それにしても、ジョン、あんたらがこんな女にナメられるなんて驚いたよ、ヤキが回ったかい?」 「それを言うなよアネリ、この女ぁ一度や二度は傭兵でもやってたんだろ、上手い具合に蹴飛ばされちまったよ」 「はン、油断してんのが悪いのさ。あたしなんてグラスにしびれ薬を入れて、ナイフで一突きよ、どうだい?手慣れたもんだろ?」 「おお怖ぇなあ!俺は絶対おめえを買わねえぞ、殺されちゃたまんねえからな」 「何言ってるんだい、このやり方を教えてくれたのはあんただろ?あんたがあたしを買うときは見張りまで混ぜるじゃないか」 「ハハハ!」 「ああ、なぁんだ、グルだったの」 [[To Be Continued...>仮面のルイズ-67]] ----