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第五章 二振りの剣-2 - (2010/02/15 (月) 12:59:56) のソース

デルフリンガーを買った日の夜中、リゾットは眼を覚ました。 
物音がしたわけではない。明かりがついたわけでもない。だが、何か感じた。 
まるで自分が他組織の暗殺者に狙われている時のような、冷たい空気だ。 
部屋を見渡すが、ルイズが寝ているだけだ。 
「…………」 
壁に立てかけたデルフリンガーを手に取り、そっと部屋を出る。 
静まり返った廊下をひたひたと歩き、廊下の角を曲がろうとしたその時、曲がり角の向こうから刃が振り下ろされた。 
「!?」 
咄嗟に横に跳躍しつつデルフリンガーを抜くが、凶刃はリゾットの腿を浅く掠めた。傷口に血がにじむ。 
「おいおい、闇討ちとは穏やかじゃねーな、相棒。お前さん、何したよ?」 
「………心当たりはないな……」 
少なくともこの世界では、と心の中で付け足しつつ、リゾットは曲がり角の向こうに警戒する。 
「……惜しいわね。やっぱりブランクが長いと鈍るのかしら? だけど、その動きは『覚えた』わ」 
どこかで聞いた声がして人影が姿を現す。リゾットの眼がその顔を捉えた。 
「…キュルケ……か」 
「おでれーたな! 女かよ!」 
炎のような色の髪の女がそこに立っていた。顔は妖艶に笑っているが、その眼は殺意に満ち、その手には剣が握られている。 
「ふふふ……私のものにならないなら…リゾット、死んでくださる?」 
「何だ、相棒の痴話喧嘩かよ。やるねー、この色男」 
リゾットはデルフリンガーの緊張感のない声を無視した。そしてキュルケの剣に気付く。

「あの剣は……」 
「おお、ありゃ武器屋で相棒が買わなかった奴じゃねーか。やばいぜ。あれはよく斬れる」 
「……心配は要らない……。キュルケは剣に関しては素人だ…」 
リゾットが不意を打たれたにも関わらず、先の一撃を避けられたのは大した太刀筋ではなかったからだ。 
リゾットとて、剣を使うのは初めてだが、刃物の扱いなら長けている。 
その上、デルフリンガーを握った途端、身体が羽のように軽くなった。 
見ると、左手のルーンが淡く光っているが、そのことについて考察している暇はない。 
「そこまで分かっているなら、素直に斬られてくださる?」 
「いや……それもお断りしよう。逆恨み……なんてくだらない理由で殺されてやるほど、俺の命は安くはない……」 
「そうかしら? 貴方、死にたがってるんじゃなくって?」 
「何……だと?」 
リゾットが聞き返すと同時に袈裟斬りに斬り込んで来た。二合、三合と刃を交える。 
(少しは本気を出したようだが、この程度か……) 
剣の勝負ではリゾットに分があった。問題は魔法である。まだキュルケは杖を抜いていない。 
(杖を抜いた瞬間、剣を弾き飛ばして当身を入れれば終わりだな……。 
 まさか袖にされたからといって殺しにかかるようなキレた女には見えなかったが…) 
そう考えていると、キュルケが胸元に手をやる。杖を取り出す気だ。 
デルフリンガーで剣を弾きつつ、一歩踏み込もうとする。が、途端にデルフリンガーが警告を発した。 
「相棒、とまれ!」 
踏み込みを止めた直後、身体を冷たい刃が通り抜ける感触があった。肩から胸にかけて血が吹き出す。 
「バカなッ!」 
後ろに跳躍して距離をとる。が、キュルケはすかさず杖を抜き放ち、炎を放った。 
着地点が火に包まれ、リゾットの身を炙る。 
「クソッ!」 
地面を転がって鎮火する。 
「後一歩踏み込んでくれば、真っ二つにしてあげたのに……」 
「お、おい、相棒、大丈夫かよ!」

「ああ……。警告…されなかったら……死んでいたな……」 
リゾットは傷口を探る。胸の傷は何とか致命傷というほどではないものにとどまっていた。 
火炎による火傷も速度を重視した魔法だったためか火力が少なく、軽度の火傷で済んでいる。 
「そして、キュルケ……、お前…『物体を透過させる能力』を持っているな……。 
 でなければ弾いたはずの剣が俺を斬るはずがないし…今の一撃で服が斬れていない説明がつかない………」 
にいっと唇を持ち上げ、キュルケが笑う。それは酷く似合わない笑みだった。 
「そうよ。種明かしをすると剣の能力なんだけど…。貴方を斬るなら少しは業物を使わないとね」 
「…確かに……驚いた。だが、剣が透過することを知ってさえいれば、何とかならないわけじゃあないな」 
再び両者の剣が火花を散らす。 
キュルケはリゾットの攻撃を受けられるが、リゾットはキュルケの透過剣を受けることはできない。 
その上、リゾットは魔法を唱えさせないために、間を置かずキュルケに攻撃を仕掛ける必要があった。 
自然、動きはリゾットの方が激しくなるものの、身体能力はリゾットが数段上のため、何とか有利に運びつつあった。 
だが、位置を変えながら切り結ぶうちに、リゾットは奇妙なことに気がつく。 
(何だ…? だんだん速く、鋭く、強くなっていく!) 
「今さら気がついたの? そうよ。貴方と戦っている間、私は貴方の強さ、速度、剣筋、それを全て覚えているの」 
 そして一度『覚えた』攻撃には!絶対に!負けない!!」」 
「ぐっ!?」 
予想外の強力な一撃にデルフリンガーが弾かれ、態勢が外に流れる。衝撃で腕に痺れが走る。 
同時に突き出されるキュルケの杖。瞬く間に詠唱が完成し、杖から炎の球が打ち出された。 
「消し炭になりな……」 
回避不能な、必殺のタイミング! まさに絶体絶命!

だが、眼前まで迫った火球は反転し、掻き消えた。 
リゾットの背後から突如として吹き付けた突風が、火球を押し返したからだ。 
突風は同時にキュルケの身体をも吹っ飛ばし、壁に叩きつける。 
「うおおお!?」 
次いで空中に無数の氷柱が浮かび、キュルケの服とマントを壁に縫いとめる。 
剣にも無数の氷柱が襲い掛かったものの、全てを透過する剣は弾かれることもなかった。 
「これは…魔法……。邪魔はされたけど…確かに『覚えた』わ…」 
呟きながらキュルケは透過能力で刺さった氷柱のみを切り払い始める。 
いつの間にかリゾットの後ろに青い髪の少女がいた。 
「お前は……図書室の……」 
青い髪の少女……タバサは無言で頷いた。 
あの後、町から帰ってきたキュルケは体調が悪いといって部屋に引っ込んでしまった。 
不安が捨て切れなかったタバサは、シルフィードに通じてキュルケを空から監視していたのだ。 
すると案の定、キュルケは剣を持って夜中に抜け出した。 
何もなければよし、何かあった場合のため、急いでやってきたというわけだ。 
「…多分、あの剣がキュルケを操ってる……」 
「所持者を支配するタイプのインテリジェンスソードか! おでれーた! 
 でもよー、さっき触れたときは何も感じなかったぞ?」

デルフリンガーの呟きを聞きながら、タバサは後悔と、自分自身への怒りを感じていた。 
予兆はあったのだ。あの時、彼女に警告していれば、こんなことにはならなかった。 
今、自分の前にいるのはキュルケであってキュルケではない。 
その顔は殺意と内面の邪悪さを表した醜悪な笑みを浮かべている。 
あんなものを彼女は決して浮かべまい。彼女に対する大いなる侮辱だ。 
ふと、口の中に血の味が広がる。知らず知らずのうちに唇をかみ締めていたらしい。 

タバサの指摘を聞いたキュルケの口調が変わる。 
「魔法じゃあない。スタンドだ……。俺は冥界の神『アヌビス』のカードを暗示とし…所持者を本体とするスタンド。  
 リゾット・ネエロ、お前の命…貰い受ける」 
「『アヌビス』? 『スタンド』…だと…? まさかお前は…地球から?」 
「そうらしいな~…。いつごろ、どうやって移ったのか…覚えていないが… 
 世界は変わってもやることは同じ……。より多くの血を吸うだけよ!」 
「……地球から来たものに会うのは初めてだ…。興味が湧く…。どうやってこちらに来たのかという興味はな…。 
 だが……手加減して勝てるわけではなさそうだ…。これ以上覚える前に、その身体ごと再起不能になってもらう」 
剣を構えるリゾットだが、タバサがそれを遮った。 
「ダメ」 
「……キュルケの知り合いか?」 
「友達」 
少し考える。だが、まるで表情に感情を出さないタバサが真剣な表情を読んで納得した。 
少なくとも彼女にとってはキュルケはかけがえのない存在なのだ。 
「分かった……。全力で助けよう」

早くもキュルケ……いや、アヌビスは立ち上がりつつあった。 
「とはいえ、どうするかな…中途半端に仕掛ければまた『覚え』られるだろうしな…」 
「耳を」 
「何か…考えがあるのか?」 
頷くタバサに、リゾットは耳を寄せる。ぼそぼそと二人が小声で話し合う。 
「……なるほど……。分かった。任されたからには必ず果そう。だが、お前はできるのか?」 
「大丈夫」 
「何をしようと無駄だ。魔法と剣…この組み合わせに死角はない!」 
立ち上がり、右手に本体、左手に杖を持ち、にじり寄るアヌビス。 
「行って」 
タバサはリゾットに指示を出すと再び『ウィンド・ブレイク』を唱える。 
発生した突風に続き、リゾットも片手に剣を携え、風のようにアヌビスへと走る。 
魔法と剣撃の二段構えでアヌビスに迫る! 
それに対し、アヌビスは半身に構え、キュルケの赤い髪を躍らせながら、自ら突風に身を投じた! 
「『覚えた』といったはずだ……。一度覚えた攻撃には絶っっっっっっっっ対に!」 
一瞬で風の流れを読みきり、半身に飛び込むことで風からの影響を受ける面積を最小限に減少! 
突風の中でアヌビスの刃が逆袈裟に振られると、風が急速に勢いを失う。 
「負けんのだぁぁ!!」 
リゾットの剣は杖で受けようとする。しかし、デルフリンガーの刃は杖の寸前で止まった。 
「ナヌッ!?」 
一瞬の後、リゾットは隠し持っていたナイフで杖を横薙ぎに飛ばす。 
「……所持者を本体にする、とはいえ……透過できるのはあくまで剣だけのようだな……」

「ぬぅ!?」 
アヌビスはリゾットを斬り殺そうと剣を振り下ろす。 
その次の瞬間、続けざまに二回、柄に強烈な衝撃を感じ……アヌビス本体が宙を舞った。 
「大した腕だ…。俺の攻撃タイミングを完全に読みきるとはな……」 
仕掛けたのはタバサだった。 
アヌビスの気がリゾットに向いた瞬間を狙い、風の刃を作り出す『エア・カッター』を連続で唱え、アヌビス本体を弾いたのだ。 
相手の先を読み、その上で詠唱をはじめなければ成功しない離れ業だった。 
「杖を取られればどうしても注意がこちらに向く……。元々見えない刃だ…。気づきもしなかっただろう……」 
アヌビスは廊下を音を立てて転がっていく。 
「不覚…。だが、その攻撃…確かに、『覚えた』…ぞ………」 
その言葉を最後にアヌビスの制御を離れ、崩れ落ちるキュルケの身体をリゾットが支える。 
「……これ以上、能力を取り込まれていたら対処できなくなるところだった…な……」 

う~ん、と唸ってキュルケが眼を覚ます。 
「……あら? リゾット? ……ずいぶん情熱的ね。でもいいわ、答えてあげる」 
キュルケに抱きつかれた。 
気を失って眼を覚ましたらリゾットの腕の中にいたのだからそう勘違いするのも無理はない。 
しかし、リゾットの方はそれどころではない。キュルケを引っぺがす。 
「離れろ……。説明は後だ。……まだ終わってないんでな…」 
「そうだぜ、相棒。あの剣を回収しねーと!」 
「鞘を」 
短く告げると、タバサは剣の転がっていった方向に走る。 
リゾットと、事情を把握できないキュルケは転がっていた鞘を拾い、タバサに続くのだった。

一方、その少し前、ルイズは目を覚ましていた。何だか外で物音がした気がしたのだ。 
リゾットがいつも寝ている床を見るとリゾットも、壁に立てかけてあったデルフリンガーもいない。 
(あいつ……どこ行ったのかしら。こんな夜中に) 
剣がないのが気になる。と、そこに廊下から金属音が響いてきた。やはり何か起きているのだ。 
「ご主人様に心配かけるんじゃないわよ、あの馬鹿…」 
ぶつぶつ言いながら起き上がり、部屋を出る。 
部屋を出たところで、何か足元に転がって来た。抜き身の剣だ。 
(なんでこんなところに剣が? 危ないじゃない) 
そう考えたのも束の間、ルイズはその剣の美しさに魅入っていた。 
心の中で何かが警鐘を鳴らすが、それを無視して、剣を拾い上げる。 
「ダメ」 
「ルイズ、それに触るな!」 
タバサとリゾットの制止の声が響くのと、ルイズが剣を握るのは同時だった。 
「あちゃ~~…」 
デルフリンガーが溜息をついた。 

「早い再会だったな、二人とも……」 
ネグリジェ姿のルイズがすさまじい殺気を放ちつつ歩み寄る。 
「…どうするべきかな……」 
横の青髪の少女は、立て続けに魔法を放ったせいか、多少、疲労が見られる。 
(確か魔法も無制限に撃てるわけではなかったな…)

一方、事態をまだ理解できていないキュルケはルイズの持った剣に気がついた。 
「ちょっと、ヴァリエール! その剣、返…」 
キュルケは言葉に詰まった。 
ルイズから…正確にはルイズを乗っ取ったアヌビスから放たれた殺気に触れたからだ。 
リゾットは暗殺者として多くの殺し合いを経験してきた。 
タバサは命がけの任務にいくつも従事してきた。 
しかしキュルケは違う。世間の風評はどうあれ、本気で殺し合いをしたことなどない。 
アヌビスが向ける掛け値なしの殺気に、キュルケは全身が凍らされたような感覚に陥った。 

「おい、夜中にうるさいじゃないか、君たち!」 
そしてここにも空気を読まないキャラが一人。風上のマルコリヌである。 
ルイズ同様、騒音でおきだしたのだ。 
「何だ、ゼロか! まったく君は常識もゼロなんだな!」 
異常な殺気を放っているのにまるで気付かないでルイズに話しかける。 
「ゼロゼロって…うるせー奴だ。てめーの命をゼロにしてやるぜ!」 
アヌビスがマリコルヌに斬りかかるが、その前にタバサの『エア・ハンマー』がマリコルヌを吹き飛ばした。 
壁に叩きつけられたマリコルヌはそのまま失神した。タバサがぼそっと呟く。 
「マリコルヌ、空気読め」 

「「撤退」する」 
異口同音に呟くと、蛇に睨まれた蛙のように凍りついたキュルケの手を引っ張り、反転する。

「逃げるか……。しかし逃さん! 既に俺はあの二人を上回っているのだ!」 
アヌビスもすぐに後を追って走り始める。 
アヌビスが走りつつ、魔法を唱えると、リゾットの真横で爆発が起きた。 
「……命中精度はよくないようだが、やはりルイズの爆発魔法が使えるのか…」 
「な、何なの? 何でヴァリエールが…」 
「あの剣に操られてる」 
三人はそのまま角を曲がる。 
アヌビスも続けて曲がるが、角を曲がったところでリゾットのナイフがアヌビスめがけて飛んだ。 
「シャッ!」 
しかしアヌビスは神業的反応を見せ、ナイフを叩き落す。 
「……持ち主が変わっても取り込んだ能力は忘れないようだな……」 
「どうする、相棒? 今のあの貴族の娘っ子は手加減して勝てる相手じゃねーぜ」 
「………」 
しばらく思考した後、不意にリゾットが口を開いた。 
「キュルケ、図書室の女、奴の狙いは俺だ……。俺が囮になる、どこかで分かれるぞ」 
「そんな! ダメよ、リゾット。ヴァリエールは本気よ。殺されてしまうわ」 
「危険」 
「危険はどの道同じだ…。それに気づいているか…? 奴は攻撃ほどのスピードじゃないが…速度も『覚えて』いる。 
 このまま三人で逃げれば追いつかれる。お前たちは……ギーシュを呼んできてくれ」 
「「ギーシュ?」」 
思わず二人の声が被る。よりによって何故ギーシュなのか?

「ギーシュだ。ワルキューレを使う…。作戦はこうだ…」 
「!」 
タバサは途中で気がついたようだが、リゾットは手短に作戦を説明する。 
「出来るか?」 
「可能」 
「……あたしたちは問題ないわ。でも、それじゃ貴方は…」 
「では、頼んだ。次の通路を俺は左、お前たちは右だ」 
返事を待たず、T字路で三人は分かれた。 
「分かれたか…。だが、まずはあの男からだ。あの男の秘めている『力』。まだ底がありそうだからな…」 
リゾットは人の少ない場所を選んで走る。無関係な人間に見られたら拙いからだ。 
まあ、仮に誰かに見られたとしても、『メイジが使い魔を追い掛け回している』ということで放っておいてくれただろう。 
アヌビスはリゾットを追うのに集中しているため、目撃者の始末まではしなかった。 
これはリゾットにとっては幸いだった。ルイズの身体を操るアヌビスに人殺しをさせた時点で、リゾットの負けなのだから。 
リゾットとルイズでは体力と歩幅に圧倒的な差がある。 
それに加えて左手のルーンが光り輝いている影響か、身体は羽のように軽く、アヌビスを容易に追いつかせない。 
(一体、これは何だ…? ) 
攻撃と違い、その身に受けるわけではない走力はアヌビスも覚えにくいようだった。 
近づいては離れる追走劇の中で、リゾットの中にふと、異質な思考が浮かぶ。 
(斬られるのも悪くない……) 
「おい、相棒! 追いつかれるぞ!」 
「!?」 
気が付くとすぐ後ろにアヌビスを大上段に構えたルイズが迫っていた。

振り下ろされる斬撃を転がって回避し、追い討ちの爆発の威力を利用し、跳ねるようにして立ち上がると、再び加速する。 
「惜しいな…。だが、また『覚えた』ぞ…」 
「頼むぜ、相棒! ぼーっとして斬られるなよ!」 
「ああ……分かってる。少し、血が流れすぎただけだ…」 
確かに胸の傷の出血は続いているが、それだけではない。 
リゾットは頭を振って、浮かび上がった思考を振り落とした。 

中庭に着くと、既にギーシュが待っていた。 
「やあ、リゾット。ご主人様に追い掛け回されてるらしいね。僕の力が必要だって?」 
「ああ……」 
「というかだね。剣が人を操るなんて俄かには信じられないんだが…うひぃッ!?」 
「どうやら…説明は不要のようだな…」 
後ろからやってきた鬼気迫る表情のルイズを見て、ギーシュは奇妙な声を上げてしまう。 
とっさに後悔した。逃げ出して部屋に篭って布団被って寝ようという考えが全身を支配する。 
しかし逃げてもどうみても追ってきそうだ。というか、多分、魔法学院中を殺して回るまで止まらない。 
ルイズの表情はそう思わせるだけの殺気があった。 
(なんてこったぁー!? 戦うしかない! チクショー!) 
テンパった頭で結論に達するまで0.005秒。慌ててワルキューレを七体呼び出す。 
「わ、ワルキューレ! ミス・ヴァリエールから剣を奪い取るんだ!」 
七体のワルキューレがアヌビスに向かって駆け出す。 
「お前は戦った相手の行動を覚える…。だが、逆に新しい敵には対応できない……。ならばこれでどうだ?」 

「馬鹿め……俺は貴様の攻撃を『覚えた』のだぞ? 今更この程度の人形など…」 
一列になって突っ込んでくるワルキューレたちを、切り裂き、爆破していく。 
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」 
一体、二体、三体、四体、五体、六体…砕けた青銅人形の残骸がごろごろと中庭を転がる。 
「無駄ァ! ムッ!?」 
七体目を切り裂いた瞬間、その背後からリゾットが現れた。 
体重、強化された身体能力、助走による加速、それら全てを乗せた一撃をルイズの頭めがけて振り下ろす! 
「速い! だがっ!」 
火花が散り、ルイズの額の直前で剣はとまっていた。鍔迫り合いが始まる。 
「今のはやばかったぞ……。このゴーレムどもを隠れ蓑に、この娘を殺しに来るとはな……。だが、これも『覚えた』」 
「……外れだ」 
「何?」 
「カムフラージュ……などではない……。ゴーレムが本命だ。頼むぞ……ギーシュ!」 
その声とともに、ルイズのアヌビスを持つ右腕に無数の腕が絡みついた。 
破壊されたワルキューレが変形し、薔薇の茨のような形の青銅が幾重にもルイズの右手を絡め取る。 
同時にギーシュは魔法の行使と、恐怖で精神力を使い果たし、気絶した。 
「馬鹿め! この程度の捕縛など、すぐに抜け出してくれるわ!」 
自由な左手で杖を振る。途端にリゾットの至近距離で小規模な爆発が起きた。 
「!!」 
衝撃が脳を揺らし、デルフリンガーを投げ出して膝を突く。

だが、次にリゾットの口から漏れ出したのは苦痛の悲鳴でも絶望の喘ぎでもない。 
「これで…できた……。俺たちの『勝ち方』が」 
「てめー頭脳が間抜けか! 殺される分際で何を言いやがる!」 
そのとき、二つの月の光が陰った。 
「はっ!?」 
アヌビスの見上げた先には月を背負って飛ぶ一匹の風竜と、その背に乗る二人のメイジ。 
キュルケが完成させた『火球』を放つ。 
「確かにお前は攻撃を覚えた…だが、動けなければ……かわせるか?」 
リゾット自身も最後の力でルイズを押さえつける。 
振りほどこうとするアヌビスの刀身に、巨大な火球が迫る。 
「あああ! まさか! 嘘だろぉぉぉぉ!?」 
火球は刀身に接触すると爆発四散した。 
そのタイミングにあわせ、タバサが魔法を完成させ、爆風を制御する。 
タバサの魔法により加速された爆風がルイズの手からアヌビス神を吹き飛ばした! 

「おいおい、相棒、大丈夫かよ。会ったばっかりで死ぬなんてなしだぜ?」 
片腕を上げて健在を示す。とはいえ、リゾットは重傷だった。 
アヌビスとの戦いによる負傷に加え、キュルケの火球の爆発を至近距離で食らったのだ。 
タバサはリゾットの方向への爆風は抑えたようだったが、それでもリゾットのダメージは深刻だった。 
シルフィードが降りてくる。

「すぐに先生の所で治癒を!」 
「動かすのは駄目」 
「じゃあ、あたしが先生を!」 
「先生を呼びに行くなら…ルイズを連れて行ってくれ。右手が心配だ」 
リゾットがごろりと転がると、下からは気絶したルイズが姿を表した。 
右腕に火傷を負った他は、リゾットが盾になったおかげで怪我はほとんどない。 
その右腕も、ギーシュの青銅がまだ覆っていたお陰でほとんど被害を免れた。 

「……何度か見たあの風竜は……お前の使い魔だったんだな……」 
キュルケが教師を呼びに行った後の中庭で、アヌビスを鞘に収めたタバサが頷く。 
「今回の件では助けられた…。恩に着る」 
タバサは首を振った。 
「お互い様」 
そして自分を指差し、呟いた。 
「タバサ」 
「リゾットだ」 
両者、感情のない表情で名乗りあう。 
しばらくの沈黙の後、タバサがほんの少しだけ表情を緩めた。 
「リゾット、お疲れ様……」 
(……表情があまり変わらないだけで一応、感情はあるのだな…) 
奇妙な感心をしながら、リゾットは意識を失った。

リゾット―――胸部裂傷、背部および脚部に重度の火傷、全身打撲(再起可能) 
       スタンド『メタリカ』、以前使用不能 
アヌビス―――妖刀として極秘裏に宝物庫に封印される(再起可能?) 
ルイズ――――右手に火傷。翌日、地獄の筋肉痛を味わう(再起可能) 
キュルケ―――二人の治癒の秘薬代を支払った。ルイズほどではないが、筋肉痛に悩まされる 
タバサ――――この後、部屋に戻って寝た 
ギーシュ―――後で思い出してもらって保健室に運ばれ、朝まで気絶。モンモランシーにあらぬ疑いをかけられ、また殴られた 
マリコルヌ――翌朝、廊下に転がっているところを発見される 

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