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第七章 双月の輝く夜に - (2007/06/21 (木) 19:39:36) のソース

第七章 双月の輝く夜に 

学院に戻った四人は、オスマンに事件の顛末を報告していた。 
それを聞いたオスマン曰く。 
「いや~、酒場でさ。ついつい尻を撫でちゃったんだけど、彼女、怒らないじゃん。 
 あれ? これ、わしに脈あり? って思ってさ。秘書にならな~い? って誘ったらOK帰ってきたから。 
 こりゃもうわしの人生最後の春が来たなって思って舞い上がっちゃったんだよね」(意訳) 
その場に居た全員が(死ねばいいのに)と思ったが、どうもコルベールも心当たりがあるらしく、最終的にオスマンに同調し始める始末だった。 
「…それはもう分かったが…それで?」 
見かねたリゾットが先を促すと、オールド・オスマンは照れたように咳払いをし、厳しい顔をしてみせた。どう取り付くっても無理だと思うのだが、とにかく体裁だけは整えた。 
「さて、諸君は見事、フーケを捕まえ、『破壊の杖』を取り戻した。フーケは腕の治療後、明朝、城の衛士に引き渡される」 
リゾットを除く三人が誇らしげに礼をする。 
「宝物庫も二度と強盗などが入らぬよう、しっかりと強化する。一件落着じゃ。君たちには『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出しておいた。 
 追って沙汰があるじゃろう。といっても、ミス・タバサは既に『シュヴァリエ』の爵位を持っておるから、精霊勲章の授与を申請しておいた」 
想像以上の恩賞に、三人の顔がぱあっと輝く。 
「ほんとうですか?」 
「本当じゃ。いいのじゃ、君たちはそれだけのことをしたんじゃからな」 
ふと、ルイズが背後に立つリゾットに見つめた。 
「オールド・オスマン。リゾットには何もないのですか?」 
「残念ながら、彼は貴族ではない。じゃから、何かを授けるわけにはいかぬ…」 
ルイズが落胆した顔をすると、オスマンはにやっと笑った。

「とはいえ、じゃ。彼はこの前のあの剣の時に活躍してもらったこともある。公的に何か授けるわけにはいかんが、多少の報奨金を出そう」 
机をあさり出すと、金貨の袋を取り出した。 
「そんなにですか?」 
「何、経理上はあのアヌビスをマジックアイテムとして買い取ったことにするからわしの腹は痛まんよ」 
1,000枚ちょっとは入っていそうな袋に驚いたルイズに悪い大人の笑みを返すオスマン。結構腹黒い。 
マジックアイテムの剣ならものによっては2000枚くらいはするはずなので、下手するとオスマンが得をしている。 
「………アヌビスは…キュルケが購入したものだ。俺がもらうわけには……」 
「元々ダーリンにあげようと思って買ったんだもの。構わないわ」 
「貴方はそれを受け取るだけの働きをした」 
キュルケとタバサにも勧められ、結局リゾットは受け取ることにした。 

全ての連絡がおわると、オスマンはぽんと手を打った。 
「さて、今夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。『破壊の杖』も戻ってきたし、予定通り執り行う」 
「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」 
「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意してきたまえ。精一杯着飾るのじゃぞ」 
三人は礼をするとドアに向かった。その場から動かないリゾットに、ルイズが視線を送る。 
「先に行っててくれ…。少し話がある……」 
リゾットの言葉に、ルイズは一瞬、オスマンに疑問の視線を投げかけるが、やがて頷いて部屋を出て行った。 
「コルベール君、悪いが君も席を外してくれ」 
コルベールは何かに期待する面持ちだったが、仕方なく外に出た。 

学院長室に二人になると、リゾットは左手を掲げ、切り出した。 
「………俺の左手のこれが気になるようだな……」 
「むぅ、気づいておったか。侮れん男じゃのう」 
「コルベール先生なんかは好奇心丸出しでこれを見ていたからな……。これは何だ?」 
「うむ…。それは伝説の使い魔、ガンダールヴの印じゃ。かつて、その印を持った使い魔はあらゆる武器を使いこなしたと言われておる」 
「……なるほど……。扱った事のない『破壊の杖』……あれがを使えたのもこれが原因ということか。どうしてこれが俺についている?」 
「分からん…」 
「……そうか。では……今度はこちらが気になることを尋ねよう。あの『破壊の杖』はどこで手に入れた? あれは俺が前にいた世界の武器だ…」 
「前にいた世界? どういうことだね?」 
「俺はルイズの『サモン・サーヴァント』で地球のイタリアという国からここに呼び出されて来た」 
「本当かの?」 
流石にオスマンもにわかには信じがたいようだった。 
「嘘を吐くメリットはない」 
「う~む、確かにおぬしはトリステイン、いやハルケギニアの人間とは雰囲気が違うが……」 
「やはりこの世界の人間にとって向こうの世界は知られていない…。ということは元の世界に戻すこともできない…か」 
「力になれずにすまん。……そうそう、あの『破壊の杖』のことじゃったの」 
オスマンは語り始めた。自分が若いころ危機に陥っていたところを、助けたのが『破壊の杖』の持ち主だった。 
しかしその恩人はそのまま怪我が元でこの世を去り、いまやこの残った『破壊の杖』だけが形見として残っている、と…。 
「なるほどな……。分かった。情報提供に感謝する。アヌビスといい、その人物といい、どうにかして向こうからこちらに来ることは可能なようだな…」 
「おぬしがこの世界にやってきたことやそのガンダールヴの証は何か関係があるかもしれん。わしなりにおぬしがこちらに来た原因を調べてみよう」

リゾットは頷くと、もう話すことはない、と部屋の扉に向かって歩くが、ふと、思い出したように足を止めた。 
「そういえば…フーケは……これからどうなるんだ?」 
「うむ?…そうじゃな。裁判にかけられて、縛り首。良くても島流しじゃろう。あれだけ貴族のプライドを傷つけたのじゃからな…」 
「そうか……」 
それだけ言うと、リゾットは出て行った。 

アルヴィーズの食堂の上の階は大きなホールになっており、舞踏会はそこで行われていた。 
生徒や教師達が、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。 
リゾットもいつものあの服では拙い、とオスマンに言われ、こっちの世界の盛装で出席していた。 
デザインがどうこう以前に血やら土で汚れていたのが拙いらしい。 
ちなみにキュルケやタバサ、他の生徒や教師も着飾って出席しており、顔ぶれは変わらないにも関わらずなんとなく違う場所のような雰囲気を醸し出している。 

その宴席で、リゾットは静かに食事していた。いや、この表現は適当ではないかもしれない。 
音を立てないので「静かに」と記したが、リゾットの前にある食べ物が次々と消えていく様は「静かに」とは呼べない。 
「よく食うな~」 
わずかに鞘から刃を出したデルフリンガーが呆れたような、感心したような声を出す。 
何しろ普段の食事は薄いスープと硬いパンである。滋養をつけるには今しかない。 
シエスタやマルトーの好意で食事をさせてもらうことがあるにしても、リゾットはそれに頼るのを由としていなかった。 
加えてこのとき、リゾットは腹を空かしていた。 
朝からパンを二つしか口にしていない上に、フーケのゴーレムと長時間立ち回ったのだから当然だ。 
食わなくても倒れはしないものの、今後の状況を鑑みてリゾットはかなり盛大に食事を取っていたのだった。 

そんなリゾットを見つめる存在がいる。学院のメイド、シエスタである。 
言うまでもなく貴族のパーティにおいてテーブルから食事がなくなるなどという無作法は一卓たりとも許されるわけがなく、彼女たちメイドは常にテーブルの食事の残量を気にしなければならない。 
そういう意味でリゾットは注意すべき存在であるが、如何に彼であろうと、パーティの開始早々、一つのテーブルの料理を食い尽くせる訳がない。 
厨房から次々と出てくる料理の量は食べる側から見ると明らかな作りすぎであり、とても一夜で貴族たちが食べきれる量ではない。 
シエスタはそのように考え、侮っていた。 
シュパパパパパッ! 
唯一つの誤算はこの時、リゾットが伴っていた腹を空かせた魔人となりうる少女『タバサ』の存在である。 
極限の空腹のリゾットとタバサ、二人の間に生じるナイフとフォークの圧倒的捕食空間はまさに歯車的胃袋の小宇宙!! 
この二人、食べなければ食べないで済ませられるが、食べると決めたときにはすさまじい量を食べるという共通点があった。 
(う…うろたえるんじゃあないッ、シエスタ! 学院のメイドはうろたえないッ!) 
シエスタが脳内でドイツ軍人と化している間に、二人の食欲の魔人の存在によってあっという間に一つのテーブルの料理が壊滅。 
その晩、シエスタは生まれて初めて出会った圧倒的な存在により、敗北感を植えつけられるのだった。 
ちなみにキュルケはというと、当初はこの二人に付き合って食事をしていたが、二人のあまりの食欲についていけなくなり、今は自分に言い寄る男性たちと談笑している。 
会場にはギーシュもいたが、近づくのがはばかられるような毒々しい派手な色合いの格好で、周囲の女性たちの関心をある意味引いている。 
各自、それなりにパーティを楽しんでいるようだった。 
「けぷっ…」 
「あんだけ食って何で外見が変わらねーんだ、てめーらは」 
「半分くらいはスタンドが食っているからな……。タバサ……、口の周りが汚れている。拭け」 
一通り食事を済ませた二人が口をぬぐっていると、門に控えた呼び出しの衛士が、ルイズの到着を告げた。 
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~り~~~!」 

ルイズは長い桃色がかった髪をバレッタにまとめ、 ホワイトのパーティードレスに身を包んでいた。 
肘までの白い手袋が、ルイズの高貴さを美しく演出し、 胸元の開いたドレスが造りの小さい顔を宝石のように輝かせている。 
その豪奢な姿はなかなかに板についており、さすが上流階級出身だ、とリゾットはそれなりに感心した。 
主役が全員揃った事を確認した楽士達が、小さく、流れるように音楽を奏で始め、貴族たちは男女対になり、優雅に踊り始めた。 
ルイズの周りにはその姿と美貌に驚いた男達が群がり、盛んにダンスを申し込んでいる。 
その様子を見ていたリゾットの手が、不意にちょんちょん、とつつかれた。振り向くと、タバサが何やらサラダのようなものを差し出していた。 
しかしそのサラダを彩る野菜は見たことがないもので、リゾットは一応タバサに聞いてみた。 
「何の……サラダだ…、それは?」 
「はしばみ草」 
その名前を聞いた途端、リゾットは何か言い知れない違和感に襲われた。 
左手の印から「やれやれ、それを食った場合の身の安全の保障はしねーぜ」という声が聞こえた気がした。 
だが、人が勧めているものを一口もつけずに辞退することはできない。相手が仲間のタバサならなおさらだ。 
リゾットは無言で食べ始めた。覚悟していたため、吐き出しはしなかったが、毒物と見紛う苦さと後を引く不味さだった。 
衝撃の強さを物語るように体内のメタリカたちも呻きながらのた打ち回っている。 
それでも何とか食べ終わると、タバサは驚いた顔をしていた。 
といってもリゾットがようやく判別できる程度の変化だが。 
(何の嫌がらせだ…) 
水を飲んで口内を洗浄していると、いつの間にかルイズが近くに来ていた。 
「楽しんでるみたいね」 
「………」 
リゾットは曖昧に頷いた。

デルフリンガーはルイズに気づくと「おお、馬子にも衣装じゃねえか」と空気を読まない発言をし、ルイズに睨まれた。 
「………踊らないのか?」 
「相手がいないのよ」 
「……」 
さきほど見た限りでは男子生徒からたくさん申し込まれていたようだが、何故かルイズの表情に『不機嫌』のサインが見えたため、リゾットは黙っていた。 
指摘すればきっとまた怒り出すに違いない。恩人の機嫌をわざわざ損ねるつもりはリゾットにはなかった。 
「命令よ。私のダンスの相手をしなさい」 
リゾットは頷いた。ダンスなど踊ったことはないが、ルイズが「私に合わせて」といってきたので、それに従った。 
「ねえ…」 
「……何だ?」 
「何で今日、あんなことしたの?」 
「…あんなこと?」 
「自分から死ぬようなこと……。タバサが言ってたわ。貴方が死ぬつもりだったって」 
「ああ……」 
なるほど、これが訊きたかったのかと、リゾットは納得した。 
「それは……もうやめた」 
「何で? そんなに簡単にやめられるものなの?」 
「…………」 
しばらく重苦しい空気の中、無言でステップを踏む。リゾットはどう伝えるべきか悩んだ。タバサなら短く伝えるだけで何とく察するのだろうが、ルイズにはそうも行かない。だが一から説明するのはどうにも難しかった。

「……夢の中で、かつての仲間にやめろといわれた」 
ルイズはその答えを聞くと、リゾットをまじまじと見つめ、やがてクスリと笑った。 
「何よ、それ」 
ひとしきりクスクスと笑いながら踊る。冗談だと思われたようだ。何故かルイズから不機嫌のサインは消えていた。 
「まあ、いいわ。二度とああいうことは許さないからよく覚えておくように」 
「…善処する」 
「善処じゃなくて……もう」 
そのまま二人は曲が終わるまで踊り続けた。無言だったが、そんなにつらい空気ではなくなっていた。 
それを見ていたデルフリンガーはしきりに感心したようで「おでれーた」を繰り返していたが、うるさいと思われたのか、タバサに鞘に収められてしまった。 

余談だが、ダンスが終わり、リゾットがテーブルに戻ると、またタバサにはしばみ草のサラダを差し出されたという。 
「何故……勧める…」 
「美味しい」 
結局、リゾットはこの夜、二杯目のはしばみ草のサラダを食べた。 
鞘から再びわずかに抜かれたデルフリンガーは「やれやれ、相棒も難儀だねえ」とため息をついていた。

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