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味も見ておく使い魔 第三章-00」(2008/01/05 (土) 17:17:36) の最新版変更点

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土くれのフーケは、ワルドに紹介された中年の子男を疑い深げに見た。 「よろしくね、クロムウェル司教。あたしは、『土くれ』さ」 ワルドの傍らにいるその男は、着ている僧服をわざとらしくゆすって微笑んだ。 そこらじゅうを傭兵が、正確には、傭兵だった物達がうろついている。 「フーケ君か。早くしないと、平民のやつらに君の獲物が取られてしまうぞ?」 「ふん、あたしはね。生意気な貴族のメイジ専門なのさ。あんな塵攫い共と一緒にしてほしくはないね」 フーケは顔を背け、ぺっと唾を地面に吐きかけた。 アルビオンの内戦は終わった。 最後の戦場。ここ、ニューカッスル後では、貴族派に解雇された元傭兵達が、死んだ兵士から金品を剥ぎ取っていた。 彼らの心には、もはや自分に対する羞恥心や嫌悪感はない。 と、いうよりも、一般に傭兵という職業は、そのようにしてでも資金を調達しなければやっていられないのだ。 彼らの大部分は、何らかの理由で故郷にいられなくなった平民達である。 そのようなものらが、鎧、銃弾等高価なものをを常に用意しながら各地を転戦しなければならないのだ。 彼らからしてみれば、死体は反撃しないだけ、戦場での敵よりも組みしやすい相手であるといえた。 しかし、『土くれ』のフーケはメイジである。 その気にでもなれば、一人文の食い扶持くらい、錬金の魔法ひとつで十二分にまかなえるのだ。 しかし、彼女はそのような生き方を選ばなかった。否、選べなかった。 何より彼女の気質が、出自が、それを許さなかったのだ。 「なるほど……アルビオンに捨てられても、太守の血の誇りは捨てていないようですな、『マチルダ・オブ・サウスゴータ』」 「ふ~ん。ねえワルド、あたしに名前はこいつから聞いたのかい?」 「言葉を慎め、フーケ。陛下の前だ」 「陛下だって?」 「そう、いまやクロムウェル殿は神聖アルビオン帝国の皇帝となられたのだ」 「そのとおり。国民議会の推挙により、国民の総意において戴冠させてもらったのだ」 「そんなこといってさ、笑わせるね。議会じゃあるまいし、くだらない見栄はやめにしようじゃないか。国民議会だって? へん。今は、『レコン・キスタ』のメンバーじゃないやつはみんな焼かれてしまっているじゃないか!」 ワルドは驚いた。そのことは彼女に話すつもりはなかったが、実際フーケの推測通りだったからだ。 今のロンディニウムでは、『反革命』の名の下、『レコン・キスタ』以外のメンバーの粛清が行われていた。 『処刑人の数がが死罪判決の量と比べて圧倒的に足りず、罪人の中には生きたまま焼却されている者もいる』といううわさも、ワルドは聞いたことがある。 彼としても、そのような偏執的なまでの内政には辟易していたが、この策はクロムウェルの発案なので、無下に反対するわけにもいかなかった。 そのような、多少苦々しい思いを頭から追い出しながら、ワルドはフーケの評価を多少変更した。 しかし、この女。思ったよりもカンがいいようだな。 「なぜ生き残ったやつらが『レコン・キスタ』のメンバーだと確信した?」 「当たり前じゃないの。あたしの情報収集能力をなめないでもらいたいね。生き残ったやつらは、全員財や地位のある貴族ばかりだ。決起に参加した平民の代表達はみなあんたらに殺されてしまった」 「君はそれが気に入らないようだね」 「当たり前でしょ、あたしは貴族が嫌いで盗賊やってるの。まあ、これでアルビオンは『レコン・キスタ』のものってわけね」 「そのとおりですおふた方。ようやく、私という皇帝の指導の下に、本来の目的である『聖地回復』が目指せるのです」 気に入らない。フーケは思った。 王党派によって制限されていた風石の採掘が無制限に許可されえていたことで、平民達の食料事情は一応の解決を見た。 しかし、肝心の平民達のリーダーが軒並み処刑されてしまった今、平民の不満はかつてないほどに高まっている。 せっかく政治に参加する権利を手に入れたと思ったら、仲間のはずのメイジに裏切られたのだ。 しかも、そのような不満を口にすれば、『反革命』として容赦なく処刑される。 いまのアルビオンは、誰もが隣人の告発におびえる、希望のない閉鎖国家と不気味に変貌していた。 その証拠に、戦が終わったというのに、トリステインやガリアへの亡命が後を絶たない。 しかも、その中には多数の平民が混じっている有様であった。 フーケは、このような政治を行うものどもに手を貸していることに、内心憤りを感じている。 「まあ、話を変えさしてもらうけどねえ、へぃかどの? こんなむさ苦しい所に、高貴ある皇帝陛下が何のようさ?」 「まあ、みていなさい」 クロムウェルは、あくまで平静に応じる。いつも絶やさない微笑が、この地に流れた血の量と比例して、フーケにはとてつもなく不気味に見えたのだった。 ワルドは、彼らの元にゆっくりと歩いてくる一人のメイジの姿をみとめた。 そのメイジは、レビテーションの魔法で、なにやら黒こげたものを運んでいる。 「閣下、ウェールズ公の死骸が発見されたようです」 果たして、その黒い者は、かつてウェールズの肉体であった物体であった。 「こんなものを探すなんて、あんたたちも趣味が普通じゃないね? こいつをどこかにでもさらすのかい?」 フーケの皮肉を無視し、クロムウェルは地面におろされる『それ』を見下ろしながら、ゆっくりとワルドにいった。 「さて、ワルド君、約束だ。『虚無』系統の魔法を見せてやろう」 「何だって?」 「フーケ、黙ってみていろ」 クロムウェルが目を閉じ、何かを念じながら、右手を死体の上にさらす。 同時に、彼の指にはめられた指輪が紫色の光を放ち始めた。 その光は、見る見るうちに光のカーテンを作り出す。 その光の布に覆われた、ウェールズの死体に、驚くべき変化が現れた。 フーケが絶句する。ワルドも驚きを隠せない呈である。 ウェールズの焼け焦げた肉体が、見る見る内にみずみずしい肢体に再生していく。 しばらくすると、ウェールズは目を開けた。 そして立ち上がり、人懐こい目つきでクロムウェルを見た。 「久しぶりだな、クロムウェル君」 「今は、私はアルビオン皇帝だ。そして君は私の部下であり、友人なのだよ。ウェールズ君」 「それは失礼した、閣下」 己の肉体が完全に再生されたウェールズは、最上位の御辞宜をクロムウェルに対して行った。 その様子が、フーケにはいまだ信じられない。彼女は、何か悪い夢でも見ているかのような気持ちになった。 「あれが……伝説の『虚無』ってわけかい?」 その独り言に、感動を隠し切れない様子のワルドが応じた。 「そうらしいな。僕も見たのは初めてだが……なんと偉大な力なのだろうか!  まさにこれこそが、僕の求めてやまなかった『虚無』の力だ!」 ワルドが己の目を怪しく光らせていたころ。 トリステイン王宮、外交の間にて。 トリステインの近習に囲まれた一人の男が、叫ぶように発言していた。 「われわれの国、『神聖アルビオン帝国』をあくまでお認めにならないおつもりか? マザーリーニ卿?」 その男は肩を怒らせ、大げさに腕を振り回して自分の怒りを表現する。 「あなたがたとは起源を同一にする国、親愛なるガリア王国は、すでにわれわれとの友好条約を結んでいるのですぞ!」 アルビオン『帝国』からの使者と名乗った、その尊大な態度の男は、激高した様子でトリステイン枢機卿、マザリーニに再度詰め寄った。 「いや、国交を結ばないとは言っておらぬ」 マザリーニは大広間にすえられた、ただひとつの椅子に当然のように座り込み、息子か何か、目下の人間に話すよう、傲岸な口調で話し続けた。 「このたびそちらに寝返った、ジャン・ジャック・ワルドの身柄を引き渡せば、国交を結ぼうと言うたではないか」 彼らのやり取りを、一字一句聞き漏らさんと、近くに影のようにたたずんだ書記が速記により書物に書き込んでいる。 マザリーニは今、トリステインの外交の間で、アンリエッタの代行として、新生アルビオン国家との条約交渉を行っていた。 アンリエッタ自身は、アルビオン帝国との国交締結にはまったく乗り気ではなかった、むしろ心の底から反対の一喝を繰り出したい気持ちであった。しかし、それは個人の感情。トリステイン王国としては、ゲルマニアと同盟を結ぶまでは、アルビオンの貴族派と問題を起こすのはできるだけ避けたい状況なのであった。 「ですから、そのような人物はわが帝国内にはおりませんと何度言えばわかるのです!それに、トリステインに逃げ込んだ、旧王党派の戦争犯罪人の引渡しも拒まれるとは、これでは、貴国の誠意がまったく見られませんぞ!」 アルビオンの使者が憤りのあまり退室するそぶりを見せる。 しかし、誰もその様子を見てあわてるものはいなかった。というのは、この時点で、似たようなやり取りを、かれこれ一週間以上は繰り返していたのだ。それだけ両国の主張は平行線をたどっていた。 「いや。わが国の平穏を頼ってこられた始祖ブリミルの子らをそのように邪険な扱いをしようものなら、それこそわが国の沽券にかかわる。そのような貴国の願いは断固として聞き入れるわけにはいかんな」 このような不毛なやり取りが一両日続いた後、夜更けなって『また明日』となるのが外交の間の日常と化していた。 今日もアルビオンの使者がいい放題いいつらい、外交の間を足取りも荒々しく出て行った。 その後を追うように、書記や近習の者たちが外交の間から静々と退室していく。 ふう、とマザリーニは息をついて椅子から立ち上がる。 さすがに、この年になってこのようなやり取りはさすがに堪える。 そう思いつつ、彼は自分自身の能力を遺憾なく発揮していられたことに年甲斐もなく満足していた。 「ご苦労様です。今日も進展はありませんか」 彼の背中にかけられたやさしげな声に、彼ははっとして振り返り、ひざを突いて頭をたれた。 「いえ、おおよその落とし処はわかっております。あの若者も、少しは外交を知っているようですな。阿吽の呼吸で、両国の譲れない点と打開点が見えてまいりました。殿下」 彼の礼の前には、月光を背にかぶったアンリエッタがたたずんでいた。 アンリエッタは二人のやり取りを影から聞き入っていたのだ。 「そうなのですか? わたくしには、まったくわかりませんわ。わたくしには外交の才がないのでしょうか?」 マザリーニは、思わず『はい、そうです』と答えそうになったが、寸でのところで思いとどまることができた。 「いえ、何事も経験でございます、殿下」 「それで、アルビオンの貴族派との戦争は避けられそうですか?」 「ええ、私の感触ではその可能性は十分にあります。おそらく、アルビオンとは相互に不可侵条約を結ぶことになるでしょうな。さらに、トリステインに亡命したアルビオン貴族が、貴族派に対して反抗を行うことを阻止する義務がトリステインに発生するでしょう。また、一部有力貴族に対しては、貴族派に身柄を引き渡す必要があるやも知れません。今後の話題はそれですな」 「そんな! それではわれわれの譲歩ではないですか!」 アンリエッタは信じられないような面持ちで叫んでいる。彼女が握った推奨の杖が、小刻みに揺れている。 やれやれ、とマザリーニは思ったが、アンリエッタが、今の内容がアルビオンに有利なものであることを理解できただけでも収穫だと、自分の心に言い聞かせた。そして、あくまでもアンリエッタの機嫌を損ねないような声色を使ってやさしく話しかけた。 「お言葉ですが、彼ら王党派は敗北したのです。この局面は、彼らを甘やかしてトリステインもろとも共倒れ、などと言うまねこそ避けるべき事態なのです」 「そう、ですわね……」 アンリエッタが悲しそうにうつむく。 彼女は彼女なりにトリステイン王国の将来を案じているのだ。たとえ近々ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになろうとも。 「ああ、ところで……」 マザリーニがふと思い出した用に、気軽な口調で話題を変えた。 「殿下の手紙の件ですが……」 その言葉に、アンリエッタはびくりと体を震わせた。 アンリエッタの親友、ルイズに頼んだ手紙の件は、マザリーニにも秘密のことだったのだ。 「それが何か?」 「そのようなことでしたら、事前に相談をいただきたかったですな」 マザリーニの表情はかすかに不満の色を隠せない。 そのような、国家の存亡にかかわる重大な話を隠していたことも去ることながら、マザリーニは簡単に手紙を無効化する方法を瞬時に考え出せていた。 アンリエッタがウェールズに出したものとよく似た手紙を、大量に偽造し、各所にばら撒くのだ。 確かにトリステイン王室の威厳は、多少傷がつくだろう。 しかし、本物の手紙が真贋であることを証明することは不可能になる。何も、わざわざアンリエッタの親友を死地に送り込む必要はなかったのだ。 その点を指摘されて、アンリエッタは恥辱にぬれた顔を表に隠しきれない。 だが、マザリーニはその彼女の顔を、まるでおっちょこちょいの孫を見るようなやさしい目つきで慰めるのだった。 「まあ、結果的には成功いたしましたし。何よりも、殿下の下されたご決断。その英断に感服いたしました」 「ありがとう、マザリーニ卿。何だか、とっても励まされましたわ」 アンリエッタは少しだけ、心の闇が晴れたように感じた。 「いま、手紙を取り戻した功績者達はいったい何をしているのでしょうかね……」 マザリーニの問いかけに、アンリエッタは答えずに深夜の王宮の窓から外を眺める。 上空には、二つの月が幻想的な光をたたえていた。 ----

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