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「ここが私の研究室だよ」 そう言ってミスタ・コルベールが粗末な掘っ立て小屋の扉を開ける。 「ここ…コルベール先生の小屋だったんですか」 「ん?」 「あ、いえ。変わったにおいがする小屋があるなと思っていたもので。  てっきり薬か何かの倉庫だと」 確かに小屋の中は、コルベールが実験に使用する、薬品やら、実験器具やら古びた書物、さらには蛇やトカゲが入れられた檻までも、所狭しと置かれなんともいえない異臭を漂わしている。 「いや、実験に騒音と異音はつきものでね。最初のうちは自分の居室で研究していたのだが、すぐに隣室の連中から苦情が出てしまってね。  それにしても…そんなに臭うかね?  外にはそれほど漏れないように、気をつけているつもりなのだが」 「いやその、においに敏感な体質なんです」 育郎の脳に寄生するバオーには、聴覚や視覚は存在しない。その代わりに発達した触覚によって空気中に漂う分子を感じとっている。今の育郎の脳は、バオーの触覚器官の感覚を『におい』と感じ取っていた。 その気になれば、数キロ離れた特定の人間の『におい』をも感じ取れる育郎にとって、学園の片隅で一際特殊な『におい』を放つこの小屋は、ひどく目立つものだったのだ。 「まあ、私はこの臭いにずいぶん慣れてしまったからね。しかし、ご婦人方には  慣れるという事はないらしく、この通り私は独身である。っとそんな事はどうでもいいな。さて話というのはだ…」 「東方の品々ですか?」 「ああ。東方がどういう場所か、君は聞いているかね?」 コルベールの問いに、育郎が少し考えた後答える。 「確か…エルフという人達が砂漠に住んでいて、技術もここより進んでいる…  でしたっけ?」 「その通り。エルフ達が治めているゆえ、砂漠の先の土地がどうなっているかすらも、我々はよくわかっていない。だが、それでもまったく交流がないわけではなくてね。  ごくわずかだが、危険をかえりみず、東方を行き来する人々が存在している。  そういう人間は、主に商人なのだが…なぜかわかるかね?」 授業中、生徒に接するときと同じように、育郎に質問を投げかける。 「それは…やはり東方にしかない珍しい品々で、おおもうけするためですか?」 育郎の答えに、満足げにうなずくコルベール。 「その通り。ある地域の特産品を、別の地域で高く売る。商売の基本だね。  それが特に珍しい東方の品々なら、なおさら高値がつく」 「僕の世界でも、似たような歴史がありますよ。扱っていたのは香辛料ですが」 歴史の授業で習った、東方貿易のことを思い出す育郎。 「ほほう、それは面白い!また後で詳しく聞かせてくれないかね?  とにかく東方は我々とは異質な文化を培っているのは理解しているね」 育郎がうなずくのを確認して、話をさらに続ける。 「東方産のものには、我々にはよくわからないような代物も多い。  時に仕入れた商人ですら、使い方がわからない等と言う冗談のような話もある。  おかげで適当な代物を東方産と言って高く売る、けしからん商人もいるのだよ」 コルベール自身、東方産と銘打たれた毛生え薬を買い、まったく効かなかったという事が両手の指では足りないぐらいあった。 「そして、わが学院に保管されていた『破壊の杖』も、我々には使用法もよくわからない代物だった。オールド・オスマンが実際に使用された所を見ていなければ、あるいは唯のガラクタとして処分されていたかもしれない」 そこで言葉を区切り、改めて育郎の方を向き直る。 「つまり…僕の世界の物が、東方から来た物として扱われてるかもしれないと?」 「その通りだイクロー君!」 嬉しそうにミスタ・コルベールがうなずく。 「もちろんそれだけじゃないぞ!君の世界の高い技術で作られたものなら、それこそ東方のものと考える人がいてもおかしくない!  魔法も使わずに、それでいてハルケギニアをはるかに超える技術!!  それがもうすぐ私の目の前に!」 「こ、コルベール先生…」 「おっと!すまんすまん、つい興奮してしまった」 はっはっはっと朗らかに笑ってはいるが、育郎にはその目にまだ僅かに危ない光が宿っている気がしてならなかった。 「で、でも魔法も十分すごいと思いますよ」 「しかし君の世界は魔法などなくとも、それほどの技術を磨き上げた!  ならば我らの世界でも、同じ事がなせぬ道理は無かったはずだ!」 育郎は話題を変えるつもだったが、火に油を注いでしまったようだ。熱意をこめて、さらにコルベールが弁を振るう。 「だがハルケギニアの貴族は、魔法という力を持ちながら、何も考えずにそれを箒のような、使い勝手の良い道具ぐらいにしか捕らえていなかった…  6千年もの歴史を積み上げてきたと言うのに、伝統にとらわれ、様々な可能性に目をつぶってきたのだ!  あるいはもっと多くの人間が幸福になれたかも知れないというのに!  そう…もっと多くの人たちが…」 ふとコルベールの瞳が、どこか遠くを見るようなものに変わる。 「先生?」 「ああ、いや…どうにも私の考えは理解されなくてね」 そう言って笑みを浮かべるが、それはどこか寂しげなものだった。 「先生?」 「ああ、いや…どうにも私の考えは理解されなくてね」 そう言って笑みを浮かべるが、それはどこか寂しげなものだった。 「育郎君…私の得意な系統は火だ。一般的には破壊こそがその本質とされる。  だがな、私はそれだけでは寂しいと思うのだよ…  もっと人々を幸福に出来る使い道あるはずだと、私はずっと考えてきた。  いや、火だけじゃない、他の系統でも同じ事だと。  …正直、その信念が揺らいだことがないかと言えば嘘になる。  だがね、君の話を聞いて、私はやっと確かな確信を得る事ができたのだよ。  君の世界の技術…そして君自身のおかげで」 「僕がですか?」 「ああ、君は言っていたね。君のその力は、おそらく兵器としての物だと。  だが、その力を宿す君自身は、いろいろな人を救ってきた。  君が行動を供にしていたと言う少女。  そしてメイドの…シエスタ君だったかな?」 「え?ど、どうしてそれを!?」 シエスタの件については、秘密と言う事になっているはずなのだが。 「ああ、私はコック長のマルトーの親父さんと親しくてね。  まあ、ちょっと小耳に挟んだというか…なんだかいろんな噂が広まってるようだけど、ずいぶんと感謝されてるようじゃないか」 「しかし…それも結局戦いで」 「ならば一緒に考えようじゃないか!」 育郎の言葉をさえぎり、肩をつかみながら真っ直ぐにその目を見つめ、コルベールは叫んだ。 「君の力も、私の炎も、きっと戦い以外でも人の役に立つ使い方があると!」 「先生…」 育郎は感激していた。 この人となら、本当にそんな事が出来るのかもしれないと信じられた。 或いは、この時育郎とコルベール正しく教師と生徒になったのかもしれない。 「おお、そうだ!実は今試作品が出来あがったばかりの装置があってね。  ぜひ君の意見を聞かせてもらいたいのだが」 「ええ、喜んで!」 「いや、これも始動には火の魔法を使うのだが、後々には魔法が無くとも発火装置だけで動くようにとも考えていてね」 コルベールが机の上にくみ上げられた装置を嬉々として説明する。 「この装置の中で、気化した油を発火させる事により、このピストンが上下に動くように…ど、どうしたのかね、イクロー君?」 見れば、育郎はぽかんと口をあけ、唖然しているではないか。 「や、やはり君の世界からすれば、この様な物は原始的過ぎるのかね?」 「ち、違います…これは内燃機関、エンジンです!」 「え、えんじん?」 「そうですよ!すごい…蒸気機関も実用化されてないみたいなのに」 「蒸気…イクロー君、ひょっとしてそれはこのような装置の事かね?」 そう言って、部屋の隅にあるやたら大きな装置を指差す。 「小型化ができなかったので、試作品を作っただけなのだが…」 そう言ってその装置を簡単に説明する。 「………」 それはまさしく、育郎の世界で産業革命を引き起こす動力源となった、蒸気機関そのものだった。 「せ…先生…」 「な、なにかね?」 「先生は天才です…」 「え?え?」 『炎蛇』の二つ名を持つ、魔法学院教師コルベール。 彼は自分が作り上げたものが、どれほど凄まじい物なのか、自分自身ですら理解していなかった。 この後育郎の説明を聞いたコルベールが、それは凄まじいはしゃぎっぷりを見せたのだが… 彼の名誉のため、育郎はその時の事を誰にもしゃべる事は無かったそうな。

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