オルトロス


魔導巡航中戦車SLY-31J『オルトロス』

era3中期、『新機甲戦力試案』による大規模軍備拡大計画『ドラウプニル・プラン』の一環で開発された戦闘車。
当時ユグドラシル帝国の陸上戦力の多くは歩兵、そして騎兵の部隊が占めており、
その中に大型の陸上竜や手懐けた魔物を使用した砲兵師団があるという構成であった。

しかしそれらは総じて火力・突破力に難があり、大型重火力機動兵器群を擁する仮想敵国――
ソレグレイユを相手に戦争を行うことはほぼ不可能と言って良かった。
特に陸上戦力は拠点制圧などにおいて重要な役割を果たすものであり、
波状攻撃を掛ける歩兵部隊に随伴し火力支援を行う車両の開発が急務であった。

ユグドラシルでは、既に軍民問わず移送手段として車両が実用化されていた。
だが軍用、それも連絡用などではなく最前線における突撃支援に使用するには、
出力・速度・火力など何もかもが不足していることも事実であった。

さらに当時、ザロート航空戦やピセカ邸事件など、空軍の竜騎士の活躍の影響で空軍・海軍航空隊の志願者が激増、
一方で陸軍は募集定員を割るという危機的状況にあった。
それら様々な危機的状況を何とか打開するべく、陸軍副大臣アンガーマン・ブリーゲルらは
『新機甲戦力試案』発案者であるアルフレッド・シュタイナー准将に陸軍戦力の優先的強化を訴えた。

アルフレッドもエラドラス回廊迎撃戦、第二次テネヴァ・アステール紛争など熾烈な陸上戦を経験した生粋の陸軍軍人として、
陸軍人気の低下は憂慮すべき事態であると認識しており、自ら当時の皇帝ストライフ・ルイ・ユグドラシルに上奏した。

ストライフもまた元陸軍軍人であったためこれを承諾し、晴れて開発計画はスタートした。
開発には陸軍一丸となって取り組み、過去の戦争における陸上戦力の戦果を鑑み、
今後期待される戦術的価値が多く盛り込まれた。

こうして完成した革新的・画期的な重戦闘車両が、この『オルトロス』である。
『オルトロス』は前線における歩兵支援を主任務として開発され、
新型の魔導装置によってこれまでにない重装甲と高火力を併せ持っている。

数を揃え、前線に展開する敵兵力を薙ぎ倒し、障壁を強行突破し歩兵師団の血路を開くという戦術が想定されており、
その姿はまさに『鋼鉄の猟犬』と呼ぶに相応しい威容を誇っている。
画像のMK.Ⅱ型は偽帝ローダ・ザールの反乱で初陣を経験し、その後のヴァルスタ・クレート城塞攻落では
師団長バスラー・ヴィットマン陸軍大佐に率いられた機甲師団の活躍で歩兵師団の城塞内への進入を成功させた。

ヴィットマン大佐はこの記録から、陸海軍の友人4人とともに、さらに陸軍戦力、
ひいては一般歩兵の有用性を説くべく『人海量兵論集成』を執筆した。
というのも、当時脚光を浴びていた竜騎士の活躍から、
「弱く地味な歩兵より、華のある一騎当千の竜騎士の方が良い」という風潮が高まっていたのである。

しかしヴィットマンは、
「そもそも戦争とは何よりもまず数を揃え、綿密な計略を立て、指揮官の指揮の下で軍が正しく迅速に動き、
そうして初めて勝利する可能性を見出すことができるのであり、竜騎士が本当に一騎当千であるならば軍など必要ない。
自分たち軍人を全て解任し、浮いた全予算を竜騎士の育成に充ててやるが良い」とまで主張し、
その風潮に真っ向から対立した。


彼のここまでの強硬な発言の裏には、当時の皇帝ストライフ・ルイ・ユグドラシルの意向が少なからず働いていた。
というのも、先述の陸軍人気の低下が、今度は陸軍という組織そのものの士気を大幅に下げつつあり、
「身を挺して国家国民を護る急先鋒たる陸軍の士気がこの有様では、護れるものも護れぬ。
どうか彼らの士気を鼓舞してやって欲しい」という、
皇帝という立場上特定の組織に与することが出来ないストライフの頼みを、直接承ったのだった。

ヴィットマンは非常に苦心し、何とか陸軍の士気を鼓舞しようとした結果、この本を執筆するに至ったのである。
内容としては所謂一般兵の戦略的・戦術的意義、そしてまた
『雑兵と呼ばれ疎まれがちな一般歩兵という存在が、実際の戦場において如何に有用性の高い要素となり得るか』であった。

友人の作家アナクレート・アウティエリに頼み込んで文学的価値も付加し、
軍学書ではあるものの一般国民にも手にとりやすいよう工夫された。
一か八かの賭けであったが、幸いこの本の出版後陸軍歩兵師団への応募数は大幅に回復した。
陸軍内にも航空隊を創設し、『フレスベルグ』など航空機を他に先駆けて導入したこともそれに拍車を掛けたと言えるだろう。

しかしこの本が改めて評価されたのは、ユティウス・アルペゲウスによる『龍騎士戦略論大系』出版後、
空軍偏重主義の只中にあってのことであった。
ユティウスの着眼点は、空軍の新たな可能性を大幅に開拓した非常に優秀なものであったが、
たとえ少数の竜騎士が敵本拠地の奇襲を成功させたとしても、
その後進攻する役目は陸軍にしか担えない役目であることもまた事実であったからだ。

竜騎士は波状攻撃を仕掛ける能力を有しないため壁となれず、
本来壁となるべき陸軍は第一次文明戦争時には立て続けに予算を減らされ弱体化してしまっていたため、
ソレグレイユ機甲師団相手に歯が立たず敗走、空軍も勢いに乗るソレグレイユ機甲師団の対空砲火に押し負け、
あわや本土侵攻という危機を招いたため、停戦後、空軍偏重主義の見直しが行われたのである。

ちなみにここで『人海量兵論集成』を提示し見直しを提言した人物こそが、
後に大将軍となるイザベル・ダリウス・サラザール陸軍大臣政務官(階級は大佐)であった。

戦闘車両としては、他に速力重視の軽騎兵戦車『ガルム』や(この名は駆逐艦の級名にも使用されている)、
本車よりさらに火力重視の重歩兵戦車『ケルベロス』などがある。
型式番号のSLYは時の皇帝ストライフ・ルイ・ユグドラシルのイニシャルから。


『諸君の街に、一騎当千との呼び声高い敵国の竜騎士が、諸君の街を侵略せんと現れたとしよう。

諸君ならどうする? 偉大なる勇者の出現を待つか? 無様に跪き許しを乞うか? 答えは断じて否だ。

何も恐れる必要など無い。屈する必要など無い。
なぜなら諸君は彼を、或いは彼女を打倒し得る力を既に持ち合わせているからだ。

例え一人がどれだけ強大なる力を有していようとも、一致団結して国家を護らんとする、
崇高なる使命を有する諸君の放つ百万の矢からは、決して彼らは逃れることなど出来ない。

私は一人でも多くの諸君に、自らこそが生きて帝国を護る御盾とならんと、日々精進し、
栄光へと邁進する一般兵士達の偉大さを知って頂きたいと切に願っている。

そしてそれこそが、まさに偉大なる大帝陛下が説かれ、
今日においても我らが帝国を支え続けている諸君、即ち「人の力」に他ならないのだ』


―――『人海量兵論集成』終章、『皇帝軍』より抜粋

最終更新:2019年01月03日 13:28