御呂呑祭(ごろどんまつり)
大和皇国の中央部付近でよく見られる、毎秋の収穫を祝う祭。
御呂呑とは『ごろごろ・どん』、即ち雷鳴と落雷の音であり、転じて『ごろどん様』として雷の神をも指す言葉だが、
これは音としてのみ伝えられているので、御呂呑は後世の当て字である。
祭の目的は、田畑の近くに守護神として置かれた御呂呑様の像に対し、供物を捧げて来年の豊作を願うと共に、
踊りや音楽をその前ですることで、その年の恵みを喜び、
加護のあったことを感謝していると御呂呑様に示し、同時に分かち合うこと。
故に、祭に関わる者は、その場では如何なる不平不満を漏らすことも許されず、
この禁を破った翌年には、夏季に訪れる大雨の続く時期に怒りの雷が落ち、田畑全てを焼き払ってしまうという。
雷の神が農耕神として崇められる理由については、風や雨、水の神との同一視により、
作物を育てるのに必要な水や天候を自在に操れるという認識があるから、という説と、
夏季が過ぎると大気が乾燥し、雷が落ちる確率が高くなるのを、
雷が収穫の時期を知らせてくれているという形で伝えて来たのが変質した、という説がある。
唯、どちらにせよ、原型となる神から何らかの変遷があると予想されること、
そして神の名前に意味が無く、唯音から取られただけの原始的なものであることから、
その始まりはかなり古いものと考えられている。
『はァ、来らはるはごろどんさん、行かはるはのわきさん、
こりゃまた嬉しや黄金の稲穂……「はァ、嬉しや、嬉しや」……
阿呆のとりには種をはやらず、呆けのししには実をはやらず、
畑の荒れずに背伸ぶ故は、全てごろどん様々よ……
(さても、お出でになるのは御呂呑様、お行きになるのは台風である。
黄金の稲穂の実る様、これはまた嬉しいものである……「さぁ、嬉しいなぁ、嬉しいなぁ」……
馬鹿な鳥には種をやることもなく、ふざけた猪には実をやることもなく、
畑の荒れずに育ってきた理由は、全て御呂呑様の御加護の御蔭である……)』
大和皇国皇宮省編纂『畿内祭事次第旧記』中、御呂呑祭の項目『ごろどん節』より抜粋
最終更新:2014年09月18日 06:23