支配者の血脈
ルーシアスはユグドラシル帝国建国から続く名門貴族の嫡男として生まれた。
彼の生家
マイスナー家は、ユグドラシルを形成する盟邦国内の名家大家の血筋を多く迎え入れ、
建国よりおよそ270年を数える帝国において多大な影響力を誇っていた。
そんなマイスナー家の歴代当主たちは皆、家を誇り、能力を誇り、そして血筋を誇った。
ルーシアスもまた、そんなマイスナー家の次期当主として日々研鑽を重ね、将来を嘱望されていた。
そんな彼が20を迎えたある日、尊敬する父はルーシアスに、歴史の闇に埋もれた真実を語り出した。
それは、かつて暗黒時代の終焉を告げた戦いの後に繰り広げられた、薄汚い政争の物語だった。
『アルゼルファー氷火山の戦い』におけるユグドラシルの勝利、
そして哭ニヴルヘイム大公国の敗北の裏には、一人の"裏切り者"の存在があった。
それは、先代大公ドルアーガの弟であり、かつて甥のアルファレードと大公位継承を巡り争った人物であった。
彼は、国を
バルバロッサに売り渡すのと引き換えに、自らが大公の座に就こうと画策していた。
その目論見は成功し、彼は戦死した甥に替わって大公となりバルバロッサに臣従することとなるが、
そのような人物が玉座についた以上、アルファレードの家族、特に、その子供の命が狙われるのは必然であった。
そのため、アルファレードの妻は我が子を親交のあった他国の貴族のもとへと逃がし、
その命と直系の血脈を守ることを決断する。
やがて、その子供は成長し、自分の出自を知らされるものの、その当時、大公国の力は未だ強大であった。
既に滅びた筈の大公家の直系であることを世に知らしめたとしても、時代は決して自分には味方しないだろう。
そう判断した彼女は、結局、兵を挙げることなく、その生涯を閉じることとなった。
しかし、その後も彼女が母と祖父から託された遺志――、
即ち、アルファレードの血という『ニヴルヘイム大公の正統な継承権』を継ぐのは我が一族であり、
やがては大公の座に返り咲くのだというその願いだけは、
その子や孫、さらにはそれに続く子孫たちへと引き継がれていった。
そして彼女の子孫たちは、そのための"下準備"として幾つかの貴族家と婚姻を結び、
あるいは乗っ取りながら、自らの血脈と祖先の執着を保ち続け、
数代前にその血統はユグドラシル帝国の大貴族である、マイスナー家へと至ったのである。
こうして、父から己の身に流れる血の来歴と祖先の悲願を知らされたルーシアスは、一つの決意をする。
270年の時の中で、政治的にも経済的にも零落したニヴルヘイム大公の地位など、
今更手に入れたところで、さほどの旨味も無ければ利も無い。
しかし、それでもなお『大公家への返り咲き』などという戯言を我が父に語らせるというのなら、
いっその事アルファレードが果たせなかった『ユグドラシル打倒』を我が手で成し遂げてくれよう。
大公国は、その後で直轄領として接収するなり、適当な口実を設けて大公家を取り潰すなり、
如何様にでも処遇を決められる。
そうすれば、この馬鹿げた因縁に終止符を打ち、愚かな祖先どもの妄執を晴らすこともできよう。
かくして、一族の悲願と己の野心を胸に、若き日のルーシアスは家の意向で配属が決まっていた帝国軍参謀部へと入隊。
程無く、その能力を如何無く発揮することとなった。
ユグドラシルの戦略的敗北と評されるこの戦いで、彼は策略家としての頭角を現した。
敗色濃厚な戦況に陥っても、彼の作戦に従った部隊に限っては戦果を上げていたのだ。
そして戦後、ルーシアスはこの功績故に、若干23歳という異例の速さで参謀部副官に抜擢される。
その後も彼は更なる地位の向上を果たすのだが、
それを助けたのは、文明戦争時、まだ元服の儀から一年余りの若き皇子
ガノッサであった。
文明戦争末期、心労からくる病による突然の崩御と伝えられた12代皇帝
オットーの代行として
全軍の
久平撤退作戦を指揮したガノッサは、戦後処理を円滑に進めるために略式にて即位した後、
周囲の手助けを借りながら、あらゆる業務をこなしていった。
しかしそれでも多忙を極める業務の中、ガノッサは次第に神経をすり減らしながらも、
毅然とした戦後処理と内政の引き締めを行った。
臣民には戦いを終わらせた英雄と謳われながらも、敵と看做した相手には容赦の無い鉄槌を下す少年を
人はいつしか”二面のガノッサ”の異名と共に畏れ、若き皇帝は孤独となった。
そんな彼の孤独は、ルーシアスにまんまと付け入る隙を与えた。
皇宮内で比較的年齢も近く、自身と同じように若くして要職に就いたルーシアスに
ガノッサは親近感を抱くようになる。
やがて、立派な皇帝へと成長したガノッサの周囲には、彼の信頼に足る人物達が集められた。
その中でルーシアスは最古参のメンバーとして、時の皇帝に偽りの忠誠を捧げ、
ガノッサはルーシアスに対して全幅の信頼を寄せた。
この時、すべてはルーシアスの思惑通りに運んでいた。
そしてガノッサは気付けなかった。
忠臣であるルーシアスが自身に毒を盛っていることも、
後にユグドラシルという国家を根底から覆すほどの元凶となることも。
ルーシアス・ベルンフリート・マイスナー
彼の計画は、次の段階へと移行していく――。
最終更新:2015年02月20日 16:48