「フハハハッ!!雑魚のポケモン共を集めたところで、俺様を倒す事は出来んぞ!」
「そうかな!?やってみなきゃわかんねぇ!」
東京都練磨区、とある空き地は今日も騒がしかった。なにやら二人の少年が両手にニンテンドーDSをもって通信対戦をしているようだ…
「終わったな、所詮、のび太はクズなのだ!」
「ま…負けた…」
のび太と呼ばれた眼鏡の少年は対戦に負けたショックから泣き顔でうなだれる。端から見ればのび太が相手の少年の前でひれ伏しているようだった。
そんな彼を見下ろす少年…彼の名はブロリー…ではなく剛田武、知っている者は皆、彼の事をジャイアンと呼ぶ。
「ホント弱いよなのび太って…同じレベルのポケモン使って1ダメージも与えられないなんてまさに奇跡の戦術だよ君は。」
「うっ…」
敗者であるのび太を第三者として対戦を見ていた少年、骨川スネ夫は汚い物を見る目で吐き捨てる。悪い魔法使いのように濁ったその声で言われるとのび太は腹が立って仕方なかった…
彼らが今行った通信対戦、それは「ポケットモンスタープラチナ」、最近発売されたゲームソフトだ。のび太はこのゲームが限り無く弱かった。ジャイアンと何度か対戦した事があるのだが一勝もした試しがない。約三分後、カップラーメンが一つ出来るぐらいの時間になればジャイアンはのび太を倒している…そんな光景が何度も続いていた。
「くそ…何が悪かったんだ?何が理由で負けたんだ?」
「理由?ああ、それは全部さ、使うポケモン、技構成、相性、君は全てにおいておマヌケなのさ。」
「そ、そんなぁ…努力値っていうのもちゃんとやったのに…」
「どうせ全部意味の無い所に振ったんだろ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
図星、実はハピナスに攻撃の努力値を振るなど、とてもかっこいい事をしていた。全くの無意味である。聞けばのび太はポケモンのステータスの表示の見方が分からないらしい…もう一度一年生に戻って数の見分け方を覚えろと言ってやりたいところだ。
しかしのび太はよせば良いのにジャイアンにまた対戦を申し込んだ。のび太いわく今度はもっと強くなって勝つらしい…
高らかにジャイアンに宣戦布告を言い渡した後、のび太は逃げるように空き地を離れた。多分今の自分の顔はラディッシュのように赤いだろう…のび太はそう思いながら彼なりの全速力で家の方に駆けて行った。
「!!!」
一瞬、身が固まる。前方約5m…奴が来たのだ。
「きっとそんな感じで、世界には新種の生物が増えていくんだ。人間達が地上から居なくなった後にね。」
「へぇ~!流石デキスギさん、物知りね。」
「僕なんかまだまだ分からない事だらけさ。」
二人の男女が仲良さそうに会話しながらこちらに向かって来る。源静香、出木杉英才、二人とものび太など微塵も気がつかない。のび太は通りすぎて行く二人の後ろ姿を睨みながらブツブツと念仏のように嫉妬の言葉をこぼした。
「デキスギ…ソコニイナクチャイケナイノハボクダ、キミジャナイ…」
出木杉と一緒に並んで歩く少女静香に対して、のび太は恋心を抱いている。その為彼女が他の男と仲良さそうにしているのを見るのは若すぎる彼には爆発しそうな嫉妬心を抑えるのに必死だった。二人の姿が見えなくなり、のび太はその場を足早に立ち去る…
向かう先は青い友人の待つ自分の家、彼ならこの嫌な気分を吹き飛ばしてくれるに違い無い。彼の不思議なポッケの力で…
ようやく家に到着するとのび太はただいまも言わずに階段をかけ上がって行く。ドタドタと響く足音が、彼の慌ただしさを表現していた。
「ドラえもーーん!!」
二階にある部屋のドアを持てる力の限りスライドさせ、のび太は目の前に居る青き身体に飛び付く。その奇妙な物体は好物のどら焼を食べていたようだ。食事の邪魔をされたのが不快だったのか、はてはのび太に触れられるのが嫌だったのか、あるいは両方か、青いヤツは温かくない目を彼に向けた。名をドラえもんという。狸のような外見だが、実は猫をモチーフにしているロボットだというのはあまりにも有名な話である。
野比のび太といえば重度を超えたトラブルメーカーだ。今度は何を持ち込んだのやら、ドラえもんは心底うんざりしていた。
「ドラえもん!ジャイアンに!」
「ジャイアンにポケモンバトルを仕掛けて負けた。今度戦う約束をしたから絶対に勝てる道具を出して…かい?」
「よくわかったね…」
「長い付き合いだからね。伊達に一年も同居してないよ。」
ドラえもんは22世紀の未来で生み出され、そしてのび太の居るこの時代にやってきた。目的はのび太を優秀な人物にする事、しかし彼はずっと変わらない…自分が来たのは逆効果だったのかもしれない…最近ドラえもんはそう思うようになっていた。
(のび太君の為にも、あれを使うしかないか…)
ドラえもんは何も声に出さず、胸のポケットに手を入れた。思いの外あっさりと道具を出してくれる事が、のび太は純粋に嬉しかったようだ。足をバタつかせて道具の登場を待つ…
「異次元世界移動マシーン!!」
「わあ…」
ドラえもんがその名を言うと、ポケットから大きな板のような乗り物を取り出した。その形はあのタイムマシンに擬似していた。
「これを使うと、僕たちが居る世界とは違う世界に行けるんだ。もちろん、ゲームの世界にもね!」
「えっ!?じゃあ…その…ポケモンの世界にも行けるの?」
「うん!その為に出したんだ。」
この時、のび太はかつてない程興奮していた。ポケモンの世界…彼は何度かそれに憧れていた。本物のポケモンと会いたいと何度も思った。当然それは不可能な事だ…現実とは残酷なものである。しかし、ドラえもんにはその不可能を可能にする力がある。夢にまで見たポケモン世界へ行く時が来たのだ。
「ドラえもん!みんなも誘って良い!?」
「あっ、うん。」
「やったぁ!!」
子供とは無邪気なものだ。のび太はすっかり本来の目的を忘れていた。ゲームではなく、リアルでジャイアンを倒す!次にスネ夫だ!その後は憎き出木杉をじっくりと料理してやる!最後は静香と二人勝ちだ!のび太の強く意気込む。先ほどまでとは別人のように活気に満ち溢れていた。
数十分後、のび太の部屋には五人の少年少女と一匹の狸が集まった。のび太、ドラえもん、ジャイアン、スネ夫、静香、そして出木杉…本物のポケモン世界で冒険が出来る…彼らものび太と同じように興奮を隠せなかった。
一同はドラえもんが出した異次元世界移動マシーンに乗り込む。すると、まず出木杉が口を開いた。
「ポケモンの世界って、どこに行くんだい?」
「金銀!」
「やっぱり金銀だね。」
「二人がそういうなら私もそれで良いわ。」
「ええ~…僕はプラチナが良かったのに…」
「なんか言ったかのび太?」
「ん?僕なんか言ったけ?さあ行こう金銀の世界へ!」
ジャイアンに睨まれ、のび太はしぶしぶ了承した。意外にも行く先のポケモン世界はポケットモンスター金銀の世界、すなわちジョウト地方に決まった。何故金銀か?答えは簡単だ。彼らはそのゲームを噂でしか知らず、プレイした事が無いのだ。ルビー、サファイア、ダイアモンド、パール、プラチナと知っている世界に行くよりも、未知なる世界へ行きたい気持ちの方が大きかった。
「ルールはどうする?」
「先に殿堂入りした奴が勝ちで良いんじゃね?」
「それでいこう!」
ドラえもんはマシンのタッチパネルのような物を動かし、向かう世界を設定する。そして手元のレバーを引いた。
「行くよ!ポケモンの世界へGO!」
ドラえもんのテンションの高いかけ声と共に、マシンは発進する。まるで瞬間移動のように部屋から全員の姿が一瞬にして消えた…
四次元に広がる空間の中、のび太達を乗せた異次元世界移動マシンは目的地に向かって全自動で進んで行く。移動する空間はほとんどタイムマシンと変わりない。彼らは到着まで待ちきれない気持ちでいっぱいだった。ジャイアンとスネ夫はこれからの事について和気あいあいと語り、のび太と静香はポケモン世界で楽しみな事をお互い話し合っていた。
「ドラえもん君、少し聞きたいんだけど…」
「なあに出木杉君?」
そんな中、出木杉は他の者に気づかれないようにドラえもんの元へ歩み寄った。
「このマシーンって、こんな人数で乗っても大丈夫なのかい?」
「大丈夫だよ。 この道具は子供なら五人まで乗れる」
「えっ? 僕達みんな合わせて六人だよ?」
「そんな訳ないよ。 のび太君にジャイアン、スネ夫、静香ちゃん、そして君で丁度五人の筈さ…… あっ!」
乗り物一帯に、詰めて乗っている少年少女を数えている途中、ドラえもんは言葉を出さなくなった。まさかと思い、出木杉は強張った顔つきでドラえもんの顔を正面から覗き込んでみる…すると彼の元々青い色の顔は、さらに青ざめているのが分かった。
「自分の数は数えなかったの?」
「…はい…」
定員オーバー…数多くのミスをしたことがあるドラえもんでも、これ程迂闊なミスはした事がなかった。なんで僕は低性能で馬鹿なんだろう…ドラえもんは己の無能さを激しく悔やんだ。
「「うわっ!?」」
刹那、突如マシンが揺れ動き出した。それもただならない揺れ方だ。地震で言えば震度3ぐらい、あまりに突然の事だった為、少年達は大きくバランスを崩してしまった。難とか体制を直したジャイアンは怒り心頭でドラえもんの肩を乱暴に掴み掛かる。
「おい! ちゃんと運転しろよ!」
「ごめん! それが定員オーバーでコントロールが利かないんだ!」
「なんだと!?」
「嘘よねドラちゃん!?」
ドラえもんから放たれた爆弾発言によって、一同の表情は先程までとは正反対なものとなる。特にスネ夫の顔は絶望に満ちていてまるでこの世の終わりだと言わんばかりだった…
「ママァァ―ッ!!」
スネ夫の頭にふと母の面影が浮かんだ。せがめばたくさんのこづかいをくれたママ、いろんな場所に連れていってくれた優しいママ、トイレはちゃんとドアを閉めてするでザマスよと叱ってくれた厳しさと優しさを兼ね備えたママ、そんなママは僕の自慢で、そして全てです。お元気ですか?僕は元気ではありません。今僕の目の前にはずっと昔に亡くなった曾祖母の笑顔が見えます。今までありがとう…僕はあの人が居る場所に行って来ます。グッバイマイマザー…
スネ夫はいさぎよく死を受け入れていた。今自分の顔はどんなに綺麗だろうか…彼の瞳に曇りは無かった。
「大丈夫なのドラえもん!?」
「大丈夫、ここら辺ならどこか別のポケモン世界に不時着出来るはず!」
ドラえもんのその一言で、スネ夫はハッと正気に戻る。まだ死ぬと決まった訳ではないのだ。
「この際ポケモン世界なら何処でも良いよ!早く降りて! ぬわぁ!?」
再び激しい揺れが彼らを襲う。目的地からずれるがこのままでは危険だ。ドラえもんはやむを得ずブレーキを踏み、マシンを何処かの空間に飛び込ませた。その瞬間、眩い光が広がった…
光に眩ませられた目を開いた時にはもう、自分たちが居る場所は変わっていた…一同はしばし沈黙する。
「着いたのか?」
沈黙を破ったのはジャイアン、周囲を見渡しながらそう呟いた。ここで彼が「助かったのか?」と言わなかったのは、自分がポケモンの世界に来れたかどうかという思いの方が強かったからである。
「あ、あれ!」
静香が何かを見つけたようで、その方向に指を指す。全然がそこにあるものを見た時、確実に場の空気が変わっていた。
「「オタチだ!!」」
一同は激しく感動した。オタチ、みはりポケモンと呼ばれるそいつはのび太達に気づくと驚いたように逃げて行く。
間違いなく本物のポケモンが居た。という事は此処は…
「ポケモンの世界…」
実に運が良かったと言っておこう。トラブルが起こったものの、のび太達はポケモンの世界に来れたのだ。分かった瞬間歓喜の声が響き渡る。偶然通りかかった通行人は不審者を見る目で彼らを眺めていた…
ドラえもんが調べてみて、ここはポケモン世界のジョウト地方、ワカバタウンだという事が分かった。涼しい風が心地よい、小さな村だ…
「よっし!んじゃさっさとポケモン貰いに行こうぜ!」
「ちょっと待ってよジャイアン! ポケモン貰うったって何処で貰えば良いの?」
「そんなもん決まってんだろ! …どこだ?」
一人ポケモンを貰いに行こうとするジャイアンをスネ夫が制止する。生憎ジョウト地方の情報など皆無に等しかった。噂以外の金銀など、ジャイアンはもちろんスネ夫ですら知らない…よってここに居る者は誰一人として情報を持っていないだろう…と、今まで思っていた。
「ウツギポケモン研究所…」
「えっ?」
「そこに居るウツギ博士っていう人からポケモンを貰えるわよ」
思わぬ情報を持っていたのは意外にも静香だった。一同は目を点にする。誰もが静香の事を最近ポケモンをやりだした人だと思っていたのだ。その為大分前に発売された金銀の事を静香が知っているなど、思いも寄らなかった…
「なんで静香ちゃんがそんなこと知ってるの?」
不思議に思った眼鏡猿こと野比のび太は彼女に問い質す。静香は笑顔を輝かせて教えてくれた。
「この前出木杉さんの家に行った時、銀バージョンっていうソフトを貰ったのよ」
「出木杉君が!?」
「うん、僕、金バージョンを持ってたし、別にいらないから欲しがってた彼女に上げたんだ」
「なんということを…」
普通に聞けば何の問題もない話だが、のび太にとっては聞きたくなかった話だ。
二人の仲がそこまで進んでたなんて…まずい!早く手を打たないと静香ちゃんが取られてしまう!
若くて幼いのび太はそんな事を考えていた。勿論出木杉には何の下心もない。ただ言った通りの理由だ。この心の余裕の違いがのび太と出木杉の差なんだろうなとつくづく思うドラえもんであった。
「じゃあ早速その何とかっていう博士の所へ行こうぜ!」
ポケモンを貰える場所を知ったジャイアンははやる気持ちでウツギポケモン研究所らしき建物に向かって走って行った。スネ夫、出木杉、静香はやれやれと半ば呆れながらも彼の後を追っていく…
「僕たちも行こうよドラえもん!」
のび太も研究所へ向かおうとする。だがドラえもんは何処か難しそうな顔をしていた。
(なんか都合が良すぎる気が…)
自分の低スペックが招いたミスによって、異次元世界移動マシンは本来の目的地から大きく外れた場所に来てしまった筈だ。しかし、自分達はポケモン金銀の世界、ジョウト地方に着いた。とても都合が良すぎる話である。ドラえもんはその事をずっと気に掛けていたのだ…
(もしかして金銀の世界は二つあるのか?いや、そんな筈はない… じゃあこの世界は本来の金銀世界とは…)
同じ次元が二つあるという事はまずあり得ない。ならばここはジョウト地方であって「ポケモン金銀」の世界とは似て非なるものだという事だ。
危険な事が無ければ良いが… ドラえもんはこれからの冒険が少年少女達に災いを及ばすものでない事を祈り、マシンを四次元ポケットの中に隠した。そしてさっきからずっとこちらを見ているのび太に気づく。何なんださっきから…ああ、研究所ね…
ドラえもんは彼の方にいつもの笑みを浮かべながら振り向く。
「さあ、行こうか」
「うん!」
もしも彼らに災いが振り掛かったとすれば、僕はこの身体に代えても皆を守ってあげれば良い。それが子守り用ロボットの役目であり、宿命なのだから…
一人と一匹は駆け足で研究所へと向かった。この時はまだ、誰もが楽しい冒険になるだろうと信じて、疑う事はなかったのである…
最終更新:2009年09月18日 18:03