モンスターボールGTその8


ビルも無ければ目立つ建物も無い。まさに田舎といった場所だ。何より空気が新鮮で、人々をいつまでも癒してくれるような穏やかな空間だった…
人はここをマサラタウンと呼ぶ。カントー地方の端っこにポツンと残る小さな村のような町だ。町の第一印象は「白」と言ったところか、その名の通りまっさらな場所である。

「ふぅー…、これだけの資料をひとまとめにするのに随分手間取ったわい… やはりわしも歳かのう…」

そんなマサラの町で、最も大きい建物「オーキドポケモン研究所」の中で、頭髪が白髪で染まっている老人は曲がった腰を手で叩きながら部屋の椅子から立ち上がる。欠伸をしたり背伸びをするなど、彼は相当くたびれているのが目に見えてわかった。
彼の名はオーキド・ユキナリ、このポケモン世界の中でも最大な人気と実績を備えたポケモン博士である。オーキドは学会に発表する資料を徹夜で仕上げてまとめたので、その目にうっすらと隈が出来ていた。明らかに寝不足だ。彼は今にでも倒れんばかりだった…
「さあてと、一眠りするかぁ」
大きな欠伸を起こしながら、オーキドは寝室へと向かう。研究所の中は何かと散らかっているが、割りと広い。初めて此処に来た者なら迷ってしまっても可笑しくない広さだ。しかし家主であるオーキドからすれば何の問題も無い、早々と布団に入り込んでいった。

ピンポーン!

その時、呼び出しコール音がオーキドの耳に届いた。しかし、どうせセールスだろ?まったくこんな朝早くからけしからん奴だとオーキドは見切り、布団に潜ったまま動こうとしなかった。しかしコールは何度も響き出した。一回、二回、まるでオーキドが直々に来るのを待っているかのようにしつこく鳴らしている。
「うるさいなぁ…」
さすがにこれでは眠れる訳がない。オーキドは悪態をつきながら起き上がり、玄関へと向かった。そして目の先のドアノブに手をかけ、時計方向に一回転回しながらこちら側にゆっくりと引く。
「セールスなら結構じゃ…っておや? おおっ!グリーンか、しばらくじゃな!」
ドアの外にじっと立っていた人物、それは自身の孫に当たる存在、グリーンだった。
グリーンはオーキドの反応が面白かったのか、ふっと笑みを浮かべる。不自然に跳ねている髪の毛の先はそよ風によって揺らされていた…
「この時期に会いに行けば、私が誰なのか分からないと思っていたのですがね… 物忘れが激しいところは治ったようで」
「なに言っとるんじゃ、お前はいくら変わろうがわしの孫に違いはない。忘れる訳ないだろ」
「大変有難きお言葉です」
「…わしの前でそんなしゃべり方は止めてほしいな。昔のような話し方で良いんじゃぞ?」
「いえ、私ももう大人ですから」
「二十歳にもなってない若造が言う言葉かい」
「今年で成人しますよ」
青年の祖父として親身に話すオーキドだが、グリーンの話し方はやはり他人行儀だ。礼儀正しいのは良いのだがオーキドから見れば切なく思えた。グリーンの様子が暗いのだ… それは今に始まったことではない。今から10年近く前に起こったあの事件から、彼はナイーブだった。
「祖父様のお身体が心配になって訪れましたが、お元気そうで何よりです。では私はこれで…」
「ちょっと待てグリーン、もう行くのか?」
「…ジョウト地方に急ぎの用事がありましてね。」
「そうか… 身体に気をつけるんじゃぞ」
「祖父様こそ無理はなさらずに、では…」
玄関先で見送るオーキドを前にグリーンはゆっくりとドアを閉める。カントーの隣に位置するジョウト地方、彼にはどうしてもそこに行く必要があったのだ。
(祖父様はまだ健康なようだ… それだけは一安心か…)
研究所に背を向け、グリーンは歩いてその場を離れていく。彼の表情は雨が降っている時の窓ガラスのように深く曇っていた。

「グリーン… はぁ… 何をやっとるんだろうな、わしは…」

オーキドは肩を落として自身へ憐れみの言葉を投げ掛ける。答えてくれる者は居る訳がない。しかし今の彼にはそんな口を漏らす事しか出来なかった…
AM6:00… 野比のび太は魔獣のようないびきを上げながら爆睡していた。彼は学校が無い日では午後の1時まで軽く眠ってしまう恐ろしい寝坊助である。赤帽子の青年、レッドはこの時間には起きているように言っていた訳だがのび太にそんなものは関係無いようだ。お構い無しにいびきをかく…

このまま彼は寝過ごすものだと思われた。しかし、今日ばかりは何かが違っていた。今まで寝袋の中で爆睡していたのび太が、天地異変が走ったように突然目を覚ましたのだ。すると即座に寝袋から飛び出し、立ち上がる。彼の額は汗だくだった…

「暑っ!!」

本日の第一声はこれだ。のび太はこの真夏のような気温の高さに耐えられず、飛び起きてしまったのだ。ここは何処だ?アフリカか!?と思うぐらい暑い。この熱にのび太は早くもヘトヘトになり、下を出しながらへばりつくが、彼の目先に「何か」が映ると即座にキリッとした表情に戻った。
赤っぽい、オレンジ色のドラゴン… リザードンがそこで凄まじい熱を放っていたのだ。この技は何だろうか? のび太は愕然とする。熱さを通り越して恐怖を感じるぐらいだ。それほどリザードンから感じるパワーは桁違いなものに見えた…

「戻れリザードン」

今度は若い男の声が耳に入る。それは昨日この場所で出会った赤帽子の青年、レッドだった。どうやら彼は中々起きないのび太に耐えかねて、リザードンに熱を放たせていたらしい。この起こされ方だったらまだ叩き起こされた方がマシである。のび太は不服そうな顔を浮かべる。
「この起こされ方が嫌なら早く起床する事だな」
「はい…」
頭がくらくらする… のび太はとても寝覚めが悪かった。
「さあ始めるぞ」
「今からですか!?」
「何か問題でも?」
「いえ……」
寝起きから早速修行を始めるようだ。しかしリザードンの熱のお陰で目はパッチリ覚めていた。これで居眠りの心配はないだろう…
「ほら、受け取れ」
「? 何ですかこれ?」
「バトルを教わる前にまずポケモンについて知らなければならない。それで勉強しろ」
「うえっ、勉強…」
レッドから手渡されたのは参考書のような本だった。
ポケモンについての知識を身に付ける為の物らしいが勉強と名の付く物全てが嫌いなのび太にとっては始める前から苦である。しかしこれを読まなければどんな目に合わされるか分からないので、背に腹は変えらない、のび太は渋々ページを捲った。
「しっかり暗記するんだぞ、最低でも午前中に終わらせろ。そうしなければ特訓は無いと思え」
「あ、悪魔だ…」
言葉だけを聞けばそれ程厳しいものではないが、のび太から見ては悪魔のような言い付けだった。のび太はがむしゃらに参考書に食いついた…
「朝飯の缶詰めはここに置いておく。12時になったらまた来る」
「はーい…」
1ページずつ読みあさるのび太はレッドの方に向く事なく返事をした。集中している証拠だ。こんな性格でも彼はやる時はやる男なのである。レッドは半ば感心した。
「さてリザードン、スカイドライブに付き合ってくれ」
反する事なくリザードンはレッドを乗せる為、その身を屈める。直ぐに彼が乗り込むと巨大な翼を羽ばたかせ、宙へとゆっくり舞った。

(近くに誰か居るな… だがこの特殊な気配は何だ? グリーン? 違う… 出木杉英才か!)

空にはためくリザードンの背で、レッドは気配を感じる。その感覚を感じる先にはのび太と同い年ぐらいの美少年が歩いていた。
「全てを悟り切っているような、気に入らない感覚だな… あれが天才…か…」
空から出木杉を見下ろしながら不快そうに呟く。彼は何もしていないのだが、レッドは何かが気に入らないのだ。無性に苛立ちが込み上がってきた…

「!! なんだ? 今の感じは… 誰かが僕を見ている?」
キキョウシティを目指して草むらを歩いていた出木杉は何者かの気配を悟る。同時に腰のモンスターボールに手を掛け、いつでも応戦出来る体制へと入った。何故だろうか分からないが、この時の彼は激しく焦っていた…
「貴方は誰です!?」
『お前こそ何者だ… 何故僕に気づいた?」
「声…?」
『そうか、お前も僕と同じ存在なのだな。』
「くっ…!」
耳鳴りが響く。出木杉は瞳を強く閉じ、頭を押さえてうずくまる。頭脳から人の声が聞こえてくるこの感覚が彼には怖かった。
「…これは驚いた。天才とは聞いていたがまさか僕と同じ力を持つ者と会えるとは…」
「貴方は一体…」
耳鳴りが消え、あの声が頭から離れた時、赤帽子の青年が空からリザードンに乗って降り立った。出木杉は驚愕する。その彼の姿は金銀バージョンのラスボスとして登場する「あの少年」と瓜二つだったのだ。
「ポケモントレーナーのレッド…」
最強の二文字を持つ彼を突然前にして、出木杉は背筋が凍りつく程の身震いを起こした。この男と戦ってはいけない… 常人の何倍もの感性を持つ彼は無意識に体がそう判断してしまった。気がつけば握っていたモンスターボールから手を離し、両足がガクガクと震えていた。
(出木杉英才か、コイツはとてつもない才能を秘めている…)
「……………………」
赤帽子の青年、レッドと思われる男は無言のままこちらに歩み寄る。何故か出木杉は身の危険を感じた。

「やあ」

「!!」
たった一言…出木杉はそれだけで頭の中が吹き飛んでしまうような恐ろしい感覚を味わった。逃げたくても逃げられない。それは天才としての意地とかプライドとかとはまた別の問題だ。彼から感じるプレッシャーに震えて、足が動かないのだ…
「その感性… やはり君は本物らしい。 期待しているぞ少年」
「は…」
赤帽子の青年が彼の左横を通りすぎた時、出木杉は全身の力が一気に抜け、膝をガクンと落とした。彼の息は驚く程乱れている。揺れるような意識で背後を向くと、そこにはもう青年は居なかった…

「ハァ…ハァ… くっ、何だったんだあの人? 僕が震えて動けなかった… なんでシロガネ山に居るレッドがこんな所に居るんだ?」

出木杉は荒れた呼吸を整え、この事態に疑念を抱いた。度々疑問視していたがやはり此処は金銀の世界とは大きく異なっている世界のようだ。キキョウに着いたらポケモンセンターか何かで調べないとな… 出木杉はその場をスッと立ち上がり、直に着くであろうキキョウシティへと何事も無かったように歩き進んだ。

最終更新:2010年02月21日 22:44
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