明治時代当時の風潮と西洋技術の面影を残す、繊細なデザインの洋館。

 その館は、本来「旧岩崎邸」なる名の歴史的建造物であった。
昭和28年にGHQから返還されてより国の重要文化財に指定されている場所だ。
ただ、この世界にその歴史はない。屋敷は一人の住居として割り振られている。

 今回、屋敷を割り振られたその人物とは……。

◇    ◇    ◇

 洋館の書斎。
明治の物がそのまま使用されているであろうアンティークのデスク。
赤紫色の絨毯が敷き詰められた床。横に束ねられている赤紫色のカーテン。
シンプルな形状のシャンデリア。照明の色は昼白色に灯っていた。

 窓際には、外を眺めている一人の男性。
エレガントなスーツを着こなし、ダンディに整えた髭を貯えている。
彼の右手の甲には、令呪。聖杯に選ばれた事を告げる証。


 彼の名は"遠坂時臣"。この未知なる聖杯戦争の参加者。

「……東京二十三区の聖杯戦争、とはな。」

 身体に刻まれた無意識の行動か、宝石のペンダントに魔力を込めようとし、記憶が蘇った。
自分が、"魔術師"であること。由緒正しき冬木の御三家の一角「遠坂家」の五代目当主としての自我。
そして、彼の英雄王の召喚を考え、三年後に開かれる"第四次聖杯戦争"に挑む手筈だったことがだ。

 そんな自分が、何故このような状況に立たされているのかわからなかった。
いつの間にか「東京都」などに居て、さらには縁もゆかりもない「台東区長」などに就かされている。
先日まで、そこに何の違和感を覚えなかった。ロールに従い、区長としての職務を全うするだけであった。
記憶を操る類の魔術を受けた痕跡などないが、何故こうに至ったかまでの記憶は一切ない。

 『どんな時でも余裕を持って優雅たれ』という家訓もあり、この事態にさほど動じることはない。
そして、与えられた使命だけは頭の中ある。それは、冬木とは別の聖杯戦争がこれから開かれるということ。
時臣が知る限り、東京に聖杯など聞かない。この奇異な状況から見るに、世界も聖杯も真っ当なものでないと踏んだ。



 窓の外。視界先の庭にいるのは、武術家然とした服装の壮年男性。
彼は、時臣が契約しているサーヴァント。クラスは「キャスター」として選出されている。

 半歩進んでは拳を打ち、それを幾度となく繰り返す、直突きの鍛錬。
打ち出される突拳は疾く、計算されたかの如く重心は正確、鳴る打音は静かに響く。
その打法は、箭弓で矢を射るように放たれる。姿勢は一定を維持し、粗の一切は感じさせない。

 今、行われている套路のことは、武術にさほど詳しい方でない時臣も知っている。
形意拳の基本技、五行拳の一つ、"崩拳"。形意拳の代名詞としても語り継がれるほど有名な技。
半歩進んで発した崩拳の一打は、「どのような相手でも一撃で倒す」と人は信じてやまないからだ。

 それを可能とした名手こそ、召喚された"郭雲深"。
中国武術内家拳に分類される拳法の一つ、形意拳を極めた達人。
代名詞が反映され、中国拳法史では「半歩崩拳」の異名としても通っていた。

◇    ◇    ◇

 洋館のサンルームに当たる部屋。対面の席に座る主従二人。
時臣も自分の家でありながら、やはり他人の家というどことない居心地悪さを拭えないでいる。
窓の先に建っている撞球室の木造小屋にしても、時臣は期間内に入った覚えはない。

「我が拳より至る、"根源の到達"。それこそが現界した私の願いです。」

 話を郭自身が切り出した。

「……一つ、お伺いしますが。何故、武術家である貴方が根源などと?」

 掘り下げるべく、疑問を返す時臣。
「武術」と「根源」。その関係性が時臣にはよくわからなかった。

 真剣な表情で向き合う郭。

「根源の到達こそが、ひいては中国武術における最終地点を意味するからです。
私達が極める中国武術とは、本来「宇宙と一体になる事」を目的とした武術。
拳理の極意を悟る者は、宇宙の源理をも制すると言い伝えられております。」

 郭は瞬きをし、呼吸を取る。

「この「宇宙と一体」をより合理的に突き詰めた問いこそが、"根源の到達"に繋がるのです。
私は中国武術の極意を知ることを目的として生きてきた。……が、終ぞ至る学術とは巡り合えなかった。」
「……故に、"根源への到達"を願いとしているのですか。」

 答いを知る、時臣も納得の反応を示した。

 郭雲深の在り方、その求道の方向性は、典型的な武術家像に比べると学者のそれに近かった。
彼が形意拳に行き着いたのは、己が生涯を賭けて得るものを求めた末に、形意拳の理に憧景を抱いたからとされている。
自ら戦いを求めることも、世俗への立身出世を求めることもなく、数十年もの間、形意拳の修練を続けていたという。

 その彼にして、何を学んでも中国武術の極意に達することはなかった。
幾年にも渡るほどの努力を重ねても、なお悟りが開かれることはなく、81歳の生涯を終えたのである。

(先代が目指した「武術による根源到達」も強ち間違いではなかったのだな……。)

 郭が考える話に前例がないわけではない。
先代の遠坂は、魔術と武術を同等視に捉え、「武術による根源到達」を目指したこともある。
荒唐無稽と言うほど飛躍した結論に思えたが、つまりは魔術も武術もいつかは道が交わることだと理解した。

 加え、遠縁ながらも祖先の理論と通じるその方向性が、彼を呼んだ要因ではないかと内心は納得する。

「マスターは何を求めるのでしょうか?聖杯に如何なる望みを願いますか?」
「私は……」

 僅かに"迷い"の相を浮かべる時臣。

 ここは冬木で行われる四度目の聖杯戦争ではない。
御三家の義理などなければ、参加すべき義務などないわけだ。
所詮。時臣とは無縁、巻き込まれた聖杯戦争。保身のために動くのも条理に反しない。

(いや、変わらない。冬木でなかろうとも……)

 時臣も真剣な表情に変わる。思い出す、自分の信念を。

「根源への到達。それが遠坂の当主として、我が人生に負うべき悲願。
如何なる聖杯であれ、如何なる世界であれ、その応えが変わることはありません。」

 聖杯戦争に対する決意を表明する。

 聖杯に選ばれた以上、その形は冬木でなかろうとも同じこと。
この身は誇り高き遠坂の魔術師として準じるために生きている。見定めた信念を貫かずして、何が魔術師か。
如何なる場所に行われる聖杯戦争であれ、果たすことは変わらない。根源の到達こそが、遠坂の悲願なのだ。

 真剣な表情でみつめると、一度だけ頷く郭。

「武術家と魔術師。背景や過程こそ異なれど、互いに目指す方向性は同じというもの……。」

 至るまでの道や方法は違えど、到達する目的地は同じ。
学者の郭に主への忠誠心はないが、同士として共闘するには好ましいと判断した。
郭は片方の掌の面に片方の拳を抱き、前に突き出す構えを取る。

「これから、よろしくお願い致します。」
「えぇ、我々で勝利を掴みましょうぞ……。郭雲深殿。」

 深々と頭を下げる郭。時臣も不敵な笑みを浮かべて答える。
参加者の一人、遠坂時臣の陣営は、こうして聖杯戦争に挑むこととなった。


◇    ◇    ◇


 ────理を信ずる先は、遍く天下。


 ────天下打つは、己が信ずる理。



【クラス】
キャスター

【真名】
郭雲深@史実(清朝末期)

【属性】
中立・善

【パラメータ】
筋力B 耐久C 敏捷A 魔力D+ 幸運C 宝具-

【クラス別スキル】
陣地作成:D+
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。 ”結界”の形成が可能。
機能性は低いが、優れた奇門遁甲の応用技術も合わさり、陣地内の効力は高い。

道具作成:C
魔力を帯びた器具を作成可能。
剣や棍、刀、槍などの形意拳に関わる武器であれば生成できる。

【保有スキル】
中国武術:A+++
中華の合理。宇宙と一体になる事を目的とした武術をどれほど極めたかの値。
修得の難易度は最高レベルで、他のスキルと違い、Aでようやく“修得した”と言えるレベル。
A+++ともなれば達人の中の達人。

圏境:A
気を使い、周囲の状況を感知し、また、自らの存在を消失させる技法。
極めたものは天地と合一し、その姿を自然に透けこませることすら可能となる。

見切り:B
敵の攻撃に対する学習能力。
相手が同ランク以上の『宗和の心得』を持たない限り、 同じ敵からの攻撃に対する回避判定に有利な補正を得ることができる。
但し、範囲攻撃や技術での回避が不可能な攻撃は、これに該当しない。
かつては師李能然の練習風景から盗み見し、武術の基本を会得したとされる学習能力が発展したもの。

【宝具】
『半歩崩拳・遍天下打(あめねく、てんかうつ)』
ランク:- 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
英霊が修得した武術が唯一無二の至宝となった時、“技”そのものが宝具として昇華する事があるが、この宝具もその1つ。
彼が半歩進んで放たれた崩拳は、一打にしてあらゆる相手を打ち倒すほどの理を持つ。
原理は自身の気で周囲の空間を満たし形成したテリトリーで相手の「気を呑む」ことによるショック死である。
その性質上、李書文の『无二打(にのうちいらず)』と非常によく似ているが、こちらは「半歩崩拳」という一連の動作に決まりがある。

『虎撲子(こぼくし)』
ランク:- 種別:対人奥義 レンジ:1 最大捕捉:1
形意拳の技の一つ。前方へ両掌を突き出し、発勁を放つ。
かつて両手を繋がれたまま投獄された雲深が牢屋で3年間も虎形拳を練り続け、この一手を編み出したとされる。

【weapon】
「鹿角刀」
愛用の月牙剣。形意拳で用いられる器械。
二つの月牙を組み合わせた形をしている。

【人物背景】
河北省深県馬荘の出身。河北派形意拳の継承者に当たる伝説的拳士。
半歩進んで発した崩拳が一撃であらゆる相手を打ち倒したことから、「半歩崩拳、あまねく天下を打つ」と謳われる。
また、中国拳法史では洪家拳の黄飛鴻、秘宗拳の霍元甲、八卦掌の薫海川と並び、「清末十大高手」の一人として挙げられている。

多くの中国武術家の例に漏れず、真誠の心を持ち、義を重んじる正義漢。
土地で民衆を苦しめる匪賊の首領を成敗し、3年間を獄で過ごしながらも、人々からの多額な献金を受けるほど慕われる人物であった。

一方で、武術家として多くの戦いに向けられたというよりも、形意拳を極めることに向けられていたという。
若年から好んで拳法を学んでいたとされているが、「何ら得るものがない」と、数年で辞めたことから始まり、
遭遇した李能然から語り合いを経て、形意拳の奥深さを知り、中国武術の真髄を求めていたとされている。
故に強さを求めるために武術を極めるのではなく、極意を求めるために極めるというような学者に近い在り方であったと思われる。
(これが型月における中国武術観の「宇宙と一体になる事を目的」と合致し、やがて「根源の到達」へ結論付けるに至った。)

師に当たる李能然より受けた教えから、中国武術における極意の一端に触れたが、郭は何を学んでもその極意には至らなかったとされる。
多くの子弟を輩出し、晩年は故郷に隠棲したされるが、その地でも自らの修練と研究を止めることはなく、生涯を終えたという。

【容姿】
アクション俳優のユン・ワー(元華)氏がベース。
「シャン・チー テン・リングスの伝説」のグアン・ポーを黒髪にして、一回り若くしたぐらいの外見。
衣装はグレーのチャンパオに、ブラックのカンフーズボン。

【サーヴァントとしての願い】
中国武術の神髄を知るため、根源に到達する。

【方針】
マスターの方針に従い、自身はサーヴァントとの戦闘を中心とする。
やむを得ない殺傷に意を唱えるつもりはないが、度を越した義に反する行いまでは従えない。


【マスター】
遠坂時臣@Fate/Zero

【能力・技能】
「魔術師としての技能」
特筆した点こそないが、魔術師として優秀な技能を誇っており、
自身の属性たる炎の魔術は魔術師の中でもトップクラスの威力・制御性を誇っている。
遠坂家伝来の技術として宝石魔術にも長けているが、凛の様な使い捨て戦法はしない。

【weapon】
「杖」
大粒のルビーを先端にはめ込んだ魔術礼装。
ルビーには彼が生涯をかけて練成してきた魔力が封入されている。

【人物背景】
由緒正しき魔術師として根源到達を目指す遠坂家の五代目当主。
魔術師として生まれ落ち、生涯の目的と見定めた信念や行動を全うすることに疑いはなく、
そのために冷酷かつ非情な選択を取る鉄の意志を持つ人物。
魔術師としての資質は凡庸であり、故に必要とされる数倍の修練と幾重もの備えを積み重ね、
実績を築き上げた努力家のエリートであり、 揺るぎない自負と威厳を備えた優雅な振る舞いから「本物の貴族の生き残り」とも言われる。
ただ、肝心なときに足元を疎かにしてしまううっかりさんであることは否めない。

魔術師の中では珍しく普通の家庭人な一面もあり、魔術師らしく狡猾で、合理に偏った価値観もあるものの、
娘である凛や桜の未来を案じ、結果の成否や本人の意思がどうであれ、
安定的な決断を下すなど、父親としては人間らしい真っ当な情を持っている。

原作本編である第四次聖杯戦争ではアーチャー「ギルガメッシュ」を召喚し、策謀を練って挑むことになったが、
彼は第四次聖杯戦争に参加する前の時空から参加したという設定。

なお、原作世界と少しだけ異なるのは、サーヴァントに対する認識の違い。
サーヴァントは英雄の写し身。肖像画や彫像などの偶像と同列の存在であり、己の道具と見なしていた面もあった。
だが、こちらの時臣は、英雄の写し身こそ変わりないものの、サーヴァントを道具ではなく、個人として受け入れている。
最後に自害させるつもりはなく、対価報酬としてキャスターの願いも可能なら叶えるなど、正しく人の礼儀も持ち合わせている。

【マスターとしての願い】
聖杯により根源への到達を目指す。

【方針】
基本的には正々堂々と向かいうち、聖杯を勝ち取っていく狙い。
卑怯な手を使う気はないが、敵対者であれば容赦するつもりはない。
キャスターとは魔術師の価値観が合わないと理解しており、不和は生じないように慎重に事を進める。

【ロール】
台東区長。覚醒前はメディアにも顔出しはしていたようで、都市内での知名度はある。
設定上の歴史背景が異なり、住居は現実での「旧岩崎邸」に相当する。

【把握媒体】
原作およびアニメ『Fate/Zero』をご参照ください。
最終更新:2022年04月03日 16:36