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     接吻されても色艶消えぬ、女の唇、春の宵。

     月がのぼればまた光る

                         ――ジョヴァンニ・ボッカチオ、デカメロン





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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 その少女……いや、少年だ。股間が少し膨らんでるし。
まぁ兎に角、その子供を見た時は、『トガヒミコ』は、「うわぁ変態さんだなぁ」と思った。

 何よりもまず、その服装だった。
露出して、誰かに見られて、恥ずかしくない所。言ってしまえば、乳首と、股間だ。それを、最低限度の面積の布で隠し、それぞれの布を細い糸でつないだもの。
ぶっちゃけて言えば、まぁ、マイクロビキニである。これを身に着けた、銀髪の少年だった。
顔立ちはすこぶる整っているが、中性的と言う程の物じゃない。幼いし、化粧をすれば確かに女性のようには振舞えようが、すっぴんの顔つきは明らかに、少年のものだった。
身体つきの方も、線こそ細いが、肉付きが整っていて、少し筋肉質で、これで女の子、と主張するのはどうしたって無理がある。
そんな、前衛的で、先鋭的。攻め過ぎにも程があるファッションの上に、ファスナーを下ろしきったホットパンツに、体格相応に合わせたフライトジャケットを身に着けた少年。
これこそが、彼女の召喚したサーヴァントなのであった。クラスは、バーサーカー。服装をみれば、なるほどな、と思わずにはいられない。そんな人物なのである。

「おお……末期。名こそ知らぬが、議論と討議しか能のないこの俺にやられてしまうとは」

「やったの私なんですケド……」

 呆れたような声音でトガは、バーサーカーにそう言い放った。
噛み合わせた歯をモチーフにした大きいネックウォーマー。口に付けられたマスクと、其処から延びる、チューブと連結した大きな注射器には、鮮やかな褪紅色、
淀んだ赤黒い色の液体でなみなみと満たされていた。彼女の周りからは、プン、と。紙でこし取れそうな程濃密な血の臭いが漂っていた。
然り、注射器の中の液体とは、血であった。彼女の足元にうつぶせで転がる、パンツスーツの若い女性。彼女から、失血死の基準を容易く超える量の血を、頂戴した、と言う訳である。

 ――マスターよ、よく見ているがいい。ペンは剣より強し、その主張を俺は神代の折より主張し続けていたが、鼻で笑われる事幾千回。彼奴等も、そしてお前達も知らぬ、我が舌剣の切れ味。これを知らしめる時がきたようだ――

 そんな事を言ってこのバーサーカーは、ランサーのサーヴァントを引き連れて、誰もいない夜の公園でひそやかな作戦会議を行っていた、スーツの女性に物怖じする事なく接近。
「あれ、これちょっとヤバいですね……?」と、流石に中卒のトガも思ったものである。何せトガの目に映るバーサーカーのステータスは、平均中の平均値。
とてもじゃないが真っ向から白兵戦を仕掛けるのは向きじゃない事は明白であるのに、そんな事知らんよ、と言わんばかりに彼は自信満面だったのだ。
【喧嘩、強いんですか?】。勝手に行動し始めたバーサーカーに念話で問う。【初めて聞く単語だな】、そう返って来た。これヤバい奴でした。

 迫るバーサーカーの存在に気付いたのか、スーツの女は身構え、ランサーのサーヴァントはスピアーを持ち構え。
両名共に鋭い目線をバーサーカーに投げ掛け、それと同時に威圧感をも投射して来たが、本人はそんなもの、何処吹く風。

 ――お前達の敗北は決まっている!!――

 ――おお、何と酷い槍であろうか。見た目通りの軽さしかないのだろう。それに、その槍は欠陥品だ。穂先が一つしかない!! これでは一回の攻撃で一人しか刺し殺せぬではないか!! お前の敗北は明らかだランサー、穂先を後100個その得物に付けぬ限りは――

 ――女、私は関係ないと思っておるのだろうがお前も敗北の確率を上げている事を自覚した方が良い。其処にいる至らぬランサーをフォローするのがお前の仕事だ。その為には先ず、相対するサーヴァントの意識を貴様に向ける事から始めるがいい。その為には、履いているハイヒール。その踵の高さを、貴様のランサーの頭のてっぺんよりも高く合わせよ――

 無茶苦茶な、批判。滅茶苦茶な、指摘。
非難とかいちゃもん、言いがかりの域を最早越えている。言いたい事をベラベラベラベラ、口から垂れ流すだけ。最早オナニーと何も変わらない。
これを、幾千もの裁判と討議を乗り越え、俺だけの弁論術を身に着けたのだと豪語するソフィストさながらの、絶対的な自負を以て口にするのだから訳が分からない。
我が論理に、隙なし、穴なし、抜け目なし。そんな訳あるか、と。勉強がてんでダメなトガですら理解出来るレベルで、バーサーカーの放った言葉、その論理の骨子は破綻していた。

 で、あると言うのに。
ランサーとそのマスターは、まるで、今まで指摘された事もなかったが、しかし、指摘されてしまえば誰の目からも明らかで、しかも、
論理の決定的な崩壊に繋がるような矛盾点にでも触れられたような、愕然の表情を浮かべて、立ち尽くしていたのである。

 ――その隙を、トガは、狙った。
背後から襲い掛かり、敵マスターの血を一気に奪い取る。気づいた時にはもう遅い。
ランサーも慌てて応対しようとするも、バーサーカーが身体を張って妨害。結果、マスターの死に連動し、サーヴァントが消滅してしまった、と言う訳だ。

 このように、直接的な実行者はトガヒミコである。
バーサーカーの活躍が全くゼロであると言うつもりはないが、結果論的な話になるであろう。
あの、言葉によるまくし立てが機能していなかったら、どうバーサーカーは責任を取るつもりだったのか。
と言うより、責任を取るも何も、失敗は死に繋がるのだから、取り様がない。それを理解していたのか、いないのか。いないのだろうな、とトガは思う。
今のランサーを倒せたのは、一から百まで自分の力によるものと、目の前のバーサーカーは確信したように一人頷いているのだから。成程、確かにバーサーカーの資格アリである。

「バーサーカーくん、一応喧嘩とか出来るんですねぇ」

「得意な方ではない。この世で最も無為な行いだ。疲れるし痛いし、人であらば腹も減ろう。しかもこれを有難がり、貴ぶ輩もいる始末。嘆かわしいな、俺のように議論と討論で円満に解決に導こうとする、知的強者が何時の時代も少なすぎる」

 意外な事に、バーサーカーから飛び出して来た言葉は、平和的にも程がある内容のものだった。
バーサーカー……狂える戦士のクラスである。血に狂っているのか、戦いに餓えているのか、或いは――文字通り、狂える精神性の持ち主なのか。
何れにしても、まともな者達が集まるクラスじゃない。況して、健常で正常な社会の中では、異物を越えて癌細胞そのものであるトガヒミコが、召喚したサーヴァントなのである。
まともなサーヴァントである筈がないし、そして事実、服装から行動まで、まともな手合いでは断じてなかった。
それなのに、喧嘩は野蛮、話し合いで解決しようなどと言う旨の事を口にしようとは。……これでは、そう。まるで――――――――

「ヒーローみたいなことを言うんですね」

 それは、非暴力の思想。己の思いをぶつけあって、悪い事はダメなんだと認識し、行為を中断し、罪を償おう。
不思議でパワフル、魅力的でファンタスティック。そんなミラクル・パワーで悪人を成敗する。成程それは、誰もが認めるヒーローの在り方の一つであり、諸人を引き付けるだけの魅力がある。
だが実際には、その様な力を使わないで、誰も傷つける事無く、誰かが権利を持っているであろう施設や土地を痛めて破壊する事無く、悪人を改心させる事が、至上の筈なのだ。
ヒーローにもヴィランにも、確執や軋轢が生まれる事無く、負の連鎖だって生じる隙間もない。挙句に疲労だって最低限。優れた終わり方である。
しかし、トガの生きた時代に於いて、その様な解決法を模索するヒーローは、概ね夢想家だとか、理想主義者、平和ボケだとか言う評価を下される事が多かった。
それはそうだ、自ら授かった個性の力を用いて、話し合いに掛ける時間をすっ飛ばして解決する方が遥かに速いからだ。そう言う在り方を、世間も政治も。承認に限りなく近い黙認をしていた。

 そんなヒーローの是非は兎に角、バーサーカーの思想は、平和的で善性であると言う面で、ヒーロー寄りの思想である。 
だから、トガは少しだけ眉を顰めた。それが正しいと解っていても、好きになりたくない考えであったからだ。

「ヒーロー? 否。俺を称するならば、哲人、ソフィスト、コンサルタント。これらの中から選んでくれ。それ以外に良いと思う候補があるのならすぐに教えて欲しい」

「じゃあその、私の相談、乗って欲しいな」

「良かろう。俺の相談料は本来は高いが……マスターのよしみだ、負けてやろう」 

 「で、悩みとは何だ? 口が大きい事か? 気にする事もなかろう、寧ろ羨ましいぞ。ビッグ・マックが一口で食えるぞ。お前を産んだ親に感謝するが良い」
言ってもないのにまたしてもベラベラと口にするバーサーカー。あと口そんなに大きくないし。気にもしてないし。

「好きな人が、いるの」

「ハッ、恋愛相談か? 出る幕じゃないな。厚化粧のアフロディーテほど、的確なアドバイスなど期待するなよ」

「好きで好きで、大好きな人とかね、尊敬して尊敬してたまらない人とかね。そう言う人を思うと、私、その人の血を全部飲みたくなるんです。殺したく、なるんです」

 両頬に手を当て、紅潮を隠すようにしてトガは言った。八重歯を見せるようなその笑みには、弾けそうな程の狂気が内在されていた。
皮肉気な笑みを浮かべていたバーサーカーの表情は正反対に、真顔になっていた。石くれのような、無表情。

「好きな人のこと、もっと知りたくなる。でも、私と誰かとじゃ、違う人です。だから、好きな人そのものに、なりたいんです。だから、血を全部飲みたくなるんです」

 先程殺したマスターの血、それが吸われた注射器を、トガはいじくり出した。この血については、興味が、なさそうだった。

「普通に、そして、その中で幸せに生きたいのに、今の社会と世界が、それを、許してくれません。どうしたら、良いんですか?」

 真っ直ぐ、バーサーカーの目を見て。
身長差があるから、膝を曲げて、同じ目線に合わせて、トガはそう尋ねた。返答は、直ぐに帰って来た。

「死ね」

 直球の、アプローチ。トガは、バーサーカーが言った言葉を、理解出来なかった。

「プロメテウス、ヘファイストス。俺の同胞でもある者であり、俺が認める知的強者でもある者達だったが、貴様ら人が今の文明レベルに至る遥か昔から、俺達は今のような社会が時を経て実現される事を予測していた。そして、古の価値観が排斥され、新しい物に刷新されるにつれ、嘗ての価値観が罪に近しいそれになるともな」

 相も変わらぬ長広舌であるにもかかわらず、バーサーカーの言葉のトーンは、淡々としていた。先程までの芝居がかった動きも声もなりを潜めている。
どころか、冷淡にも聞こえる程に、慈悲がない。トガヒミコ、と言う少女を突き放すような。それこそまるで、有罪が決まっている被告人に判決でも下す裁判官が如き冷徹さで、言葉を続けて行く。

「貴様の居場所など社会の何処にもない。受け入れてくれる場所があるのならば教えてくれ。俺が死ねと言っておいてやる」

 その弁論の過程で、バーサーカーは、連合すらも、否定した。馬鹿に、した。
怒ろうとしたが、怒れない。余りのバーサーカーの剣幕に、言葉を差し込めないのである。
本気になれば、組み伏せそうな程小柄で、変声期にも至ってないような声のこの少年に、トガは、たじろいでいた。

「貴様は普通になれはしない。幸福にもなれはしない。そのサガを、捨てぬことには」

 身が竦む程に冷徹な声音で、笑ってしまう程常識的で陳腐な事を口にするバーサーカー。
誰だって、言えるアドバイスだ。カウンセリングのカの字も知らない素人は元より、歳幼い子供だとて同じ事を言うであろう。
危険な本能は、抑えろ。蓋をしろ。解放をするんじゃない。当たり前の、事である。大多数の人間がそうする事によって、社会の秩序は保たれて、人は安心して暮らす事が出来るのである。

「――そうだね、知ってるんだよ。私。それが一番良いんだって」

 無表情のバーサーカーに対して、トガは、儚くて、寂しくて、消え入ってしまいそうな笑みで返した。

 渡我被身子は、世間で使われる悪し様な言い方を用いるのであれば、中卒であった。
勉学の出来は平均よりもかなり下。舌足らずな言葉遣いから、所謂『知恵遅れ』だと誤解される事もある。
だが、そんな自分でも解るのだ。私はおかしい、と言う事が。そんな事、親に叱られ、折檻だとか躾だとか言う名前を冠した平手打ちや尻叩きをされるまでもなく、解っていた、

 これが普通な訳がない。
好きな人が出来たのなら、同い年の子供達は何をするのだろう? 一緒に遊ぶ? 喫茶店だとかレストランだとか、ファストフードのお店で好きなものを食べて話したり?
ない金をアルバイトだとか、親に頭を下げてお金を出して貰ったりで捻出して、旅行に行ったりもするのだろうか? そしてその後――セックスだとかをやってみたりも?
少なくとも言える事は、仲の良い同性・異性に対して、普通の人は、その人物を殺して、血を吸ったりする、等と言う真似はしないと言う事である。

 自分が胸を張って、自分の居場所であると言える、ヴィラン連合の頭である弔ですら、自分の言動を見て破綻した狂人だと初対面で断言した。
同じ日陰者、同じアウトローの間ですら、トガヒミコと言う少女は浮いている存在である。これではまるで、世界の何処にも自分がいて良い場所なんて、ないと言われているようなもの。

 ――知っている。全部知っている。頭が悪い、低能の私だって知っている。自分がおかしいって事位。
そうじゃなきゃ、大好きな人を殺したり傷つけたりする筈なんて、ないんだもの。一緒になりたいって言うのなら、もっとやり方だってある筈だ。
好きだって告白する勇気は、あると思う。それは、フラれたりしたら悲しいけど、その可能性が怖くって一歩踏み出せない訳じゃないんだよ? エッチな事だって、させても良い。
中学生とか高校生が、どうやって仲良くなって、仲良くなったらどうするのか、と言う事は知ってるんだよ。でも、私は、それじゃ満足が出来ない。
好きな人の事をもっと知る為に、その人になりたいんだから。でも、それじゃダメ、抑えなきゃ、と思う気持ちよりもずっと強く、その異常は大きく、大きくなり続ける。

 国語もダメ、数学もダメ、英語もダメなら歴史もダメで、理科もダメなら音楽、家庭科もダメ。
そんな私でも、好きな人を殺しちゃいけない事位は、わかるよ。だって、好きだから、その人になりたがる理由って、何?
もっとその人と仲良くなりたいから、なりたがるんじゃないの? その人になる為にその人の血を吸いつくして、殺しちゃって。じゃあ誰が、私をその人だって思うの?
トガヒミコは、トガヒミコでしかないのに。私が出久くんやお茶子ちゃんの血を吸いつくしても、だぁれも私を二人だと思わないよ?
そんな事位、馬鹿な私だって知ってる。でも、そうしてしまう。斬りつけてしまうのだ。その傷口にストローを差したり、血だまりに突き入れたりして、血を吸ってしまう。
……誰にも優しくて、何時でも明るくて、雄英に入学してオールマイトみたいなヒーローになるんだといつも言ってて、誰からもその夢を応援されていた、斎藤君。
私が最初に好きになった、男の子。そんな彼の流した血は、とっても……美味しかった。中学に入ってから、血を吸うのを我慢してた分だけ、美味しくて、おいしくて……。
涙を流す程、美味しかった。でもそれは……私が何処まで行っても、普通の人にはなれなくて。好きな人からも嫌われる事が決まってて。普通と異常者の境目をキッカリと引かれてしまったのが解ってしまって。もうとにかく、私が、どうしようもなくて、救いようもないバカでダメな女の子だと言う事を認識させられた事への、涙だったのかも知れない。

「私はね、誰かの血を飲むと、全くその人と同じ見た目に変身が出来るんだ。個性、って言うんだけどね」

 トガの生きた時代に於いて、個性とは、誰しもが有する自分だけの能力であった。
訓練次第で出力を調整する事が出来るが、その中には、全く以て、自らの意志では制御出来ない手合いの個性も存在する。
その点を鑑みれば、トガの能力は、何とも幸せな能力なのであろうか。世の中には、触れる事を発動のキーとする個性のせいで、手袋の着用を義務としている者や、
発達しすぎた肉体の一部分のせいで服が特注の物になってしまい被服代だけで馬鹿にならない者もいるのだ。見た目だけなら、普通の人間そのもの。異常性何て全くない。
だが、個性とは、その人の生き方は勿論、趣味趣向や、在り方すらも決定付ける。それはそうだ、生身である我々に授けられた、時として殺傷にも用いられる危険な力なのだ。
誰でも、その能力との付き合いながらの生き方を模索するに、決まっている。社会の規範から、逸脱しないように心掛ける筈である。

「……お花とかを咲かせる力だったら、私は、バカで、ダメじゃなかったんでしょうか」

 この点で、トガの能力は、不幸であった。
自分の能力が何なのか、理解しているからこそ、試してみたい。それは、大人から子供に至るまで、当然の心的発露であると言えるだろう。
憧れているものを理解したい。興味があるから理解したい。自分の力を、試してみたい。その為にはトガの場合、先ず、己の個性の発動の為のキー。血を吸う所から始まるのだ。
許される、筈がない。子供の頃、可愛い小鳥を殺して、血を吸ってるのを見られて、親は、身体から火が吹かんばかりに激怒した。
小鳥の内は、まだ良かった。これが人間であったのなら、親とすれば、ゾッとしない話である事だろう。そして実際、不幸は起きてしまったのだが……。

 結局、個性を容認する超人社会と言うものは、人類が過去積み重ねて来た社会道徳や規範、法観念、権利の歩みの歴史に照らし合わせて。
自然で、善性があり、人や社会の為になり、それらに貢献する個性のみが、存在を許されていると言い換える事が出来る。
血を吸って、他人になりきる力。これは、吸血鬼の謗りしか受けまい。その気になれば、幾らでも、犯罪に使える能力であり、その通り、トガは己の個性を悪用してしまっている。
だからこそ、思う時がある。自分の力が、今の力じゃなくて。何もない所に花を咲かせる個性とかだったら、好きな人と一緒に花を見る事が好きな女の子になっていたのだろうかと。
水を甘くする個性とかであれば、他人が飲んでるコーヒーとかを凄く甘くしてみせて、変な顔をしている所を見て笑っている程度の、悪戯好きな子供に終わっていたのだろうかと。
こんな……こんな、難儀な性癖と悪癖を持った、どうしようもない犯罪者の身に、なっていなかったのだろうかと。思う時が、トガにはあるのであった。

「知的弱者め、聞こえなかったか? 今一度言ってやる。俺はお前に、サガを捨てろといったのだぞ。能力を捨てろなどと、誰が言った」

「……えっ」

 呆気にとられ、間抜けな声を上げてしまった。そう言えば、バーサーカーは一言も、自分の能力がダメとは言ってない。否定していたのは、トガヒミコと、その性格だけだった。

「貴様の能力を聞いた瞬間、俺は、貴様の能力を使った社会への貢献のメソッドが100を容易く上回ったぞ。貴様の力は人が思う程にロクでもない力ではない。ロクでもないのは、貴様のケダモノの如き本性と、それを是とする貴様自身だ。能力に転嫁するな、阿呆が」

 トガが、何か言い返す隙も与えず、バーサーカーは更に続けていく。

「だが……救いはある。貴様が、少しでも。大切な人間と共に歩みたいと言う、安くて、陳腐で、普遍的な願いをまだ、抱いているというのなら」

 諸手を広げ、芝居がかった仕草をしてから、バーサーカーは、言った。

「血ではなく、年相応にジュースでも飲んでいろ」

 更に、続ける

「貴様の充足の為の言い訳で糊塗して、血を吸う真似を止めるのだな。耐えろ、付き合い方を学べ」

 トガは、バーサーカーの言葉が、狂ったものなのか。真面目に言っているのか。理解が、出来なかった。
だけど、解る事が一つあった。どれだけこの少年のサーヴァントが、此方を悪し様に思っても。あんな無慈悲な言葉を吐いたとしても。
この少年は、自分を見捨てないという事。何があっても、トガの相談に対しても、さっき言ったような事を飽きずに言うのではないか、と言う事。

「美味しいジュース……解りません」

「飲み比べろ」

「普通に生きられる社会が……来て欲しいです」

「貴様の為にその破綻した社会を実現させようとする者。……してくれるで、あろう者。その生き血すら、貴様は啜るか?」

「……」 

 ――ハンカチ……返すよ――

 自分を可愛いと言ってくれた、風体の上がらない、冴えない無精ひげの男の事を、トガは思い出した。
自分の為に、動いてくれた。仲間と居場所の為に、骨を折ってくれた。もっと良い社会で、仲良く過ごせるのだろうと思っていた。
……だけど、トガは、彼……分倍河原仁の生き血を飲みたいと、思った事がなかった。好きじゃなかった、とでも言うのだろうか?
それとも、まだ好きになる途中の段階で、全てが終わったその後に、生き血を啜る未来があったのだろうか? 全ては解らない。彼は、死んでしまったから。
そんな事をしてしまったら、仁……トゥワイスは、自分に対し何を思うのだろう。非難するか? それとも、しょうがねぇなと言う顔で、トガの狂行を受け入れるのか?

「……バーサーカーくん、その服装で口喧嘩強いの、ズルです」

「言わなかったか? 俺は哲人であるとな」

 ああ……そう言えば、言っていたっけ。と、トガは思い出す。
歴史に名を残す哲学者や思想家と言うのは、風変わりな者が多いと言う。
風変わりで終るならまだ良い方で、人によっては、思想と著作は良いのに、人間性はまるでダメ、と言う手の者すら存在する。と言うよりは、珍しくもなんともない。

「最後の質問は……何時か答えたいと思います」

「先送りか? あとで苦しいだけだぞ」

「今だって苦しいので、はい」

 苦しくない時なんて、なかった。耐えて、爆発させて、結局満たされず。そうしているうちに、また、餓えて。
今なんて、もっと苦しい。ヒーローへの怒りで、社会への恨みと不満で。彼女の心は、煮えくり返っていた。

「いつか……いつか答えるから、バーサーカーには、死なないで欲しい」

「難しいな。首尾よく勝てる戦いばかりじゃない」

「だったら、バーサーカーの事、好きにならないよう頑張りますから、一緒にいて欲しいです」

「……」

 その言葉に、意表を突かれたのは、バーサーカーの方であった。
一瞬目を丸くする彼だったが、直ぐに、我を取り戻した。笑み。皮肉気で、自嘲気味の笑みを浮かべて。

「誰からも必要とされない俺に、一緒にいて欲しい……か。消えろ失せろは言われ慣れているのだがな。成程、大概貴様も好き者だ」

「しょくぎょー診断テストで、芸術家タイプだって言われたことあります」

 苦笑いを浮かべるバーサーカー。要は、お前は風変わりだと言う事なのだ。

「いるだけで良いのなら、それで良いさ」

 言葉を区切り、数秒後――。

「貴様が変わるのが先か、貴様が世界を変えるのが先か。それを俺が見届けてやろう」

 「そして――」







「その正邪を、最後の最後で教えてやる。我が名は『モーモス』。人は皆、俺を皮肉と非難の神と呼ぶ」






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【クラス】バーサーカー
【真名】モーモス
【出典】ギリシャ神話、神統記、イソップ寓話
【性別】男性
【身長・体重】135㎝、42㎏
【属性】秩序・悪
【ステータス】筋力:C 耐久:C 敏捷:C 魔力:A+ 幸運:A 宝具:EX

【クラス別スキル】

理性蒸発:C
理性が蒸発している。論理が破綻し、常識に照らし合わせて整合性も解決力も何もない提案をベラベラと口にしまくる。
何も考えず、言いがかりを超えた言いがかりや批判、非難を口にしまくると言う形で当該スキルは現れている。

……バーサーカー以上の狂気的な思考や思想に直面した時、このスキルの効果は一時的に消滅する。

【固有スキル】

対魔力:A+
A+以下の魔術は全てキャンセル。事実上、魔術ではバーサーカーに傷をつけられない。

神性:B
神霊適性を持つかどうか。
本来であればギリシャ神話に連なる正統な神の一柱であるが、聖杯戦争上の制限によって、ゼウスによってオリュンポスを追放された時の姿で召喚されている為、ランクが落ちている。

非難の権能:A+
またの名を、論駁、批判の権能。バーサーカーが神霊として保有する権能がスキルとなったもの。
バーサーカーには相手の主張や発言の矛盾点及び、築いた論理の構造的欠陥が、『視覚的に映っている』。
本来はこの、視覚に訴えかけられている矛盾を指摘する事で、相手を論破するのであるが、上述のようにこのクラスのバーサーカーは馬鹿なためこれを行おうとしない。
批判をする、矛盾を突くと言う行為を司る事に付随して、極限域の話術・扇動・天賦の見識・人間観察のスキルを極限域のランクで複合しているが、これも役に立てようとしない。

高速思考:A+++
論理を筋道立てる力。量子コンピューターなど一笑に付すほどの高い思考速度を誇るが、これも利用しようとしない。

星の海を渡るもの:E
オリュンポスの神々の標準搭載スキル。
星の力を持つ英霊に対し、特攻の効果を付与するが、セファールとの戦いによる真体(アリティア)の喪失と、バーサーカーは神の座を更に追放されているので、ランクは最低クラス。

【宝具】

『汝、星を正す論破(ターンザフリップ・クエレッラ)』
ランク:EX 種別:対人・対論理・対計画宝具 レンジ:1~∞ 最大補足:1~∞
バーサーカーが保有する、非難の権能。その、最大開放。
宝具の内容は単純で、上述の非難の権能の力を用い、全力で、相手を批判する。ただ、それだけである。
問題は、これ自体が、『極めて高度な精神攻撃』としての側面と、極めて卓越したバーサーカーの弁論術としての側面が有されていると言う事である。
防御には高い精神防御スキルもそうだが、バーサーカーの弁舌に対抗する為の思考力、バーサーカーの限りなく正論に偽装された詭弁を認識出来るだけの知性が必要になる。
以上三つの内、どれか一つでも足りないだけで、この宝具は防御不能。相手は一時的に心神喪失状態に陥り、まるっきり隙だらけの状態となる。
この時言い放つ事は、別に全くの『嘘』や、『無から生えて来た捏造の矛盾』でも良く、この場合でも、上述のように精神防御・思考・知性によるダイス判定が必要。
但し、相手をまくし立てる時の論拠や根拠がまるっきりの嘘や出鱈目からくるものである場合は、その嘘や出鱈目の度合いが大きすぎるものであるほど、宝具の成功率は低くなる。

 ――上述の効果は、これを『人』に対して行った時の物に過ぎない。非難や批判は、人に対するものとは限らない。相手の理論や計画に対しても、ケチは付けられる。
この宝具は『現在進行形で成否が決まっていない』、或いは『世界的に正当性が認められていない』計画や理論に対しても発動が可能なのである。
この場合バーサーカーが、『この計画は此処が間違いだ、この理論はそこがダメ』と指摘した時、『無からバーサーカーが口にした構造的欠陥が発生する』。
発生した構造的欠陥及び矛盾点は、他のサーヴァントやマスター、NPCでも突く事が出来るものであり、勿論、その時与えられる口撃やダメージ次第では、計画や理論が破綻する。
当該宝具によって発生した矛盾や構造欠陥によって破綻した計画や理論は、その矛盾や欠陥を改善させない限りは全てその『再現性を失い、二度と成功する事は叶わなくなる』。
理論上は聖杯戦争すらも解体させ再現不能にする事も可能な宝具であるが、バーサーカーはそもそも聖杯戦争自体を『欠陥だらけのクソッタレうんこ計画』と認識しているので、今更この宝具で批判するまでもないと思っている。

 これだけ聞けば強力な宝具に聞こえようが、弱点がある。
先述したように、この宝具は世界的に正当性が認められている理論については意味がない。光より速く動けるものはないだとか、熱力学の諸々の法則などが、これに該当する。
次に、計画に対して作用させる場合、バーサーカー自身がこれを『何かしらの計画だ』と、スケールを認識する必要がある事。
また当然の事ながら、既に達成されている計画についても、矛盾の発生は不可能である。そして、理論や計画に対して影響を及ばせる場合、魔力消費が多大に発生する点。
勿論、発生させる矛盾の度合いや致命性によって、消費する魔力量は乱高下する。
――極めつけが、この宝具が非難、つまり、批判の延長線上の宝具である、と言う事は、『改善の余地』が発生すると言う点でもある。
この宝具によって産み出した矛盾や構造欠陥を補強、改善された計画や理論には、次回以降、この宝具の成功率が格段に落ちるばかりか、計画や理論そのものの成功率や正当性が跳ね上がる。早い話が、相手に相手に塩を送るだけの結果に終わる可能性が、出て来る事になる。

 使い方によっては、相手のプランニングを台無しにする事も、また、台無しにされた計画を改善された状態で練り返され、こちらの目論見がご破算になる事もある。まさに、ちゃぶ台返し(Turn the flip)そのものの宝具。

【weapon】

【解説】

モーモスとは、ギリシャ神話に登場する神の一柱である。非難や皮肉を司る神とされ、ローマ神話に於いては、非情と悲哀を司る神である所の、クエレッラと同一視される。
夜の女神ニュクスが単性生殖によって産み出した神であると言われており、兄弟姉妹の中には死の神であるタナトスや眠りの神ヒュプノス、運命を司るモイライ三姉妹などがいる。
アキレウスやオデュッセウス、パリスにヘクトールなどが活躍する大戦争、トロイア戦争はこの神格によって引き起こされたと言われ、
曰く、人類の数が増え過ぎた為に洪水か稲妻で人類を殺して間引きしようと考えていたゼウスに対し、女神テティスとペーレウスの結婚によって絶世の美女ヘレネーの誕生させ、これによる不幸で大戦争を起こし、人間の数を減らすことを勧めた、とされる。





     真体機神降臨
      Μῶμος




 その正体は原作に於ける他のギリシャ神話に於ける神格同様、元をただせば星間航行船団の一機。数多いる機械の宇宙船の一つに過ぎなかった。
当該個体の役割は、『議論用高速演算艦』。ヘファイストスやプロメテウスの艦隊に属する護衛・補助艦であり、理性が蒸発した現在でも、彼らの事は同志として認識している。
永年の時間を必要とする宇宙航空に於いて、その状況は刻一刻と変貌して行き、その中には、既存の航空プランでは任務の遂行に支障が出たり、
艦隊に致命的な損傷を負いかねない外敵の出現をも、予測せねばならない時が当然やって来る。当然、彼らは問題が起こってから対処するのではなく、事前に防ぐ為に対策を行うのである。
その、対策の為の論議や議論の時に、モーモスが活躍する。即ち、議論が熱を帯び始めた時にクールダウンを促したり、でて来た意見に対する問題点の指摘、
メリットのピックアップ、対案の提出などを、一時に行うのである。とどのつまりモーモスの役割とは、艦どうしの議論に於いて、これを潤滑にさせる為の議長(チェアマン)であり、結論の洗練を促す野党なのだ。

 モーモスは他の艦からの信頼も篤く、知恵者や参謀としての地位を欲しいがままにしていた。
地球上に降り立った後もこれは同じで、慣れない環境に於いて、如何にすれば良いのか、と言う議論が起こった時も、適宜適切な意見を出していた。
だが、セファールの襲来によって、他の艦同様に、モーモスは真体を失い、それどころか、自らの処理限界を越える程の過負荷をこの戦いで常時与えられたせいで、
アバター体にすらも致命的なエラーが起こってしまう。明らかに常識的な意見にも皮肉や批判を投げかけ、そしてその対案や対処法についても滅茶苦茶。
早い話が、『馬鹿』になってしまったのである。このサーヴァントの理性蒸発は、セファールとの戦いによる処理オーバーに由来する。
嘗ての切れ者としての面影はなくなり、他のアバター体に絡みまくり、そのウザったらしさの故に、遂に追放されてしまい、その後は、飽きるまで色んなところを旅し、
至る所でトラブルを引き起こし、ゼウス達他のオリュンポスの神々が世界の裏側に隠れたのと同じタイミングで、モーモスもまた、何かに飽きて裏側に旅立ったと言う。

 上述のようにセファールとの戦いによって、嘗ての議論用高速演算艦としての面影は消え失せているが、あるタイミングでかつての姿を取り戻す事がある。
それこそが、モーモス以上に狂っている理論や計画、人物に出会った時である。これは嘗ての『狂いや矛盾、構造欠陥を許さないしこれの放置に堪えられない厳格な性格』が、
根っこの部分に残っている為であり、この時の性格やプログラムが、あり得ない程破綻した理論や計画、狂気に直面した時に呼び起される。
ゼウスが人類を間引きする為にケラウノスやポセイドンの権能を用いようとした時に、トロイア戦争を引き起こせと計画したのは、
余りにもゼウスが人の心がなく、大虐殺にしかならないレベルのダメプランを計画したからであり、この時ばかりは正気を取り戻して、まだマシな方の計画を提言した、と言うのが真実。
トロイア戦争の当事者からすればモーモスは、戦争の元凶としか見えないし実際その通りであるが、実際上は、やがて反映するであろう人類の存続の為に知恵を絞っていたのであった。

【特徴】

マイクロビキニを身に着けた、銀髪の美少年だった。倒錯が過ぎますね。
ファスナーを下ろしきったホットパンツに、体格相応に合わせたフライトジャケットを身に着けていて、理性蒸発してからはずっとこの服装。勿論蒸発前はもっとまともな服装であった。

蒸発前のモーモスは極めて厳格で神経質な性格をしていて、他の艦達が計画したプランの矛盾点を詰めまくり、長時間説教した挙句、最終的に没にする為、
彼が計画の審査をする時は大変に恐れられていた。流れるBGMはダースベイダーの奴。勿論これは当時の人間達にも遺憾なく発揮されていて、
モーモスに信託を乞うた巫女達は、彼にその正当性を要求されるわ、それがないと解ると長時間なじられるわで、バチクソに巫女達はギャン泣きしまくった。
だが、最終的に地上の覇を握るのはこの人間達であろうな、と言うのは当時の時点で、ヘファイストスやプロメテウスの二柱と意見の合致を見ていて、
此処まで厳しかったのは、霊長の頂点に立つ為の試練的な側面があったと言う。今の人間の文明レベルは、多少マシになったが、まだ詰められる、まだ盛れる、との事。

【聖杯にかける願い】

特にはない。マスターの馬鹿がいてくれ、と言うからいるだけだ。


【マスター】

トガヒミコ(渡我被身子)@僕のヒーローアカデミア

【マスターとしての願い】

より良くて、自分が普通に生きられる世界の実現

【weapon】

ナイフ:
基本的な武器。これで相手を傷つけ、殺し、直接傷口から血を吸う事もある。

注射針:
管の繋がれたマスクと、背中のボトルにチューブが繋がれた注射器。
伸縮性のあるチューブに繋がれた注射器を相手に飛ばし、刺して、其処から吸血し、相手を失血させ、ボトルないし注射器に溜める。
極めて合理性のある武器だが、トガの美観的にかぁいくないらしく、不満気。

【能力・技能】

個性・『変身』:
相手の血液を摂取することで、その相手の姿になれる個性。声も変わる。
対象者から摂った血が変身のエネルギーになり、摂取量と変身時間は正比例の関係にある。コップ一杯の量でだいたい1日くらい維持可能。
衣服や装備も込みで変身する事が出来、この場合着ている衣服があると邪魔な為、最初から裸になる必要がある。流石にヌードは恥ずかしいらしい
一度に複数人の血を摂取する事でその分だけ姿を変更でき、変身した状態から別の人物に変身し直すこともできる。姿を変える際には蝋の様にドロドロと溶ける。
また、『覚醒』も果たしており、血を吸った人物の個性も使用可能となる。ただし、かなり無理と負担があるらしく、術後はかなりの疲労を負う。

今回の聖杯戦争に際し、トガは吸血によって魔力も回復出来るだけでなく、魔術などの能力、他特異能力の再現も無理にならない範囲で可能。
勿論、魔術などの魔力などを消費する技術の場合はトガ本人の魔力も持って行くし、消費するリソースが唯一性・特殊性の強すぎるものについては再現不能。

身体能力:
ひ弱そうな外見だが、かなり運動能力が高い。と言うより、抜群の領域。
また、個性を用いた捜査を躱すだけの気配遮断能力と、暗殺者としてのスキルを最低限身に着けている。

【人物背景】

吸血し変身――潜み紛れる純粋暗殺者。カワイイものが大好き 血に飢えた病みカワ少女!!

生まれながらの破綻者であり、生粋のヴィラン。現代の吸血鬼であり、これしか愛情表現のない哀しき女。

【方針】

聖杯の獲得
最終更新:2022年04月19日 21:38